<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―第〇話<またこの場所で>―』

 薬の依頼と受け取りの為、リルド・ラーケンは定期的に広場の診療所を訪れていた。
 キャトル・ヴァン・ディズヌフはリルド用の薬を準備すると、ファムル・ディートが使っていた事務机に向い、清算書を書き始める。
 リルドはその間、側のソファーに座りながら待っていた。
 ――ここに来る前、リルドはとある斡旋所に立ち寄っていた。
 稀に過酷な依頼が飛び込むその斡旋所に、頻繁に顔を出していたのには理由がある。
 リルドには、決着をつけなければならない相手が、いる。
「……よぉ、キャトル、ちょっといいか?」
 一通り薬と書類をそろえたキャトルに声をかける。
「なーに」
 キャトルはそれらを持って歩き、リルドの向いに腰かけた。
「テルス島のこと、知ってんだろ?」
 リルドの言葉に、キャトルの顔から笑みが消える。
 リルドは出されていた水を一口飲んで、グラスを静かにテーブルに置いた。
「アンタが何しようとしてっかは……まぁ大体見当がつくからよ、言っておく事があるんだ」
「なに?」
 先ほどとは違う、真剣な表情でキャトルが訊ねた。
 リルドはゆっくりと瞬きをした後、こう言葉を発した。
「今回俺はアンタと行けねぇ。島の傭兵として奴等と戦う。俺が倒さなきゃなんねぇ奴が島に来たらしい。だから……悪ィ」
 斡旋所で聞いた名前――グラン・ザテッド――それは、リルドが倒さねばならない男の名だ。
 かつて2度、リルドはグランと剣を交えた。
 キャトルはちょっと目を伏せて、少しだけ笑みを浮かべた。
「まったく……リルドは、好戦的……っていうのかな、戦い、好きなの?」
「まあな。けど、それだけじゃねぇ。アイツだけは、俺が倒す」
「そっか。うん、でも元々、一緒に来てなんて言うつもりなかったし。話すつもりも特になかったんだよ。ただ、あたしも島には行くことになると思うから、それまではリルドが暴走しないように、見張っててあげるよ」
「アンタが、俺を見張るか……」
 リルドは小さく吐息をつく。
 リルドにとってキャトルは危なっかしい娘なのだが、キャトルにとってのリルドも危なっかしい男なのだ。
「俺が言えた義理じゃねぇが……一人で解決しようとすんなよ? アンタの目的はアンタだけの目的じゃねぇ」
「うーん……」
 キャトルは視線を下げて、そのまま考え込んでしまった。
「やっぱ、一人でどうにかしようと思ってたのか?」
「……そうじゃ、なくてね……」
 キャトルは寂しげな目を、リルドに向けた。
「ファムルの村とか行って、過去とか知って……なんか、本当に申し訳ないっていうか、ごめんって気持ちでいっぱいなんだ。ファムルにも、皆にも、カンザエラの人達にだって」
「アンタは何も悪くねぇだろ」
 キャトルはゆっくり首を左右に振る。
「あたしが悪いんだよ。でもあたしはやっぱり、我が侭なんだ。一人で解決しようなんて思ってない。できたらいいとは思っているけれど、それは無理だってことが良く解ってるんだ。だけど、あたしの目的はやっぱりあたしだけの目的なんだ」
「どういう意味だ?」
「……側に行きたいって思ったんだ」
 哀しげな、声だった。
「ファムルが暮していた村が滅ぼされたのは、ファムルのせいでも、あたしのせいでもないけど。その後にも、ファムルはあたしたち魔女のせいで、辛い想いをしてきているんだ。そしてまた独りになった。……なんか、行かなきゃって気がするんだ。もう、待ってられない。時間が経てば立つほど、事態は悪い方向に進んでいくと思うから」
「だが、アンタが行っても何も変わりはしない」
 リルドの言葉にキャトルは押し黙った。
 それも、解っているのだろう。
 リルドとしては、これ以上何も言うことはなかった。
 彼女のことは、彼女を大切に思っている人達が支えるだろう。自分よりも適任な奴等が彼女に協力するだろう。そう考えて。
 互いにしばらく沈黙をした後、リルドは水を飲み、表情を悪戯気に変えてこう言った。
「あ、そうだ。今回の事が終わったらよ、また賞金首の依頼でも紹介してくれよ。そいつの首にかかった金でおごるぜ?」
 それは、この聖都エルザードでの再会の約束でもある。
 キャトルはこくりと頷いて、笑顔を浮かべた。
「ずっと前みたいに、あたしのこと斬ろうとしないでよ」
 そして、一緒に笑い合う。
 どちらからというわけでもなく、右手を差し出して自然に握手をした。
 リルドが彼女にしてあげられる、最大の協力とは――また、この場で会うこと。彼女の治療薬作成に協力してあげること、だ。
 手を離して、頷きあった。
 リルドは薬を受け取って診療所を後にする。

    *    *    *    *

 宿に戻ると、リルドは武具の手入れを始める。
 蝋燭の光で、剣に刃こぼれがないか確認をし、磨いていく。
 薬の他、水も準備してある。 
 容器に詰めた清水。そして、薬を道具袋に入れた。
 最後に、腕を上げて――部分竜化を試みる。
 薬を使わずとも、ある程度の竜化は行なえようになっていた。
 出発まで、もう日がない。
 脳裏に、あの男の姿が浮かぶ。
 騒ぐ血を抑え、最終調整を進める――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】

【NPC】
キャトル・ヴァン・ディズヌフ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第〇話―』にご参加いただき、ありがとうございまいた。
彼女がどう動くのかはまだはっきりとはわかりませんが、島では会うこともあるかもしれません。
しかし、互いの目的の為に、リルドさんとはしばらくの間、別れることになりそうですね。
また、再会できますように……。