<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―第〇話<準備>―』

 あの事件以来、用心の為宿を転々としていた。
 警備体制が整っているという理由で、エルファリアの別荘で過ごすことも多かった。
 突然仕掛けてくることはないと思われる。
 しかし、油断は出来ない。
 どんな時であっても、覚悟は決めておかねばならなかた。
 聖都近くの斡旋所で月の騎士団の動きを知った山本建一は、静かに決意した。
 戦いの舞台への旅立ちを。
 宿の木製のテーブルの上に、武器を並べる。
 杖、刀。
 共に魔法的効果を持った武器である。魔法戦になるか、物理戦になるか……判断は出来ないため、両方携帯しておくべきだろう。
 また、普段から持ち歩いている竪琴も、置いていく気にはなれなかった。
 防具はプラチナメイルのみ、必要に応じて装備をしておくべきと考えている。仰々しい防具は建一の戦闘スタイルには合わない。
 ファムル・ディートの診療所で注文した魔力回復薬2つと、回復薬(魔法薬)1つも受け取ってある。共に即効性を重視したため、液体の飲み薬だ。
 そして今回は――。
 テーブルの上に、小さな青い石を置いた。ホワイトラビットに認められ、譲り受けたものだ。
 この宝珠も役に立つかもしれない。
「試しておいた方がよさそうですね」
 訓練の為に、建一は宿の外へと出た。

 公園には幼子達の姿があった。
 街は今日も概ね平和であり、行き交う人々の顔も明るかった。
 天使の広場には沢山の露店が立ち並び、多くの人々が立ち止まっている。
 賑やかな街の風景。
 普段どおりの聖都エルザードだ。
 建一は、微笑ましげに街の中を歩いた後、聖都の外へと足を踏み出した。
 特別、行く場所があるわけではない。
 ただ、人目にはつかない場所の方が、訓練しやすいと思っただけだ。
 町並みが完全に見えなくなった場所で、建一は道具袋の中から宝珠を取り出した。
 ホワイトラビットは魔導師型の聖獣だ。その能力は主に3つ。
 魔力解放。任意の魔法1つを打ち消す能力。
 魅了。1対象を魅了し、親友のように思いこませる能力。
 そして疾走。高速で地上を駆けることができる能力だ。
 とはいえ、この小さな宝珠にそのような力が宿っているわけではない。
 この宝珠には、そういった力の発動を助ける力があるようだ。
 まずは魔力の打ち消し。
 瞬間的な魔法を打ち消すことはかなり難しい。ただ、敵の長時間に渡る精神攻撃などに対抗する時にはかなり有効的な術だ。
 訓練相手がいれば、試してみることができたが、今この場にいるのは自分一人であるため、建一は自分で発動した魔術の打ち消しを試みる。
 持続効果のある光の玉を生み出し――その魔法の打ち消しにかかる。
 途端、宝珠は鈍く光り、建一に力を貸してくれた。
 さほど大きな力ではないが、上手く利用すれば精神力を温存できそうである。
 続いて、魅了――は一人では試せないため、疾走を試してみる。
「……?」
 これはどうも、あまり魔法とは関係がなさそうだ。
 魔法を発動せずとも、走るという動作、及び魔力の発動を行なえば自動的に宝珠から微量の力が流れてくる。
 一通り確認を終えると、建一は聖都に戻ることにした。

    *    *    *    *

 真直ぐ宿には戻らず、建一はエルファリアの別荘へと向かっていた。
 特に、話があったわけではないのだが――。
 エルファリアは事情を全て知っているわけではない。
 建一が再び旅立とうとしていることも、知らないだろう。
 しかし、今回は長旅になる。数ヶ月から半年以上帰れない可能性もある。深い傷を負ったり、捕らえられたりしたのなら、それよりも長く。考えたくはないが万が一という可能性もなくはない。それほどの相手だと、建一は理解していた。
「相手が相手ですからね」
 小さく息をついて、あの女――ザリス・ディルダの顔を思い浮かべる。
 彼女が出てくるとは限らない。
 だが、資源が目当て、及び研究施設の設立となれば、そのトップに立つのはあの女と思われる。
 苦戦は必死。
 個人の戦闘能力だけでは勝てない相手である。
「建一さん」
 穏やかな声に顔を上げる。
 気付けば、別荘の前に着いていた。
「今日あたり、来て下さるんじゃないかと思っていました」
 エルファリアはそう言って、建一を別荘に招きいれようとした。
 建一は足を踏み入れかけて、思いとどまり首を横に振った。
 この安らぎの場に入ってしまったら、決意が鈍ってしまう気がした。
 この場所に、抱かれていたいと心は感じてしまうだろう。
「……行かれるのですか?」
 エルファリアは真剣な目で建一の黒い瞳を覗き込んだ。
 建一はゆっくりと頷いた。
「私は……全てを知っているわけではありません。ですが、いつも穏やかな建一さんがそんな――厳しい顔をする時は、何か危険な決意をされている時だと理解しています」
 一旦言葉を切り、エルファリアは建一の手を取った。
「戻って、こられますよね、ここに」
「……はい」
 建一はエルファリアの手を掲げて、頭を下げた後、こう言葉を続けた。
「どうか、帰ってくる場所でいてください」
「――わかりました。必ずここに、帰ってきてください」
 エルファリアの声は王女らしいはっきりとした口調であったが……僅かに震えていた。
 建一はそっとエルファリアの手を放して、エルファリアと微笑み合うと、彼女の別荘を後にした。
 ゆっくり瞬きをする。
 空を見上げたその顔に、もう笑みはない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

【NPC】
エルファリア

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
王女は毎日祈りながら、建一さんのお帰りを待っていると思います。
本編でもどうぞよろしくお願いいたします。
ご参加ありがとうございました。