<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


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 ある日、白山羊亭に張り出された依頼――待ち合わせの時間と場所が指定されていた。どうやら重要な物が盗まれたらしい。そして、その場所は夜の高級レストラン――――。


「あん?」
 虎王丸の漆黒の瞳は大きく輝く。
「おぉぉぉぉーーーーー!?」
 依頼書に顔を近づけ、間違いではないことを確かめるように何度も読む。
「こ、高級レストラン……」
 ごくっと生唾を飲む。
 はした金では到底入れない。一生のうち食べられれば良い方だ。
 自分の前に並べられた目移りするような食事を想像する虎王丸。いつのまにか口元からよだれが垂れていた。
「めしが食える! もちろん、おごりだよな!? 依頼人の!」
 落ち着かない虎王丸は依頼のことなど頭の隅に追いやられている。食べられるなら適当に聞いて断ろうと、そう思っていた。
 よだれを腕で大雑把に拭き取って。
「腹いっぱい食ってやるぜ!」

 それからというもの、待ち合わせ日時が早く来ないかとそわそわする。普段なら腹立つ出来事も食事の前では無力。数日間、彼は機嫌が良かった。周りが気味悪がるぐらいに。

   *

 レストランの席に案内されると依頼人がすでに来ていた。貴族風の中年男性だ。鼻下にひげをたくわえ、半月型のメガネをしていた。
 一瞬、瞳の奥が光ったが虎王丸は気づかない。
 椅子に腰を下ろすと、前菜が運ばれてくる。依頼前に腹ごしらえらしい。気前がいい依頼人に虎王丸は作法も無視し、威勢よくほおばる。周囲は白い目で見ていたが、依頼人だけは絶えず微笑を浮かべ次の料理を勧めていた。
 虎王丸は何人分かを平らげたところで、椅子の背もたれに身をゆだねる。
「くはっー! 食った食った。こんなに食えたのは久し振りだ」
 ポンポンとお腹を叩く。
「良い食べっぷりだったね。見ていて気持ちが良かったよ」
「そうか? ここのはうめぇよ、ありがとな」
「喜んでもらえて嬉しい。――で、依頼の件なんだが」
 やる気のない虎王丸は聞いているふりをしながら、帰ったら何をするか思案していた。
「今回、君に頼みたいのは本なんだよ。元々私の家では白魔術に関わっていた家系でね。今でもその名残があるんだ。恋に効くおまじない、天気や危機への予知なんかね」
 虎王丸はピクッと眉を動かす。
「おまじない?」
「そう、その白魔術に使う本が二〜三日前になくなったんだ。家の三階奥にしまわれていたんだが……。探し出してほしい」
 一枚の絵写真を差し出した。そこには、とても大きいお城のような洋館を背景に、豪快に笑っている庭師。
「この場所は私の家だ。この庭師は一ヶ月前から勤め始めた。だが、本がなくなったその日に姿をくらましたんだ。本を調べていたふしもある」
 次に予告状を見せた。
 紅色の文字で『朔の日にダーク・シーを持ち帰る  怪盗”暁のしもべ”ソルナーン』と一つの怪盗マーク。
 シンプルで簡潔に。誰が読んでも分かりやすいメッセージ。朔の日と本がなくなった日はぴったりと一致する。
 ”暁のしもべ”と言えば、ソーンの世界で騒がせる怪盗の別名。明け方に犯行を行うために名付けられた。
「怪盗が庭師に化けていたかもしれん。だが逆に二人は別人ということもある。慎重に調べてくれ」
 もし、本を持ち出した人物がもし庭師の場合、賭場か居酒屋にいる可能性が高いと言う。庭師はあまり自分の事を話していなかったが、この二つだけは漏らしていた。

 依頼内容を聞いた後、虎王丸は先ほどとは打って変わって引き受ける。
「賭場も居酒屋も俺の守備範囲内だから任せといてくれよ」
 自分の胸をどんっと打つ。
「そうか。それじゃ頼むよ」

「けどな、調査に金がかかるんだ」
「前金が必要……ということかな?」
 意味ありげにふっと微笑む。
「おぅ」
 依頼人は迷わず、硬貨が入った袋を虎王丸の前に置いた。
「もう準備はしておいた。そう言うだろうと思ってね」

 前金は想像していたよりも多く入っている。ジャリと手に深く沈んだ。依頼人は太っ腹らしい。
(これなら成功報酬もざっくざっくかもしれねぇ!)
 喜びに満ち溢れ、依頼を受けて良かったと思った。
「庭師を見つけない事には話にならん。とっ捕まえてくるぜ」

   *

 レストランからの帰り道、夜の街を歩いていた。ある言葉だけが頭の中でぐるぐる回ってこびりつく。”恋に効くおまじない”それだけが。
「依頼をぜってぇこなして、恋愛魔法を俺に使って貰うぜ!」
 拳を作り、高々と宣言する。暗闇に獣の声がひびきわたった。

   *

 虎王丸は賭場に来ていた。
 何人もの男がテーブルを囲って勝負している。タバコと男の臭いで部屋中むせ返っていた。
 奥の方ではカード勝負で盛り上がり、ギャラリーも大勢いた。

 ここは虎王丸行きつけの勝手知ったる場所だ。虎王丸自身も賭けでほとんどの財産を失ってしまうこともある。それでもやめられず惹きつけられる。
「おい、マスター!」
 カウンターにいた店の主人に呼びかける。
「虎王丸か。この前は大変だったなぁ、ボロ負けして」
「うぐっ。……そのことは忘れてくれ」
「はははっ。どうやら相当痛手だったようだな。――で、何だい? するならどの席でもいいぞ? 金があるならな」
「ああ、ちょっとヤボ用でな。ま、その前に遊んでいくか! 金もたんまり入ったし」

 そうして、貰った前金をじゃんじゃん使い、賭場中のゲームを遊び尽くす。絶好調の虎王丸は負けても文句一つ言わなかった。心から遊び、自分に負けた連中の身ぐるみを剥ぎ、賭場にいる全員に酒をおごった。
 祭りのように男たちは騒ぎ、歌も歌いながら夜は更けていく。
「ガハハハ、虎王丸! そこはスペードのクイーンだ」
「てめっ、バラすんじゃねぇ!」
 隣のもう一人の男が。
「いいじゃねーか、そこは戦術だ」
「俺は頭使うのが苦手なんでいっ」
「あぁ、だからおめー、いつもカードすると負けるのか」
「……ぐっ」
「アハハハ」「ガハハハ」と笑いの渦が巻き起こる。

「あーもう、やめたやめた」
 そう言って両手で後頭部を支え、椅子の背にもたれる。
 そこにマスターが酒をグラスに満たして配りに来た。
「虎王丸、何かヤボ用があったんじゃないのか?」
「お、そうだったそうだった」
 テーブルの上に依頼人からの預かった絵写真を乗せる。
「おめぇら協力してくれねぇか? こいつを探してるんだ」
 指を差すと、ギャラリーまで覗き込んだ。

「知らねーな」
「あぁ、俺も。見ねー顔だ」
 テーブルに集まった者たちは皆知らなかった。
 虎王丸はカードを脇に寄せテーブルの上に立ち上がる。ギシッと重みがかかった。
「うおーい、おめぇら悪いがちょっと手を止めてくれ」
 夢中になっていた賭場全員の注目を集める。
 なんだなんだ、とざわめく。
「こいつを知らねぇか?」
 指に挟んだ絵写真をぐるり一周させる。
 全員それを見つめたが、頭を左右に振るばかり。だが、そこに一つ声が上がる。
「そいつ、見たかも」
 その台詞に全員が振り返る。部屋の隅で楽しんでいた男は先を続けた。
「この街で何度か見たことがある。……たしかー、夜に見かけることが多い。いつもこの先の橋で会うことが多いよ」
「ほんとか!?」
「あぁ」
 その時、「そういえば……」と呟く声。
 虎王丸と二つテーブルを隔てたところに座っていた男はあごに手をそえて考えこむ。
「俺も、昨日会った。怯えた様子で何度も後ろを振り返りながら歩いてた。がたいが良いのに、その印象がちぐはぐだったからよく覚えてる」
「それはどこだ?」
「この目の前の大通りさ」
「おお!? そっか。ありがと、二人とも! 情報提供してくれた代わりに、おめぇら、とっ捕まえてくれたらまた酒おごるぜ!」
「うおぉぉぉぉー!」と叫ぶ男たち。賭場の常連を味方につけた虎王丸は一晩飲み明かした。

   *

 朝、鳥たちのさえずる声が耳をかすめ、眠りから覚める。もう少しで太陽が山から顔を出す頃。
 酔いつぶれた者たちを乗り越え、店を出て行く虎王丸。手で頭をおさえながら顔をしかめていた。
「ぐあ〜、ガンガンするー。飲み過ぎたみてぇだ……」
 よろよろと千鳥足で帰宅する。頭には獣耳が生えていた。気づかずに霊獣の力が漏れ出ているのだ。
「仕事は夜、するしかねぇか」

 その時、前方から荷物を大事そうに抱えてせかせかと急ぐ一人の男がいた。体も大きく、虎王丸のようにがっしりしている。何気なく一瞥した後、通り過ぎようとして。
 ピタッと足を止める。振り返り、「おい!」と声をかけた。
 相手はビクッと肩が飛び上がる。
 ちらりと虎王丸へ顧みた男。その顔は確かに記憶の中を呼び起こす。
「やっぱ。おめぇ、庭師だな!?」
 その一言は相手を震撼させた。すぐにその場から飛び出す。
「逃げんじゃねー!」
 探し人を見つけた虎王丸は頭痛など忘却の彼方。今は男を追うことに頭がいっぱいだ。獣耳もいつのまにか消えていた。
 どどどっと砂埃を撒き散らしながら、ひえっー! と逃亡をはかる男に迫る。
 そこに先ほどの賭場から二日酔いもせず、んっと体を伸ばした数人が出てきた。
(チャ〜ンス!)
「おめぇらー! そこの男を捕まえてくれ!」
 それだけで男らは何事か察知する。屈強な者たちは戦闘でも強い。逃げる男があの絵写真の男だと理解するのが早かった。
 手を広げ、横並びに道をふさぐ。
「おっととと。何だよ、お前ら!」
 慌てて足を止めた。あと二歩近づいていたら、隙のない賭場の者たちに倒されていただろう。
「おめぇ――」
 いきなり耳のそばで唸る声。とたんに腰の力が抜け、庭師は周りの男らを見上げる。
「な、なんなんだよ、お前らは」
「本を盗んだだろ? どこにやった?」
 虎王丸の言葉に目が泳ぐ。
「な、なんの、ことだ? それは。本なんて盗んでない」
 明らかにうろたえている庭師。
「しらばっくれてんじゃねぇぞ」
 虎王丸がずりっと近づいて。
「俺の爪がだまっちゃいねぇぜ?」
 庭師の鼻先で白虎の光る爪を見せた。もし刻まれれば痛いだろう。
「ひぇ、話します話します!」
 土下座しながらひたすら謝る。巨漢なのに、こうして見下ろすと小柄で押しに弱い男のようだ。虎王丸は先を促した。
「た、確かに自分が盗みました。警戒が厳重になるっていう話だったから盗んだんです」
「いつだ?」
「えっと、月のない日に変わった瞬間ですよ。館の主人は一度金庫にあると確かめたら安心するんです」
「予告状のことは?」
「……な、なんのことですか?」
「知ってんだな?」
 冷たく射殺すような漆黒の瞳。
「し、知らないですよ! ただ警戒するっていうんで、噂で怪盗が来るとか来ないとか、き、聞きましたけど……」
 虎王丸はひっかかるものを感じた。目の前の庭師は盗んだことに対して嘘を言っていないと思った。だが、予告状については何か隠している。
 そして、あの依頼人は几帳面で細かいところを見逃さない目をしていた。いけ好かない目を。庭師の言っている主人の人柄とは違っている気がしたのだ。

「……んで、本はどこにやってんだ?」
「そ、それは、そのー……」
 もじもじと言い渋る。
「はっきりしやがれ!」
 虎王丸がどなる。
 庭師の体が飛び上がり、顔が青ざめた。
「分かりましたよ……。ハンソキューツという宿屋の裏にある馬小屋の中です……」
「本当にそこだろうな?」
「はっ……はい……」

『ほお、そうか』
 後方からよく通る声が耳についた。この場の誰も持っていないはずの声色。とっさに振り向いたが誰もいない。
 何か嫌な予感がする。気持ち悪い冷や汗が背中を流れた。
 虎王丸は男らに「この庭師を縛っておいてくれ!」と、それだけ言い残し、朝もやの中に消える。
 目的の場所は馬小屋。胸騒ぎがおさまらず、足を速めた。

   *

 バタンッ!
 馬小屋の扉を開け放つ。薄暗い中を素早く見回した。
 奥に積まれた飼葉がある場所、そこに白いマントを羽織った先客がいる。
 ゆっくり振り返った男は白いシルクハットを被り、顔の上半分だけ仮面をつけている。全身白で統一し、ネクタイや皮靴などは黒でポイントを入れていた。
「おめぇ、もしかして」
「こんなに早く会えるとは思わなかった。ご存知の通り、私は怪盗”暁のしもべ”ソルナーン。お見知りおきを」
 優雅にお辞儀した。
「ふんっ、てめぇが噂の怪盗か。本はどこだ?」
「ここにあるよ」
 黒い手袋をはめた手にはすでに木箱を持っていた。
「それを返せ!」
「受け付けられませんな。私が手に入れようとしていたら横取りされてしまったのでね」
 虎王丸は腰の鞘から刀を一瞬で抜き放つ。きらりと刀身が煌いた。
「渡せってぇの!」
 瞬時に踏み込む。
「おっと」
 怪盗は余裕で避けた。だが手に持つ箱が傾き、刀が箱に突き刺さる。虎王丸は抜き取って怪盗に牙を向けようとした。その時、木箱が倒れ中にある物が飛び出す。表紙が開かれ、通り風によってぱらぱらとめくられていく。

「「!!」」

 二人は異変に気づき、火花を飛ばしあう眼光を木箱から本へと移す。
 一瞬、何も理解できなかった。
 木箱の中身は本だが、全てのページが空白だった。
「なんてことだ。確か魔術文字で書かれてあったはず。表紙は同じ物が精巧に施されているのに、なぜ!」
 怪盗は言い終わるとしばらく考え込む。
(まさか)
 突然はっとして馬小屋を後にした。
「おい、待て。この野郎ぉ!」
 意外と素早い動きで立ち去った怪盗に、ついてこれなかった虎王丸は一人残された。
「こうしちゃいられねぇ! 奴は庭師のところだ」

   *

 一目散に賭場へ駆けつけた。
 バタンッ!!
 勢いよく扉を開ける。
 泥酔し、いびきをかいていたほとんどの男らは眠りから覚め、賭場をあとにしていた。部屋の中心に集まる数人の男たちが音に振り返った。
 一人が手をあげる。
「よぅ! こいつは縛ってやったぜ」
 虎王丸はそれには答えず、室内を丹念にチェックした。
「……俺が来るまで誰も、来なかったか?」
「来ねーよ。お前さんが最初だぜ。朝っぱらから賭場に来る奴はどっか抜けてんぜ」
 男らは笑い出した。下ネタを連発しながら。
 虎王丸は変だと思った。頭で考えるのが苦手でも。先に出たはずの怪盗がいない……。
「あ〜くそっ! 考えたって埒が明かねぇ」
 頭をぐちゃぐちゃにかきむしる。
 大股で粗く音をたてて庭師に近づいた。
「おい、庭師! よくも騙してくれたじゃねぇか」
 全ての視線が椅子に固定された庭師へ集まる。
「ご、ごめんなさい!」
「本物はどこでいっ!」
「それは……」
 なおも言い淀む庭師に虎王丸は腰の刀をちらつかせる。
「切られてぇか?」
「ほ、本当のことを言います! 実はー……、あそこに……」
 その視線は大事そうに持っていた荷物に注がれていた。無造作に床に転がっている。
 虎王丸が机と椅子の間をぬって、取ろうと屈んだ時――。
 すでにその荷物は忽然と消えている。
「あり?」
 辺りを探ると、一足の黒い革靴が見えた。賭場には不似合いの靴。はいている人物を下から上に辿れば怪盗の顔。手元には庭師の荷物。
「おめぇ!」
「よく探してくれた。私ではそこの男の口を割れなかっただろうな」
「それで隠れてたってぇのか!」
「人から奪うことも快感なのでね」
 ふっと怪盗は微笑む。虎王丸を馬鹿にしたように。
「てめっ」
 一歩踏み込む虎王丸の口を塞ぐように話を続ける。
「不思議に思わなかったかな?」
 訝しげに「何を」と吠える。
「館の主人はどうして賭場に通う人間を雇ったのか?」
「!」
 そこで初めて気づいた。館の主人は貴族だ。そんな者が賭け事をする者を雇うはずがない。
「どういうことだ」
「嘘だったのだよ。その男は正真正銘の庭師ではない」
 虎王丸は椅子に縛られた男を見た。その人物は今までのおどおどした態度とは違い、鋭い目で怪盗を貫いている。
「じゃあ、何者だってぇんだよ」
「私の仲間。……いえ、元仲間かな」
「はぁっ!?」
「数年組んでいたのだがね。私を裏切り、本を奪ってしまった」
「おめぇも館から奪ってるじゃねぇか!」
 怪盗は本を取り出すと用済みのように男の荷物を投げ捨てる。本だけを優しくなぜた。
「これは返してもらったという言い方が正解だね。元々の持ち主は私なのだよ。私の家に伝わる貴重な本なのだから」
 虎王丸は先ほど感じたひっかかるものが怪盗の言葉で浮上した気がした。
「私の家に伝わるだって? それ、勘違いじゃねぇのか? 依頼人も……――」
 はっとした。怪盗の言っていることが真実だとすれば、依頼人が言っていたことは嘘になる。
「やっと気づいたか」
 静かに告げるとマントをひるがえし、一瞬で別人の姿に変装した。

「!!」

 そこには見覚えのある人物が立っていた。
「私はあの、依頼人だよ。館の主人ではないということも分かって頂けただろう」
 声色も変わり、昨日会った依頼人がいた。
「てめぇ、てめぇも騙してたってぇのか!」
「本も白魔術ではなく、黒魔術用の本だ」
 ギリッと歯ぎしりする。
「俺をコケにしやがって!」
 虎王丸は我慢できなくなり、怪盗の懐へ目指す。だが、するりとかわされてしまう。それを見越していたのか、後ろへひるがえった怪盗へ刀をのばした。
 マントが鋭利な牙で真っ二つに割れる。
 怪盗が気を取られた隙に刀の柄でドスンと腹に食い込ませた。
「っ」
 思わず足を折って床につける。
「観念しやがれ!」
「……くくっ」
「なに笑ってやがる」
 怪盗の腕を掴もうとすると、手がすり抜けた。確かにそこに存在するのに。そう思った瞬間、膝をついていた怪盗は霞のように消えていく。

「私はここだよ」
 白い姿が賭場の入口に立っていた。
「逃げる気か」
「きみと正面からやりあうのは危険と判断したからね」
 一歩、後ろへ下がる。
「待て、てめ!」
 虎王丸がとっさに脚を獣化して速度を速め駆け出す。
「それではまた会おう」
 朝日に溶け込んで陽炎のよう揺らめく。
 虎王丸は一歩遅く、手は宙を掴んだ。また逃げられてしまう。
「くそっー、あんの野郎!」


「おい、あの男もいねー」
 後ろで騒ぐ声に振り向くと、偽庭師も姿を消していた。椅子と散らばった縄だけがそこに落ちている。
 自分で逃げたのか、それとも怪盗が連れ出したのか。虎王丸は後者の可能性が高いと直感した。裏の世界で裏切り者がどんな目にあうのか耳にしている。あの怪盗はにこやかに微笑んでいたが許すはずはない。
 その時、はたと気づく。
 わなわなと全身が震えた。

「黒魔術の本ってことは恋愛魔法ができねぇじゃねーか! ……んげっ、それよりも俺の報酬があぁぁぁぁ〜〜〜!」
 その雄叫びは街全体に広がり、怪盗の耳にも届いていた。
「ちくしょう! 怪盗ー! 出てきやがれっ!」



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1070 // 虎王丸 / 男 / 16 / 火炎剣士


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■             ライター通信               ■
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虎王丸様、初めまして。発注ありがとうございます!
怪盗の正体など結末はいかがでしたでしょうか? 予測の範囲内だったらすみません。

なぜ本が他の人の手に渡っていたのか、なぜ偽庭師は裏切ったのか、謎が明かされていませんがそれは都合により切りました。

さて、怪盗から一言。
「面白い少年だな。くくっ」


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝