<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


迷子探検記









 晴天快晴今日もいい天気。絶好のお洗濯とお出かけ日和だ。
 バスケットにはサンドイッチと紅茶が入った水筒。
 ……実際は、ピクニックに行くわけではないのだが。
「おはようございます」
 シルフェはドアベルの音をカランと鳴らして、あおぞら荘の玄関を開ける。
 食堂ホールでは、まだ入居者の方らしき人がちらほら食事を取っていた。
「あ、おはよう」
 厨房から簡素なエプロンをつけて出てきたルツーセに、シルフェは軽く頭を下げる。ぶっちゃけ、働いている姿を、シルフェはルツーセした見たことが無い。
 実質、足で動かなければいけないような仕事はホールしかないため、出てくる必要も無いのだが。
「今日は、先日お伺いしたとおり、コール様とあおぞら荘の探検をしてみようと思いまして」
 長時間になっても言いように、ちゃんと弁当も持参したとバスケットを持ち上げる。
「あはは。がんばって!」
 ルツーセはまだホールの片づけがあるため持ち場を離れることができない。そのため、メモ帳にコールの部屋までの道順を記した紙をシルフェに手渡した。
 シルフェはメモを頼りに階段を上り廊下を歩く。
 確かに、前望めば開くから云々と言っていたため、彼らには実際の場所の位置なんてどうでもいいのだろう。
「あれですね」
 言われたとおりの扉を見つけ、シルフェはコンコンと扉を叩いた。
 返事は無い。
 朝もまだ早いため、寝ているのだろうか。
 シルフェはピトっと扉に耳を引っ付けて何とか中の音を聞く。
 すると、小さく唸るようなくぐもった声が微かに聞こえてきた。
 そろりと伺うようにシルフェは扉を開ける。
「……コール様?」
 中は薄暗い。加えて幾本もの光の筋が部屋中を横切っていた。
 正確には、光の筋は、本と本の隙間にできた穴から漏れた光で、部屋も積みあがった本によって薄暗くなっていたのだと分かる。
 この人は相変わらず過ぎた。
「ここ〜…。ここだよぉ」
 本の山から伸びる人の手。
 知らない人が見ればまさにホラーのような光景だった。
 シルフェはその手を握り、思いっきり引っ張る。
「っん!」
 気合一発、片手を両手にかえて。

――――バサバサバサバサバサ。

 大量の本をその背から落として、コールはよれよれの表情で立ち上がった。
「ありがとう」
「いえいえ。それにしても本がお好きですね。コール様」
 予想外の声に、コールははっとして顔を上げる。
「ああ! ごめんね、シルフェちゃん!」
 こんな事をさせてしまってというようなニュアンスの声音に、シルフェは気にしないようにと微笑みを深める。
 それにしても、どうすれば本を掛け布団にして寝れるのか。大方、無謀にも片付けようとして落ちてきた本の打ち所が悪く、気を失ったところに上から大量の本が落ちてきたというところだろう。
「今日はどうしたの?」
「はい。コール様と一緒にあおぞら荘を探検しようかと思いまして」
「え!?」
 やはり建物の中でも迷子になるという自分の性を良く分かっているらしく、コールは抗議のような驚きの声を上げた。
「大丈夫です」
 シルフェはその点も抜かりはないと頷く。
「ルツーセ様が万一の際には迎えに来て下さいますから、ね?」
「うん、じゃあ、いいかな」
 帰りが保障されているならば、何も迷うことはない。そもそも好奇心もそこまで低いわけではないのだ。
 部屋の掃除が暫し頭をよぎったが、考えないことにしてシルフェは部屋から外へ出る。
「では参りましょう」
 コールもその後を着いて部屋を出た。









 単純だといっていたその通りに、確かにシルフェには単純に見えた。
「折角これだけお部屋があるのですし、空き部屋をあれこれと開けて参りましょう。うふふ」
 とは言ったものの、どの部屋に誰が入っているかを実は知らなかったり。
 だが、確か4階以上には入居者はいないはずだ。
 二人は4階まで上り、上った直ぐの場所的には4−1にあたる扉に手をかける。
「あら、あらら?」
 シルフェがいくらドアノブを回してみても、ガチャガチャと音がするだけで鍵でもかかっているのか扉が開かない。
「おかしいなぁ」
 シルフェの傍らでコールは首をかしげ、代わりにドアノブを回すと、
「まあ」
 簡単に扉は開け放たれ、住人の居ない生活感が少しだけ足りない簡素な部屋が眼に飛び込んだ。
 どうやらこの下宿の住人ではないシルフェでは、扉を開ける事は出来ないらしい。
 しかしどれだけ部屋を開けてみても、先日ルツーセが紹介してくれたサンプルルームの作りそのままで、個性は全くなく、少々つまらない。
「次へ行ってみましょう」
 パタリとコールが閉めた扉に、もしかしてという気分でドアノブを回してみたが、一度開いたかどうかは関係なく、やっぱりシルフェでは扉を開ける事は出来なかった。
 しばらく開けてみたが、結局何の変化も無く、部屋を開けるのは止めて、どれだけ先があるのか廊下を歩いてみることにする。
「下宿は楽しゅうございますか?」
 途中、シルフェはふとコールを見上げ、問いかける。
「どうなんだろうなぁ。たくさん人が居ることには何となく慣れているんだけど、実際僕は何もしていないから」
 ……確かに。
 下宿人と交流しているわけでもなく、何かしら――特に掃除――しようものなら、高確率で周りに迷惑をかけてしまうのは必至。
「皆さんはどうなのでしょう」
 矛先をコール個人から全体へと向けてみる。
「ルツーセとルミナスは楽しいんじゃないかな。アクラは…寝るとこさえあればって感じだし」
 ルミナスの名前を出たとたん、コールの顔が少しだけ曇る。
 隠し事がある関係は、血縁であろうとも辛い。しかもこの場合は一方的に近い血縁関係であるため尚複雑だ。
「記憶って、何かきっかけがあれば思い出すものだって言うじゃない」
「ええ、良く言いますね。記憶をなくした方法をもう一度試せば思い出す。なども」
「うん。それでね、最近知ったんだけど、思い出すとか、出せないとかじゃないんだ。真っ白なんだ。思い出さないといけないことがあるってことさえも、ルミナスと会って、初めて分かった」
 それは、知り合いが今まで――いや、アクラは居たけれど彼はそんな殊勝な性格ではない――居なかったから、自分から過去を気にする必要がなかったからだろうか。
「僕には過去が無いんだ。記憶がないんじゃない。過去が、本当に無い」
 だから、ルミナスが純粋に兄と慕ってくれることが嬉しくても、“兄”だった昔の自分がまるで無い。ルミナスが知る、ルミナスにとっての“兄”でないことが申し訳なくて、でも、話したがらない彼に無理に聞けなくて。
「ふふ。ルミナス様が満足されておられるなら、今のままのコール様でいいじゃないですか」
 ああ、そうか。関係に問題があるのではなくて、過去を知らない自分の態度に申し訳なさを感じていたのか。
 シルフェはふふっと笑って、話題を変えるように「あ」と小さく声を上げる。
「そうそう、噂のルミナス様のお料理も頂戴してみたいものですけれど」
「いやいやいやいや。止めた方がいいって」
 いつにない余りにもな止め方に、シルフェはきょとんと眼を瞬かせる。
 あおぞら荘の中はまだまだ(たぶん)広い。
 気合も入れなおして、また歩き始める。
 そして数時間後、結局スタートしたコールの部屋には自力で戻れなくて、ルツーセに救出されたのだった。

















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回はあおぞら荘探検ということでしたが、あんまり探検していないような、しているような…?
 お気にかけていただいていた兄弟関係に、ある種の結論的なものが出たのではないかと思います。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……