<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【炎舞ノ抄 -抄ノ弐-】秋白

 ワケわかんねぇ。
 聖都エルザードに戻る途中の丘の上、妙なガキがぼーっとしてやがると思ったら――いきなり『生命と言うものの意味をどう思う』、だァ?
 …知るかよ、ンな事。
 どうでも良いんだよ。
「…えーと、聞こえなかったかな?」
 ふざけた声が平然とまだ続く。
 他に誰が居る訳でもないところ。明らかにこちらを見て俺に対して話しかけてくるその声。
 …何だってんだよ。
 うるせえよ。
「あァ? アンタ誰だ? 悪いが俺はそういう話に興味はねぇ。…他を当たんな」
 吐いた言葉に相当な険がこもっているのを自覚した。
 不機嫌な声だと自分でわかる。
 まぁ、直す気も無いのだが。
 …実際に今の機嫌は良くないし通りすがりの妙なガキ相手にわざわざ愛想を撒く気も無い。
 ただ、まともなガキなら…泣くまでは行かずとも、怯えるなり怖がるなりしそうな険悪な対応を取ってしまったとは思うのだが。
 が、この妙なガキはこれ見よがしにむくれて見せるだけ。
 それも何処か、俺と言う他者に対して、わざとそういう仕草をして見せているような…それで自分がどう見えるものかを自覚してそんな態度を取っているような、そんな可愛げのない雰囲気があるようにも感じた。
 …今初めて会ったばかりの相手にそれは穿ち過ぎな見方かも知れないが。
 けれど何故か、そんな気がした。
 余計に機嫌に障る。
 妙なガキはまだ俺に平気で話しかけてくる。
「何だよー。つれないなぁ。…まぁ良いけどさ。あ、ボクは秋白って言うんだ。…お兄さんは?」
「…。…誰だっつったって名乗れって意味じゃねぇよ」
 今の誰何は、あくまでこのガキが何者なのかを訊いた訳であって。
 …名前なんぞ訊いてねぇ。
 そんな、これからこのガキと話を始める気なんて更々ありゃしねぇんだから。…当然俺もわざわざ名乗るつもりなんぞありゃしない。
 付き合ってられねぇよ。
 付き合ってなんぞいられるか。
 ………………こんな、肚の読めねぇ妙なガキに。
「だからアンタと話なんざする気ねぇっつってるだろ。…じゃあな」
 と、それだけ言って話を切り上げて、俺は再び聖都に向かって歩き出す。
 今は、ただでさえ身体の方が万全じゃない。
 あのクールウルダと言う町で火の気を纏う男から受けた傷。どうやら最後に駆け付けてくれたらしいあの二人――近場にあるボロけた孤児院の院長と会計だとか言うあの妙な連中に世話になったおかげもあって大分回復はした。とは言え、それでもまだ不安はある――それは聖都エルザードへの帰路に着いている通り、表面上は問題無く動けるようになってはいる。傍目には何が不自由とも見られないだろうが――もし万が一何者かと剣を交える事にでもなれば、どう考えても分が悪い状態ではある。…認めたくないが絶対に本調子は出ない。
 勿論、大事を取るならそもそも万全になるまで休んでから町を出るべきだったのだろうが…あの万年金欠と思しき赤貧孤児院にいきなり図々しくそこまで世話になる訳にも行かない。…と言うより単純に、大人しく人の世話になっているのが性に合わない。だからこそ、万全とまでは行かないにしろそれなりに問題無く動けるようになった時点で孤児院を辞し、聖都まで戻る事を選んだ。戻る旅程で危険が無いとは言い切れなかったが、そこはなるべく面倒に巻き込まれないように気を付ければと考えた。そして――実際にここまで至る道ではその思惑通り来れたのだが…あと少しで目的地に着くと言うところで、これだ。
 …別に今の時点では、まだ危険でも何でもない。
 けれど、どうしようもなく引っ掛かった。

 見た目はガキ。
 連れも居る様子はない。
 こんな人気の無い場所で。
 …こんなガキが、一人でぼーっとしてやがるってのはどうなんだ。
 そして、こちらを向いて何を話しかけてくるかと思ったら、いきなりの電波な発言。
 何処か浮世離れした印象を醸している姿。
 近いとは言え、やや聖都からは外れているとも言えるこの場所。聖都に向かうにしろ離れるにしろ中途半端な位置関係。少なくとも手ぶら同然の格好でうろつくような場所でもないのに、このガキは旅装の一つもしていない。

 …警戒の一つもする。
 そもそも、若干形は違うと言えど、このガキの風体はどうも『あの男』と同郷の物と思わせる。
 その時点で、少なからず引っ掛かる。
 肚が読めないからこそ、余計にそうなのかもしれない。
 …『あの男』の肚も、読めなかった。
 このガキは何処か『あの男』と通じるものがある気がする。
 無意識の内に共通点を探してしまう自分が居る。
 どうも、胸がざわめく。
 落ち着かない。
 …俺の中の、竜の部分が騒いでいるのかもしれない。人としての俺の意識だけじゃなく、竜としての俺の意識もこの相手に対して何か、警告を発しているのかもしれない。…いや単純に、今の俺が万全ではないから騒いでいるだけで、この相手に対してどうこうと言うのではないかもしれないが。まだ、どちらとも判別が付かない。

 アンタはどうして俺に目を付ける?
 俺に話しかけてくる?
 俺にそんな問いを投げる?
 単に通りがかったからだけだとでも言う気か?
 そうじゃねぇんじゃ、ねぇのか?
 …通りがかったのが俺だったからじゃ、ねぇのか?
 竜と人とが半分ずつ混じっている、俺だったから。…それも生まれつきではなく後天的に。何故後天的に混じる羽目になったのかの経過、こいつはそこまで察していたとするなら。…考え過ぎか。

 ――――――『生命と言うものの意味をどう思う?』

 生命の意味。
 生きる事の意味、って事か?
 …ってつられて考えてんじゃねぇ。黙れ。
 そんなモン知るかよ。
 意味が要るならテメェで勝手に付けな。
 思いながら歩き続ける。
 元々、偶然向かう方向に居たからこそこの妙なガキに話しかけられる羽目にもなった訳で、とっととこいつが視界から消えるよう、殆ど無視して先に――ぼーっと突っ立ってるガキの横を通り越して、聖都エルザードに向かって進む。
 擦れ違う。
 ガキの方は動かない。
 追っても来ない。
 ただ、じっと背を見られている気はした。
 そのまま進んで間が離れても、まだ、そのガキが俺の事を見ている視線を感じた。

 …何だってンだよ!

 軽く憤る。
 と。

「…大丈夫?」

 ぽつりと。
 相変わらずの平然とした声が。
 掛けられた。
 小さな声だったのに、妙にはっきりと耳に届いた。

「大変だったよね、そこまで回復するのとかさ。…属性ちょうど逆っぽいもんね。水竜じゃあさ」

 軽い、無邪気にも聞こえる声が。
 けれど。
 その内容は。
 聞いた途端に、思わず足を止めていた。
 目を瞠る。
 見抜かれた驚きを意地で抑え込んでから、その科白を吐いたガキ――秋白を振り返り見る。極力平静を装い――いや、今度こそはっきりと険を込めて睨め付けた。
 怪我が見抜かれた事と自分の属性――竜の部分を見抜かれた事までならまだこちらの不覚かとも思う。…だが違う。あの町で起きた事を――『あの男』と遣り合った事を知らなければ、元々の負傷からの回復の度合や水竜では属性が『逆』であると言う事、大変だったよねなどと労うような言葉などどうして出てくる!?
 こいつは、『何』だ。
 何処まで知ってる。

「…アンタ、野郎の事知ってんのか?」
 今度こそこの秋白とか言うガキを、はっきりと警戒対象と見なして対峙する。
 秋白の方は、静かに笑んでこちらを見ているだけ。
 何も言わない。
 …ナメてんのか。
 かちんと来た。
 …それで、そのまま無視して去るのを止めた。
 秋白を通り越して進んだ分、来た道をまた戻る。
 戻ってくる俺を見て、少し意外そうなきょとんとした秋白の顔が見えた。
 それすらもまた、何処かわざとらしく見えてしまう。
 俺は秋白の目の前まで戻るなり、何考えてやがる、と凄みながら乱暴に秋白に掴み掛かる事をした。
 …したが。
 途端。
 わ、とびっくりしたような声が聞こえたかと思ったら。

 ………………掴み掛かるまでもなく、秋白の方で後ろに引っ繰り返るように勝手にこけて尻餅をついていた。

 俺が掴み掛かろうとした手はまだ秋白に届いていない。
 結局、凄もうとした声も言い掛けた途中で有耶無耶になって消えた。
 元々避ける気でわざわざこけて見せたのか、単なる偶然――例えば俺の気迫に驚いて――だったのかいまいち判別し難い転び方。…が、俺にはどうもその気で避けられてしまったように思えた。この秋白と言うガキは今、俺の手を避ける為にこそテメェでわざと転んで見せたような。
 秋白は、痛てて、と顔を顰めつつ、足腰を――今地面に打ってしまったところをさすっている。
 …何となく、毒気が抜かれた。
 とは言え、警戒対象である事に変わりはないから表面上はそうは見せない。睨んだままで、けれど一応先程よりは少し語調を抑えて問い直す。
「…確か秋白とか言ったな。アンタはあの妙な色した火の気を纏った野郎を知っているのか?」
 火の気の強い、土色の炎を纏ったあの野郎を。
「あ、やっぱり何かあったんだ」
 って。このガキ何かカマ掛けてやがったか?
「…ナメてんのか」
 抜かれた毒気がまた戻ってくる。
 と、少し慌てたように秋白は手を否定の形にぶんぶんと振っていた。…その様も何処かわざとらしく見える気がしてしまうのは俺だからか。はたまた誰が見てもそう見えるのか。
 やっぱり判別付け難い。
「違う違うナメてない。ホントに知ってるよ。多分お兄さんの言ってる妙な色した火の気を纏った野郎って、獄炎の魔性の事だから。…あちこちで舞い狂ってる殆ど天災に近い炎の化物」
「…それだけかよ」
 それだけならば、自分の体験からでも似たような事は言える。大差無い。
 今重要なのは、この秋白がそれ以上の情報を持っているかどうか――そして、こいつは『あの男』と何らかの関係があるのかと言う事で。
「他に、聞きたい?」
 にこりと笑うと、秋白はこけたそのまま立ち上がる事もせず、座ったままで俺を見上げてくる。
 それだけの仕草にも、何処かに作為を感じてしまうのは気のせいか。
 気に食わない。
「…」
「教えてあげても良いよ? お兄さん、『あれ』と何処かで遣り合ってきたんでしょ? それで、気になってる」
「…。…おいコラ」
「?」
「その態度をナメてるっつってんだよ。…ふざけた話し方してんじゃねぇ」
「…う。そんなつもりないんだけどなぁ…別にふざけてるつもりもないし。ボク、元々こうだから」
「…。…そうかよ」
 俺の気のせいか?
 この秋白とか言うガキの些細な態度にいちいち作為的な不自然さを感じるせいか――どうにも見切れないせいか、余計にふざけて見えてしまうのかもしれない。
 どちらにしてもこのままでは話は進まない。
 抑える事にした。
 ――――――このガキは『あの男』の事を知っている。
 なら、抑える価値は、ある。
「…まぁいい。とにかくだ。余計な事ァ言うんじゃねぇ。で、その『獄炎の魔性』か? …そいつァいったい『何』なんだ。何処のどいつだ。他にもアンタが知ってる事があるってんなら、洗い浚い聞かせてもらおうか」
「わー、何だか脅されてるみたいな気がする」
「…ふざけるなっつったよな?」
「あ、こういう反応がダメって事なんだ。…んー、難しいな。でも努力してみよっか。お兄さんの御要望だからね」
 …また、にこり。
 淡い金色の双眸が俺を見上げてくる。
 と。
 秋白のその笑い顔に今度は――胸の奥の何処かがびくりと震えた。
 なに、と思う。
 今のこの場で自分が震えるような――怯えるような要素が何処にある。ただの――いや『ただ』のと言うにはかなり不審だが、それでも目の前に居るこいつは特に何の害もなさそうなガキに過ぎない。構えてもいない。これから遣り合おうとしている訳でもない。ただ、相対して言葉を交わしているだけの事。
 なのに、怯えているのか? 俺が?
 …こいつに?
 考えている間にも秋白は話を続けている――ようだった。
 が、その言葉の一つ一つが殆ど頭に入って来ない。ただ一拍遅れて、何かを言ったなと言う気はしている――しているが、追い付けない。言葉の意味が取れない。それどころじゃないと思う自分が居る。…どうしてそれどころじゃないと思うんだ? …似た感覚は何処かで無かったか思い出そうと記憶を探る。見付けた心当たりは――あろう事か竜の部分の意識で感じた事のある、生命としての絶対的強者に遭遇してしまった時の如き、本能的な怯え。それに酷く近い気がした。…その時点で自分に呆れた。何考えてんだと自分で思う。
 …どうしてこの秋白とか言うガキに対して、そんな?
 呆れたと同時に、困惑した。
 けれど、怯えていると形容出来そうなその感覚は、消えない。
 見上げてくる秋白の双眸がまた視界に入る。
 …怖がる必要は無いよと窘められている気がした。
 そんな気がした途端、反射的に――人の部分の自分が、逆上しかかる。
 けれど竜の部分の自分が、動けない。
 何だこれはと内心歯噛みする。
 憤りと怯えが同時にある。
 二律背反の思いに苛まれて――何が何だかわからなくなって来た。
 余計に、秋白が何を言っているのか聞き取れなくなる。
 …暫くそのままの状態が続いたかと思ったら、気が付いた時には秋白はいつの間にか立ち上がって俺の目の前に居た。俺の顔の前に手を伸ばして――不思議そうにこちらの様子を伺うように、開いた掌を翳して左右に動かしている。
「…大丈夫?」
 今度こそ、聞こえた。
「ん…あ、ああ」
 …じゃねぇ。
 それより今話していたのは、『あの男』の事だった…筈だ。
「…あの野郎は、『何』なんだ」
 自分でも理解し切れない諸々の感情を無理矢理押し隠し、改めて訊き直す。
 思ったより低い声が出てしまった気がした。
 秋白は、ゆるりと首を傾げてくる。
「『何』だって…だから。言葉通り、獄炎の魔性だよ。意味を砕いて言うなら煉獄の炎の如き性質の魔、ってところかな。まぁ、仮の呼び名だけどね。どう呼んだら良いかわからないから勝手にそう呼んでる。あれの師匠もそう呼んでるから、他でもこれで通ってると思って良いだろうけどね」
「師匠…って」
 そんな奴が居るのか!?
「居るよ。聖都エルザードにね。獄炎の魔性の事を知ってる人が他にも来てる。…色々足掻いてる人たちが居るんだよ。獄炎の魔性を連れ戻して人間に戻してやろう、ってね」
 そこまで言うと、秋白はまた俺の顔を見上げて来た。
「そう。今は人間って言うべきか迷うけど、あれは少なくとも元々は人間でね」
 さらりと続けて、またにこり。
「人間の時の名前は『佐々木龍樹』。故郷の慣習で、個人名は前じゃなくて後に付いてる龍樹の方になる。ぱっと見の風体だとそうでもなさそうに見えるかもしれないけど、ああなる前からかなりの剣豪。…その上に今の状態だから、もう殆ど誰も手が付けられないんだってさ。あれの師匠でさえガチでぶつかって止められなかったらしいから」
 微笑んだままで秋白は続ける。
 …何処か、嬉しそうに話しているように聞こえたのは気のせいか。
 笑った顔のままだからそう見えるだけか――いやそもそも、そんな話を笑ったままでするのか?
 訝しく思いながら秋白の顔を見返す。
 と、いつの間にか秋白の視線が俺ではなく何処か遠くを見ている事に気が付いた。丘の向こう――森か。
 いや。
 秋白の視線を追った先、ぽつんと一軒、ところどころ焼け焦げ崩れかけたと思しき――打ち棄てられた廃墟らしき建物がある事に気が付いた。
 こちらが気付いたタイミングを計ったように、秋白は口を開く。
「あの獄炎の魔性はね。あそこに住んでたんだよ元々は」
「!?」
「あの場所が、『ここ』での始まり。…今はもう見た通りの残骸以外、何も無いけどね」
 秋白はあっさりとそう言ってくる。
 視界に入ってきた、焼け焦げたような無惨な廃墟。
 元は、人里離れた木造の一軒家であっただろう、それ。
 …佐々木龍樹――いや秋白の言い方からして獄炎の魔性と呼ぶべきなのか、とにかくあの男は――己が住んでいたあの場所で、俺と遣り合ったあの町でしたのと同じ事をした、と言う事なのだろうか。秋白の口振りからするとそれが始まり――恐らくは『一番初めの破壊と殺戮』と見るべきか。と言う事は、あの場所で『その時』にあの男に何かがあって、俺と遭遇した時と同じあの状態になってしまった、と言う事なのか。
 気が付けばまた、秋白が俺を見て微笑んでいる。
 こちらの考えている事が読まれている気がした。読まれた上で、そうだよと肯定されているような。
 また、かちんと来る。
 けれど――睨む以上は結局何も出来ない。自分の中の何かがブレーキを掛けて来る。
 気に食わないがどうしようもない。
 取り敢えず、計らずも『あの男』についての情報を探る切っ掛けはある程度得られた。名前や置かれている状況を大まかにでも知る事さえ出来れば、他の場所で他の誰かに詳細が聞ける事もあるかもしれない。ひとまずはここまでで良しとする。と言うか、それより今は自分の中にある腹立たしい感覚の方が気になって仕方が無い。…この秋白とか言うガキがいったい何だってんだ。どうしてそこまで反応する。
 振り払うつもりで話題を変えた。
「…そういやさっきの質問、あんたの解釈はどうなんだよ?」
 一番初めに、俺に声を掛けてきた時のあの質問。
「? …なんだっけ」
「…。ンなすぐ忘れちまうようなどうでも良い事を意味深に訊くのが趣味なのかアンタは?」
「あ、はいはい思い出した。生命と言うものの意味をどう思うか、って訊いたんだよね」
「…あんな風に人に訊いてくるって事ァ、その時点でテメェ自身でなんか答え持ってんじゃねぇのか。その答えを計る為にあんたは俺に訊いてきた。違うか?」
 と。
 そう続けたら。
 秋白はこくりと――と言うよりかくんと首が折れるような仕草で、頷いたようだった。
 かくんと俯いたそこから、ゆっくりと顔を上げる。
 唇が動いた。
「ボクにとっては焦がれてやまないもの。どうしても欲しいけど手に入らないもの。愛しくて仕方無いからこそ憎くて堪らないもの」
 上げられた顔。淡い金色の双眸が、俺を真っ直ぐに見上げてくる。
 微笑みの形は変わらない。が、目の光り方が――それまでと明らかに違っていた。
 何処か、虚ろな。
 …あの町で対峙した時の龍樹の――獄炎の魔性の目を思い出す。いや、それとも違う。これはもっと、底知れないものを感じた。獄炎の魔性の場合、何処か人形のような、意志の存在すら疑いたくなるような目である事が殆どだったが――この秋白の場合は、全く逆。自分自身の強い意志を以って、自分ごと何もかもを放り出しているような危うさを感じた。狂気染みたものさえ、垣間見えた気がする。
 思ったところで。
 不意に秋白の気配が異様に稀薄になった――と言うより、はっきり消えた気がした。
 けれど、視覚の面で言うならば秋白の姿はそれまでと何も変わりなく見えている。
 見えているのに居る気がしない。
 唐突に過ぎるそんな強烈な違和感に、途惑った。
 発された言葉にも、困惑する。
「…って、何言ってんだ、アンタ…?」
 頷いた後に聞かされたのは命の意味と言うより、命に対しての思い、のようだった。
 それも、今まで通りの無邪気な口調の中に、何かとんでもない激情がこめられているような、そんな声。
 秋白はそんな声の――そんな目のままで、微笑んでいる。
 また、唇が動いた。
 秋白の発するその声が、本当に自分の耳に聞こえていたかどうかすら、自信が無い。
 ただ、言葉が続けられた――言われたと思った途端。

 ………………何故か秋白の気配のみならず姿まで、見失った。



 ずっと目の前に居た筈なのに、いつあのガキ――秋白の姿を見失ったのかはっきりしない。
 何が何だかわからない内に、いつの間にか、その姿が消えていた。

 ――――――『またいずれ、遇うよ。きっと』。

 最後、そう残された気はした。
 何に遇うのかまでは言っていない。
 なのに何故か俺には、あのガキが俺に何をどう伝えたかったのか、わかる気がした。
 残された科白の主語は――獄炎の魔性、佐々木龍樹。
 そうは思う。
 …そうは思うが、それ以前に。
 そもそもあの秋白と言うガキは、本当にここに居たのかとそちらが気になった。本当に話をしたのか、それとも実は俺の傷がまだヤバくて、あれはただの幻覚だったのか。…幻覚が見える程傷がヤバかったのなら竜の部分が騒ぎ出すのも道理。俺は生きる事には貪欲なのだから、身体の方が無茶だと思えばテメェ自身に警告の一つもするだろう。…いや。今聞かされたのは幻覚で知れる程度の話じゃない。佐々木龍樹と言う名前、獄炎の魔性と言う呼び名。話をした秋白と言うガキの名前。師匠やら関係者がエルザードに居るという事。元々住居だったと言う無惨な廃墟。そこが始まりと言う話。…俺が知る訳が無い情報。嘘であれ本当であれ、少なくとも幻覚だとは思えない。
 あれは幻覚だったのか、それとも本当にあった事なのか。どちらの可能性も考える。
 どちらでもいい。
 …どちらにしろ聖都エルザードに着けば、はっきりさせられる事に過ぎない。
 着きさえすれば落ち着いて傷の回復を待てる余裕も出来るし、得た情報も実際に盛り場にでも出向いて確認してみれば良いだけの事。その気になれば――情報が本当ならば、何処かで耳には入る筈。どうせ偶然得た情報。駄目で元々、余計な期待をしなければどうと言う事も無い。

 ただ。
 前後の事情さて置いて、秋白の姿が消えた事で安堵している自分自身が、気に食わない。
 …クソ、あんなガキが何だってんだ。畜生。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■3544/リルド・ラーケン
 男/19歳/冒険者

■NPC
 ■秋白
 ■佐々木・龍樹(=獄炎の魔性)(名前のみ)

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          ライター通信
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 再びの発注どうもです。
 今回は『炎舞ノ抄』二回目の発注、有難う御座いました。
 前回のノベルは色々と御満足頂けたようで、ライター冥利で御座います。…口調や性格等問題も無かったようでほっとしています(笑)
 …今回は前回と違って日数上乗せした上に作成日数目一杯使わせて頂いたような感じですが、当方、基本的にこうなってしまう事の方が多いです(汗)。今更ながらお含み置き下さい(礼)。お待たせしました。

 ノベル内容ですが、粗方龍樹の話題がメインな感じになりました。と言うか…話題の件よりも、秋白の謎っぷりが強く出過ぎてしまったかと少し思ってもおります。…リルド様のPCデータ内の何処かの設定が理由だったりはするんですが。…まぁ、プレイングの最後で察されてしまっている辺りがその理由でもあるのですけれども。
 個室に置いてあるNPC設定の方も参考にして頂いているようで、恐縮です。

 お言葉に甘えて色々弄らせて頂きましたが、如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝