<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『修羅が二人で退魔行 〜サン〜 』


●相変わらずの二人
「へぇ〜、これが旦那の故郷かい」
 長い船旅を終え、ようやく狭苦しい船室から開放されたジル・ハウは、猫のように伸びをしながら辺りを見渡した。
「まぁ、故郷といっても、トウカ領へはここから陸路でしばらくかかるがな」
 その横に並び立つ男の名はラモン・ゲンスイ。
 周囲を行きかう人々の視線が突き刺さるが、いつもの事なので気にもしていない。
 この国の平均身長からいえば、『いささか』常人離れしていると言わざるを得ない二人である。
 だが、ラモンはいつもの様に飄々と、まるで周囲の目を気にせずにこの辺りの地理をジルに説明していた。
「それじゃ街道を行くのかい?」
「いや。それだと遠回りになるからな。なに、山の二つも越えればすぐ着くさ」
 船から荷物を降ろしてきた運び人が、ぎょっとした顔でラモンの横顔に目を向ける。
「ああ、ご苦労さん。すまないな。では、これで」
 駄賃を払い、自分達が二人がかりで運んできた荷物を軽々と背負う彼に、男達は首を振りながら尋ねた。
「旦那……本気で山越えをする気ですかい?」
「そのつもりだが……どうかしたか?」 
 無言でラモンの背に目をやる男達。
 とても山越えをする荷物ではない。
「あ、いえ……。最近ここいらで夜魔の類が幅をきかせていると聞きやしてね。山越えは止しといた方がいいんじゃねぇかと……」
 その言葉に、ジルの隻眼が輝く。
「夜魔、いいねぇ〜。いい響きだ。鈍った体を鍛え直すにゃ持って来いの相手だねぇ」
「は、はぁ……」
 白髪、巨躯、黒眼帯。
 船の荷降ろしをして二十年になろうかという男達にとっても、それは初めて遭遇する異国の『女』であった。
「じゃあ、あっしらはこれで……」
 そそくさと立ち去る運び人たちを尻目に、二人はてきぱきと出発の身支度を整えていく。
「それにしてもなぁ」
「うん?」
「土産物……多すぎなんじゃないか?」 
 旅慣れた二人の事である。元々、自分達の荷物などは最低限しかない。
 普通ならば鎧などがかさ張るものだが、二人が持つアミュートは、普段は水晶球に封じられている魔法の鎧である。
「シャモン達への土産を選んでいる内に、ついあれこれと買ってしまってな」
 照れたように頬をかくラモン。
 その言葉に、ジルが内心で舌打ちを鳴らした。
(シャモン……旦那がよく口にする名前だけどさ。どうもあたしには気に食わないねぇ)
 そんな事とは露知らず。
 ようやく詰め込んだ荷物を背負うと、ラモンは歩き出した。
「待たせた。出発しようか」 
「あいよ」
 肩をすくめ、ジルも旅路の一歩を踏み出したのであった。


●夜魔
 小剣を鉈代わりに、ジルが山道を切り開いていく。
 山といっても、所詮は人里からそうは離れていない地域だ。修業と称して、ダガー一本で山奥に放り込まれた時に比べれば楽なものであった。
「……それでさぁ、二の腕から真っ二つだよ。あいつのおかげで繋がったとはいえ、まったくドジを踏んだもんさ」
「らしくないな」
 山に踏み込んで一昼夜。
 小休止こそ取ってはいるが、歩き詰めで来た二人であった。しかし、口調からは疲れの陰りすら窺えない。
 ラモンの話では、山間に小さな宿場町があるはずという事で、とりあえずそこを目指して来たわけである。
「お、見えてきた」
 深い木々の間に視界が通るようになり、ようやく目的地が見えてきた。
「む? おかしいな。そろそろ飯の支度の時間だが……」 
 ラモンが眉をひそめる。
 幾度も立ち寄った場所である。注意していれば、異常に気がつくものだ。
 町中に入ってはみたが、人通りも全く無い。
 それどころか、ジルの姿を見た人々が慌てて扉を閉める始末である。
「なんだい、人の事を化け物みたいに」
「そう思われるような何かが起きたという事かな」
「いや、旦那。そこは否定しとけよ」
 とりあえず、ラモンがいつも立ち寄る宿に行ってみると、主人は目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ラモン様、お久しぶりでございます」
「うむ、久しいな。ところで……何があった?」
 鋭い眼光に、宿の主人が頭を下げる。
「実は近くの山に夜魔が棲みついたらしく、たまに近隣まで降りて来ては食料などを奪って行くように……」
「へぇ」 
「して、襲われた者もいるのか?」
 嬉しそうなジルの呟きを無視して、さらに問いかけるラモン。
 聞いた限りでは、家畜などに被害が出ているものの、人間にまではまだ危害を加えていないようだ。
「まぁ、時間の問題だな」
 ジルの瞳が細く光る。
 その口元にチェシャ猫のような笑みが浮かぶのを見て、ラモンは背負っていた荷物をその場に降ろした。
「親父、預かっていてもらえるか。それから、飯の支度もしておいてくれ」
 背負うは愛刀【無吐竜】。
 その横に、小剣だけを持ったジルが並び立った。
「さて、面白くなってきやがった」
「不謹慎だぞ」
 そう諌める彼の口元にも、同じく笑みが浮かんでいる。
 周囲の宿の主人たちが見守る中を、二人は悠然と山に向かって歩んでいったのであった。


●相棒
 仕入れた話では、山の中腹にあった古寺に棲みついているらしい。
 もちろん、こんな場所である。
 目的地には一本道が続いているはず、だったのだが……。
「ほぅ、何かしらの妖術は心得ているという事か」
 道は二手に分かれていた。
 しかも、不自然な霧が周囲に漂い始め、行く手を窺えなくしていく。
「じゃ、あたしは……」 
 地面に軽く突き立てた小剣は左に倒れた。
 それを足で器用に拾い上げ、ジルはそちらへと歩き出した。
「どっちが本命でも恨みっこなしだぜ」
 背中越しに手を振り、ジルはゆっくりと進んでいった。
 見えはしないだろうその背中に軽く手を振り、ラモンもまた右の道へと歩を進めたのであった。


「さぁて、鬼が出てくれるのやら蛇が出てくれるのやら……」 
 山道とはいえ、苔むした石が点々と敷かれている。
 その上をゆっくり歩いていたジルが、瞬時に懐に手を伸ばした。
 次の瞬間、両脇の木々の上から無数の影が飛び掛かって来る。
 だが、猿面の夜魔たちは立ち上る爆炎によって弾かれたように大地に叩きつけられた。
「山火事にならない程度に抑えたつもりなんだけどねぇ……」
 炎が治まったその場所には、紅のアミュートに身を包んだジルの姿があった。
 すると、焼け焦げた毛皮を脱ぎ捨てるかのごとく、夜魔たちが姿を変えた。猿面から、鴉を思わせる面へと姿を変え、背中に生やした翼で宙に舞い上がる。
キィーーーッ!! 
 甲高い叫び声と共に高速で舞い降りる夜魔たち。
 翼と手に生えた爪が、ジルの装甲に覆われていない部分目掛けて振り下ろされる。
「芸の無い!」 
 常人であれば瞬く間に切り刻まれるであろう中心部にありながら、ジルはその全てを受け止めていた。
 僅かな体捌きで、鎧の装甲部で受け止め、小剣が一閃する度に夜魔たちが墜ちていく。
 ジルにとっては造作も無い事であった。
 そもそも、アミュートの進化形態にまで発展させられるようになった彼女にすれば、避ける必要すらない攻撃に過ぎなかった。
「やっぱり、あっちにしとけば良かったかねぇ……」
 軽く溜息をつくと、ジルはアミュンテーコンを解除した。
「さ、かかって来な。これ着てたんじゃリハビリにもならないようだからねぇ。体一つで相手してあげるよ!」
 さらに姿を変えつつある夜魔たちを隻眼で見据え、ジルは小剣をかざして言った。


 一方、右の道を行くラモンの耳にも、遠くで何かが爆発するような音が聞こえていた。
「派手にやってるなぁ……やり過ぎなければいいが」
 気負いの欠片も無く進むラモンの目に、ぼろぼろに朽ち果てた寺の門が映ってきた。
「さて……」 
 小さくコマンドワードを唱えると、東方風の鎧がラモンの身を包んだ。
 バジュナ攻略戦の頃は、チャック爺さんがデザインした鎧のままだったが、その後の旅の中で、アミュートは彼が慣れ親しんだデザインへとその姿を変貌させるようになっていた。
 中へと踏み入った瞬間、ラモンは大きく横っ飛びで体をかわした。
 その足元の石畳を跳ね上げて、白い大蛇が姿を見せる。
「出たのは蛇だったか」
 無吐竜を構えたまま、じりじりと間合いを測る。
 彼の体格と得物の長さであれば、通常の倍に近い間合いを得ていたが、何せ相手が相手である。
ブンッ!
 大蛇の繰り出した尾をかわし、返す刃で斬りつけたラモンであったが、その予想外の硬さに閉口させられた。
 ピンポイントの攻撃であれば『局部障壁』で防ぐ事も出来るが、丸太のような尾の前では意味が無い。
 大蛇が立て続けに吐いた毒液を、大きくかわして間合いをとる。
 地面が異臭を漂わせて腐っていくのを横目で見ながら、ラモンは無吐竜を正眼に構えた。
(最悪は巻きつかれることだろうな。毒液は精霊鎧といえども受けたくはないところだ)
 ゆらゆらと蠢く大蛇の頭部を睨みつけながら、ラモンの両手がゆっくりと上がっていく。
(中途半端な斬撃では致命傷になるまい。急所に、最大の一撃を打ち込む……!)
 ラモンと大蛇の間の時間が急速に密度を増していく。
 きっかけがあれば、時間の流れは一気に押し寄せるだろう。
 遠くで、何かが倒れる音がした。
 その瞬間、大蛇の頭部は唸りをあげてラモンへと襲い掛かる。
「はぁっっ!!!」
 彼もまた、その一太刀に全身全霊をかけた。
 踏み込んだ足が石畳を砕き、体重を加速させる。
 大蛇の口がラモンを飲み込むかに思われた時、振り下ろされた無吐竜はその頭部を真一文字に斬り裂いていた。


「よ、お疲れさん」
 ジルが古寺に辿り着いたのは、それから間もなくの事であった。
「木を切り倒したのはお前か?」
「あん? 確かに何本か切り倒したけどさ」
 ラモンが笑みを浮かべる。
 それが合図になったのだと。
 事の顛末を聞いたジルが、周囲を見回した。そして、ラモンによって踏み抜かれた石畳に目を留め、興味深げに観察する。
「どうかしたか?」
「いや。昔、ランスに聞いた話を思い出していた」
「ほぅ」
 今は本名のジェイク・バルザックを名乗り、冒険者ギルドのギルドマスターになっていると聞いた。 
 その彼が、何を言っていたのか。
「精霊騎士団では、火や風の属性の持ち主が多かったそうだ」
 炎による攻撃力の増加や、真空刃による遠距離攻撃。そういった精霊剣技が主流であったと。 
「一方で、旦那のような地の属性の持ち主に多かったのが……」
カラン 
 砕かれた石畳の破片を、蹴飛ばす。
「『剛剣』使いだったとさ」
「『剛剣』??」
「旦那の場合はさしずめ『剛刀』といったところかねぇ。重力を操作して、踏み込みを倍化させる。一撃の重みを上げる技だそうな」
 そうでもなければ、いかに古びていたとはいえ、分厚い自然石が砕かれたりはしまい。
「いい修行になったな」 
「そうかい? あたしは今ひとつ不完全燃焼なんだけどねぇ」
 ジルは手についた土を払いながら言った。
「まぁいいさ。腹も減ったし戻るとしようぜ」
「そうだな。背中も寂しくなくなった事だし、腹を満たすか」
「え?」
 その言葉の意味をジルが理解するまでの間に、巨漢の青年は飄々と山道を降り始めたのであった。


●宿敵とこれから
 久しぶりに親友と会う事を、シャモン・テンオウは心待ちにしていた。
 朝から妻にも宴の支度をさせ、もてなしの準備は万全である。
(まぁ、『あの』ラモンが女連れで帰って来るという事も驚きだがな……)
 手紙ではそのジルという女性の名を何度か目にした事があった。
 異国の地で戦い続ける親友の、大切な仲間であったらしい。
 そうであれば、もちろん歓迎するのは当然であるのだが……。
「シャモン!」
 屋敷の門を潜る大きな影。
 六年ぶりに帰って来た親友の姿に、彼の頬も緩む。
 だが。
「……ハジメマシテ」
 続いて現れたのは、彼よりも上背のある白髪の強面であった。
 それが、親友が連れてきた『女』である事を再確認して、日頃は冷静なシャモンも思わず声をあげた。
「ラモン、お前、絶対に騙されているだろう!」 
「言うに事欠いて、第一声がそれか! 喧嘩売ってんなら買うぞ、この野郎!」
 売り言葉に買い言葉。
 二人の間に只ならぬ空気が流れ始める。
「それより土産があるんだが……」
「「そんなものぁ後でいい!!」」
 空気を読まないラモンの発言を一蹴し、二人の争いが幕を開けようとしていた。
 ガンのくれ合い飛ばし合い。
 どちらかが先に手を出すのは時間の問題となっていた。
「……それじゃ、先に行っているぞ」
 背後から聞こえてくる諍いの物音に背を向け、ラモンは荷物を持って縁側へと向かった。
「あら、うちの人何やってるんです? お客様をお迎えもしないで」 
 問いかける親友の妻に、彼は不器用に肩をすくめて言った。
「仲良くなる為の儀式、かな?」
 騒ぎは両者が倒れるまで続き、その噂を聞きつけたラモンの実家でもまた一騒動起きる事になるのだが。
 それはまた別のお話である。




                                      了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2269/ラモン・ゲンスイ/男/24歳/鎧侍
2361/ジル・ハウ/女/22歳/傭兵

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 久しぶりの依頼を受けながら、長らくお待たせして申し訳ありません。

 話には上がっていたものの、書く事は無かったラモンの帰省をお届けします。
 シャモンとの騒動は、かつての妊娠騒動をベースにしてみましたがいかがでしょうか。
 設定が少し変わって、子連れでないのがせめてもですね(笑)。
 もうちょっと戦闘シーンを書きたかったのですが、今回は一太刀というところに重きを置いて書いてみました。
 一応、神城版ではアミュートを持っている事になっていますので。

 ジルさんもお待たせしました。
 数年越しの帰省話、いかがだったでしょうか。
 楽しんで読んでいただければ何よりです。
 また機会があればお待たせしない程度に窓を開きたいと思っています。
 その時はよろしくお願いします。

 それでは、またお会いしましょう。