<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】棉・謀計 −続−







 事件が起きた町にそのまま滞在していることはできず、シルフェは楼蘭へと戻ってきていた。
 しばらくいつもの宿で過ごしていたのだが、どうしても気持ちが晴れず、外を眺めて座っていた椅子から立ち上がった。
「うぅん……やはり宰相様にお話しておこうかしら」
 桃(タオ)にはかかわるなと言われた。
「楼蘭で起きた事件、という括りになりますから報告はして当然ですものね」
 行くための内容を口に出して言うことで、自分の行動を自分で正当化させたかった。
 かかわったら、標的が自分にも向いてしまうのが、分かっているから、だから、差しさわりのなさそうな範囲で、何か出来ないかと思ったから。
 そうと決めれば後は行動するだけだ。
 シルフェは服を着替え、靴を履く。
 楼蘭の城までは大通りを真っ直ぐ行けば直ぐだ。
 そのまま門を通り過ぎていこうとしたシルフェは、突然目の前の降りてきた槍の柄に眼を白黒させる。
「許可無き者通ることまかりならん」
「あらあら」
 楼蘭にある皇帝の城内は入りにくいのだと、シルフェは今日はじめて知った。
 城を訪れた回数は数えるほどしかないが、宰相である、月・凛華に呼ばれたか、瞬・嵩晃が一緒にいたか、どちらかだったように思う。
 シルフェ一人城門の前で立ち尽くす。
「困りました…」
 ほう…と、頬に手を当て、槍をクロスさせて行く手を阻んでいる兵士を見やる。兵士はただお役目を果たしているだけなため無碍にも出来ない。
 すると、しばらくして中門から誰かが走りより、門の兵士に何事かを耳打ちした。
「お通りください」
 すっと行く手を阻んでいた槍がどけられ、兵士は軽く頭を下げる。
「こちらへ」
 シルフェは中門から走ってきた官僚に連れられ、城内へと入った。
「シルフェ」
「こんにちは。宰相様」
 出迎えたのは、凛華。相変わらず人間離れした美女だ。――実際人間ではなく華精だが。
「久方の町の話で来たのじゃろう?」
「もう知っておられましたか」
 やはり自国で起きた事件。宰相たる凛華が知らないはずは無かったかと、シルフェはこの国の情報流通もまんざらではないとほっと息を吐く。
「不完全による暴走か、そう刻まれておったのか……」
 今となっては確かめようも無いが、あの幼子が町人を殺めていったのは事実。
「桃様のおかげであれ以上の被害が出なくてすみましたが」
 即死に対する自分の力の無さに悔しさがこみ上げた。
「桃…か」
 どこか含みがあるような声音で凛華は桃の名を口にする。
 そんな凛華の反応に、シルフェは首をかしげて彼女を見上げると、その視線に気がついたのか、凛華は重たい口をゆっくりと開き始めた。
「この蒼黎帝国には、我ら仙人でも伺い知れぬ天上界という場所があるのじゃ」
 昔、蒼黎帝国として国が統一される前、時に天上は地上を支配し、また助言をしていたのだという。
 そして、桃はその天上界で生まれたようなもの。
 桃の命は、天上界に生える聖桃を核とし、その手に持つ武器もその枝で出来ている。
 仙人でありながら、その天上界の扉を開くことができる人物。
 それはまさか―――
「瞬様……?」
 そもそも桃が師父と呼ぶ人物など瞬以外いないのだが。
「私も流石に瞬憐の出自までは知らぬ。あやつが天人の血を半分引いているということ以外はな」
「それは、瞬様は…そう、例えば、宰相様とも、姜様とも違う仙人ということでしょうか」
「うむ。そうじゃ」
 あんな特異な出自の仙人なんて瞬くらい――いや、もう一人居たか。思い当たる節が頭をよぎったが、凛華は、考え込むシルフェを横目で見つめ、告げるのを止める。
 かかわるなと、言われているはずだ。
「桃様も気になります……」
 呟いた言葉に、凛華の視線を感じてシルフェは言葉を続ける。
「いえいえ首を突っ込むつもりはございません」
「うむ」
 満足げに微笑んだ凛華に、シルフェは内心でほっと胸をなでおろす。
(この為に桃様はお生まれになった……?)
 いつか生まれ来るかもしれない、邪仙の申し子に対抗できる力を得るために。
 もし、そうだとしても……
「あまり無茶はしないで下さるとわたくしも気持ちが楽ですけど、難しいでしょうね」
 シルフェは呟きつつほうっと頬に手を当ててため息1つ。
「あやつの問題に国を巻き込まれても困るのじゃがな……」
 同じように凛華も呟いてほうっとため息。
 桃は言っていた。幼子は自分たちを恨んでいる者が創ったものだと。
 人の世などきっとあの邪仙はどうでもいいのかもしれない。ただ目的さえ達することが出来るならば。
「瞬様を恨んでいらっしゃる邪仙の方は、どうして恨んでおられるのでしょう」
 風の噂だが、姜も瞬のことをそんなに好きではないらしいと耳にしたことがある。
 姜のような仙人でさえそう思うのならば、邪仙が瞬に恨みを持つことも不思議ではないように思う。
「瞬様の何が気に入らないだとか、そういった事ではなくて…もしかして、御立場が?」
 人とは違う仙人であり、且、半分は天上の存在。
 邪仙の標的となるには充分すぎるほど。
 だからといって、
「あのような惨い行いが当然というのが邪仙の方々なのかしら」
 恨んでいるか、憎いから、他の人を巻き込んで目的を果たそうとする。いや、目的のためならば手段を選ばない。
 ぎゅっとシルフェは手を握り締める。
「己が享楽を満たすための方法が破壊。それだけのことじゃろうて」
 瞬だけではない。帝国の宰相という地位についている凛華を苦しめるため、国民に牙を向けられたこともあった。
(……そういえば)
 ふとシルフェは思い出す。
「わたくし邪仙の方も妖怪さんもお会いしたことがありません」
 邪仙となってしまう定義とは、何処からなのだろう。
 邪と付いていたとしても、その存在は仙人であることに変わりは無い。
 仙人と邪仙の違いとは―――何?
「明確な違いはないのやもしれぬの。特に、妖怪と精は」
 膝を組み、頬杖を付いたまま凛華は薄く息を吐く。
「仙人の資格が剥奪されるということはないのですか?」
「ない。あれば苦労せぬのじゃがな」
 人々が邪仙と呼ぶだけで、仙人は仙人でしかないということ。
 明確な違いではなく、人々がそう呼び始めた俗称のようなものなのだろう。
 人々にとって悪さをすれば邪仙と呼ばれ始める。きっとそうできているのだ。
 瞬に話を聞いてみた方がいいだろうか。
 なぜ、桃が帰ってきているのだとか、宝貝人間がもう一人いるのかとか、知らないことも、疑問もたくさんある。
 そもそも、本当に、なぜ桃を、瞬は、生んだのか。

 かかわるな―――

 心配してくれているのだと分かっている。
 けれど、彼が――桃が危険に晒されているのに眼を背けることもできなくて、
「瞬様は今どちらにいらっしゃるのかしら……」
 気まぐれな瞬を見つけることは、ただの人たるシルフェには困難極まる。
 もし、会うことができたなら、聞いてみたい。そう思いながら、シルフェは出されていたお茶にやっと口をつけた。
















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】棉・謀計にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 凛華が隠したこともありますが、いろいろと事に対する話は大量に出てきました。
 今後、瞬に聞いてみても構いませんが、うま〜く瞬探してください。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……