<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】棉・謀計 −散−








 千獣は核を握り締め、楼蘭の人々は近寄らない山麓の裾野に作られたある庵に向かっていた。
 邪悪な法を扱う仙人。それが、赤ん坊を創った。
(……仙人)
 そう、以前、頼みごとをされた少年、名を瞬・嵩晃とか言っていた彼も、仙人ではなかったか。
 もう一人の仙人でも良かったのだが、生憎とあの仙人がいるような場所が全く分からなかったのだ。
 人気のない庵。
 千獣は閉ざされた扉を開けた。
「……いない…」
 散らかされた跡はすっかり綺麗になっていたが、訪れた庵に肝心の瞬の姿はない。
 辺りを見回すように一歩踏み入る。
 綺麗だ。
 人がいないとは思えないほどに整っている。埃さえもない。
 つい最近、先程まで人がここに居たかのように。
「……いつ、帰って、くるの、かな…」
 千獣は知らなかった。仙人という存在が風のように流れ行くものであると。一つ処に留まることはあまりないのだと。
 庵の中で、千獣は立ち尽くす。手がかりが途絶えてしまった。
 このまま此処で待っていれば、彼の家なのだから帰ってくるだろうか。
 エルザードには普通に普及していても、蒼黎帝国には時計なんてものはなくて、自分がどれだけこの場所に居たのか分からなくなってくる。
 10分待っただろうか。1時間待っただろうか。それとももう半日過ぎてしまっただろうか。
 彼は本当に帰ってくるだろうか。
 微かな不安が頭を過ぎっても、千獣にはただ待つという選択肢しかない。
 一人の時間は、あの時のことを思い出す。
 千獣はぎゅっと命の核たる結晶を抱きしめる。
 邪仙は笑っていた。嫌な嗤いだった。まるで、これから起こす自分の行動が無駄だと告げてるように。
「異怪。人の気配だ」
 気弱そうな少年の声と共にガタリと開け放たれる扉。
 千獣は反射的に振り返った。
「君は…以前の」
 雪の中で倒れた時に、助力を頼んできた見た目少年仙人。
「お願いが、あるの」
 千獣は懐からあの命の核たる結晶を取り出す。
 瞬の顔色が変わったが、核に視線を落としていた千獣は気が付かなかった。
「この子、身体、与えて、あげて、欲しい…」
 千獣はポツリポツリと、この核を手に入れた経緯を瞬に告げる。
 瞬は立ったままというのも嫌だったし、折角だからと戸棚の戸を開けながら、千獣を見ることなく尋ねた。
「それで、どうして私のところへ?」
 手早くお茶の準備を始めた瞬の背中に千獣は答える。
「あなた…しか、分からなかった、から……」
 住んでいる場所を知っている仙人は。
「分かっているかい? それは宝貝人間の核。君たちの国風に言うなら……電気人形の動力。創造主に刻まれた言の葉は違えられない存在」
 同時に、それがなくなれば、意味をなくしてしまう存在。
「……分かってる」
 一度、意味をなくしてこの子は身体を無くしてしまったから。
「危険だよ」
 瞬は千獣の横を通り過ぎる。振り返っていないのに、睨まれているような気がした。
「この言の葉のみしか、刻まれていない核は」
 純粋すぎるが故に従順すぎた核。真っ白な布に落とされた、たった一滴の黒き墨は、貪欲に白を飲み込んだ。その結果が、今ここにある。
 幼子は、余りにも無垢すぎた。
「無垢、で、あれば、全てが、許される、とは、言わない」
 そう何も知らないということは特に酷い罪になる。
 けれど、
「でも……この子は、学ぶ間も、ないまま、殺された」
 知らなければ知ればいい。その機会さえも与えられず終わってしまったら、やり直すことさえもできない。
「良いも、悪いも、わからない、赤ん坊、に、人々は、殺されて…赤ん坊、は、それを、学ぶ、間もなく、殺された」
 悲しい。
「殺し、殺された、だけ、なんて、悲しい……」
「悲しいという感情など一時のものさ。直ぐ忘れられる」
 帰ってきた言葉は穏やかで何処か優しく、まるで諭すような声音だった。
「それに、私では君の願いを叶えられない」
 それは、この子に身体を与えられるような力は持っていないということだろうか。
 唯一の望みが絶たれてしまったことに、千獣は肩を落とす。
「そうだね、もしもの話をしようか」
 もしも、瞬が、千獣の持つ核に肉体を与えることが出来るとしたら、千獣はその子に何をしてあげたいか。
「学ばせたい……」
 何も知らずに死んでしまったこの子に。
「できるなら、今度、こど、世界を……学ばせたい」
 この子は学ぶことができるから、絶対に変わっていけるはずだ。
「与え、られた、役割を、果たす、ための、道具、では、なく、一つ、の、命と、して……」
 世界を学び、生きていけるように。
「学ばせれば変わるとでも?」
 穏やかな口調なのに、何だか瞬の物言いはニュアンスの違いこそあれど、あの邪仙とよく似ている気がする。
「ただ、身体を、手に、入れるだけ、じゃ、同じ……だから」
 世界を、自分を知れば、どう動いたらいいのか、自分で判断し行動できるようになる。その機会を与えてあげたい。それだけのことなのに、どうして分かってくれないのだろう。
「君がやろうとしていることは、人の親が子に教える世の理と同じ。今だ庇護されている君に出来ると思うかい?」
 この人は、どれだけのことを知っているのだろう。国さえも、違うのに。
 一人前とかそういった定義は良く分からないが、それが庇護と呼ばれても、彼らのおかげで自分が成長できたのも事実。
「私、が、して貰って、嬉し、かった事……この子、にも、して、あげたい」
「もしもの話は終わりだよ」
 だから…と続きかけた千獣の言葉が跳ね返される。
 瞬の顔からあの気弱な微笑みが消えていた。
 金色の瞳は獣のように鋭いわけではないが、何処か全てを見透かされ、見定められているかのような怖さを感じる。
「その核は……たぶん―――」
 言いかけた言葉を止めて、瞬は一度瞬きをすると、千獣からふっと視線を外す。
「その核を持って早く帰っておくれ。厄介ごとは嫌いなんだ」
 瞬の顔に満ちる微笑み。だが、“笑う”ための微笑ではなく、それは貼り付けたような仮面に見えた。
 確かにもし核に身体を与えたことがあの邪仙に知られたら、瞬もただではすまない気がする。
「出来ない、なら、教えて、この子の、身体、取り戻す、方法……」
 迷惑はかけないなんて今この場で口には出来ない。もう、瞬を頼っている時点で多大なる迷惑をかけてしまっているからだ。
 千獣は考える。
 何も知らないわけではないのだろう。
 自分に何かを深く考えられるような思考はない。できることはただ瞬に自分の意思を伝え、教えを請うことのみ。
「核にはそれに見合う形骸の基が必要なんだ――その核は人の血肉。形骸を保つためにそれが一番いいように調整されている」
 それ即ち、この核を保つ、助けるためには、人を傷つける可能性もあるということか。
 お願いという言葉は酷く他人任せだ。願うならば、動かなければいけない。
「必要な、労力は、全て、賄う……だから、この子を、助ける、方法を!」
 教えて!
 瞬の言う知識が、自分の血肉でもいいのなら、幾らでも分けてあげられる。ただ――純粋な人間ではないことだけが、心配ではあるけれど。
 瞬は暫く考えるように口元に手を上げ、試すような視線を向けた。
「君の中で育む必要があると言ったら?」
 生まれるときは、君の腹を破って生まれてくるだろう。それでも、君はこの子に形骸――肉体を与えられるかい?
























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】棉・謀計にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 物語を続けてもらうことは一向に構わないのですが、実質OPに登場以上のキャラと本当に接触できるのかという確立の話として、綿で進めるには不便だなという感じです。
 結果的にどう捉えるかは自由なので、あえてこれ以上は何も言わないことにします。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……