<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】棉・謀計 −続−









 問うておきながら、青年は答えを待つことなどしなかった。なぜならば、これは考えるようなことではなかったから。考えなければ導き出せないようなその答えは、本能ではなく理論。
 理論などいまさら聞きたくも無い。頭でっかちな答えに興味などない。
 青年は踵を反し、飛び上がる。
「……人である、とか、そうでない、とか……関係、ない」
 視線だけ振り返り見やったのは、核を抱きその場で膝を折った少女――千獣。
 名前など知りはしないが、青年にとっては出来たばかりの道具を止めた人間。
「人の、姿を、して、いたって……獣に、劣る、行いを、する者だって、いる……」
 なまじ持ってしまった知能があるせいで、狡賢いことを考え、他人や他物を貶める。人の中にはそんな存在だっている。
「獣の姿、でも、人に、勝る、情を、持つ者だって、いる……」
 逆に、家族や大切なものを護る、慈しむ心に溢れた獣だって存在している。
 千獣はそれを知っている。人の中だけではなく、獣の中で生きてきた千獣は、両方を見てきたから。
「人であるか、そうで、ないかは、関係、ない……」
 青年は千獣の言葉をただ扇に手を当てて聴く。
 口を挟む隙間が無いのではない。直ぐに答えを返してきた千獣に純粋な興味がわいた。それだけ。
 千獣は俯いたまま、届いているかどうか分からなくても……それでも、話し続けた。
「……そこに、あるのは、自らの、意思を、持った、命、だと、いうこと」
 この手の中で消えてしまった幼子。
 生まれ方、短き生、虚無の鼓動、冷えた肌……その全てが“人”ではなかった。
 今も残る命の証。
 純粋ゆえに、残酷だった。穢れない魂の跡形が、この手の中にある。
 もっと別の使命を与えられていたならば、幼子がたとえ作られた道具として生を受けていたとしても、感情豊かないい子に育っていた可能性だってある。
 千獣は両手に乗った命の核たる結晶を見やる。
 死んでない。死んではいないのだけれど。
 最初はそれが与えられた役目だとも知らず、町人を殺め続ける道具だった。そのためだけの道具……だった。
 けれどそれが世界を知らないせいなのだと思った。
 だから、幼子に問いかけた。語りかけた。
 それでも道具のままだったら、あのまま千獣の言葉も届かず壊し続けていただろう。
 でも、幼子は変わったのだ。千獣の言葉を聴いて、確かに変化を見せた。
「この子、が、道具の、まま、だったら……触れた、この頬は、吹き、飛んでた……」
 千獣はそっと核を頬に当てる。
 涙は流れない。悲しいわけじゃないから。
 あるのは、生まれるのは、静かなまでの怒り。
「この子は、私を、壊さ、なかった……」
 出会ったとき、場所を変えようと飛んだとき、その全てに衝撃の傷跡を与えていた幼子が、千獣を認め、千獣を受け入れた。
 壊すことを止めたのだ。
「……与え、られた、役目を、自ら、やめた……そこには、意志が、ある」
 その行為にどれだけの意味があるのか、本当は意味なんてないのかもしれないけれど、幼子にとって大きな変化だったはずだ。
 初めて“壊す”という行為以外を行った、自分が。
 自らの意志を持ち、行動したこの子は、もう道具じゃない。
「道具、から…命、に、なった……」
 その命は、人としての形を失ってしまったけれど、たとえ外形が人でなくても、構わない。この子が、また笑うなら。
「ああ、もう結構です」
 青年はぱっぱと扇を振る。
「很好地明白了。貴女の命の定義が意志なのだと」
 青年が口にした言葉の意味が分からず、千獣は眉根を寄せる。だが、あまりいい意味で言われたのではないと感じることはできた。
「それが貴女の“人”である答えですか?」
「……最初に、言った」
 人の形をしているかどうかなんて些細なこと。その程度の狭いものさしなんていらない。
「人、人間。感、理、個」
 感情と、理性と、個性(人格)。
 人を人足らしめる要素は、そこにある。
「意志はかろうじて、感だとしましょう。ならば、理と個はどこに?」
 青年は笑っているようだった。何処から突き崩そうか、それを楽しんでいるかのように。
「……それ、は、学ぶ、もの。誰かが、教える、もの。これから、見つける、はず、だった、もの」
 どんな生まれたての赤子にも、初めから感情や理性が備わっていたら、道徳という名の教育なんて必要ない。そう人は、大きくなる過程でそれを学び、身につけていくのだ。
 その身につけた知識が、個性に繋がり、“自分”を形作る。
「感は、生じれば確かに楽しいかもしれませんね。けれど、無機たるものに、個は必要ないのですよ。それが生じた時点で、道具としては失敗作だと思いませんか?」
 あくまでも青年は幼子を道具としてしか見ていない。
「……この子、の、ことを、失敗作、だとか、道具、だとか、言わせない」
 折れた膝に力が戻るのが分かった。
 千獣はゆっくりと立ち上がる。
「この個は、命。かけがえの、無い……命」
 どんな経緯があったかは知らないけれど、幼子を産み落とすために利用された女性。何も知らない幼子が奪ってしまった町人の命―――その全てが尊く、かけがえのないものだった。
 顔を上げる。
 瞳を怒りの血色に染めて。
「命を、弄び、侮辱、する、ことは……許さない」
 今ここで飛び上がり、青年に襲い掛かる事は容易い。
 何の力もなしに浮いているように見えるが、どこか線の細い優男とでも称せそうな青年が、肉体的に優れているようには見えない。
 けれどここで力に頼っては、青年の思う壺のような気がして。
「弄んでいた? そんな無駄な事はしません」
 青年は口元を扇で隠し、眼を細める。
「血は一番なによりも強力な呪。核が染まりきるにはあの程度では全く足りません。やれやれ、また創り直しだと言うのに」
「まだ、こんな、事を……!」
 するつもりなのか! 千獣は声を荒げる。
 そんなことをして創り上げたもので何をしようというのか!
 しかし、ここまで派手なことをしでかした彼は人間ではないのだろう。何かしら、この国で力を持った部類に属する人物。
 確か―――仙人と言ったか。
「近づか、ないで……」
「っち!」
 振り返りもせず告げた千獣に、最初あの青年に吹き飛ばされたがらの悪い男が、環刀を手に後ろに飛びのく。
 長話のおかげで意識を取り戻し、背後から千獣を切り捨てようとしたのだろう。
「そうですね…。其れは差し上げましょう。出来るのであれば学ばせればよろしいのでは?」
 ただの結晶に力は何も無い。身体が無ければ何も出来ないが。
「再見。小姐」
 待てと言いかけた唇がかみ締められる。
 引き止めて、どうするつもり?
 核を抱きしめ、ただ青年が去っていく後姿を見つめる。
 やりきれない気持ちのままだったが、千獣はあの町にもう一度降り立った。
「あなた、無事で!?」
 どこかに隠れていたらしい生き残った町人が、わらわらと千獣の周りに集まってくる。
 口々に無事でよかったとなでられ、少しだけ泣きそうになった。
 千獣はこの後、修行や道徳を重んじる仙人でありながら、邪悪な法に触れ、落ちた存在が居ると知る。
 人々はその存在を、邪仙と呼び、畏れているのだと。















「よろしかったので?」
 がらの悪い男は、邪仙に問う。
「構いませんよ。万が一、形骸を得、個を得たとしても、芯(親)が消えるわけではありません」
 あの核に形骸を与えられる人物は存在している。それが憎むべき奴だというのが気に入らないが、それ以上に、
「ふふ…楽しみですねぇ」
 慈しんだ存在がいきなり牙をむく。
 その絶望の瞬間が、見られるかもしれない。
 邪仙の心はひどく躍っていた。





















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】棉・謀計にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 前回の問いの答えということで、完全に続きとして書かせていただきました。
 申し訳ない限りに奴の考えを覆す事は本当に無理でしたが、幼子を復活させられるような手立てと、殺める以外のことを教えられる機会につながる道はできました。
 これは…絆ですかね? 運命を変えるのは絆…と。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……