<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『天空都市の末裔』


●果たすべき約束
 クーヤの村を脱出して二日が過ぎた。
 二人は村人達の脱出を手助けするという目的と同時に、当初の目的を果たす為、パスティスがいるという村を目指していた。
 そして、レッドは意外な情報を少年から入手していた。
「何だって? ナーガの医者がいるって?」
「うん。それも、部族始まって以来の天才児と呼ばれてるんだ」
 道すがら、ふと今後の戦闘について考えている内に、使えなくなったままのオーラ魔法に思い至ったのだ。
 駄目で元々、という気持ちで聞いてみたのだが、僅かに光明が見えてきたようだ。
「使えるようになるといいね」
「ああ」
 レベッカも嬉しそうに微笑みかける。
 戦士にとって、長い間の戦いで身についた戦い方というものは、なかなか変えられるものではない。
 レッドの場合はオーラ魔法をベースに戦うというより、ここぞという時のためにオーラマックスを温存しておくタイプだった為、それほどの違和感はなかったのだが、それでも咄嗟に体が反応してしまう時もあった。
「見えてきた!」
 クーヤが駆け出した先に、山間に隠れた小さな村があった。


 その小さな村において、二人がファルアビルドの両親を捜す事は難しい事ではなかった。
 娘が『パスティス』だったという理由だけで、彼らは流浪の末にここに来る事になったわけだが。
「そうですか……あの子は……」
「ファラは幸せだった、そう伝えて欲しいと」
 渡された水晶球を、まるで娘のように胸に抱きかかえ、笑う彼らの瞳に涙は無かった。
 娘を旅に送り出した時から、そのまま戻らない事を覚悟していたのだという。
「あの子は言い出したら聞かない子でね……。自分の信じた道を歩みきった。最後まで……」
 それを聞き、レベッカの言葉が詰まる。
 代わってレッドが前に出て、二人に提案を投げかける。
「ファラさんは死んだわけではありません。姿を変え、今もレクサリアの街を見守ってくれています」
 そこで一度言葉を切り、レッドはさらに言葉を続けた。
「お二人だけではなく、この村の皆さんを含めてですが、レクサリアに移住するお気持ちはありませんか?」
 それが、ここに至るまでの間にレッドがレベッカと話し合って導き出した結論であった。
 理由はどうあれ、彼らはクーヤの村の人々に災いをもたらす事になってしまった。
 どんなに巧妙に逃亡を続けてきたとしても、追っ手がここに辿り着くのは時間の問題と言えるだろう。
 ならば、世界を超え、あの街に移住する方が安全であると考えたのだ。
「聖獣界にまで入れば、こちらからの軍勢も追っては来れないでしょう。幸い、私達の街も復興の途中です。きっと受け入れてもらえると思います」
 レベッカも強い口調で促した。
 彼女にしても、いざとなればジェイクに掛け合って難民を受け入れてもらうくらいの覚悟だった。
「それについては皆とも話し合う必要があるでしょうが、お言葉に甘える事になるやもしれませんなぁ……」
 父親の表情が暗くなる。
 逃亡を続けてここまで来たものの、いつまでも逃げ惑う暮らしに疲れきっている様子も窺えた。
 結局、その晩にも話し合いが行われる事となり、結論は翌朝告げられる事になったのであった。  


●レベッカの想い
「さて、あとは話し合いの結果を待つだけか」
「うん……」
 ファラの両親に後の事を託し、二人はナーガの医者のところに向かう事にした。
 高台に住んでいるという、その人物の元へ行く途中、レベッカがふと立ち止まった。
「どうした?」
 小さな村を見下ろすレベッカの顔は、レッドの位置からは見えなかった。
 いつになく元気のない彼女に、不安を感じて近づこうとすると。
「いつか……」
「……」
「いつか僕らの事を誰も知らない所に住んで、二人ぐらいの子供に囲まれて……。穏やかに暮らせる日が来るといいね」
 彼女からそんな話を聞いたのは初めてだった。
 レベッカが、その生い立ちから家族というものに特別な感情を抱いている事は想像がついた。
 それは別れ際に彼の親友、グランも告げていた事であったが。
 子を産み、育て、幸せな家庭を築くというささやかな幸せ。それはレベッカにとっての希望であった。
 稀にディアのところを訪れる事があると、彼女はとても嬉しそうに仲間達にそれを語った。
 母親になったディアの幸せが、まるで自分のものであるかのように……。
 だが、現実として、二人は一所に落ち着くことの出来ない暮らしを続けている。
 それは、彼女の身に流れる王家の血筋ゆえであった。
「来るさ……」
「え?」
 振り向いたレベッカに、彼は静かに笑いかけた。
「いつかそんな日が来るさ。その為に、俺が傍にいるんだから」
「レッド……」
 抱きしめた肩は華奢で、とても剣を振るうようには思えない。
 それでも、今はまだ戦い続けなければならないのだ。
 いつか来る、その日まで。


●蘇る力
「まったく……厄介ごとを持ち込んだかと思えば、治療までしろってか」 
「はぁ、すいません」
 無人の家で待つこと三時間。
 帰ってきたのは少年にしか見えないナーガの医者で、しかも口が悪かった。
 名はキルカというらしい。
「まぁ、俺様は天才だから治せない事もないが、とりあえずお茶淹れろや」
「はい」
 素直にレベッカが台所に向かう。
 程なくして戻ってきた彼女からお茶を受け取り、旨そうにそれを啜る。
 どうにも見た目通りの年ではないようだ。
「いつまで突っ立ってんだよ」
「はい?」
「うすらでかいのが突っ立てると首が痛ぇんだよ。とっととベッドに寝やがれ」
 すごすごと横になるレッド。
 キルカの背丈はグランよりもまだ低かった。
「ふん……ここか」
 首筋から背中にかざしていたキルカの手が、一箇所でぴたりと止まった。
「あの……治りますか?」
「治す事は出来る。だが、こんな戦い方してたんじゃ元の木阿弥だな」
 レベッカの問いかけに、少年は不機嫌そうに答えた。
 手をかざしたまま、レッドの方に鋭い視線を向ける。
「見れば解かる。こいつは限界を超えて無茶をした戦いのツケだ。今はまだいいさ。だが、その内取り返しのつかない事になるぜ」
「……」
 かつて、アミュートの力を限界以上に引き出すために暴走した時の傷跡である。
 その後、同じ状態にはなっていないはずであったが。
「ファラ嬢ちゃんの話も聞かせてもらった。そん時にも竜の力を降ろして戦ったんだってな。体は正直なものだ。混ざった力は戻らない」
 そう言って、キルカは椅子に戻った。
「オーラ魔法を使えるようになるには、どれくらいかかりますか」
 上体を起こしながら聞くレッド。
 火天アグニスとの戦いは恐らく避けられないだろう。それまでに使えるようになるかどうかで、戦いの行く末も変わってくるかもしれない。
「もう、とっくに治ってるつーの。俺を誰だと思っていやがる!」
「え?」 
 試しに拳を握ってみる。
 そこにオーラ魔法の基本である、『オーラパワー』を発動させる。
 拳に強い気が満ちる。
 それは久しぶりの感覚であった。
「ありがとうございます!」
 深々と頭を下げるレッド。
 隣では、同じ様にレベッカが頭を下げていた。
「もういいっつーの。仕事だからな。それより、お前ら、泊まるとこが無いんだろう? 泊めてやるから、部屋片すの手伝えや」
 それから四時間。
 二人はキルカにこき使われる事になったのであった。


 結局、夕飯はレベッカが作る事になり、簡単なポトフが卓上に並べられる事となった。 
 けして上出来とは言えない料理だったが、キルカは結構旨そうにそれを平らげ、御代わりまでした。
「お粗末さまでした」
 微笑みながら照れるレベッカに、彼はぽんぽんと腹を叩いて満足の意を示してみせた。 
「ところで……」 
 食後のひと時に、レッドはかねてからの疑問をキルカに投げかける事にした。
 それは、兵士達が言っていた『ナーガがしてきた、殺されたって仕方がないような事』についてである。
「その話か……」
 食後のお茶を啜っていたキルカが、顔をしかめる。
「話したくない内容であれば、無理には聞きませんが」
「ん、そういう訳じゃないんだがな」
 僅かに居住まいを正すと、彼はゆっくりと口を開いた。
「まぁ、ぶっちゃけた話をするとだ。この地方を平定した王国があってだ。すんげー力を持った『神霊王』ってーのが治めていたわけなんだ」
「なんかすごいぶっちゃけかた……」
「うるさいよ、そこ。で、それを守る八人の護衛士の一人として、『龍王』と呼ばれる地位があったわけさ。これが読んで字のごとく、ナーガを代表する立場でもあったんだが……」
「反乱を起こした、と」
「そういうこと」
 もう一度、お茶をひと啜り。
「本来は『阿修羅王』と呼ばれる筆頭護衛士がそーゆーのを抑える立場だったんだが、先代の『阿修羅王』が亡くなって代替わりをしたばかりでなぁ。結局、内乱状態になったあげく『龍王』は敗れたわけ。それでもう、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってもんさ」
「はぁ……」
 ところどころ解らない言葉遣いが出てくるのだが、アトランティス出身である二人にはなんとなくニュアンスで通じる。
「その『龍王』は何で反乱を起こしたんですか?」
「そいつが今もって謎でなぁ。元々、護衛士たちは『神霊王』に絶対服従し、その力を授けてもらう事で特殊な戦闘力を有している。しかし、『龍王』だけは例外的な力を持っていた」
 レッドは火天アグニスの事を思い浮かべた。
(奴の力も、源はそこから来ているという事か)
「奴ら、判らないのをいい事に、竜の因子は潜在的に反逆の意思を秘めているとか言い出したわけさ」
 それからはひどかったらしい。
 弾圧に次ぐ弾圧。
 そしてナーガの間にも、かつての英雄だった『龍王』に対する恨みを抱く者が増えていったのだという。
「ま、そんなわけで。この国じゃナーガの地位は最下層。何をされても文句は言えないというわけだ……ふざけんな!」
 思い出したように怒り出すキルカ。
 彼にも思うところがあるのだろう。
「この国にいてもいい事なんか何もねぇ。俺は移住の件はいい話だと思ってるよ。元々、この村に愛着があるわけでもねぇしな」
 多分、話し合いは移住に肯定的な方向でまとまるだろうと、キルカは最後に告げた。
「大分端折ったつもりだが、長くなっちまったな。二人は隣の部屋を使ってくれ。寝具も一応あったはずだ」
 それを聞き、レベッカがそちらの方に向かっていった。
 レッドもそれを手伝おうと歩みかけたところで、キルカに止められた。
「おい」
「何です?」
「お前は強ぇ。恐らく、本気を出せば当時の『龍王』にさえ匹敵するかもしれん」
「……」
 肩に置かれた手に力がこもる。
「だから言っておく。『天王』を名乗る輩が現れた時は、戦いを避けろ。お前は確かに強い。だが、それ故に奴には勝てないだろう」
「……それほどに?」
「『龍王』を止めたのも、先代の『天王』だったと聞いている」
 肩に置かれていた手が外れる。
 そこにどれだけの力が込められていたのか。
 灯りを消すキルカの背に、レッドは言い知れぬ不安を感じ取っていた。


●進むべき道と立ちふさがる者
 翌朝、ファラの両親に呼ばれた二人は、村長から移住の件を正式に依頼された。
 村を離れる準備には二日かかるとされ、レッドはこの先の戦いを覚悟した。
「追っ手はこちらの様子を見て、大きく迂回したみたいだね」
 とは、偵察に出たレベッカからの報告だ。
(恐らく、アグニスはこちらが動くと見て、山間での戦いを避けたんだろう)
 追っ手に追い越される前に国境を越えたかったのだが、それは無理そうだ。
 狭い戦場であれば、二人でも何とか凌ぐ自信があったのだが。
 卓上の地図をじっと眺める。
「狭い谷間を一気に抜けていくか、時間はかかるけど迂回して平野を通るかだね……」
 村で戦える者は最低限しかいない。
 実質、二人で主力を抑える必要があった。
「平野で捕まると、戦場は広くなる。そうなると犠牲は多くなりそうだな」
「かといって、谷間はもろに待ち伏せされそうだし」
 どちらを進むべきか。
 決断の時は迫っていた。



                                   了



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3098/レドリック・イーグレット/男/29歳/精霊騎士

【NPC】
 
レベッカ・エクストワ/女/23歳/冒険者

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 遅ればせながら、東方編第二回をお送りします。
 予定通り三回で終わる事になりそうです。
 次回は殆んど戦闘になりそうですね。

 出来るだけ早い段階で最終回まで書きたいと思います。
 もうちょっとおつき合いくださいませませ。

 それでは。