<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『探索に出よう〜あなたの側で〜』

 馬車から飛び降りると、村へと駆け込んだ。
「あ、千獣、お帰り〜」
「ただ、いま……」
 この村が住処なわけではないけれど、村人達は自分を「お帰り」と迎えてくれる。
 夕日が当たりを包み込んでいる。
 オレンジ色に染まった村に、人々の姿がぽつん、ぽつんと見えていた。
 この間来た時と、何も変わらない。
 同じように皆、元気に見えた。

 見える、だけだ――。

 そんな言葉が千獣の脳裏に響いた。
 千獣は激しく首を振って、言葉を追い出すと、大切な友の家へと駆けた。

「あ、千獣!」
 リミナが優しい笑顔を浮かべて、千獣を家の中に通してくれた。
「ルニナ、は……?」
「ルニナは今、診療所に行ってるわ。今日はルニナに用があってきたの?」
 千獣はリミナの言葉に、首を横に振った。
「……2人、に、色々、話、聞こうと、思って……」
「そっか」
 リミナは紅茶を淹れて、千獣と自分の前にカップを置いた。
「これ……」
 千獣は、懐から小さな丸い石を取り出して、リミナの前に置いた。
「……ホワイト、ラビット、から、もらった、宝珠……」
「まあ、珍しい……」
 リミナは手にとって、宝珠を眺めた。
「ルーン文字が見えるわ。本物ね……」
「……これ、どう、使う、の……?」
「んー。よくは分からないけれど、魔法を使う時、役に立つんじゃないかな? ホワイトラビットの宝珠なら、ホワイトラビットが使用する……魅了系とかかな?」
 千獣はちょっと眉を寄せた。
「……私、には、必要、ない、もの……? 扱え、ない、もの?」
「一概にそうとは言えないけれど、魔法を使う人の方が有効的に活用できそうね。でも、聖獣の力というのは認められた人や、契約を結んだ人しか扱えないものだから、千獣がホワイトラビットから手に入れたものなら、千獣しか使えないものよ、これは。あと多分、これを持っていると、そういう術にかかり難くなるんじゃないかしら?」
「そっか……」
 術に掛かり難くなるのなら、魔法が使えなくても持っている価値はあると千獣は思った。
「あと、あの……人。ザリス」
 その名に、リミナは一瞬にして表情を曇らせた。
「……力、どれくらい、だと、思う……?」
 リミナは少し沈黙をした。
 そして軽く目を伏せると、語り始めたのだった。
「体内の魔力は多い方だと思う。だけれど、魔法にはそんなに長けてない。私達の方がずっと上だと思うわ。ただ、あの人にとっては、側にあるもの……主に人は全て武器のようなもの。身に付けているアクセサリーは全てマジックアイテムだと思う。側仕えは彼女の操り人形も同然。配下の者が逆うことのないよう、弱みを確実に握っている。さすがに隊長格の人物までは自由に出来ないようだけれど……」
「……それは、凄く、強い、って、いうこと……?」
「そうね。隙がないわ。だけどあの時、聖殿で会った時は考えられないほど隙があったような気がする。相当油断してたのかしらね? でも、結局は自分だけ逃げる道を用意していたのよね」
 油断していたのではなく、予想外の事態が発生したため、ザリス自身が動かざるを得なかった。
 そして、途中でフェニックスの結界が強まったことも、彼女にとって予想外だった……そんな状況であったからこそ、与えることができた一撃であった。
 それを、リミナも千獣も把握していなかった。
「なんとか隙を作って、何も無い空間で裸にしてしまえば、そこそこ魔法が使える女性にすぎないわ」
「どう、やったら、隙、作れ、る……?」
「それは私も知りたいわ……。入浴時だって、マジックアイテム外さないでしょうし」
 リミナが哀しげに吐息をついた。
「……そっか……」
 2人の間に、沈黙が流れた。
 家の中も外もとても静かだった。
 大地の呼吸が聞こえそうなほど、静かな場所。
 皆が幸せだったら。
 幸せに平和に生きられるのなら。
 きっと千獣はこの村が大好きになっていただろう。
 今だって、皆のことは大好きだけれど……。
「村の、人、皆、元気……? マニュアル、実行、してる……?」
「うん、診療所で井戸端会議を開くのが日課な人が多いから。そこで指導を受けて、皆それぞれ頑張ってると思う」
 リミナは少しだけ目を泳がせた。
 そして、彼女の顔から哀しみが滲み出た。
 確かに頑張ってるのだろう……。
 だけど、あまりいい状況ではない。
 リミナの顔から、そう千獣は感じ取ってしまった。
「リミナ……」
 何を言えばいいのだろう。
「リミナ……」
 この感情をどう表現すればいいのだろう。
 自分に何ができる?
 願いがあって。
 望みがあって。
 叶えたいと思っている。
 皆を守りたい。
 リミナを、ルニナを守りたい。
 だから、今すぐに動きたい。
 動きたい――。
 千獣は立ち上がった。
「どうしたの?」
 リミナは不思議そうに訊ねる。
「リミナ……私……」
 その次の言葉が出てこなかった。
 頭の中で、何かがはじけ跳んで。
 目の前が真っ暗になった。

    *    *    *    *

「……の?」
「……たみたい」
「……ったく」
「私達……に……るね」
「でも……約束……から……方が……もっと」
「そうね」

 遠くで会話している人達がいる。
 自分も混ぜて欲しくて、立ち上がろうとするけれど、体が動かなかった。
 声を上げようとしても、声が出ない。
 心の中で、必死に叫んだ。
 大切な人達の名前を、一人、一人。
「リミナ、ルニナ……」
 その名を呼んだ途端、手が暖かくなった。
「ここにいるよ、千獣」
 リミナの優しい声は、魔法のようだった。
 魔力のいらない魔法。
 千獣はゆっくりと瞼を開けた。
「こら、千獣が無理してどうする!」
 強くて元気で、それでいて優しい声は、ルニナ。
「お医者様に診てもらったけど、特に異常はないみたい。精神的ストレスじゃないかって。だから、ゆっくり休んでね。ずっとここにいてもいいのよ」
 穏やかで、暖かい声はリミナのもの。
「リミナ……ルニナ」
 千獣はもう一方の手をゆっくりと上げた。
 その腕を、ルニナが掴んで微笑んだ。
 リミナは千獣の額に手を当てて、熱がないことを確かめた後、頭を撫でたのだった。
「無理はしないでね。一人で抱え込まないでね……」
 リミナの言葉は子守唄のようだった。
 再び、千獣は眠りにつく。

 遠く、遠くに、ルニナとリミナの声が聞こえる。
「お休み千獣」
「私達の大切な妹」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
ルニナ
リミナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
どうか今はゆっくりお休みください。
ここがもう一つの千獣さんの家であり続けることができますように。
発注ありがとうございました。