<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】萩・彼岸







 珍しく薬師としてではない瞬・嵩晃の姿を目に留め、何かあるのかと気にかかり後について行ってみることにした。
 見た目によらず足の速い瞬の後に少々汗をかきつつも着いていくと、街外れどころかなぜだかどんどん街から離れていく。
 なんだ、帰るだけだったのか。と、ついて来てしまった事に今更後悔しながら街へ戻ろうと踵を返す。
 しかし、突然ぽっぽと青白い光りが頬を掠めていった。
「おや」
 にっこりと微笑んで自分の姿を捉えた瞬の周りで飛び交う青白い光たち。
「着いて来てしまったのかい?」
 クスクスと笑いながらそう口にするが、着いて来ていた事など気がついていたのだろう。
「じゃぁ手伝ってもらおう」
 すっと向けられた手の先から、青白い光りが自分の中へと入り込み、意識が遠くなるのを感じた。








 柄と刃のつなぎ目に布が巻かれた簡素な槍を手に、町の入り口に立つ。
 いや、この町の入り口である関所の衛士なのだから、逆に立っていないとおかしい。仕事放棄になってしまう。
 気を取り直すように一度瞬きをして、町の外――先に続く草原を見渡した。
「おーい。そろそろ交代の時間だぞー」
 同じ槍、同じ格好の同僚が手を振って、関所へと軽い足取りでかけてくる。
「ではお願いする」
 首からかけていた通行書発行のための判を同僚に手渡し、町の中へと戻ると迷うことなく家へと帰った。
 家に近付くにつれ、母が作る料理の匂いが微かに香り始める。
(今日の昼はワンタンスープか)
 ひらひらの口に入れれば溶けてしまう皮と、くるまれた肉団子がとても美味しいのだ。
「お帰りなさい。お勤めご苦労様」
「ただいま帰りました。……父上は、まだですか?」
「そうね。今日はあなたの方が早かったみたいね」
 父も同じくこの町の衛士だ。地位的には小隊長。高くも無く低くも無いといったところ。
 平和極まりないこの町で、ちゃんとした武芸を習得している者や、修行中の者は少なく、衛士といえどほとんど武器を武器として扱った者はいない。
 その中で、我ら親子は数少ない武芸――槍術の使い手だった。
 父が帰ってくるのを待ちながら、お茶に口をつける。
 暫くして、戸を開ける音と共に、見ただけで親子と分かる細身の男性が部屋の中に入ってきた。
「今日は俺の方が遅かったか」
 父は、一見細身な外見をしているが、人は見かけによらないという言葉そのままに、槍を持たせると人が変わったかのように強い。
「待たせてしまったか?」
「いいえ」
 母は丸テーブルの中央にワンタンが入ったスープ鍋を置き、各々の取り碗を並べる。
「ちょうど良く煮立ったところですよ」
 母は、白い湯気がふわふわと揺れるワンタンをとりわけ、碗を各々に渡す。
 はふはふ言いながらワンタンを食べる。ワンタンも暑い方が美味しいのだから我慢だ。
「しかし、余りにもはまりすぎているなぁ」
 仕事着のまま父が呟く。
 どの仕事であろうとも男女を選ぶというものは余り無いのだが、流石に衛士という仕事は、外敵が着たら町を護るという職務上、女性が付くことは殆ど無い。
「もう! あなたがこの子に武芸なんて教えたからですよ」
「いや、本当は護身用のつもりだったんだがな」
 まさかそれが、町で開かれた武芸大会で優勝するほどになるとは夢にも思わなかった。
「まぁ、このまま楼蘭の官僚試験を受けてみてもいいと思うのだが」
 見事試験を超えることが出来る。そう父は確信しているようだ。
 どこか渋るように苦笑すると、父は諦めきれないといった風体で言い募る。
「宰相様だって女の方だ。よい官僚になれるはず」
「いや、宰相殿は女性と言えど仙人。やはりそう上手くは行かぬよ、父上」
「そうよ。無理強いしてはダメですよ」
 お代わりのワンタンをすくいながら、必要以上に母は不機嫌気味に答える。
「私はこの町が好きだから、この町の衛士をしたいのだ。父上、どうか分かってほしい」
「それは分かっているとも。だが、可能性を無碍にする必要もないと―――…」
 まだまだ言い続けようとした父に向けられた母の冷ややかな視線。
 ただただ苦笑するしかない。
 しかし、
(楼蘭の官僚か……)
 楼蘭はこの国の首都。役人になれれば、職としては安定した生活が約束される。だが、噂に聞けば、とても難しい試験で、毎年合格するのは片手で足りてしまう人数のみ。
 それだけでよく政治が持つものだと思ってしまうが、数人の優良な職員が居れば、人数なんて多かろうと少なかろうと変わらないものだ。
(……可能性)
 両親の老後を考えると、誰かと夫婦になり暮らしていくのがいいのだろう。
 けれど父から学び、自分で伸ばした槍術はこの国に通用するのだろうか。
 そんな事をふと考える。
 ぶんぶんと首を振ると、まだ碗に残るワンタンをかっこむように口に運んだ。




 これでも少し前までは娘らしい格好をして、同年の友人たちとお茶を飲んだりしていたのだ。
 だが、元々生真面目な性格もあいまって、何処か達観し白黒はっきりしているため、噂と憶測が大好きな娘たちとは結局分かり合えなかった。
 そんな“娘らしい”事に馴染めはしなかったが、嬉々とている彼女らを見ていると微笑ましい気持ちになる。
 開け放たれた衛舎にひょこっと顔を出す町娘。
「鬼饅頭を作ったんです〜」
「ああ。では、皆でお茶にしようか」
 衛舎の炊事場へと向かう。休憩時間、こうしてお菓子を差し入れてもらえるのだから、本当に衛士という職業は好かれているのだと思う。
 衛士になれて良かった。
 そんな風に思い込んでいたから、入り口でのこんな会話がされていたことなんて知りもしなくて。
「な…何だよお前! 毎日毎日!」
「あら。だってかっこいいもの」
「かっこいいったって……同性だろう!」
「ふん! 同性でもいいのよ。悔しかったら武芸大会で一勝でもしてみなさいな!」
 ぐっと言葉が出てこない衛士。
 町娘は勝ち誇ったようにふふんと笑っている。
「どうした?」
 お茶を持って戻ると、町娘はにっこりと笑顔で、
「何でもありませんわ」
 と、振り返った。
「う〜…畜生ぉ!」
 うるうると瞳を潤ませた同僚は、ばっと目元に腕を当てて衛舎から走り去っていく。
「え? は??」
 何が何だか分からず、ただ同僚の背中を見つめ、瞳をぱちくり。
「ほっといてお茶にしましょー」
 町娘に腕を引っ張られ椅子へと座らされる。
 走り去ってしまった同僚も気になるが、彼女を無碍にするわけにもいかない。
 どうしたものか。


 困ったように眉根を寄せた笑顔を浮かべ、町娘の対応をしている女性。
 何だか、少し自分に似て――――

























 クスクスクス―――……
 小さな笑い声が聞こえ、アレスディアははっとして顔を上げた。
 そして、確認するように辺りを見回す。
 先ほどまで感じていた蒼黎帝国の何処かの町ではなく、気が付けば、最初瞬を見たときよりも少なくなった青白い光舞う草原に、変わらず立っていた。
「瞬殿…先ほどのあれは……?」
 困惑に揺れる瞳でアレスディアは微笑む瞬に問う。
「何を見たのかは、私も分からないけれど」
 瞬はすっと傍に漂ってきた小さな青白い光に指先を這わせ、
「これは、昔々蒼黎帝国の何処かで生きていた人々の記憶」
 この青白い光の殆どが、血筋が途絶えた者か、無縁仏ばかり。
「自分という存在が“居た”と知ってもらいたいのさ」
 本当は1つ1つゆっくりと読み取っていくのだが、それよりも誰かにこの魂の記憶を体験させたほうが手っ取り早い。
「では、この御仁は、私が知ったことによって満足されたのだな」
「そうだね」
 アレスディアの周りをふわふわと浮いていた青白い光が、呼ばれるように天へと昇っていく。
 きっとあの魂は新たなる命となってこの地に生まれるのだろう。
 それが、明日か明後日か…何十年後かは、分からないが―――





















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】萩・彼岸にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回の萩は、楼蘭版「例えば〜」的なものでした。
 プレイングが書きにくいOPで申し訳ありませんでした。精進します。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……