<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】萩・彼岸





 珍しく薬師としてではない瞬・嵩晃の姿を目に留め、何かあるのかと気にかかり後について行ってみることにした。
 見た目によらず足の速い瞬の後に少々汗をかきつつも着いていくと、街外れどころかなぜだかどんどん街から離れていく。
 なんだ、帰るだけだったのか。と、ついて来てしまった事に今更後悔しながら街へ戻ろうと踵を返す。
 しかし、突然ぽっぽと青白い光りが頬を掠めていった。
「おや」
 にっこりと微笑んで自分の姿を捉えた瞬の周りで飛び交う青白い光たち。
「着いて来てしまったのかい?」
 クスクスと笑いながらそう口にするが、着いて来ていた事など気がついていたのだろう。
「じゃぁ手伝ってもらおう」
 すっと向けられた手の先から、青白い光りが自分の中へと入り込み、意識が遠くなるのを感じた。






 窓の外から聞こえる明るい笑い声に、ふと眼を開けて体を起こす。
 そっと小さな手を窓枠にかけて、外にそっと視線を向けた。
「あ……」
 綺麗な手毬がポンポンと宙を舞っている。
 それを追いかけながら自分を同じくらいの子供たちが、走り回っているのを見て、薄く息を吐いた。
「きれいです……」
 そういえば父が、あの中心になって遊んでいる男の子の父親が最近京から帰ってきたと言っていた気がする。
 きっとあの手毬は今京で流行っている遊び道具なのだろう。
「いいなぁ…」
 手毬はキラキラと舞うたびに光ってとても綺麗。
 けれど、望んでいるのは手毬を買ってもらうことではない。
 もう一度窓枠に手をかける。
 外で楽しそうに笑いあい、走りあっている子供たち。今自分の現状とは全く違う。寝台から身を起こし、上着を羽織り、外へ出ることは許されない。
 今日もまた諦めて寝台にもぐりこんだ。
 そしてまた日課のように外を見つめる。いつも同じ子供たちがまた集まって遊んでいる姿が見えた。
(……?)
 眼を瞬かせる。一人、足りないのだ。
「なあ、お前いつも外見てるよな」
 どこか声を大きくして発せられた声が何処かから聞こえるが、自分に掛けられている声とは思わずに、視線だけで彼の姿を探す。
「おいって!」
 再度叫ぶような声にびくっと肩が震える。初めて自分に声を掛けられているのだと分かった。
 見上げる少年は、家の直ぐ前で、自分の部屋を見上げている。
「外、出られないのか?」
 見えているかどうかは分からないが、彼の質問に頷く。
「病気……」
「全然動けないのか?」
 首を振る。
「じゃあさ、そんな羨ましそうな顔してないで、遊ぼうぜ!」
「でも……」
 外には出てはいけないと言われている。体を動かしちゃダメだって。
 でも、でも―――……
「少し…なら」
 寝台から降りて、上着を羽織って、階段を下りて、外へ!
 誰かと一緒なら大丈夫。一人じゃないから、大丈夫。
 綺麗だと思ったあの手毬を皆と蹴って。思いっきりは走れないから、歩いて追いかけて、追いつけなくて取られてしまっても、その全てが嬉しくて。
「あ、おい!?」
 視界が歪む。
 そこから先は、良く覚えていなかった。


 気がつけば、父と母がとても心配そうな顔で自分を覗き込んでいた。
 大丈夫だよって微笑んだつもりだったけれど、何だか頭も体もだるくて良く分からなかった。
 もう眼も良く見えないけれど、知らない男の人が彼と一緒に頭を下げているのが見える。


 ……怒らないでください、凄く楽しかったから―――
























 急速に戻ってきた意識に、シルフェは肩で息を吐き出して目の前で微笑む瞬を見た。
「……事前に一言下さるべきだと思いますよ、瞬様」
「勝手についてきたのは君じゃないか」
 一時の考える時間さえも無く帰ってきた言葉に、シルフェはほうっと頬に手をついて息を吐いた。
「それはまあ薬師の御姿でないからと面白がったわたくしも、ご挨拶すべきでしたけれど」
 そういったシルフェの言葉に、瞬の微笑がより一層深くなる。
 シルフェは、自分の中にもう一人いたような感覚を思い出し、そっと自分の胸元を見る。
「ふふ、でもわたくしの中にいらっしゃって……何かお役に立てたのかしら」
「さぁ…それは本人ではないから分からないな」
 瞬は萩の園に振りかえり、遠く、空へと昇っていく光を見つめる。
 シルフェの中に残る、なんだか寂しそうな気持ち。けれど、とても綺麗な余韻を残した不思議な気持ち。
「過去、昔か今かは分からない過去に死んでしまった楼蘭の人々の魂さ」
 今はもう奉る人さえもいない、言うなれば無縁仏とも言うべき魂の人々。
「おひとりでよろしいの?」
 意外なシルフェの言葉に、瞬は「ん?」と視線を向ける。
「わたくし時間は空いておりますから、どういった方々の為に瞬様がどういった事をなさっているのか、ご説明下さればお手伝いさせて頂きますけれど」
 図々しい申し出をしたかと思ったが、瞬はただシルフェに淡く微笑みかけるのみ。
 あの青白い光が自分の中に入れば、その魂の記憶を疑似体験することになる。
 この場の魂は、自分という存在が“居た”のだという記憶を残したい魂たち。
「誰かのため、というわけじゃない。しいて言うなれば、道楽かな」
 自分の体の中に入れて疑似体験するわけではないが、その光に触れると魂の記憶を読み解くことが出来る。
 沢山の多種多様の人々の人生を見ることは楽しい。
「君が思うほど高い志を持っているわけじゃないさ」
 誰かを救いたいとか、誰かのためにとか、そういった思惑は全くなく。瞬にとってはただ、楽しいからと、それだけ。その行動と、記憶を残した魂の思いが共鳴して、今に至るのだ。
「私の楽しみよりも、この魂たちの手伝いの方が、納得できるだろう?」
 くすくすと笑って告げる瞬に、シルフェはふっと息を吐く。
 ある意味確かにその通りだからだ。
 何も告げられずに瞬の遊びにつき合わされたという結果よりも、寂しい魂に救いをもたらす手伝いをしたと思えったほうが、精神的には健全だ。
 けれど、そうして記憶を読み取った魂は確実に空へと昇り、輪廻の環へと還っているわけで―――
 それを今までは黙々と一人でこなしていたのだと想像すると、かなりの重労働だっただろうと思う。
 それを楽しみと言う彼は――…
 シルフェはふっとその口元に笑みを浮かべた。
「……仙人の方々はどなたもお優しい方ですね。うふふ、瞬様も」
「そうかい?」
 そんな印象をもたれた事に驚くかと思ったが、瞬は可笑しなことを言うものだという態で微笑する。
 シルフェは、ふと飛ぶ光にそっと手を触れて、微かにその記憶を垣間見ながら、小さく瞬の名を呼ぶ。
 思いのほか低いトーンにシルフェ自身も内心驚きつつ、振り返った瞬は小首をかしげシルフェを見ていた。
「…申し訳ありませんでした」
 謝る意味が分からず、瞬はただシルフェを見据える。
「わたくしの、せいで……邪仙の方に核を獲られたのは、桃様のせいではありません」
「ああ」
 自分に害をなすような事柄が増えてしまったというのに、瞬はやけにあっさりとしていた。
「あれがあろうとなかろうと、何も変わらない」
 本当に邪仙が指示をしたのかも怪しい。彼はそんなことに執着する性質ではないからだ。
「だから、気にしなくて良い」
「……瞬様」
 何時もの気弱な笑顔が、本当にいつもどおり過ぎて、逆にシルフェの心に、つきんとしこりを残した。


















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】萩・彼岸にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 どちらかというと彼岸的な話よりも謀計の続き的な要素が強く、そちらの内容が大目となっております。
 彼岸の方は、死ぬ切欠的な話になってしまいましたが、彼女は幸せだったと思います。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……