<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―第ニ話<猜疑>―』

 満月の深夜、リルド・ラーケンは一人港へ出ていた。
 人の姿のない海辺で、竜へと姿を変える。
 翼を広げ、海へと飛び立つ。
 方向を変えて海と島を眺める。
 飛翔船ならば、どう攻めるか――。
 領主の館は目立つ位置にある。砲弾を打ち込まれたら、一溜まりもないだろう。
 島の周りを回って、島の上空からも見て回り、リルドは地形を頭の中に叩き込みながら戦略を練っていく。

    *    *    *    *

 翌日もまた、夜が訪れる。
 月の光が降り注ぐ夜。
 街灯など殆どないこの島で。
 2箇所だけ、眩しい明りを放っている場所がある。
 1つは、港近くにある酒場。
 もう1箇所は、島の領主の館だった。
 数週間前は、この館の明りも早い時間に消えていたというのに。
 今は、ずっと。四六時中、この館の灯は消えない。

 島民達が寝静まった頃、会議を終えて領主ドール・ガエオールは、執務室へと戻った。
 やらねばならないことはまだ沢山ある。今晩もこの部屋で仮眠をとることになりそうだ。
 事務机につき、書類の束を手に取ったその時、執務室のドアが叩かれた。
「どうぞ」
 音を立ててドアが開き、一人の女性が姿を現した。……いや、彼女の後ろに数名の男女の姿も見える。
「少し、相談したいことがあります」
 その女性、ルイン・セフニィの言葉に、ガエオールは疲れた表情を浮かべながらも、笑みと頷きで答えて、一同を部屋へと招きいれた。
 ガエオールに勧められ、ソファーに腰掛けたのは、いずれも傭兵として島に訪れた人物であった。
「信頼のおけそうな人物だけに声をかけました」
 自分達の前に腰かけたガエオールに、ルインはそう話し始めた。
 左から、ケヴィン・フォレスト、山本建一、ミッドグレイ・ハルベルク、ルイン・セフニィ、リルド・ラーケン、アレスディア・ヴォルフリートの順で並んでいる。
 数日前からルインが声をかけて回り、集ったメンバーだ。
 皆それぞれ、領主への提案や内密な相談があったため、こうして他の傭兵志願者や島民がいない時間、いない場所を狙って訪れたのだ。
「まずは私からの提案です。私はガエオールさんの考えを踏まえて『一旦、島を明け渡す』のが良いのではと思っています」
 一同は一斉にルインに目を向けた。
 彼女の言葉は皆にとって予想外だった。
「目的を知るため、か?」
 リルドが不満気な顔で、ルインに訊ねる。
 ルインは頷いて言葉を続けた。
「騎士団員を捕まえても真の目的を聞き出す事は出来ないと思います。実際に対峙した方も居るようですが、彼らは簡単に口を割るような人物でしたか? また、一般兵は目的すら知らされていない可能性が高いです」
「それはそうですが……」
 建一は顎に手を当てて考え込む。
「私達が相手の目的を知る為の、一番確実な方法は『科学者を招き入れ行動させる』だと思います。交戦開始はその後でも遅くは無いかと」
 意見を述べた後、ルインは皆の顔を見回し、最後にガエオールに目を向けた。
「確かに、それが一番なんだがな……」
「しかし、明け渡した後、交戦して奪還できるか?」
 アレスディアの言葉に皆は深く考え込む。
「彼等の手段として……」
 建一が眉根を寄せながら、言葉を発する。
「武力による侵略ではなく、まず明け渡しを要求していることから、その手段をこちらが取ると目論んでいるはずです。占領した後、どれだけの武力を彼等が島に入れるのかはわかりませんが、彼等の目論見通りに動き、果たしてこちらに勝機があるのかどうか……」
「難しいだろうな」
 月の騎士団の内部に入り込んでいた経験のあるリルドがそう言う。
「取り返せるだけの武力がこちらにあるのなら……また、武力を得られる当てがあるのなら、良案だとは思うが」
 言って、ミッドグレイは領主を見る。
 領主は静かに首を横に振った。
「明け渡すということは、資産の殆どを失うことになる。傭兵を雇う金も、アセシナートからの侵攻に対し、力を貸してくれる国もないだろう」
「……一度奪われたのなら、戻らぬだろうな」
 月の騎士団ではないが……アセシナートの侵略を受けたことのあるアレスディアが呻くように言った。
「そして、この戦いは島という土地を護るためだけの戦いではないだろう。王が真に護るべきは民。例え公国を退けても民に被害が出ては本末転倒だ」
「つまり、島の者を避難させよと?」
 ガエオールの言葉に、アレスディアは頷く。
「それもそうだが……」
 ミッドグレイが腕を組みながら語り出す。
「避難を望む者は島から出すべきだと考えるが、迎え撃つには人員が明らかに不足している。島民にアセシナートの残酷さと現状――警備隊だけでは島の人間を守れる余裕が無い事を説明し、自発的に加勢を志願した島民に罠や装置の仕掛けを取り付ける手伝いをさせるべきと考える」
「戦う力の無い物は、直前に避難できるよう準備を進めた上で、だな?」
 アレスディアの言葉に、ミッドグレイは頷く。
「そうだな。解ってはいるのだが……なかなか難しいものでな」
 ガエオールは深いため息をついた。
 ミッドグレイもつられるかのように、深くため息をつく。
 色々理由をこじつけて自警団の連中を何人か引っ張ってくるべきだったと、心の中で苦笑する。
 ここまでひどい状況じゃ怠けてもいられない。
 怠け者の仮面をとる決意をし、体勢を変えてミッドグレイは鋭い目を領主に向けた。
「警備兵と傭兵の一部を指揮する権限を貰えないか? これでも一応、祖国では団の隊長をやってるんでね」
 国や所属が特定されると厄介なので、詳しくは話すことができない。
「今後の動き次第では任せよう。私には向いてるとは思えんのでな」
 苦笑するガエオールの姿に、向かい合う者達の中にも、力ない笑みが浮かぶ。
 島民もだが、この領主も本当はアセシナートのような大敵と戦える器ではない。穏和な島で、島民達の喧嘩の仲裁をしている姿がきっと似合うのだろう。
「あと、魔術の探知が出来る者にこの館の中や、主要な建物の中を調べさせたいんだが。転移などの魔法陣が設置されていないかどうかな」
「それなら、僕がやりましょう」
 ミッドグレイの提案に答えたのは、建一であった。
 ガエオールは少し考えた後、頷いた。
「うむ、一応調べてもらった方がいいだろうな。身内はあまり良い顔をせんだろうが……」
「戦うことを前提として……俺は、機動戦を提案する。正面からやり合わず、時間稼ぎをして攻勢の油断をつく」
 リルドが手書きで描いた地図をテーブルに出し、地図に描かれた港を示しながら提案をする。
「陣形は鶴翼の陣。地理、準備の効率化の為にも島民の協力を得られるといいんだが」
 鶴翼の陣とは、鶴が翼を広げたような形になりVの字の形を取る陣形だ。通常鶴の頭の部分に、大将が位置する。
「両端に長弓、魔法兵が配置できればベストと考えている。……風喚師が欲しいな」
 そういいながら、リルドは思いを巡らせる。
 まあ、騎士の相手さえ間違えなければいい。読まれていようが、覆してみせる。どうってことはない――。
 自分は、あの男――グラン・ザデッドとの対決さえ邪魔されなければいいのだ。
「藁は火罠用に使える。機動型で釣り野伏せでどうだ。飛兵がいるんなら、陽動、撹乱、急襲を任せられるが……?」
「魔法を使える傭兵はいるが、飛兵はこちらにはいない。釣り野伏せか……なるほどな。会議に出させてもらうよ」
 兵数に勝る相手に有効な戦法ではある。
「……それから」
 あまり言葉を発しないケヴィンがボソリと声を出す。
「ディラ・ビラジス……奴はまだ、アセシナートと繋がっている……と思う」
 根拠はない。だけれど、アセシナートから彼が抜ける理由というのが、今のところ感じられない。
 彼自身が語った言葉にも真実味が感じられなかった。
 ディラにアセシナートから抜けてほしいという気持ちを、ケヴィンは持っていた。
 だけれど、彼はまだ抜けてはいないだろうという確信もあった。
「まあ、そうだろうな」
 リルドが嘲りのような笑みを浮かべる。
「背後と目的を調査した方がいいだろうな。信じてるにしても、だ」
 鋭い目でガエオールを見ると、ガエオールは眉間に皺を寄せて考え込むのだった。
「タリナが信頼している人物だから、そうは思えんのだが……」
「タリナ・マイリナさん……確か、親戚の方ですよね?」
 建一の言葉に、ガエオールは優しい笑みを浮かべて頷いたのだった。
「ああ、聡明な娘だよ」
 一瞬、建一は鋭い目を浮かべ、そのまま目を伏せた。
「自分は島に潜入しているであろうアセシナートの者について調べていきたいと思います。情報操作なども行なっていそうですしね」
 建一の言葉に、ガエオールが頷きで了承をする。
「では……島民への説明は明日行なおう。ええっと、ケヴィン君、アレスディア君、ミッドグレイ君には、避難や説得の手伝いをお願いしたい」
 ガエオールの言葉に、3人が頷く。
「建一君、リルド君、ルイン君は、島の調査に動いていただけるか? 魔法陣や、情報などについてだな」
「……わかりました」
 ルインは軽く眉を寄せた後、そう答えた。
 やはり戦いは避けられないのだろうか……。

    *    *    *    *

 領主は説明会を設け、住民達を集めた。
 関心はあるようで、大半の住民が領主の館へと集い、領主の話に聞き入っていた。
 住民達の間からは、これといった意見は出ない。
 それは……打開策が全く見当たらないからだ。
 ただ、迫り来る敵の存在、不安と恐怖に皆強い恐れを抱き、混乱するだけであった。
「自分達の島を守りたいっていう気持ちがあるのかどうか聞きたい」
 領主が説明を終えた後、同席していたミッドグレイが島民に問いかける。
「自分達自身の運命を他人に委ねるだけで、捕まってしまってもいいのか? 後悔はしないのか?」
「……でも、私達には戦う力なんてないからっ!」
 中年の女性が悲鳴のような声を上げた。
「戦うだけじゃねぇ。迎え撃つための準備を手伝うことなら、誰でもできる。守りたい者がいるのなら、避難させることも今なら可能だ」
「だけど、そんな国ならば、避難した人達は絶好のターゲットなんじゃない? 無力な人質を何もせずして得ることができる。島の民が捕まれば、ここを守る意味なんかなくなるし」
 女性の指摘に、場が一瞬静まった。
 そこが、アセシナートの恐ろしいところだ。彼等の行為はテロ。道徳も倫理もありはしない。
 手を出さないという言葉を信じることは出来ない。罠である可能性も否めないのだ。
 避難させるのならば、アセシナートに情報を漏らさずに、避難させねばならない。
 この島を守る戦力さえ不足しているこの状態では、避難した人々を護衛する兵力はもない。
 避難も怖い。残るのも怖い。無力な島の民には、打開策など何も思い浮かばない――。
「受け入れ先の手配、輸送手段の手配は可能か?」
 アレスディアがガエオールに訊ねると、ガエオールは眉間に皺を寄せた状態で頷いた。
「アセシナートに攻め入られる可能性があるとなると、どの街も受け入れてはくれないだろう。しかし、場所の候補はある。輸送手段はどうにかしよう」
「では、誘導は私がやろう。避難する者、それともギリギリまでこの地に残り、防衛準備に尽くすのか、更には兵士として戦うのか……家族と十分話し合って決めてほしい」
 アレスディアはそう島民達に話した。
 島民達は恐怖に慄きながら、館を後にする。……恐らく、多くの者が避難を選ぶだろう。

 島民達と入れ違いで、会議室に脱走兵ディラ・ビラジスが、タリナ・マイリナと共に姿を現した。
 ケヴィンは顔を隠すことも、変装することもなくその場に残っていた。
 毎日の会議で、ディラの方もケヴィンの存在に気付いていたのだろう。軽く目を泳がせはしたが、何も言わず、領主の所へと歩くのであった。
「叔父様、避難させるのであれば、彼の意見も聞いてみては?」
 タリナの言葉に、ガエオールは柔らかな微笑みを見せる。彼女は領主を安心させる存在のようだ。
「そうだな」
 そう言った後、何も言わずに鋭い眼で見ているミッドグレイの視線に気付き、ガエオールは咳払いをした。……分かっているというように。
「君の所属していた騎士団なら、こういう場合どうする? 島民を人質にとろうとするかね?」
「この島程度の戦力なら、人質をとる必要もないと判断すると思う、が」
 ディラはそこで言葉を切り、その先を続けることはなかった。
「避難誘導は私が担当するが……ディラ殿も、共にいかぬか?」
 短い沈黙の後、アレスディアがディラにそう言った。
「そうですね。彼のことよろしくお願いいたします」
 返答をしたのは、ディラではなく、タリナであった。
 ディラは軽く頷いた後、ガエオール、タリナと共に会議室から出て行った。
 その後、ケヴィンがアレスディアの腕を掴んだ。
「奴と騎士団との繋がりは切れていない。踊らされている可能性もある」
 短くそう言った後、ケヴィンはアレスディアの腕を放し、いつもどおりのやる気がなさそうな無表情で、会議室から出て行くのだった。

 ガエオールとタリナは執務室へと入っていく。
 その後から、建一とケヴィンが現れ、執務室のドアの前で立ち止まる。
「ここで2人して待っていては時間がもったいないですね。館内を調べてきますので、何か異変がありましたら教えてください」
 首を縦に振ったケヴィンに微笑みかけて、建一は付近を探りながら、廊下の先を歩いていく。
 ケヴィンはその場で、待つことにした。タリナが出てくるまで。
 ガエオールに言っておきたいことがあるのだが、他の誰にも聞かれたくはない。たとえ、彼が信頼する人物であっても。
 ……待つことは苦手ではない。
 その場で、数分――数十分。
 まだ、タリナは出てこない。
 耳を澄ましてみても、執務室の中からは何も聞こえはしない。ドアからは離れた位置にいるようだ。
 ケヴィンはドアから距離をとって、待つことにする。
 そして、およそ1時間後。
 タリナが執務室から姿を現す。
 ケヴィンは、ドアが開いた音を聞きつけると、さも今やってきたかのように、角から姿を表す。
 ケヴィンに気付いたタリナが、軽く会釈をする。ケヴィンも会釈を返す。
「……それじゃ、叔父さま。お疲れさまでした」
 微笑みを残して、タリナは去っていく。
 うっとりと見送るガエオールの前にケヴィンは立った。
 ……どことなく、妙だと感じた。
 自然と手を上げて、ガエオールの前で左右に振っていた。正気かどうか確かめるかのように。
「何をやっているんだい、君は」
 即、ガエオールは苦笑という反応を示した。
 あの女性に、惚れているのだろうか。
「すまない、あまり時間がないんだが、何か用かね?」
 ケヴィンが頷くと、ガエオールはケヴィンを執務室へと招き入れた。
 ソファーに座るよう指示されるが、それは遠慮した。長居をするつもりはなかった。
 自分の配属に対しての意見と、言っておきたいことがある。それだけだった。
 ケヴィンはぼそぼそと、先日この部屋に集ったメンバー達とは違う部隊で戦いたい旨、自分の技能、伏兵には注意するつもりだなどの、方針をガエオールに簡単に説明をする。
 ガエオールは部隊編成について記してあるノートに書き記し、ケヴィンの配属候補を絞り込んだ。
「港。ただし、真正面ではない。港を突破された後、進軍するだろう場所……危険な場所だが頼めるかね?」
 その言葉に、ケヴィンは静かに頷いた。
 そしてもう一度だけ、ガエオールに告げる。
「ディラは本人の意思はどうあれ、アセシナートに踊らされている可能性もある」

 建一は、館内を歩き回り、各部屋を見て回った。
 先日領主の許可を得ていたこともあり、警備兵や使用人も協力的であった。
「何か変わったことはりませんか? 今までにない模様が描かれていたり、今まで見かけなかった人を頻繁に見るようになったりなど」
 女性の使用人にそう尋ねると、小首を傾げて考えこんだ後、彼女はこう言ったのだった。
「模様なんかは見かけませんけれど、出入りする人はとても多くなりました。ミニフェ様もご結婚されましたしね」
「ミニフェ……? ガエオールさんの娘さんですね?」
「はい。後継ぎが出来たとガエオール様お喜びになっておられたのに、こんなことになって……」
 ガエオールの実の娘はミニフェであり、ギランは婿。そして、結婚は最近のようだ。
「お2人はどのように知り合ったのでしょう?」
「詳しいことは知りませんが、ミニフェ様が大陸の街の学校に通われていた頃に知り合ったそうです」
「そうですか……ありがとうございます」
 建一は使用人に礼を言って、その場を離れた。
 一通り、館内を見て回った後、領主の執務室には戻らず……執務室の隣の部屋へと入った。
 実は、1つ気になっていることがある。
 領主の親戚の女性『タリナ・マイリナ』。
 ガエオールが信頼している人物と言っていたが、信頼というより、彼が彼女を見る目には愛情を感じる。
 彼女がアセシナートの元兵士を匿う理由とは? ディラに惚れているようにも見えない。
 建一は彼女達の関係に違和感を感じていた。
 隣室から意識を集中し、隣の部屋を探る。
 何か魔法的な仕掛けがあるのなら、種類まで分からずとも、存在くらいは分かるだろう。
 ……数分、魔力の探索をした建一は、突然力を抑える。
 仕掛けの存在は感じられない。だけれど、微妙な魔力を感じる。魔法を使っている人物がいる……!?
 壁に耳を押し当てれば、声が聞こえる。
 小さな女性の声――。
「大丈夫、私の言うとおりにしていれば。全て上手くいくから。うふふ……」

    *    *    *    *

 ミッドグレイとアレスディア……そしてもう一人、ディラ・ビラジスは、家々を回っていた。
 避難を望む人達を励ましながら誘導していく。
「必ず再びこの島に帰れるよう、約束する」
 アレスディアは、決意を込めた目で、人々にそう声をかけて送り出す。
 また、住人の許可を得て、家の中をも調べて回る。
 ディラはアレスディアに付き添ってはいたが、目立つ行動はせず、家の中を軽く見回しているだけだった。
 そんなディラに目を向けて、アレスディアは語り始める。
「戦いというと、つい目の前の敵にばかり注意が行く。しかし、目の前ばかり見ていてはならぬ。背中には常に護るべき者達がいることを、しっかりと心に刻まねばならぬ」
 ディラの目を見て、真直ぐに、強く……しかし、睨みはせず、真剣な目で言葉を続ける。
「私は、護る為に戦う。ディラ殿、あなたは公国を脱したという。公国を脱し、尚、剣を取るのは何のためか? 聞かせてはいただけぬかな?」
 その問いに、ディラは口を閉ざし、アレスディアから目を逸らした。
 アレスディアの脳裏に、ケヴィンの言葉が響き渡る。
 彼はまだ、アセシナートと繋がっている、と。踊らされている可能性もある、と。
 疑うことを知らないアレスディアは、ディラの先日の言葉も真直ぐ捉えていた。
 しかし、ケヴィンの言葉をも真直ぐ信じるのであれば……矛盾してしまう。どちらかの言葉が真実で、どちらかの言葉が虚偽か間違いなのだ。
「そんな事、考えたことはない。護るべき者など俺にはいない。俺は戦うことしか知らない。戦いは生きる術だから戦っている。それだけなんだ……」
 嘘は感じられない言葉だった。
 尤も、嘘であったとしても、アレスディアは彼の言葉を真直ぐ捉えただろう。
 再び口を閉ざし、何の表情も浮かべずに家から出て行く彼の後姿を見ながら、アレスディアは軽く眉を寄せていた。
 ……この青年は、楽しみも、喜びも、知らないのかもしれない――そんな気がした。

 『既に、わが同胞達が島の住民として生活をしている』
 アセシナートの貴族、フリアレス・グラン・リアリクールはそう言っていたという。
 ミッドグレイは避難する島民達を、船へと誘導したあと、人々の家の中を見て回る。
 世帯数はおよそ500ほどしかない。
 ギリギリまで島に残ると申し出た住民はおよそ100人。高齢者が多い。
 そして、民兵に志願したのはたった10人だった。
 もし、島民としてアセシナートの手のものが紛れているのなら、この110人の中にいると思われるが……いずれも、古くから島にいる人物のようであり、ミッドグレイが聞き込みをして回った限りでは、怪しい人物はいなかった。
 調べられる範囲では、一般家庭の中に不審な物はない。
 調べていない箇所は、港近くの飲食店、領主の館――のうち、ミニフェ夫婦が暮らす離れ。
 それくらいだろうか。
「ったく、酷い状態だ……」
 ミッドグレイは思わず、顔を顰めた。
 先の展望がない。
 でも、自分の役目は防戦に加勢することなのだろう。恐らく指揮を任される。
 その間に、暗躍側として動く者に、情報を掴んでもらうしかなさそうだ。

 島に残る決意をした者及びギリギリまで手伝うと申し出た者を連れて、ミッドグレイは仕掛けの準備を進めることにする。

    *    *    *    *

 船にて、人々の避難が進められていく。
 夜に出航する船はないのだが、港近くには明りが点っている。
 一箇所だけ、夜間も営業している店があるからだ。
 港側の酒場。
 島に訪れた船乗りや、冒険を求めてやってきた冒険者達が集う場所。
 リルドと、ルインは申し合わせたわけではないが、夜間、たまたま一緒にこの酒場を訪れていた。
 目的もほぼ一緒だ。
 互いに、情報が集う場所と目星をつけて、やってきたのだ。
 酒場のカウンターに立っている人物は、人のよさそうな中年男性であった。
 今晩は他に店員はいない。
 客達は全て島の外から訪れた人物のように見える。
 島民はもう、ここに集って酒を飲む心の余裕はないのだろう。
「この酒場、やっぱ妙だよな」
「そうですね」
 リルドの言葉に、ルインはそう答えてカウンターを見る。
 時々、カウンターに入っていく客がいる。
 そして、カウンターの奥から出てくる客もいる。
「こちらのカクテル、もう一杯いただけますか?」
 ルインが空のグラスを手に言うと、グラスを下げにマスターが近付いてきた。
「よぉマスター、この奥には何があるんだ?」
 途端、リルドはマスターに体を近付け、他の客からは見えないよう、短刀をマスターの腹へと押し当てた。
「……物騒なモノはしまってくれるかい」
 小声で中年のマスターは言い、カウンターへの入り口を指差した。
「好きに入ってくれて構わない。ただ、命の保証はないようだよ」
 苦笑するマスターの肩に、リルドはぽんと手を置いてカウンターの中へと入る。ルインは軽く会釈をしてリルドの後に続いた。
 狭い廊下の先に、下り階段があった。
 その前に、柄の悪い男が壁に寄りかかり立っている。
「入場に必要な物はなんだ? 金か?」
 リルドがそう声を掛けると、男はにやりと笑い手を出した。
「10G頂こうか」
「10Cの間違いじゃねぇのか」
 リルドがギラリと目を光らせる。
「それじゃ、間をとって、10Sでどうでしょう? お金なら私が払います」
 金で済むのなら、10Gであっても払ってもいいとルインは考えた。面倒ごとはアセシナート関連だけで十分だ。
「いいだろう」
 ルインから金を受け取ると、男は脇へと避けた。
 リルドは軽く会釈をしてルインに感謝を示すと、階段を下りる。
 ルインもその後に続いて、階段を下りた。

 地下は賭博スペースになっていた。
 カウンターにはのどかな島には似合わない柄の悪い痩せた男が立っている。
 リルドはその男の元へ。
 ルインはカードゲームを楽しむ男達の元へ向かった。
「情報を求めている。この島やアセシナートに関してだ」
「販売してるよ。ランク別で5つあるけど?」
 リルドの問いに、軽い笑みを浮かべてカウンターの男はそう言った。
「全部で幾らになる?」
「全部だと特別価格で10Gだ」
 また10Gかとリルドは舌打ちした。
「なら、俺が掴んでる情報を売ってやる」
 言って、リルドは月の紋章が刻まれた短刀を懐から取り出した。
「情報屋ならこの紋章くらい知ってんだろ?」
 男は目を光らせながら、短刀を見てにやりと笑みを浮かべた。
「了解。それじゃ、情報交換といこう」
 男がリルドに話した情報は5つ。そのうち3つは既にリルドは知っていること、会議で話されたことだ。
 残りの2つだが……。
「領主は3ヶ月前まで、一人でこの島を治めていたんだ。実の娘ミニフェは気の強い女性でな。ガエオールに反発して家を出ていったきり音沙汰なかったんだが、最近になって婿ギランを連れて戻ってきた。今は人が変わったように、父親に尽くしているようだが、なんだか妙だと感じてる」
「……もう一つは?」
「アセシナートは既にこの島を侵略している」
 リルドは鋭く目を光らせる。
「どういう意味だ?」
「島の地下に既にアセシナートの施設があるらしいぜ。場所まではわからねぇが」
「確かな情報か?」
「偽情報なら、俺の命があぶねぇからな。確かな情報さ。過去に訪れた冒険者が見つけたらしいんだがな。場所までは聞いてねぇ」
 地下に施設……ということは。
 アセシナートの兵士は地下からも湧いてくる可能性があるということだろうか。
 リルドは一人歯噛みした。

 ルインはブラックジャックで勝ち続けている男の前に立ち、勝負を申し出た。
「てめぇのような女が来るところじゃねぇよ。帰った帰った」
 顔に大きな傷跡のある男は、そう言って、ルインを相手にもしなかった。
 ルインは金貨をばらりと、テーブルの上に出す。
「私が負けたら、お金でも、私自身でもお好きなものを差し上げます。私が勝った場合は、あなたが持つ情報をいただきます」
 金と、ルインの体に目を馳せると、男は薄気味悪い笑みを浮かべ、指でルインに前に座るよう指示を出す。
 ディーラーが男とルインにトランプを配っていく。
「ステイ」
「……ドロー」
 ルインにだけもう一枚カードが追加され、カードをオープンする。
 男は20、ディーラーは19であった。……ルインは21。
「私の勝ちですね」
 正直、1度で勝てるとは思っていなかった。イカサマをしたわけでもない。多少金がかかっても、いいと思って挑んだ勝負だった。
「私が知りたいことは、アセシナートの兵の潜伏場所。その他、この島の情報を知っている限り」
 ルインは手を組んでにっこり微笑む。
 美しさの中にある迫力を感じたのだろうか。男は軽く吐息をつくと、足を投げ出しながら語り始める。
「潜伏場所なんて誰も知らねぇよ。ここにもいるんじゃねぇ? なあ」
 男の言葉に、ギャラリー達が笑い声で答える。
「島の情報っつったら、この島は宝の島ってことで有名なんだぜ」
「宝の島?」
 頷いて、男は言葉を続ける。
「地下に魔力の結晶が眠ってるって噂だ。これが高く売れるんだ。聖獣キャンサーに守られてるとも言われてるがな。てめぇも多用無言だぜ」
 それが本当ならば、アセシナートの狙いはその魔力の結晶だろうか。
 いや、聖獣キャンサーである可能性もある。

 その後、ルインとリルドは情報を交換し、宿へと戻った。
 
 翌日。
 建一は、先日領主の元に集ったメンバーに話した上で、村の中に転移の魔法陣を描く準備を進めた。
 何かの際に、有利に移動ができるように、と。
 そんなに長くは持たないため、仕上げは直前に行なうことになる。
 ふと、作業を止めて、一方に目を向ける。
 領主の館の離れ……立入りを許可されなかった場所に。

 時は刻々と迫り――。
 ついに、アセシナートの旗を掲げた船が一艘、港に姿を現したのだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3681 / ミッドグレイ・ハルベルク / 男性 / 25歳 / 異界職】
【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】

【NPC】
ディラ・ビラジス
ドール・ガエオール
ミニフェ・ガエオール
ギラン・ガエオール
タリナ・マイリナ

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第ニ話<猜疑>―』にご参加いただき、ありがとうございました。
裏が見えてきたような、まだまだ疑いの段階で決め手はないような……そんな状況です。
若干遅れ気味ですが、次回のラストでは戦闘が発生すると思われます。
<始動>の方もご覧いただければと思います。
それでは、引き続きご参加いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。