<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『広場の薬屋〜付き合い〜』

「リルド、大事な話がある」
 診療所に訪れたリルド・ラーケンを前に、キャトルが真剣な表情を見せた。
「……なんだ?」
 軽く眉を顰めながら、リルドは腕を出す。
 リルドは以前、錬金術ファムル・ディートに自分用の薬の開発を依頼した。
 完成後、ファムルは事件によりいなくなってしまったが、キャトルの親戚が調合を行なえるということで、変わらず薬の注文はできるはずであった。
 薬の注文時には、必要に応じてリルドの血を提供しなければならないことになっている。
「実は……」
 キャトルは注射器を手にしながら、言った。
「あたし、血を抜いたことないんだー!」
 そんなことかと、リルドは吐息をついた。
 とはいえ、血を採ってもらわねば、彼女の命に関わる。リルドも注射器で血を採ったことなどないが、見よう見まねでもどうにかなるだろうと腕の青い静脈を指差した。
「この辺りに針を刺し、抜いていけばいいだろ」
「う、うん……やってはみるけど、やだなー人の血取るなんて……というか、ごめんね……」
「薬の対価だ。気に病む必要なんてねぇんだよ」
 柄にもなく、慰めるような言葉を言ってしまった。
 キャトルは頷いた後、覚悟を決めたのかリルドの腕に注射針を刺した。
 ……なかなか思うようにいかないらしく、3度ほど刺しなおしをして、ようやく必要量の採取が終わる。
「うううっ、次は練習してもっと上手くなっておくからねーっ」
「する必要ねぇよ。そんな細い針、何度刺されても痛みなんか感じねぇよ。」
「う、うん。ありがとね」
 キャトルはリルドの血を小瓶に入れて蓋を閉めると、大事そうに冷却装置の中に入れた。
「リルド、休んでいってね。血を採った後だし、外暑いから貧血起こすかもしれないし」
 血を採ったといっても、今回は大した量ではない。だから、全然問題はないのだが……リルドは自然に「ああ」と返事をしていた。
 キャトルはコップに水を注いでリルドに渡す。
「水しかなくてごめんね〜。節約中なんだ」
「生活費、困ってんのか?」
「ううん、あたしは実家に帰れば幾らでも贅沢できるんだけどね。ここのお金は出来るだけ貯めておきたいと思って」
 そう言った後、キャトルはファムルが使っていた事務机に向い、ノートに、今日の採血量や、リルドの注文の内容について記していく。
 リルドは水を一口飲み、キャトルを見ながら、以前同じように自分の注文を聞き、薬を調合してくれたファムルの姿を重ねる。
 ファムルがリルドの血を欲したのは、“自分の親戚のような子の命を救いたい”という理由であった。
 その親戚のような子というのが、このキャトルであることを後にリルドは知った。
 しかし、気にしないことにした。
 出会った当初から、キャトルが異常に痩せていることや、同じ年頃の少女に比べて小さいこと、体力がないことに、気付いてはいた。
 でも、気にはしなかった。
「そういやアンタ、魔法の品は駄目だったんだってな? それなのに魔法具の類い狙ってなかったか?」
「え?」
 キャトルはリルドの肩を見た。服に隠れているが、そこには刻印がある。
「なんだ?」
「ううん……なんか、あたしたまに、自己中心的な自分が情けなくなるよ」
 そう言ってキャトルは弱く果敢なく笑った。
 最近、リルドはキャトルのこんな顔をよく見る。
 どこか思いつめているようであり、だけれど、本心を語ってはいない。
 自分の本心を押し殺しながら、切なく哀しく笑う。
「なぁ、キャトル……」
「ん?」
 キャトルは僅かに笑みを明るいものに変える。
「今更だけどよ、教えてくれねぇか? アンタ達の……いや、アンタの事」
「あたしの、こと?」
 不思議そうな顔をするキャトルに、リルドは頷いてみせた。
 リルドはキャトルのことを、何も知ろうとはしなかった。
 だけれど、時折見せる哀しげな表情や、切なげな笑みが胸に響いていた。
「なーにを話せばいいのかな? あたしの身長とか体重とか? あたし、成長が遅いみたいでさー」
「その、成長が遅い理由や……長くは生きられないって話だ」
 リルドの言葉に、キャトルは一瞬口をつぐんだ。
 しかし、次の瞬間には笑顔を見せたのだった。
「それならね、もう大丈夫なんだよ。リルドや皆が助けてくれたから。生命力の強い血を分けてくれたりねっ!」
 リルドは黙ってキャトルを見つめた。
 キャトルは目を逸らして、でも笑みは絶やさず、言葉を続けた。
「んー、あたしはさ、人間のお父さんとお母さんから生まれた人間じゃないんだ。作られて誕生したっていうのかな? そういう風に生まれる種族なんだ。種族って言い方も変かな? 特にあたしは凄い遺伝子を組み込まれてたから、最高傑作になるはずだったんだけどね、そう上手くはいかなくて、失敗作になっちゃったんだって。そのせいで、第二次成長期は越せないだろうって言われてたの。だけど、リルドが血を提供してくれたりして、ファムルが肉体強化の薬を作ってくれたお陰で、なんとか成長期を越せそうなくらいの身体を持つことが出来たんだ! そして、今では元々障害となっていたモノに関しても改善されつつあるの。だから、もうあたしは大丈夫なんだよ」
「……現状を維持すれば、人間と同じように生きることができるのか?」
「うん、ちゃんと節制していれば、40代くらいまでは多分大丈夫! ……妊娠とかすると、危ないんだけどね。それは仕方ないかな」
 40代……人間の寿命と比べて、かなり短い。そして、妊娠はできないという。
「そうだ、ちょっと待ってて」
 そう言って、キャトルは奥の部屋に駆けていき、直ぐに戻ってきた。
「リルド、これ……っ」
 キャトルが持って来たのは、ブレスレッドだった。春にここで行なわれたパーティの時に、リルドがプレゼントしたマジックアイテムだ。
「魔法具の類いはね、今まで身に付けることができなかったんだ。でも、今はそれも大丈夫になった!」
 そう言って、キャトルは右手に、ブレスレッドを嵌めたのだった。
「ありがとう、リルド」
 嬉しそうな微笑みに、リルドはそっと目を伏せた。
 あの時。
 そう、春の祝いの時であっても。
 彼女のことを知っていれば、もっと別のものをプレゼントしただろう。
 そしてファムルに関しても。
 薬師として信頼はしていた。
 だけれど、もっと彼という人物を知ろうとしていたら。
 彼を今回の件に近づけてはいけない人物だと、気付けていたかもしれない。
 リルドは残っていた水を一気に飲み干して、立ち上がった。
「薬が出来た頃、また来る」
「うん、待ってるね。一人であの場所に行ったり、無茶したりしないでよ!」
「わかってる。……アンタもな」
 ちらりとキャトルを見ると、彼女は笑顔で小さく頷いていた。……やはり、どことなく哀しみを感じる笑みであった。

 診療所を後にして、広場の草むらの中を歩く。
 振り返っても、もう診療所は見えない。
 リルドは右目の眼帯に手を伸ばす。
(アンタの事、教えてくれ、か……本当に今更だな。こんなモン付けてる俺が言う事じゃねぇ)
 竜の瞳を隠し、人間のフリをして、都合の良い時だけ竜の力を借りていた。
 もし、自分を――相手を、認めていたら……受け入れる強さがあったら、変わっていたかもしれない。
 キャトルも、ファムルも。知り合ってきた、多くの人々の今も。

 一番身近な存在とも、深く心を通わせずにいた自分に、今、気付いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 魔力使い】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
今回はキャトルの話を聞いていただきましたが、いずれはリルドさんのことも、キャトルにお聞かせいただければと思います。
知っても知らなくても、キャトルにとってリルドさんは命の恩人の一人であり、とてもとても大切な人なのですが。
発注ありがとうございました。またどうぞ、よろしくお願いいたします。