<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】棉・謀計 −言−






 楼蘭の城から街中へと戻ったシルフェはふと足を止める。
 話を聞きたい。
 瞬・嵩晃はこの蒼黎帝国の中をふらふらと歩き回っている存在だ。
 今は何処にいるのだろう。
 未来視。この先一番瞬が現れそうな場所を願って微かな未来を覗く。
 瞬と出会ったことがある場所を順に巡ってもいいのだが、それでは少し悠長すぎる気がする。
 どれだけの速さで事が進んでいくのか予測がつかない。
 動き出すのはできるだけ早い方が対処もできる。
(わたくしは……)
 つい、隣で一緒にことに当たっているかのような想像をしてしまう。
 足手まといだと切り捨ててくれれば、どれだけ楽だろうか。
 例えそう告げられたとしても、心配してしまう心、どうにかしてあげたいと思う気持ちはきっと止められない。
 止められないけれど、迷惑も、心配も―――ましてや、弱点になんてなりたくない。
 それでも、できうる範囲で力になりたいし、危険に身を投じている桃が心配で仕方がない。
(……親心と言うのかしら、ふふ)
 例えその場に居なくても、いや、居ないからこそ思いは募る。
「親が子を案じるのは不思議ではないですね」
 シルフェは自分に言い聞かせるよう口にして、どうするかと本格的に考え始めた。
 話を聞こう。自分だってあの町の事件においては当事者だ。何も知らないままなんて、あんまり過ぎる。
 本当なら、話は瞬から聞きたいけれど、彼の居場所なんてさっぱり分からない。きっと、桃では知らないことを彼は知っている。――いや、彼しか知らないことが有る。
 シルフェははぁ…と息を吐く。
 未来視にも引っかからなかった。
 それは、精霊さえも干渉させないような潜在的な力の差が、あるからか。
 あんな自体を引き起こすような誰かが、もしまだ同じ目的を持っているのなら、人が多い場所を選ぶだろう。
 流石に首都である楼蘭では、瞬だけではなく、月・凛華の眼も光っている。
 流石に仙号上位の二人を一度に相手にするのは好ましくない。
 次に狙われるかもしれない町や村は―――
 もしかしたら、桃は、調査や生き残っている人の対処にまだあの村に居るかもしれない。
 シルフェは胸の前でぎゅっと手を握り締める。
 胸がチクリと痛い。
 あの町は、自分の無力さを感じた町。それでも、生き残った自分は、助けられた自分は、あの町に何かできるはずだ。
 もしかしたら手がかりもつかめるかもしれない。
 シルフェは早馬を捕まえ、あの町へと急いで向かった。








 辿りついた村は静かなものだった。
 人々が殺されはしたけれど、町の建物に何かしらの被害があったわけではないため、町の復旧作業が行われているわけでもない。
 線香の香りが至るところから立ち上り、供養の時に入っているのだと分かる。
 桃は、あの事件あった一角、幼子を核に戻した場所で、この町を治めている刺史――所謂お役人といわれる人となにやら神妙な顔つきで話し合っていた。
 そうとう話し込んでいるらしく此方にも気がつかない。
 シルフェは出直して見失うくらいならと、その場で話しが終わるのを待つことにした。
 話し終わり、視線を移動させた桃の顔色が変わる。
「シルフェ!?」
 流石に心から微笑むことはできないけれど、それでも桃に笑顔を向ける。
「こんにちは、桃様」
 桃はシルフェに歩み寄り、先ほどの驚いた顔を徐々に厳しいしかめっ面に変えてシルフェを見下ろす。
「どうして戻ってきたのだ?」
 事件の後、シルフェは楼蘭に戻った。それが何故今ここに居るのか。
「桃様のご帰還が、思わせぶりにも程がありますから無関心にもなれないんですよ」
 ただの偶然と言ってしまうには、桃の装備は些か準備周到で、しかも分かりきっていたかのように現れた。
 この事件のために帰ってきたと思わせるには充分なほどに。
「……………」
 桃はただ唇をきつく閉じ、眉根を寄せてシルフェを見る。
 暫くの沈黙の後、桃は薄く唇を開く。
「……話すことは、何もない」
 そう言われることは何となく予想していたけれど、此処で引き下がるつもりも無くて。
 待ってと言う代わりに、踵を返した桃の服の裾を思わず掴む。
「シル―――」
「せめて桃様が何の為に危険を冒さなくてはいけないのか仰って下さいませんか?」
 抗議の声音で呼ばれた名を遮ってシルフェは尋ねる。
「話すことは―――」
「何も知らないままでは、納得もできません」
 多少なりとも事情を知れば、自分が関わる余地は無いのだから動いてはいけないと、自分を納得させられる。けれど、何も知らないままでは、どうしての気持ちが先立って、身体が動いてしまう。
 今のように。
「わたくしは、ただ、瞬様と桃様が心配なのです」
 何か大きな流れに巻き込まれそうになっている二人。
「楼蘭の民ではありませんが、あのように気の毒な事が続くと思うと堪らないのです。ですからせめて桃様の使命なりとも話して頂けませんか?」
 ただ無事を祈るだけしかできなくなっても、どんな無事を祈れば良いのか、それくらい教えてくれてもいいじゃないか。
「シルフェ……」
 この、義母は思いのほか頑固だ。どこか飄々としていそうな雰囲気をしていながら、意思は恐ろしく固い。
 桃は観念したように息を吐いて、そっと握られたシルフェの手を解いた。
 顔を上げたシルフェの顔が、微笑んでいたはずなのに、酷く泣きそうになっている。
「すまない」
「……教えては頂けないのですか?」
 手を解き、謝った理由を問う。
「いや……」
 桃は首を振り、ゆっくりと語り始めた。
「確かに楼蘭に戻れと命を受けたのは、何かしら事が起こると師父が予想してのこと。だが、このような事態が起こるとは思ってもおらんかった」
「ですが、あの幼子を捕らえた力は……」
 まるでこのために用意していたかのようで。
「いや、これは私に与えられた剣の力を使ったまでのことよ」
 何か事が起こるかもしれないが、それがいつかは桃も分からず、町に来たときから何が起きてもいいように、結界の元となる礎を準備していた。
 使わないなら、それに越したことはないと思っていたのだが。
「……私のような宝貝人間は、そう単純に創れるものではない。宝貝の専門家と言われる賢徳貴人と言えど、開発に100年は要するだろう」
 だが、ある一定の条件を満たせばそれは至極簡単に行われる。
「天上界…ですか?」
「どこでその話しを――いや、麗華公主だな」
 桃がどこで創られ、どんな生まれをしたか。
「正確には違うのだが、その方がわかりやすいだろう」
 桃を創るためだけに、わざわざ面倒くさい天上界にかの瞬・嵩晃が行くかと言われれば、答えは否な訳で。
「私が天上界で生まれたならば、この核は地上界で――しかも、人の魂と魄と血肉で創られた」
 姜・楊朱でさえ100年かかると言わしめた核を、地上で。
「――まるで、呪いのようだ」
 蠱毒に似た方法で選り分けた材料を、掛け合わせて創られた核。力自体は強力だが制御もできず、宝貝とされたことで、呪いや祟りは殺げ落とされ、善悪のない状態になっていたようだが。
「桃様はこれからどうされるのです?」
 その核は、言うなれば桃の敵となるものの持ち物。それを持ち続けることは、やはり危険ではないのか?
「心配はいらぬ。形骸を持たねば唯の結晶よ。それに、一朝一夕であのような形骸は与えられぬ」
「取り返しにいらっしゃるのではありませんか?」
 その核を創ったという邪仙が。
「逆に、好都合よ」
 桃は眼を細め、笑う。
「師父に害なす輩…我が手で屠ってくれる」
 それは、その核を創った邪仙を殺すということ?
 表情はどこか鬼を倒すと言っていた頃と被るのに、何故だがひどく桃が遠くへ行ってしまったような気がして。
 宝貝人間として創造主を護るという行動は理に適っているのだけれど――
 止めてくださいと、口にするのはとても簡単で、ならば止めてたとして、逆にどうすれば邪仙を止められるのかを問われたら、答えは見つからなくて。
 シルフェは唯桃を見つめ、その場に立ち尽くした。











☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】棉・謀計にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 桃が動いた理由や瞬のことが少しと、核の造り方が出ました。
 さて桃の直接ではない目的がもれましたがどうでしょう。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……