<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Mission0-2:報酬を使い切れ!







 何時もの部屋で窓枠に腰掛けながら、キング=オセロットは火のついていない煙草を加えたまま外を―――空を見つめていた。
 まださほど、遠い昔というほどは日にちは経っていないだろうが、記憶だけはもう遠い昔のように感じる。
 それは、今見つめる先に、あの場所にあったものが今は無くなってしまっているからだろうか。
 草原に突き刺さった街。
 オセロットがコートを失くす切欠となった街。
 手袋をしたままの手をそっと見る。
 この下には、自分が望めば最高の力を発揮する砲が眠っている。
 そんな事が出来る自分は、確かに血の通う人間ではない。
 表面上、人のような触感はあっても、その下で体を動かしているものは硬い鋼。
 鋼であり、血も通わぬのならば、傷つけられても流れる血はない。
 ぐっと無理矢理拳を握り締める。
 痛みは―――無い。
 オセロットは切り替えた機能を元に戻す。急速に掌がじんじんと痺れてきた。
「……痛い、な」
 ふっと苦笑する。
 “痛い”確かにそう“感じている”。けれどまた、これも情報でしかない。
 脳に伝わる五感が、全て電気信号によって伝わっているのなら、それは全て“情報”と呼べるのだろうが、オセロットが感じているソレは、人のソレとはまた違う。
『流れる生命の波動がない貴女など、この街には要らぬのだ!!』
 ふと脳裏に思い出された、カデンツの言葉。
 自分のあの時の動揺は、情報の蓄積から成る経験則ではない。
 答えの見つからない曖昧な感情。
 傷ついたとも、表現できるような棘が刺さったかのような感覚。
 どうしても、あの言葉を“情報”として、処理できなかったのだ。出来なかったのではない。どうしても、“情報”として片付けてしまうわけにはいかなかったのだ。
 その後に沸き起こった感情の起伏。
 込み上げるもののまま、行動した。
 それは、オセロットが人間だから。計算ではなく、そう……本能というべき部分で行動した。
 今思えば、あんなにも熱くなれる自分がいたことに驚きだが、それこそ、自分が人間だからこそ感じられる思い。
 だから、あの行動に悔いはなかったと、はっきり言える。
 なのに、どうして新しいコートを見つけようとしなかったのだろう。
 ふと蘇芳が告げた言葉が甦ってくる。
 喪失感―――
 失ったものが大きすぎて、それが大切だったのだと、気がつかない症状。
 ずっと、ソーンに流れる前から、そして、流れてからもずっと共にあった服。戦地でも街でもどこでも共にあって、多くの出来事、人との思い出があって。
 そう、共にあることが当たり前すぎて、無くなるなんて少しも思わなかったのだ。
 だからこそ、実際に失っても、その喪失に気がつけなかった。
 オセロットはふっと笑う。

 ……ああ、これが未練というものか

 無いのだと知っていても、無いことを受け入れられない心。
 それこそが、未練か。
「っく…くく……」
 オセロットの口から笑いが零れる。
 額を押さえるように髪をかきあげて、背を丸めた。微かに震える肩に見える笑い。この笑いはどう考えても情報じゃない。
(あぁ、やっぱり私は人間だ)
 ひとしきり笑って、オセロットは窓枠から立ち上がった。
 先日蘇芳と見たあのコートを買おう。
 冒険者を生業としているため、オセロットに時間的な制約はないが、蘇芳は終業後か休暇か、長めの休憩か、そういった時くらいしか自分の時間は無い。
 とりあえず、蘇芳に選んでもらったのだし、もう一度蘇芳を連れてあのコートを買いたかった。
「さて……」
 大分短くなった煙草を灰皿に押し付けて、オセロットは部屋を出る。
 内勤でも配達だったとしても、まずは総合郵便局へ向かうべきだろう。
 全ての手紙情報は、総合郵便局に集まり、そして配られていくのだから。
 きっと蘇芳にも会えるに違いない。
 オセロットはその足で総合郵便局に向かい、扉を開ける。
 やはり先日のように偶然とはいかないようだ。
 受付に蘇芳の姿が無いか見渡してみるが、彼の姿は見えない。どうやら配達のようだ。待っていれば会えるだろうか。
 オセロットは総合郵便局から外へ出て、ふと空を見上げた。
 淡い雲が行く、澄み渡る青空。風も吹かないのに、微かに髪が空中で踊る。
(……?)
 ブワリと巻き上がった風。
 小さな竜巻にも似ているが、竜巻ほど激しくない風のヴェールが消える。それは紫苑の走りの着地点に良く似た風だった。
「ようオセロット」
 だが、その風の中心に居たのは、
「やあ蘇芳」
 軽く片手を上げて答える。
 本調子を取り戻した蘇芳の飛翔は、かなり早いものなのだと思わされた。
「先日はありがとう。それで、買うコートを決めたから、付き合ってもらえないかと思ってね」
「お! OK。ちょっと待っててくれるか」
 オセロットの申し出に蘇芳は顔を輝かせ、急ぐように総合郵便局の中へ、職員入り口から駆け込んでいった。
 暫くの後、また勢い良く走り出てきた蘇芳の腰には配達鞄ではなく、別の鞄がくくられている。
 配達鞄を置いてきたということは今日の仕事は終わったと理解していいのだろう。
「さ、行こうぜ」
「ああ」
 誘ったのはオセロットでありながら、蘇芳は逆にオセロットを促してアルマ通へと急ぎ足。
「それで、どのコート選んだんだ?」
 自分が選んだコートの中から選んでくれたのか、それとも、オセロットが自分で見て気に入ったコートを選んだのか。
 正直、どのコートを選んだのかということよりも、蘇芳にとってはまた誘ってくれたことが嬉しいため、買うコートの結果が選んだものじゃなくても落ち込まない自信があった。
「蘇芳が最初に選んでくれたコートにしようと思っている」
 そのため、このオセロットの言葉には、蘇芳は驚いたように眼を大きくする。
「そっか……何か嬉しいな。ちょっと照れくさいけど」
 自分のセンスはそこまで良くないと思っていたため、選んでくれたことは単純に嬉しい。
 しかし、時期が時期だけにコートがまだあるかどうかは保障できない。心持早足になりながらオセロットと蘇芳は店へと向かった。
「いらっしゃいませ」
 カランとドアベルを鳴らせば、店員の声が返ってくる。
 店に入るなり蘇芳は小走りでコートがかけられているコーナーへと向かい、先日のコートを探す。
 その後を、ゆったりとした動作でオセロットが追いつき、コートを見つけた蘇芳は笑顔で振り返った。
「まだあって良かった」
 コートを受け取ったオセロットは、一応最終確認として試着してみる。
 膝下丈のコートは裾広がりのデザインで、前を全て閉めて全力疾走しても裾が支えるということはなさそうだ。
 その点から見てもやはりいいコートだと思う。――全力疾走するかどうかは別の話だが。
「値段は…こんなもんなのか」
 蘇芳がぼそりと呟く。分かりやすく日本円で言うならば4万ほど。エルザード的単価ならば約4G(ゴルド)。
 コートを手にオセロットはレジ向かい、葉書よりも少し小さいくらいの小切手に羽ペンを走らせる。
 こうして、コートはオセロットのものとなった。
「ありがとうございました」
 頭を下げる店員に見送られ、紙袋に丁寧に仕舞われたコートを手に店を出る。
 着て出ても良かったのだが、何となくそんな気分ではなかったのだ。
 新品の服をおろすその瞬間は、新しい気分になれそうで――
「ありがとう蘇芳。いい買い物だった」
 たとえ、Give-and-takeのtakeだったとしても、買ってもらったことに変わりは無い。
 オセロットの短い礼に、蘇芳は笑顔で返した。





















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 Mission0:報酬を使い切れ!にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 これでコートはオセロット様のものとなりました。色等はノベル内で指定しなかったので、好きな色を設定してやってください。
 ちなみに蘇芳は配達暦が意外に長いので、月の給料は結構高かったりします。どうでもいい情報ですが……
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……