<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―第ニ話<始動>―』

●会議再び
「ダメ……っ」
 真っ先に口を開いたのは、千獣であった。
「……ルニナ、潜入、しても、成功、難しい……と思う。治療方法、とか、ファムル、のこと、わかってる、人じゃないと、ダメ、だと思う……」
「だって、私は……」
 千獣の言葉に、ルニナは拳を握り締め、眉を寄せた。
 ルニナはファムル・ディートの救出を考えていない。
 皆の協力を得て潜入を果たした後は、ザリス・ディルダに接触して、彼女を拉致することだけを考えている。
 それは、皆の意に反すること。
 本当の解決、本当に村の人々を救うことには、やはり繋がらないだろうと千獣は感じていた。
「でも、ルニナの協力は必要だよ」
 ウィノナ・ライプニッツも、真剣な瞳で自分の案を語り始める。
「ボクは、やっぱり潜入するつもりだ。島の戦いに乗じて、予め用意しておいた一般兵の服を来て、相手の兵士に紛れ込んで相手の陣に入ろうと思う」
「アセシナートの一般兵の服か……用意できないことはないが」
 聖獣王の言葉に頷いて、ウィノナは言葉を続ける。
「合言葉とか、兵士として覚えておくべき知識は、先に一般兵と入れ替わってもらたルニナに記憶を読んでもらい、それを覚えておこうと思う。潜入後では、一般兵の雑務をこなしながらファムルの居所を聞き出して、ファムル宛ての書類などにまぎれるように手紙を出し、ボクが一般兵士の所に潜入している事を知らせて、内部が混乱したときにファムルがこちらに向かってくるうに仕向けられたらと思ってる」
 皆険しい顔でウィノナの言葉を聞いていた。
「万が一正体がバレた場合は、近付くことが出来なかったフェニックスの力がどうしてもほしいから裏切ってきたと話して誤魔化すつもり」
「君の勇気は賞賛に値するが、その案には君を護るべき立場の者として、すまないが賛成はできないな……」
 聖獣王の答えも、ウィノナは変わらぬ真直ぐな瞳で聞く。
「まず、君の容姿はアセシナートの一般兵として不自然すぎる。君と同じような外見の少女でも隊に属しているものもいるかもしれないが、ごく少数だろう。そして、これは軍事行動だけではないが、団体行動は基本的に少人数の班というものが存在する。万が一陣内に入り込むことが成功したとしても、その後の軍事行動、整列にすら加わることはできない。隊長は一般兵全てを把握していないかもしれんが、小隊長が隊員を把握していないはずがないからな。それから裏切ってきたと君が言ったとしても、君を生かしておく理由が余には思いつかない。裏切ったということを、そう信用させる? 人質や捕虜として利用するにしても、君は島の民でも兵でもない。生かしておくということは、君に食料などの物資を与えるということ。戦争の最中で、敵地において、そのような待遇をするような価値が君にあるだろうか。捕まる覚悟でいくのなら、価値が知られているキャトルの方が、生き残る可能性は高いと思われる」
 一般兵士でも隊に属している。
 それは解っていたことだけれど、混乱に乗じてどうにかならないだろうかと、ウィノナは思っていた。
 しかし、聖獣王としては、エルザードの民であり、まだ少女であるウィノナがそのような場所に飛び込むということを、認めることはできないようだ。
「生き残る可能性だけでいえば、キャトルが一番かもしれませんが、操られた際には作戦が全て漏れる可能性があります。ですから、キャトルにはエルザードに残り、交渉の準備を進めていただきたいと思います」
 フィリオ・ラフスハウシェは聖獣王にそう話した。 
「あたしは、操られたりしないよ。眠ってたって、そんな魔法効かないし」
「でも、受け入れれば効くのでしょう? あの時のように……。ファムルさんを前にして、受け入れないと言えますか?」
 フィリオの言葉に、キャトルは押し黙る。
 フィリオは集ったメンバー達に目を向ける。
「しかし、私ならば彼等は操る必要性を感じはしないでしょう。そして、一般兵との入れ替わりの潜入は、いざという時の対処能力さえあれば、記憶を読めるルニナさん本人が入れ替わるのが最適でしょう」
 フィリオの言葉に、千獣がピクリと反応を示す。
「内部での手助けや、必要時に撹乱するために、ルニナさんの入れ替わった一般兵に私が捕まった事にして、捕虜として一緒に入り込んではどうかと考えています」
「なるほど、島の兵……もしくは、島の民として捕まったことにすれば、すぐには殺されんかもしれんな。しかし、君自身が逃げ出す手段は?」
「ファムルさんの居場所と奪還手段が固まった時に、ルニナさんに出してもらい、私も奪還に動きます」
 その言葉には、聖獣王は軽く唸り声を上げた。
「しかし、君が捕まっている場所に、彼女が近づける可能性がな……」
「それなりの立場の敵を捕まえればいいと思う。出来れば騎士とかね。私、この案良案だと思う。これでいきたい」
 ルニナは目を煌かせてそう言った。
「……ルニナ……っ!」
 千獣は焦りの表情を浮かべて、ルニナを見る。
「千獣。千獣が考えてくれた案が上手くいった場合は、すぐにでも帰ってくるから。リミナも来てくれるっていうし、大丈夫だよ」
「はい。入れ替わった人物に触れている状態で、ルニナを目視できれば、私は多分、強制的にルニナの精神を引き戻すことができます。凄く心配だけれど……姉がやるというのなら、私も覚悟を決めます」
 ルニナの言葉に、リミナが言葉を続ける。
 覚悟を決めると言ってはいるが、リミナは落ち着きのない表情であった。
「ううむ……。そうだな。注意すべき点としては、アセシナート領内に連れて行かれることがないように、ということか。あくまで侵攻軍の陣地内に止めるべきだ」
「わかりました」
「はい」
 フィリオとリミナが返事をし、ルニナはただ頷いてみせた。
「……意識、入れ替える、のなら、取引を、持ちかけて、来た人と、入れ替え、したら、どう……? 攻めて、くる人が、ザリス、と、関わり、ある人、かどうか、わからない、し……でも、来るのが、本人、じゃなくても、交渉、に出て、来る、人は、ザリス、と関わり、ある人……」
「あ、なるほど!」
 千獣の提案に、ルニナは興奮気味な声を上げた。
「言われてみれば、その通りね! 本人が来なくても、派遣されてきた人物はザリスと必ず接触する人物だもの。……ま、ザリスは私の力も知ってるから、そういう可能性も考えるかもしれないけれど……上手くやれば、確実に近づける」
「では、君の案も聞かせてくれるかね?」
 聖獣王が千獣に目を向ける。
 千獣はこくりと頷いて、交渉案についてゆっくりと語り出す。
「……やっぱり、作品案、で、いこうと、思う、だけど、賢者の、ジェネト、にも、協力、を、頼んで、みようと、思ってる……。ジェネトの、言葉、なら、ザリス、も、信じる、かも、しれない、から……」
「現物が必要ならば、ラスガエリなどの魔力を消す鉱石を集めて加工し、それらをジェネト・ディアの隠された遺産だと称して使ってみてはどうでしょう?」
 千獣の言葉に、フィリオが続けた。
 聖獣王は2人の言葉に頷いた。
「そうだな。では、そのジェネトという人物の協力が得られるようなら、作品案、もしくは一見作品と見えるようなものを、早急に用意し交渉を行うということで……」
「私はその交渉を担当しよう」
 声を上げたのは、クロック・ランベリーだ。
「交渉材料としてもう一つ、レザル・ガレアラの情報……偽りの情報だが、こちらを提案させてもらう。またジェネトに関しての偽の情報も流してみてはどうかと考える。具体的な案は、千獣の成果待ちだがな」
 クロックに千獣は頷いてみせる。
「潜入も考えたのだが……」
 言ってクロックは、ウィノナやフィリオ、ルニナの潜入を希望している面々に目を向けた。
「忍び込んで確実に仕留められるかわからん。ファムル・ディートの救助も考えてはいるが、我々がすべき最優先事項はザリス・ディルダを仕留めることだ。潜入するための材料は必要ではあるし、俺も期を見て実行に移せそうなら潜入を検討するつもりだ」
 国の為になさねばならないこと。
 それはザリス・ディルダを仕留めることだ。
 ここに集った者達には、それぞれ助けたい人物や求める未来がある。
 そのビジョンは、少しずつ違う。
 それぞれが求める未来の為に、手を組んではいる。
 だが、何かが崩れたのなら。
 作戦通りに事が進まなければ、それぞれは自分の求める未来の為に、単独で動くのかもしれない。
「ルニナ、リミナ……」
 千獣は不安気な顔をルニナとリミナに向けていた。
 ルニナは笑顔を見せながら、千獣にこう言うのだった。
「千獣の案、成功することを願ってるし、私も交渉の場に向かいたいと思ってる。でも、その前に、奴等の陣にちょっと潜入してこようかと思う」
 そして、ルニナはフィリオを見た。
 フィリオは感謝の意を表して頷いてみせる。
「約束するからさ、深入りはしない。情報を探るだけで私は帰ってくるよ」
 千獣はルニナのその言葉に頷くことはできなかった。
 離れてしまったら、二度と会えなくなるかもしれない……そんな恐怖が心に渦巻いていく。
「キャトルは、残ってくれますね?」
 フィリオの言葉に、キャトルはしぶしぶといったように頷いた。
「では、千獣、キャトルは交渉側として、ジェネト・ディアの元に交渉に向かい、フィリオ、ルニナ、リミナ、それからウィノナは潜入作戦の準備に、島へと向かう。俺は交渉側としてここに残る」
 クロックの言葉に、皆が頷く。
 不安げな表情を湛えていた者もいたが……。

●混迷のテルス島
 フィリオとウィノナ、ルニナとリミナはテルス島へ出発をすることになった。
 千獣とキャトルは最後まで不安気であったが、それぞれの意思は固く、皆に別れを告げて4人はエルザードを発ったのだった。
「体の交換、自分が最適だとは思ってるけど、交渉にも絶対行きたいと思ってる」
 船の中、4人だけの船室でルニナが皆に言った。
「だから、こっちではよほどのことがない限り、深入りはしないつもり。島にあの女や……捕らえられているファムルって錬金術師が来るとしたら、戦いが終息した後だと思うんだ。私はまず島で騎士団に入り込んで情報を得て、千獣の立てた交渉案に従い、交渉の場で現れた人物との入れ替わりを目指す。あと、島が落とされた後に、接触するって方法も考えてる。正直、島をアセシナートの手から護るなんて無理だと思ってるし」
「……体、大丈夫なの?」
 ウィノナが問いかけた。リミナからの手紙で、ウィノナはルニナが不調であることを知っていた。
 ルニナはちらりとリミナを見た後、軽く吐息をついて語り出す。
「そうね、一緒に行動するんだし、一応話しておいた方がいいわよね。……体の調子、いいとはいえない。だけど、あと1,2ヶ月くらいなら、気力で普通に動いていられると思う。だから大丈夫。逆に言えば、私の力を使った作戦を行なえるのは今回が最後。敵陣への潜入、ウィノナが行くって言うのなら、私はサポートに回ってもいい。私はあくまでザリスに近付くことを一番に考えたいからね。ただ、誰かが深入りした際には、私は私の目的の為に、集中を解き、術を解除すると思う。月の騎士団が島の侵略に梃子摺っている時に、ザリスに交渉を持ちかけることは決定事項だし、その交渉の場に私は行きたいから」
「ルニナが集中を解いたら、入れ替わっている人物達はどうなるの?」
 ウィノナの言葉に、ルニナは浅い笑みを浮かべた。
「さあ……? 本人達次第? 有能な魔術師なら自分でどうにかできると思うけど、心と体がかなり離れている状態なら、自力で元の体に戻ることは難しいでしょうね」
 ルニナが手を伸ばしてウィノナの腕に触れた。ウィノナは何も言わず、抵抗もしなかった。
「何でもいいから、魔法使ってみてよ」
 少し考えた後、ウィノナはダラン・ローデスと特訓をした念動を行なってみる。
「うん、いいセンスしてるよね、ウィノナって。魔力も私よりあるし。多分入れ替わってもあなたならやれると思うから、潜入するっていうんなら私はサポートするよ。でも、フィリオにもウィノナにもまず騎士を捕らえることを頑張ってもらわなきゃなんないかな? 現地に協力してくれる人いればいいんだけどね」
 フィリオは女性達の会話を見守りながら、深く考え込んでいた。
 敵陣の中で、どれだけの情報が得られるだろうか。
 テルス島の攻略にはあの騎士団の要となる人物が現れるとは思う。
 だが、戦闘要員ではないと思われるザリス、及びファムルは島に現れないのだとしたら……島の陣に留まっていたら、奪還に動くことはできない。
 情報を得た後は、島の防衛に力を注ぐべきか。
 研究所を作る予定があるのなら、そして島を騎士団が制圧したのなら、いずれはザリスも訪れるだろう。それを狙うべきなのか――。

    *    *    *    *

 島に到着をした4人は、聖獣王の紹介状を領主に手渡し、会議に加わることになった。
 4人は島の作戦に極力協力をし、阻害行動は一切しないことを約束に、自由に動くことを許された。
 現在島ではこのように、会議及び作戦が進んでいるようだ。

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※島が狙われた理由
 一部では地下資源が理由ではないかと言われているらしい。
 しかし、そのような資源の発掘は現在島では行なわれていない。資源が眠っているかどうかも不明。

※地形
 港は、南側に一箇所のみ。
 ただし、東側、西側にも海岸があり、上陸は可能である。北側はほぼ崖になっている。
 島の中は森林も建物も少なく、見通しが良いが、起伏が激しいため長時間の走行は厳しい。

※戦力
 『島側』傭兵志願者は95人。大陸から派遣された警備兵50人。民兵10人。
 『アセシナートの月の騎士団』50人ほどの騎士団。一般の警備兵ではまるで歯が立たないと思われる。テルス島程度の攻略であれば、正規団員の派遣は5人程度ではないかとの見通し。

※来襲方法
 空路(飛翔船)の可能性は低いが、空襲という手段を取る可能性も皆無とはいえない。
 航路は確実と思われる。正規騎士団員は接近後魔法により転移する可能性も考えられる。
 既に転移用の仕掛けが島の中に施されている可能性も?

※罠
 無人クロスボウの設置。
 道路に土塁。
 落とし穴。
 山道は岩や丸太などで安全に潰しておく。

※補給
 警備兵が担当。
 十分な物資を手配中。

※戦法
 港に鶴翼の陣を展開。敵主力部隊を抑える。
 敵一般兵、及び一般兵を率いている騎士団員は傭兵隊が対応。
 仕掛けや罠に導きつつ、全滅させる。
 敵狙撃手、単独兵は傭兵隊の中の単独班、暗躍班が対処に当る。

※敵の潜入の可能性
 高い。
 調査中。

※島民の避難について
 一部避難済み。
 民兵志願者以外は全て島外に避難予定。

※勝利条件
 敵の全滅。
 降伏して一旦島を明け渡し、敵の目的を調べるという案も出ている。

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 やはり、騎士団を迎え撃つことになるようだ。
 どこの場所で、どういった人物を狙うか。
 フィリオ、ウィノナ、ルニナ、リミナの4人は、案内された宿の1室で過ごすこととなった。
「騎士団員と一般兵を見分ける方法はありますか?」
「鎧が違うよ」
 フィリオの問いにルニナが答える。
「一般兵はみんな同じ鎧を着用してる。傭兵も同じ鎧の着用が義務付けられてるみたい。戦闘スタイルによって若干違いはあるけどね。騎士は紋章のついた衣服をまとっているけど、鎧なんかは皆好きなものをつけてるように見えた」
「あとは、実際仕掛けてみるとわかるかもね。反応とかで」
 ウィノナの言葉に、3人は頷いた。
「だけど、失敗したら危険ですし、上手く罠に嵌めることができればいいのですが」
 リミナは変わらず不安気な表情をしている。
「一般兵でも小隊長クラスを狙いたいですね。出来れば騎士ということで」
 フィリオがベッドに腰を下ろしてそう言った。
 皆、ソファーやベッドに座って、考え込む。
 島の動向を見守りながら4人で案を出し合って、最善の方法で臨むとしよう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】

【NPC】
キャトル
ルニナ
リミナ
聖獣王

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第ニ話<始動>―』にご参加いただき、ありがとうございました。
今回は後半部分が2つに分かれています。両方ともご確認いただければと思います。
島に向かった方々は、島で準備を進めている方々と連携してもいいですし、4人で作戦を実行に移してもいいかと思います。
よろしければ<猜疑>の方もご覧くださいませ。
それでは、引き続きご参加いただければ幸いです。