<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Mission0:報酬を使い切れ!








 特別特急切手――地球的に言うなら小切手――を手に湖泉・遼介は、エルザードの商店街をぶらぶらと歩く。
 1回だけ金額を書けば好きなものが買えるというが、実際こんな小さな紙一枚で買い物が出来るなんて、便利なものがあるもんだなぁと思いつつ。
「あ……」
 遼介はショーウィンドウに釘付けになる。
「エレメンタルバイク……」
 異世界技術者が開いた店の店頭に置かれたソーンにはちょっと似合わない形の乗り物。
 興奮で遼介の頬がかすかに上気して行く。
 が、
「そんな高いものに小切手使う訳にはいかないよなあ」
 すぐさま現実に引き戻されはぁとため息1つ。
 それでも半分諦め切れない気持ちで遼介は店の扉を潜る。
 やはり店頭にバイクが置いてあった通り、中は今のソーンには存在していないような技術で造られ、復刻したのだろうと思われるものがイロイロと置いてあった。
 ふと無造作に棚に置かれたラジコンとセットのヘッドバイザーに手をかける。つばもなかなか広めで日よけによさそうだ。ひっくり返せばプラスチックのレンズのようなものが付属され、どうやらラジコンに付いたカメラの映像がここに映し出されるという仕組みらしい。
 なかなかに面白い代物ではあるが、値札を見てため息を漏らす。
 遼介はバイザーを棚に戻し、他に面白いものはないかと店の中を散策する。
 すると、壁にもたれさせてある懐かしいものが目に入った。
 キックボードだ。しかしタイヤはない。
 踏み板に魔方陣が刻まれ、そこに足が置かれると浮遊して走行できるという代物だ。
 やはり面白いのだが、ソーンで大量生産できないような代物はお値段もすばらしい。
 遼介は本日何度目か分からないため息を盛大に吐き出して、異世界技術の店を後にした。
 さて、どうしようか。
 金額的上限は告げられなかったものの、流石に突拍子も無い値段のものを買うわけにもいかない。小切手とは、買った本人ではなく、発行した人がその金額を払うのだから。
「総合郵便局だったよな…」
 場所。どこだろう。
 特急郵便なんて使うことも無いため、場所なんて気にしたこともなかったのだ。
 今更ながらにエルザード市内の地図を確認して、総合郵便局へと足を運ぶ。
 郵便、切手と書かれた窓口に見知った顔が見え、遼介は窓口に近付く。
「配達はいいのか?」
「配達は随時行っておりま―――」
 受付らしい事務的な対応を返そうとして、言葉がぴたっと止まる。
 視線が上がり、茶色の双眸が遼介を見た。
「よっ」
「遼介じゃないか!」
 軽く手を上げると、蘇芳は嬉しそうに笑って椅子から立ち上がる。
「どうしたんだ? いや、郵便局来てんだから、何か配達か? 残念だが配送料は割り引けないぞ」
 蘇芳はパンパンと重さや大きさに対しての配送料が書かれたパネルを叩く。
「違う違う。ほら、この前小切手貰っただろ」
「ああ。で、何買ったんだ?」
「いや、まだ買ってないんだ」
「何で?」
 好きなものを買っていいと言ったのだ。迷うこともないと思うのに。
「こんなん使ったことないし、蘇芳に冒険で使えるような魔法アイテム選んでほしいと思ってさ」
「確かに…そうか」
 小切手なんて切るほうも使うほうも大体の身分が限られてくる。
 ましてや一回の冒険者に出回ることのほうがまれ。
「OK。直ぐ行く」
「え! 仕事は!?」
「フレックスだ!」
 蘇芳は椅子の背もたれにかけてあった上着を剥ぎ取り、カウンターを飛び越える。
「行くぞ、遼介」
「お、おう」
 HAHAHAと笑って、遼介の背中を押すと、郵便局の正面ゲートから街中へと繰り出した。
「いやー。配達も大変だが、内勤よりマシマシ」
 サンキュー。と蘇芳は遼介にグッジョブポーズ。
「魔法アイテムだったよな」
「おう。何か郵便屋が使うような使い捨てのアイテムでも良いし、冒険に便利そうなものでも任せるよ」
「そう言われると、ちょっと困るな」
 考えるように口を歪ませて、蘇芳は虚空を仰ぐ。
 どうやら蘇芳は基本的にアイテムを持ち歩かないらしい。
 だから、提案できるようなアイテムを思いつかないのだ。
 遼介は逆に半分呆れてあんぐりと口をあける。
「……煙幕とかあったらこの前みたいな賊から逃げられるんじゃないか?」
「基本的に俺逃げ足速ぇんだよ」
 そうでなければ打ち落とされた時点で賊に囚われ、白山羊亭に援助を依頼しにも行けなかった。
「煙幕とかさ、確かに持ってる奴も…いるかもな」
 ちょっとだけバツが悪そうに蘇芳はポリポリと額をかいて、恥ずかしげに瞳を泳がせる。
「そうだ! 思いついたぞ」
「行き成りだな、おい!」
 こっちだ! と、走り出した蘇芳に遼介は付いていく。途中、あの異世界技術者の店の前を通りかかり、つい視線がそちらへと向いてしまう。
「遼介?」
「あ、悪ぃ」
 程ほどに先に進んでしまった蘇芳を追いかけ遼介はペースを上げて走った。
 ふと、遼介は疑問を投げかける。
「なぁ蘇芳、空を飛ぶのってどんな感じなんだ?」
「どんなって言われてもなぁ、やっぱ気持ちいいぜ。風をきる感じとか」
 風をきる感じ……
 遼介は考えるように顔を伏せる。
「あ、あったあの店だ」
 露店が立ち並ぶ通りに着き、蘇芳はその中の目当ての店の商品を1つ手に取った。
「さて、お立会い。ここに御座いますは、賞味期限がべらぼうに長く、一口食べたらそれだけでお腹いっぱいになれる魔法のような缶詰でございます。今なら、今なら何と! 5つ1Gが8つで1G! まぁなんてお買い得!!」
 まるでどこぞの通販のような口ぶりで蘇芳は缶詰片手に舌好調。あまりの舌好調っぷりに、缶詰露店長も満足げにウンウンと頷きながら感無量といわんばかりの笑顔を浮かべている。
 が、蘇芳は行き成り神妙な顔つきになると、男泣きに額を押さえた。
「ただし……申し訳ありませんお客様。この缶詰賞味期限を重視しすぎたせいか、ゲロマズなんだぁあああ!!」
「何だとこのやろう!!」
 缶詰露店長が叫んだのも何処吹く風、蘇芳は隣の露店にひらりと移動すると、
「と、言うわけで、わたくしとしましては、こちらをお勧めいたします」
 遼介にすっとインスタントカップを差し出した。
「長期保存が利く食料かぁ」
 確かに長旅なるようなことがあったら便利そうである。
 蘇芳もきっと配達が長期に亘ることもあり、よく利用しているのだろう。
 そこそこの種類が用意してあるカップを手に取り、遼介はどうするかなぁと考える。
 あまり気乗りしていない遼介を見て、蘇芳は腕を組むと、
「やっぱ、さっきの店、気になるのか?」
「ん?」
「あの変な乗り物があった店」
 多分、エレメンタルバイクのことを言っているのだろう。ソーン育ちの蘇芳からしてみれば、バイクの存在なんて知らなくて当たり前。
「行くぞ、あの店」
「いや、でもさ……」
 半端なく高いのだ。あの店の商品は。
「遠慮すんなよ」
 ずるずると引きずるようにして、遼介は異世界技術者の店まで連れられていった。
「……………」
 エレメンタルバイクの値札を見て、流石の蘇芳も固まる。
 エルザードの通貨は、C(カッパ)→S(シルバ)→G(ゴルド)と高くなっていくのだが、そのG単位で0の数が半端ない。
 二人して無言のまま笑いたいのに笑えない空笑い状態で口元をひくひくさせる。
「な…?」
 確認するように遼介は蘇芳を見る。だが蘇芳は諦めない。
「あれだ! あれならどうだ!!」
 ビシッと蘇芳が指差したのは、あのキックボード。
「おっしゃー! 500G! 俺の勝ちだあ!!」
 何と勝負していたのか分からないが、500Gだって充分大金だ。
 ぐるりと蘇芳は遼介を伺うように振り返る。
「ダメか? あれじゃ」
「いやいやいやいや、充分だし!」
 よし書け、払え! と蘇芳に背中を押されて、小切手に値段を書き込み、店員に渡す。
 ありがとうございましたー。と店員に見送られ、遼介は晴れて自分的候補に上がっていたキックボードを手に入れることが出来た。
 しかし、遼介の中には本当にこんな高い物を買ってもらってよかったのかという思いが過ぎる。だが、蘇芳はなにも気にした様子は無い。むしろ満足げである。
「なあ―――…」
「言うべき言葉は一つだろ?」
 言いかけた言葉を遮って、にこっと悪戯っぽくウィンクして笑った蘇芳に、遼介は観念したように息を吐いた。

「さんきゅ! 蘇芳」



















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【1856】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 Mission0:報酬を使い切れ!にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 小切手からの報酬としてキックボードを受け取っていただきました。どんどん使ってやってくださいませ。
 仕様は足を乗せる踏み台部分に空を飛ぶための魔方陣が刻まれていますので、そこに足を乗せると浮かぶようになっています。空気を蹴って進むため、踏み台に乗せない片方の足に専用のアンクレットを着けることで蹴ることができるようになります。このアンクレットは鍵代わりにもなっていますので、離れるとキックボードは起動しなくなります。
 それではまた、遼介様に出会えることを祈って……