<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】棉・謀計 −命−










 大概の人間が、犠牲を伴ったとしてもそれに自分を入れることはしない。
「……命が、生まれる、ときは……痛みを、伴う……」
「そうだね」
 女性はその痛みを乗り越えて母となるのだ。
「でも、それで、この子に、もう、一度……世界を、知る、機会……できる、なら……」
「その核は、世界を知りたいと思っているかな?」
 “誰か”の為に他人を犠牲にして、それを行った自分を、さも偉そうに“誰か”に押し付けて、その“誰か”はそれを望んでいるかどうかも分からないのに。
「私、は……、知って、ほしい……」
 あの短時間で変われたこの子だからこそ、きっと新しく与えられた生を喜んでくれると、思いたい。
「だから、私の、体、この子に、あげる……」
「君は、それがどういうことか分かっているのかい?」
 千獣は頷く。この目で、その末路を見ている。
「無責任だ」
「……え…?」
 体が必要だと言ったのは瞬なのに、どうして?
 自分にも出来ることだと思ったから、そう言ったのに。
「君がその核に体を与え命が尽きてしまったら、誰が生まれた子に世界を教え、育てるんだい?」
 愕然とした。
 確かにその通りだったから。
 なぜそのことに想い至らなかったのだろう。
 自分の中に共存する千の獣が、自分を殺さないと自負していたから?
 違う。
 千獣はただ単純に、この子に機会を与えたいと思った。
 心からそう思ったから、そのために伴う犠牲が自分のみで住むことにある種の安堵さえ覚えた。
 生と同時に死ぬ可能性。
 ああ、そうか。それほどに、痛いのか。
 痛いと知っているだけで、解っていなかったのだ。
 千獣は死なないからと誰が言える? 普通の誕生とは違うのだ。
 瞬は大仰にため息をつく。
「いや、説亦法也没有。君はまだ幼い」
 言われたことに深く思慮を回せるほど、千獣の思考は成長していない。それは、深く物を考えるよりも本能から言葉を紡ぎだしているから。
 1つの問いに対して、2つも3つも答えや道を用意できるような人間は、こんな単刀直入に瞬を頼らないだろう。
 もっとこう頼みごとをするのなら、断れないような材料を集めて交渉に来るに違いない。
 瞬はゆっくりと息を吐き、一度眼を伏せ、気持ちを切り替えるようにすっと開いた。
「君の言葉が最後まで本当か、私には確かめる術がない」
 口では偉い事を言っても、いざその対象が自分になったとき、覚悟が折れてしまう人間は沢山居る。直前で逃げてしまう人間も例外ではない。
 最後までその信念を貫ける人間など、危機の前では極わずかだ。
「だから、今、君に痛みを与える」
 肩越しに千獣を見た瞳が細められる。
 その瞬間内側から破裂しそうな痛みが千獣を襲った。
「…ぅ…あっ……!?」
 裂傷も流血もしていない。けれど激しい痛みだけが内側から沸き起こる。
 千獣は腹を抑えて蹲った。
「耐えられるかい?」
 瞬の声が何故だか遠くに聞こえた。内側の獣が認識できない傷に疼いているような感覚さえ起こる。
 千獣はぐっと下唇を噛み締め、その全てを押さえ込む。
「……平、気……」
 折れた膝に力を込めて、千獣はゆっくりと立ち上がる。
「……………」
 試すように千獣を見ていたが、彼女の心情は最初から何となく予想はついていたのだ。
 ただ、その覚悟が口からだけなのか、本気なのかそれを確かめたかった。
 瞬は、ただ胸元で抱きしめられた核を一度見下ろし、揺ぎ無い瞳で見上げた千獣から、ふっと視線を外す。
「……ぁ」
 その瞬間、千獣を苛んでいた痛みが全て消え――どこか諦めも含んだ――まさに仏のように穏やかな笑顔で、瞬は千獣を見ていた。
 張り詰めていた空気が解けていく。
「君が望むのは、君が出会った宝貝人間を復活させること。けれど、私にはそんなことは出来ない」
 あれほど聞いてきたのに、やはり瞬では体を与えてあげることは出来ないのか。
 千獣の瞳が翳りを帯びる。
「そもそも人の血肉なんて扱いたいとは思わないしね」
 邪道だからとかそう言った理由ではなく、至極単純に瞬は何かしら扱う際、動物を扱うことを極端に嫌っていただけ。
 瞬の周りにはいつも、お茶と、仙酒と、仙薬と。その全てが植物を扱ったものばかり。
「分かるかい? 核と形骸が歪むんだ」
 核は、人の血肉を使って作られ、同じように血肉を使った形骸が一番適している。だが、瞬が扱うとしたら、それは全て植物を基とした物へと変わる。
「適した基を使わず無理矢理繋がれた形骸は、その核に多大な負担をかける」
 瞬は千獣に近付き、その手に護られた核を見遣る。
「そして反発作用を起こし苦痛に苛まれることになるだろう。その痛みを、全て君に転化する。いいね?」
 勿論断るような――いや、断れるような状況や――理由はない。
 千獣は小さく頷く。
「今だけではない。常にその痛みを受け続ける。傷口の無い痛みでも人は死ねる」
 実際に傷は無いのに“腹が裂けるような痛み”を脳が受け取り、“助からない”と判断し、心臓を止める現象。意志と認識はイコールで繋がれない。繋がるならば、死にたくないと思った人は皆、生きることが出来なければおかしいからだ。
「……大、丈夫…」
 痛みを引き受けるだけでこの子が生き返るというのなら、こんなに簡単なことはない。
 大丈夫、耐えられる。
 痛みが襲っても、ちゃんと笑いかけてあげられる。
 副作用の痛みを千獣が引き受けたと知ったら、この子は何て思うんだろう。
「その核を、受け取ろうか」
 差し出された瞬の手に一瞬と惑う。あれほどに体を与えることを嫌がっていたのだ。疑うなという方が間違っている。
 だが、そんな躊躇いを持ったところで、瞬に頼るほか無い現状に変わりは無い。
 千獣は一度核を見下ろし、そっと手渡した。
 瞬は微笑む。
 仕方ないと言うような意味合いが深く刻まれた微笑み。
 手の中に直接納まるのではなく、核は掌の上、微かに浮いた位置に納まっていた。
「私とて一朝一夕で形骸なんて作れない。時間が必要だ」
「助けて……くれる、の……?」
 今の今まで、核はどういったものかを口にしてきたが、ここに来て初めて瞬の口から“作る”という言葉が出たことに、千獣は驚きに少し瞳を大きくした。
 瞬は、もう助けてくれないと思っていたから。
 やっと自分の気持ちが届いたのかと、少しだけ嬉しくなった。
「間違えてはいけない。君の信念に何かしら感銘したわけではない」
「…それ、でも……あなた、は、助け、て、くれる……」
 千獣は微笑む。穏やかな表情で。
 口では厳しいことを言っているのも、それは彼の優しさの裏返しなのかもしれない。
 瞬は曖昧な表情でふっと笑う。ただ曖昧なのは瞬の気持ちではなく、瞬を見たイメージなのだけれど。
 結局その真意は計れないまま、瞬は千獣から背を向けてしまった。
「君に痛みを転化する宝貝は姜に頼んでおくよ。そうだね……春にでも、姜の洞を訪ねるといい」
 全てを、命芽吹く春に託して。
「お別れ……」
 ふと呟くような千獣の声に瞬は振り返る。
 千獣は瞬の手に収まっている核にそっと触れた。
「暫く、お別れ、だね……」
 国が違えばこんなにも認識というものは違うのだろうか。核は動力。そこに意志が宿るものではないのに。
「大、丈夫……今度、は、私が、いる……」
 だから、安心して生まれておいで。そして、世界を一緒に見よう。
 ふっと薄く笑った瞬の顔は、本当に仕方が無いという意味合いが含まれたもので、千獣の行動に否定も肯  定もしなかった。
「ゆっくり名前でも考えるといいさ」
 生まれる仔は、菩薩か修羅か。

 全ての答えは、春に――――


























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】棉・謀計にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 一応、綿においての話はこれにてなんとか完結という感じですが、話は次に持ち越しなのでまだまだ終わらない雰囲気まんまんですね。すいません。
 春のシナリオに姜と関わる「茱」のシナリオがありますので、続きは覚えていただけるのならばそちらに持ち越してやってください。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……