<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―第一話<交渉>―』

 国として、隣国アセシナート公国と交渉を行なうつもりはない。
 それは誰もが理解していること。
 国として交渉を行なえば、聖都で暮す人々全てを巻き込んでしまう可能性もある。
 だから、国に頼ることはできない。
 フェニックスの聖殿で月の騎士団と剣を交えてから、既に半年以上の月日が流れていた。
 その後の敵側の策略により、錬金術師ファムル・ディートを失ってからも、数ヶ月の時が流れている。
 関わった者達は、それぞれ苦悩し葛藤し、新たな事件をきっかけにエルザード城へと集ったのだった。
 空気は重々しく、聖獣王が現れるまで誰も言葉を発しなかった。
 騎士と共に聖獣王が会議室に姿を現す。
 椅子に深く腰掛けて、腕を組み、集った者達を見回す。
 右隣には、クロック・ランベリー。
 円卓の正面には自警団のフィリオ・ラフスハウシェ。
 フィリオの左隣には騎士団に囚われていた少女キャトル。その左にウィノナ・ライプニッツ。
 王の左隣はカンザエラ女性ルニナ、その隣に千獣、そしてリミナの順で並んでいる。
「まず、2人の考えをもう一度聞かせてくれるかね?」
 聖獣王の言葉に、ルニナが頷いて説明を始める。
「多分、ここに集った人達は、キャトルを引きとめようとするんだろうけど、どちらにしろ私は行くよ。私の目的は、カンザエラの人々の治療法を得ること。そのためには、ザリス・ディルダと接触をする必要があると思っている。ファムル・ディートという錬金術師のことは聞いてはいるけれど、過去の記憶がないらしいし、当てにはしていない。私達の身体を一番良く知っているのはザリス・ディルダ。だから、私の目的はザリス一人。そして、キャトルの目的はファムル・ディート。互いの目的の為に、私達は手を組むことにしたの」
 キャトルが首を縦に振って、言葉を引き継ぐ。
「あの人にとって、私は興味のある材料だと思うんだ。そして、ルニナは力のない存在と見られてるはず。だから、ルニナがあたしを連れて行ったら、あの人はあたし達を迎え入れると思う。で、あたしは前に捕まってた時より少しは強くなってるから、ファムルに接触した後、あの人達の隙を見て、ファムルを連れ戻そうと思うんだ」
「正直に言おう。論外だ」
 口を開いたのは、クロック・ランベリーだ。
「それではただ、人質が増えるだけだ。まるで意味がない」
「あたしは人質になんて、ならないよ」
「お前達がそのつもりでも、我々にとっては人質だ」
 そう言い放ちクロックは言葉を続ける。
「相手の土俵では、勝機はないに等しい。せめてこちらの土俵に引きずり込める案でないと、議論するに値しない」
「……交渉、こういうの、どう、だろう……」
 千獣がルニナ、リミナを見た後、たどたどしくとも一生懸命に言葉を紡ぎ、説明をしていく。
 交渉の取引材料には、滅びた村の賢者の作品に関する情報を提供。
 キャトルは軍門く下る用意があるが、ファムルが無事であることを確認するまでは引き渡さない。
 こちらの要求はザリス・ディルダが行なった人体実験の被害者の治療法。
 ファムルの身柄を確認する必要性があること。そして、使者が偽の資料で誤魔化すことのないよう、資料はザリス本人が持ってくるように提示。
 ファムルと資料、両方が確認できたら情報を提供、及びキャトルを引き渡す。
「……もちろん、ほんと、に、引き渡す、わけ、じゃなくて……こちらの、どひょう?に、ひっぱる、ために、そう言う……」
 無論誰一人相手に差出はしない。
 ルニナ、キャトルは取引主である為、現場に行くべきではない。
 こちらの情報は多くは語らず、主導権を振り翳して相手の心証を損ねないよう注意しつつ、相手の反応を観察。
「……で、反応が、あまり、ないようなら、聖都に、情報、引き、渡すって、言って、みる……」
 千獣の案に、一同は考え込む。
「良く考えられた案だと思うけど、あの女は来ないだろうなー」
 そう言ったのはルニナであった。
「自分達の前に出て来いといっている時点で、自分のことが狙いなんだろうと気付くと思うんだ。錬金術師の方も同じ。見せろって言っている時点で、かならず奪取に来ると分かりきっている。それでも、自分が赴かなきゃならない理由や、ファムルを出さなければならない理由がないとね……情報だけだと弱いと思うんだ。多分作品自体を提供すると言ったとしても、その作品をこちらが得ているという確固たる証拠でも提示しないと、いや、提示したとしても本人が出てくるとは思えないなー」
「あちらが確実に欲しており、こちらが提示できる情報といえば……レザル・ガレアラについてだが」
 クロックは顔を顰めながら、話す。
「死んではいない証拠は出せないこともないだろう。封印した人物の協力が必要になるがな。それを種におびき寄せる……やはり弱いか」
 クロックは吐息をつく。元々向こうがレザルの引渡しを求める交渉を持ち出して来た時、ザリスは交渉の場に訪れてはいない。ただ、レザルの身柄については、交渉材料にはなるだろう。
「だから、行くしかないんだよ。国を巻き込みたくないんでしょ?」
 ルニナは僅かに嘲りを込めた声で、そう言った。
「ルニナさん。貴女は潜入は出来るでしょうが、お一人では魔術であっても、ザリス・ディルダには勝てないでしょう」
 フィリオがそう指摘する。
「負けないよ。まあ、相手が魔法具を装備していない時なら、ね」
「そんなチャンスが果たして訪れるでしょうか? そしてキャトルは言うまでも無く、行っても何の解決にもなりません」
 決して強い口調ではなく、穏やかにフィリオは2人を諭すように言う。
「私はアセシナートの兵士を捕らえて、ルニナさんの魔術でアセシナートの兵士と入れ替わり潜入をし、ファムルさんを救出して治療薬の研究を行なっていただくことが最良と考えています」
「ボクも潜入するつもりだよ」
 ウィノナが真直ぐな瞳で語りだす。
「アセシナートが襲ってきた時の混乱に乗じて潜入するつもりだ。キャトルがその気なら、同じタイミングで潜入したいと思ってる。そっか、その方法なら成功の可能性高くなるね」
 皆の視線がルニナに向けられる。
 ルニナは浅く笑い、僅かに視線を彷徨わせた後こう言葉を発した。
「誰でも入れ替えることが出来るわけじゃない。また長期間入れ替わったままでいられるわけじゃない。これは結構危険な術なんだよ。まず、他人を入れ替えた場合、私の魔力で繋ぎ止めるわけだけれど、2人を同時に繋ぎ止めるのは無理がある。だから1人……つまり、潜入する人物は自分で魔力のコントロールができる人物でなければならない。入れ替わった状態でも魔法は使えるけれど、入れ替わった相手が魔法能力の低い人物であれば、大した魔法は使えないと思う。
 だけど、私自身なら別。私は自分の身体を調整した上で入れ替わることが出来るから、自分の身体に相手の精神を閉じ込めたまま、相手になりきって自由に行動をすることができる。……だから、私がいくよ」
 そう言って、ルニナは小さく笑みを浮かべた。
「お膳立ては全てそっちでやってくれるんだよね?」
 ルニナの言葉に、フィリオは首を縦に振った。
「しかし、一人となると……すみません、貴女が適任とは思えません」
「じゃあ、あたしが行くよ! 自分の身体じゃなきゃ、コントロールできる、絶対!!」
「それで、キャトルの身体は誰がコントロールするのですか?」
 フィリオの言葉に、キャトルは押し黙る。自分の精神がこの身体から離れたのなら、外部からコントロールしてこの身体を制御できるような人は存在しないだろう。……自分の姉以外は。
「ううむ……」
 黙って話を聞いていた聖獣王が唸り声を上げた。
「両方行なうのが最良かもしれんな」
「両方、ですか」
 フィリオの言葉に、聖獣王は深く頷いた。
「例の騎士団が島の攻略に乗り出した時、少なくても騎士団の主力はそちらに割かれるはずだ。しかし、ザリス・ディルダという魔道士がそちらに赴くことはないだろう。その手薄な時を狙い、ザリス・ディルダに交渉を持ちかける。交渉が成功し本人がファムル・ディートを連れて我々の前に現れればそれで良し。現れぬ場合も、直接の配下である人物を交渉の場に派遣したのなら、更にザリス・ディルダの周囲は手薄になる。そこに隙が生まれ、潜入作戦の成功率が上がるだろう」
「なるほど……しかし、どちらの作戦もまだ練りこむ必要があるな……」
 クロックはザリス・ディルダをおびき寄せる方法について思考を巡らせる。
 そして、ファムル・ディートと交換に値する人物が存在していることに気付く。
「ジェネト・ディア。彼が生きていることを、ザリス・ディルダは知らないはずだ。賢者ではないファムル・ディートより、賢者であった彼の方が、ザリスにとって必要な存在じゃないかね?」
 クロックの言葉に、皆頷きはする。
 だが、隠れて暮す人物の情報を提供……または、差し出すことなど、推し進めることはできない。
「まあ、このあたりの情報も含め、交渉案を纏めていくことになるだろう」
「どっちにしてもボクは潜入するつもりだから」
 クロックの言葉に続いて、ウィノナが皆にそう言った。
「ウィノナ……」
 キャトルは不安気な声を上げただけで、それ以上何も言わない。
「では、交渉案を詰めること、潜入に誰が行くのかを決めること、その方法など後日また詳しく話し合い、作戦に加わる者はテルス島に出発してもらおう」
 聖獣王がそう話を締めて、その日の会議は終了した。

●国益よりも…―フィリオ・ラフスハウシェ―
 斡旋所で依頼の内容を聞いたフィリオは、その足で聖獣王の元に向った。
 そして、聖獣王の国益を最優先に考えるか、キャトル達を最優先に考えるか……その問いに、深く戸惑いを覚えた後、こう答えたのだった。
「私は自警団員としては、国益を優先すべきだと思っています。しかし、キャトルの友として、彼女の悲しむ顔を見ることは耐えられません」
 そう言い、フィリオは続く話を聞かずに、城を後にしたのだった。

 キャトルはいつものように、診療所にフィリオを明るく迎え入れた。
 だけれど、フィリオの真剣な表情に気付き、キャトルは何も言わず静かにフィリオの言葉を待っていた。
 静かな空間で、2人は小さなソファーに向かい合って腰掛けて、互いの手を見ていた。
「キャトルは既に、様々な情報を得てしまっています。それを相手に提供するのですか?」
 優しく穏やかな言葉だった。
 キャトルはしばらく沈黙した後、フィリオに自分の言葉でゆっくりと語りだす。
「持っていくべきじゃない記憶は、ファムルが開発してくれた薬で消すことが出来るんだ。あたしは必要なことだけ覚えている状態で、ルニナと一緒に行って、ファムルと接触しようと思う。ほら、あたしまだまだ弱いでしょ? だから、敵も油断するはずだから。会うことくらいは出来ると思うんだ!」
「会って、どうするのですか……? キャトルが、ファムルさんの弱点になってしまいます」
 その言葉に、キャトルは強い衝撃を受けたようだった。
 一瞬にして、彼女の表情が強張る。
「キャトルが目の前で痛めつけられたら、ファムルさんはやりたくもない研究に手を染め、非道な兵器を作り上げてしまうかもしれません。騎士団の思い通りに、動いてしまうかもしれません。……あの時、私がキャトルの弱点となったように」
「あたし、そんなに好かれてないから、大丈夫だよっ」
 フィリオは首を左右に振った。
 そんなことはない。
 ファムルがキャトルを大切に思っていたことを、フィリオは感じ取っていた。
「私は、アセシナートの兵士を捕らえて、ルニナさんの魔術で兵士と入れ替わって潜入をする案を出してみようと思います」
 キャトルは戸惑いの目で、フィリオを見て……首を縦に振った。
「あたしは、あたしの案を提案してみる。だってさ、これはどんな案よりファムルに会える可能性が高い案だと思うんだ。……だけど、フィリオの案が通るのなら、その方がファムルを助け出せる可能性は高いんだと思う。それは、わかってるから」
 キャトルは手を伸ばして、フィリオの手に触れた。
 そっと握り締めて目を閉じる。
 悲しみを閉じ込めるかのように。
 だけれど、フィリオに縋るかのように手を握り締めて。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】

【NPC】
キャトル
ルニナ
リミナ
聖獣王

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第一話<交渉>―』にご参加いただき、ありがとうございます。
共通部分の後に、個別ノベルをつけましたので、よろしければ全員分ご確認くださいませ。
次回は会議で作戦を決定後、各々準備に向かいます。
島に行く方は、島の作戦会議に顔を出すことになります。
その他の場所で、情報収集や交渉に動くこともできます。

それでは次回もまた皆様にお会いできますように。