<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『どんなことだって』

 朝。
 久しぶりに、この村で迎えた朝だった。
 村人が挨拶を交す声が、遠くに聞こえる。

 あまり良く眠れなかった。
 久しぶりに、大切な友達の間で過ごした夜だったのに。
「おはよう」
 起き上がったリミナは、笑顔を見せて髪を整え始める。
 ルニナはまだ起きてはいない。
 ……いや、目は開いている。ただ、ぼーっと天井を眺めていて、起き上がろうとしなかった。
「千獣、水汲んできてくれるかな? その間にルニナたたき起こして、朝ごはんの準備進めておくから」
 リミナの言葉にこくりと頷いて、千獣は立ち上がった。

 外へ出ると、朝露がキラキラと輝いていた。
 鳥達の声がとても可愛らしく感じる。
 千獣は走り出したい気分に駆られる。
 だから走った。
 井戸まで走って、水を汲んで、直ぐに家へと戻った。

 朝食の準備はリミナが一人で進めており、ルニナはようやく起き上がったところだった。
「おはよ、千獣!」
「……おはよ、ルニナ、リミナ……」
 千獣は水をたっぷり入れた桶を、リミナに渡すと、リミナの指示を仰ぎ皿を並べることにする。
 そうして、3人で過ごしていた頃と変わらぬ朝を、3人で過ごした。

 ずっと、このままだったらいいのに。
 この村に遊びにきたら、リミナがいて、ルニナがいて、村の人々がみんな揃っていて。
 夜はこの家で過ごして、こうして朝を迎えて。
 何も特別なことなんて起きなくていいから。
 こうして、穏やかに過ごせればいいのに。
「それじゃ、ちょっと買物に行ってくるね」
 リミナは食事の片付けを終えた後、買物に出て行った。
「千獣、お昼は何食べたい? お昼食べたら帰っちゃうんだよね? この村には特別なものないけどさー、せっかくだから、美味しいもの食べたいよね」
 昨日の夜、聖都から訪れた人々と村の人々との間で、夕食会が開かれていた。
 だけれどその夕食会に、ルニナは殆ど顔を出さなかった。
 夕食会を拒否していたのではなく、キャトル・ヴァン・ディズヌフと何か相談をしていた所為と思われる。
「ルニナ……」
 千獣は真剣な目で、ルニナの名を呼んだ。
「ん、なあに?」
 ルニナはリミナのような優しい目で答えてくれた。
「昨日の、話……一晩、考えて、みた……。一番、に、守らなきゃ、いけない、存在、がいる。大切、な、人たち、が、いる。その人たち、のため、なら……どんな、こと、だって、するって、言った、よね?」
「うん、言ったよ」
「じゃあ、キャトル、達と、協力、することが、リミナ、や、この村、の、みんなの、ために、なることなら、協力、できる?」
 千獣のその問いに、ルニナは即答しなかった。
 表情を曇らせて、どこか遠くを見るような目で、深く深く自分の中に入り込む。
「……できない、の? キャトル、のこと、嫌いとか、恨んで、る、わけじゃ、ないん、だよ、ね……?」
「嫌い、かもしれないし、恨んでるかもしれない」
 呟きのような小さな言葉であった。
「もしかしたら、嫉妬してるのかもしれない」
 そして、ルニナは自嘲的な笑みを浮かべた。
「うん……それでも、千獣が言うように協力することが、リミナや村の皆の為になるなら、協力だってなんだってするよ」
 好きになれない人もいる。分かり合えない人もいる。それでも、協力ができるのなら……。
 今、両者の間には溝があるかもしれないけれど、共に動き、お互いを知り合っていけば、何かが変わるかもしれない。
 変わらなくても、協力することでお互いの大切なものが守れれば問題はない。
 千獣は漠然とであったが、そう思っていた。
 ファムル・ディートを接点に、開いた溝の分は自分が動いて埋ることができれば、と。
「あの子とはね、利害関係が一致するところまで協力しようと思ってる。昨日はそういう話をしたんだ」
「……利害、関係が、一致……?」
 ルニナは首を縦に振って、語り出す。
「まず、ファムル・ディートという錬金術師。この人物の存在を隠しておくという、治療をしてあげた私達に恩知らずな行為をしたことに関しては怒っているわけじゃないけど許すつもりはないし、その男は不要と考えている」
 ルニナの厳しい言葉に、千獣は心が痛かった。
「私には時間がない。私以外にも、明日明日死んでもおかしくない人達がこの村には存在している。確かにその錬金術師は有能なんだろうけれど、過去の記憶がないっていうじゃない。それに、私達の状況を全て知っているわけではない。私は彼以上に有能で、治療に適した人物を知っている」
「……だ、れ……」
 声を震わせながら、千獣は聞いた。
 その先の言葉を聞くのが、何故か……怖かった。
「アセシナート騎士ザリス・ディルダ。あの女を捕らえて、服従させ、私達の治療にあたらせる。全ての知識を奪い取った後、最後はこの村の中心で火炙りにして殺す……それが私の夢。村の皆が一番望んでいること。死んでいった人達は戻らないけれど、それくらいの手向けはしたい」
 千獣はぎゅっと目を閉じた。
 その気持ちが、痛いほどわかった。
 その人物の所為で、ルニナもリミナも、沢山の大切な人の死を見てきた。
 そして、沢山の大切な人達が弱っていく様子をこれから見るのだろう。
 諦めない。諦めないけれど、いつか、誰かが死んでしまうかもしれない。
 そんな気持ちの中。
 生まれてくる、感情。
 多分、皆が持っている気持ち。
「……だけ、ど……」
 だけど、それは現実的じゃない。
 乗り込んで、倒すことだって現実的じゃないのに。
 捕まえて連れてくることなんて、絶対無理だということが良く解る。
 倒すことが現実的じゃない以前に、会うことだって現実的じゃない。
 入り込める場所ではなく、どこにいるのかも解らない。
「多分、その錬金術師とあの女は同じ場所にいると思うから。そこにたどり着くまでは、キャトルと協力をする。だけどその先は、互いの目的の為に動く。……私達は折り合うことができないよ、千獣。殺すことよりも、捕らえることの方がずっと難しいから。ファムルって男を助けるために、キャトル達はあの女を殺すことを選ぶと思うし。
 土壇場で裏切られるよりは、最初から割り切って付き合った方がマシだと思ってる。私はあの子やあの子の大切な人を犠牲にしてでも、私と私の大切な人達の命と想いを最優先に考えて動く。あの子はあの子が大切にしている人の為に、私達の命や想いを結局は犠牲にするんだと思うよ」
 ルニナは大きく息をついた。
「何もせずに、死ぬのは嫌。それを成し遂げたら、私は聖都の人達に同じ目に遭わされてもいい」
 考えが纏まらない。纏まらない。
 だけど、千獣の気持ちは決まっているのだ。
 ルニナがリミナを大切に思う気持ち。キャトルがファムル達を大切に思う気持ち。
 “二人の誰かを大切に思う気持ちを守りたい”
 そのためなら、それこそ、どんなことだってする。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
ルニナ
リミナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
続編が近付くにつれ、千獣さんの心を酷く傷つけてしまっているような気がして心苦しいです。
辛いことが沢山待ち受けているかもしれませんが、千獣さんらしく立ち向かってほしいと思っております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。