<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


作戦会議は家族たちと 〜meeting〜

 はるか200年前に滅びた魔女の都市、ロエンハイム。
 数十年に一度と言われた天才、虹の魔女。
 ――彼女が生み出そうとした、不死鳥という至高の存在。

 そして、虹の魔女の魔力によって滅びたロエンハイム。

 しかし虹の魔女の力は残滓となって残った。実体のない存在として。
 実体はなかった――はずだった。
 たまたま傍に、他の魔女がいなければ。

 虹の魔女の魔力はその魔女の影響を受け、その魔女の姿を写し取り実体化した。
 実体を取る原因となった魔女は、少女の姿を取った虹の魔女の残滓に転移魔法をかけ、そして。
 虹の魔女の力の影響を受け、ただの転移魔法が空間転移へと変化し。
 少女の姿をした虹の魔女の残滓は、ここへ現れた。

 かつては空中都市ロエンハイムの真下に在った、200年後の『精霊の森』に。

 ■■■ ■■■

「そういうことか……」
 エル・クロークから話を聞いて、精霊の森の守護者クルス・クロスエアは深々と嘆息した。
「なるほど。――なるほど」
 納得したように何度もつぶやく。
 クロークは小屋の隅のベッドを一瞥する。
 そこで、今はセレネーと呼ばれる少女がすーすーと寝息を立てて眠っていた。
 セレネー。それは、クルスが名づけた仮の名前だ。
 本来の名は分からない。ただ分かっていることは――
 彼女は、虹の魔女と呼ばれる200年前の天才魔女の力の、残滓――だということ。
(……いや)
 クロークは心の中で否定した。
(許さない。セレネー嬢を"残滓"だなどと呼ぶことは)
 セレネーはたしかに、元は実体のない存在だったのかもしれない。
 それでも彼女は今たしかにここにいるのだ。人間として。
 ……このまま放っておけば、セレネーの内側から不死鳥が生まれるという。
 そして現在記憶喪失のセレネーの記憶が戻れば、虹の魔女として覚醒するだろうという。
 条件は最悪だ。それでも。
「外からこの不死鳥の刻印に干渉する術は今のところ、ない」
 クロークはクルスと向き合って椅子に座ったまま、クルスと視線を合わせた。
 クルスの森の色の瞳がすっと細められる。真剣にクロークの言葉を聞いている表情。
「今分かっている一番確実な方法は、内側から直接、あの『熱』に干渉すること――」
 セレネーの内側に『熱』が存在する。それは、不死鳥の――いわば卵、だ。
「それにはこの森に住まう精霊達と、クルス氏の力が必要だ」
 クロークは赤いまなざしをまっすぐと森の守護者にぶつける。ぶつけて、反応があることを期待する。
 クルスはまだ何も言わない。
 しばしの沈黙。揺れる呼吸。落ち着かない感情。
 クロークはため息をついた。
「……けれども、何が起こるか分からない以上、この方法が最善とは言い切れない……」
 今、この小屋は静かすぎた。クルスは何も言わず、開け放たれた窓から風が入ってくることはなく、ときどき暖炉の火がぱちりと爆ぜて、
 そして、眠っているセレネーの寝息が聞こえて。
「――危険が伴うだろう――」
 セレネーの呼吸が穏やかなことに心底喜びを感じながら、クロークはつぶやく。
 目の前の森の守護者を見つめると、青年は視線を床に落としていた。思考している――
「それでも実行に移すべきか、それともまた別の方法を考えるべきか。クルス氏や、皆の考えを聞かせて欲しい」
 一気に吐き出した。
 その後に残った吐息。しゃべるということはこれほど疲れることだったか。
 クルスの視線はまだ下に向かって揺らいでいる。彼の迷いを責める気など毛頭ない――
 何よりクロークが、まだ迷っているのだから。
 ――暖炉の火が、小さく爆ぜた。
 クルスが前髪をかきあげた。
「――内側から干渉するには――」
 青年がようやく、言葉を紡ぎ始める。「この森の精霊の誰かを、セレネーに宿らせるしかない」
「そうだね」
「そもそも問題の『熱』に気づいたのはグラッガだった……」
 クルスの視線が暖炉に向く。
 応えるように、暖炉の火が揺らいだ。――暖炉の精霊グラッガ。気性は荒いがセレネーのことをとても大切にしている。
 グラッガがいるのだろう方向を見つめたまま、クルスは続けた。
「放っておけばセレネーの内側から不死鳥は目覚め、セレネーは消えてしまう……仮に不死鳥の復活を止めることができたとしても、セレネーが記憶を取り戻せば虹の魔女として覚醒する……」
「そう、みたいだね」
「虹の魔女として覚醒しても、結局は不死鳥になるのと同じだ。虹の魔女の目的は自らが不死鳥になることだったんだろう?」
「そういう話だった」
「――セレネーを虹の魔女として覚醒させるわけにはいかない」
 それは緑の瞳を持つ森の守護者には珍しい、低く押し殺した声だった。
「セレネーが望むなら、記憶が戻った方がいいと思っていたが――ダメだ。いや、これは僕のエゴかもしれないが」
「そんなことはないよ、クルス氏」
 クロークはゆるりと首を振る。
 セレネーを覚醒させてはいけない。それはクロークも考えていたことだから。
「キミたちが行った魔女の里で、ロエンハイムの話を聞いても、セレネーは記憶を取り戻さなかった」
 クルスは改めて、視線をクロークに戻した。「元々不死鳥の刻印は、記憶封じの魔術だからな……それが影響しているのかもしれない」
「そこが分からないんだ」
 クロークは口を挟んだ。「結局セレネー嬢の背の刻印は、記憶封じのためだけだったのか、やはり不死鳥復活のためだったのか」
「――イニシエーション――」
 青年の緑の瞳に瞼が下りる。
「記憶封じは、不死鳥復活のための通過儀礼――なのかもしれない」
「虹の魔女が自ら己の記憶を封じたと?」
「この僕が」
 クルスは自分自身の胸を親指で指した。
「――不老不死になるために、過去の記憶を捨てたように」
 通過儀礼だった、と彼は言った。
 不老不死になるために、過去を捨てるのは、
 犠牲であり、代償であり、イニシエーションだったと――
「では、虹の魔女は不死鳥となるべく、その通過点として自らの記憶を封じた。いや、捨てたのかもしれない。クルス氏と同じように」
「そう考えてもあながち間違いじゃないだろうな」
 暖炉がぱちりぱちりと爆ぜて、何かを訴えている。
 クルスが視線だけをそちらに向けて、何かを聞き取ろうとしている。
「――ああ、分かってるグラッガ……今のセレネーの体には、水と樹の精霊は宿せないな」
 それを聞いて、クロークはあごに手をかけた。
「となると火の精霊と――岩の精霊、風の精霊」
「風の精霊は、炎をあおるかもしれない」
 クルスは危惧する。「不死鳥は風に乗るかもしれない」
「――岩の精霊は……」
「影響はなさそうだが……それは逆に言えば、影響を与えることもできないということだ」
「――……」
 クロークはうなずいた。岩の精霊を炎に――不死鳥にぶつけたところで、何の問題解決にもならないだろう。
「ということは」
 答はたったひとつ。
「火の精霊」
 ――それは一番危険であり、そして一番効果的な。
「ウェルリかグラッガか……」
 焚き火の精霊と暖炉の精霊の名を並べて、森の守護者は苦々しげな顔をした。
「ウェルリ嬢とは面識がないけれど……今回の話には不向きなのかな?」
 クロークが尋ねると、「そうだなあ……」とクルスは虚空をみやった。
「ウェルリは負けん気は強いんだが……少々無茶しいでね。時々考えなしなところがある。何しろ大量の水を見たら自ら飛び込みたくなるという性質の持ち主だ」
「それは……困ったな」
「だから――」
 クルスは再度暖炉に向き直った。ぱちんと指を鳴らす。光の粒子が生まれ、暖炉の火の中でそれは人の形を形取り、きらきらと爆ぜた。
 現れたのは、仏頂面をした20歳ほどの青年。
 暖炉の精霊グラッガ――
『セレネーの体に入るなら、俺が行くぜ』
 開口一番、グラッガは言った。『俺しかいねえ。そんなもん考えるまでもねえだろうが』
「分かっている。分かってはいるんだがグラッガ、内側から干渉すると言っても具体的にどうするかはまだ分かっていないんだ」
『あのくそったれな熱を追い出しゃいいんだろ?』
「そう簡単に行くわけないだろう」
 困ったように気合の入っている暖炉の精霊を見ているクルスに、クロークは言う。
「僕たちが会ってきた、魔女の里の長も協力してくれると言っているよ。クルス氏の魔力と、彼女の魔力とで、どうにかできないだろうか」
 クルスは口元に手をやった。
 長い長い彼の思考の時間が始まった。
 クロークは魔術に明るいほうではない。ここは任せるべきだと、辛抱強く待つ。
 セレネーの寝息だけが、今のクロークを落ち着かせてくれる安定剤。
「……僕の精霊宿りは、もって1日が限界……グラッガが長期的にセレネーの体に入っていられるのは1日が限界――」
 こぼれる独り言も、もらさず聞き取ろうと。
「不死鳥、虹の魔女の魔力の権化――魔力をぶつけて、中和させる、か?」
「魔力をぶつけることが可能なのかい?」
 クロークは慎重に尋ねる。
 クルスは難しい顔をしていた。
「グラッガに僕の魔力のありったけを持たせて――セレネーの中に入らせ、『熱』にぶつける。それ自体はおそらく不可能じゃない」
「では」
「僕の魔力だけでは足りない可能性がある。その魔女の里の長の魔力も預かって」
 セレネーの中にある虹の魔女の魔力は――
「――かつての天才魔女と呼ばれた頃よりは、はるかに弱いはずだ」
「そうだね」
「だから、僕や魔女の長や、協力してくれるなら他の魔女たちの魔力、とにかく集めて、グラッガに持たせセレネーの体に入らせる……」
 そこまで言って、クルスは苦しげにうめくと、くしゃりと前髪を乱した。
「グラッガは、やってくれるだろう」
『当たり前だ』
 即答。それは炎そのままの力強さ。
 だが、森の守護者の表情は冴えない。
「失礼だけどグラッガ氏では、その大量の魔力に耐えられないかな? この間精霊宿りをしたとき、『熱』を弾き返すだけでも苦労したと言っていた」
『俺様をなめんな!』
「いや……グラッガに大量の魔力を持たせる方法はある。それはいい。だが、セレネーの体の中にある虹の魔女の魔力とうまく力の均衡が取れていないと、セレネーの体が内側からスパークする」
 何より――
 守護者の、嘆息がひとつ。
「この方法の最大の問題点は……」
 クロークは唾を飲み込む。
「……虹の魔女の魔力を消滅させることで、セレネーという存在自体が消えるかもしれないということだ……」

 一瞬、体が凍った。
 冷え冷えとした何かが心の中を吹きぬける。脳裏をかきまぜていく。自分は一体何を考えている? 分からなくなる。

「セ……レネー……嬢、が」
 苦し紛れにこぼれた言葉は意味を成さなかった。
 消える。
 そんな言葉を口にしたくなくて。
「そんな――そんなことは、できるはずがない」
 切実なる思い。セレネーを助けたいから行っていることのはずなのに。
 不死鳥の魔力を消せば、セレネー自身が消える?
 そんな矛盾した話はない!
「他に……他に、ないだろうか? 何とか、セレネー嬢をつなぎとめたままでいられる方法――」
 クルスが前髪に手をやったまま、視線を泳がせた。
「……虹の魔女、としてではなく」
 冷静を努める彼の声は、却って苦しそうだった。
「セレネーがセレネーとして、しっかりとした人格を持って存在し続けることができれば、あるいは……」
 少女が少女として?
 クロークは自らの胸をわしづかんだ。セレネーの、淡い笑みが脳裏に浮かぶ。時折、今にも消えそうに思えるような存在の儚さ。
 虹の魔女の残滓としてではなく。
 "セレネー"として、彼女は自分を認識できるだろうか?
「セレネー自身の戦いになる……虹の魔女の魔力を消し去ったとき、グラッガが呼びかけることもできるだろう。だが、セレネーがそれに応えるかどうかは分からな――」

 ――こたえる

 突然の声に、はっとクロークとクルスは揃って振り向いた。
 いつの間にかセレネーが、ベッドの上で起き上がっていた。その幼い赤い瞳が、いつになく強い輝きをともして二人とグラッガを見ていた。
「私、やる」
「セレネー」
 まさか、聞いていたのか――?
 クルスが焦りをにじませた声で少女を呼ぶと、セレネーは予想に反してにっこりと笑った。
「大丈夫、なの。私、消えない、の。だって、だってね、みんなが、いるしね」
 それに、それに、

「――クローク、いるから、ね」

 その瞬間に、クロークの胸はわしづかまれた。ああ――
 この子を消すわけにはいかない。この子をつなぎとめなければ。自分に何ができる? 自分に――
「クローク、外から、私のこと、呼んで、ね」
 眠っていると思っていたのに。どうやらセレネーはすべてを了解しているようだった。
「グラッガ、私の内側から、呼んでくれる、よね」
『たりめーだ』
 お前を放すかよ――暖炉の精霊はきっぱりと言い切った。
 自分は外から呼べばいい? 外から、セレネーに呼びかけ続ければいい? それでセレネーをつなぎとめられるのか?
 ふと、
「……そうか……」
 森の守護者たる青年のつぶやきが聞こえた。
 そして青年は、おもむろにクロークに向き直り、
「クローク。前にも言ったと思うが僕の精霊宿りは精霊の本質を知っていなければできない」
「覚えているよ」
 それがどうしたのだろう――?
 クルスは真顔だった。
「キミは、精霊だ」
 その言葉が、急に重みを持って、クロークの双肩にのしかかった。
「キミは懐中時計の精霊だったね。その姿を、僕に観察させてはくれないか。キミの――本質を知るために」
「僕の本質――?」
「そうすれば」
 クルスは彼自身の右手を見下ろす。
「僕の精霊宿りで、キミをセレネーの体に送り込むことができるかもしれない」
「………!」
「人体解剖されるような心地だろうとは思う。でももし成功すれば、キミとグラッガと二人をセレネーに宿らせて、内側で戦ってもらうことができるかもしれない」
 これは賭けだが――と青年は言った。
「僕も、同時に一人の人間に二人の精霊を宿したことはない。単純に計算して、宿っていられる時間も半日に減るに違いない。けれどキミが内側からセレネーに呼びかけられる」
 他ならぬ、キミがね。そう言って、クルスはぐっと拳を握った。
「僕に懐中時計の姿を見せて、そしてセレネーの体の中に入る道を選べば、キミも虹の魔女の魔力と戦うことになる」
「僕に戦えるのかい? 僕は魔術師じゃない――」
「グラッガと同じ理屈だ。僕ら魔術師の魔力を持っていってくれればいい」
 クルスはだんだん早口になっていた。高じてきたのかもしれない。
「もし、懐中時計の精霊としてのキミの本質を知るのは無理だというなら、セレネーの言う通り外から呼びかけてくれるだけでもとても強いものとなるだろう」

 ――クロークの、いつも規則正しく刻を刻む体内時計が、そのときだけはなぜか早く感じた。
 グラッガの挑戦的な視線を感じる。
 セレネーの、儚いまなざしを感じる。

 さあ――

「クローク。キミは、どちらの道を選ぶ?」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3570/エル・クローク/外見年齢18歳/調香師】

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■         ライター通信          ■
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エル・クローク様
お久しぶりです、こんにちは。笠城夢斗です。
不死鳥の刻印編再開、本当にありがとうございます!
今回はこちらから問いを投げかけてみました。次回も続けてくださいますなら、ご返答よろしくお願いいたします。
セレネーを想ってくださるクローク様にお預けして……