<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


★サイリアルバイト★

なだらかな雲が、どこまでも伸びている。今日も独特の雰囲気を醸し出すサイリア教会は、静かに佇んでいた。
五月でもないのに五月病なロゼは、だらだらとほうきで地面を撫でるばかり。

そんなロゼをちらりと見て、松浪心語は溜息をついた。

銀の髪を日に輝かせ、朝日と共に教会へやってきた。
それが彼、松浪心語だ。
小柄な体格とはうらはらに、存在感のある声と彼の醸し出すオーラが強烈な存在感を生んでいる。
心語は図書館の掃除を手伝うアルバイトをしてくれることになったのだが、ロゼは見たとおりの万年五月病・・・。
最初こそは元気であったが、だんだんやる気が無くなっていき、今では何度も同じ箇所を掃いている。

「俺は・・・行く。あんたは・・・ここに居る・・・のか?」

心語はそうロゼに声を掛けると、ロゼはぐったりと頭を下げて「はいーーーーー。」と気の抜けた声をだす。
多くは語らず、心語は図書館へと続くドアへ手を掛けた。

*****


心語が図書室へ一歩踏み出すと、いきなり何か蹴飛ばした。
小さなレンガのカケラだ。
どうやら床の一部が欠けたものらしい。
心語は見つけ次第はめ込もうと、カケラを服へしまった。
扉の向こうは、いたって普通の図書館だった。
レンガが敷き詰められた床は、埃こそ積んでいたが美しい色をしている。
扉を開けた一直線上は通路として開けており、来訪者を称えるように土色の本棚が左右に並んでいた。
奥は暗がりがじわりと広がり、果てを見極めることはできない。

心語は用意していた色糸を扉にくくりつけ、導とする。
帰ることのなかった人もいるという、曰く付の図書館だ。心語は念を入れて軌跡を残すことにした。

本棚を見ると、収納されている本の種類は実に様々だ。
歴史書や文学書、学会論文に今日の献立集まで、あらゆるものが分類もされずただ突っ込んであるといった感じだ。心語は導用の糸を再確認すると、作業へ取り掛かることにした。
とりあえず・・・本の仕分けから・・・入る。
心語は近場の本棚へ手を伸ばした。


どれだけ時間を掛けただろう。
本を出しては入れなおし、続き物は数字の通りに並べ替え・・・。
今日の献立集第三六五巻を本棚に立てた時には、入口の扉が見えないほど奥まで入り込んでいた。
しかし、心語が入口に戻るのは容易い。
垂らした糸が道筋を伝えてくれるからだ。
また、念入りに一方角ごとに床へチョークで印までつけている。
これなら迷うほうが困難というものだ。
床に書かれた十字の印が白く光り、まるで星のように薄暗い図書館へ散らばっていた。

心語が今日の献立集三六六巻へ手を伸ばした時だった。
ふいに心語の手が振れた。

何かがこの暗渠の底にいる。

そう直感的に悟ったのだ。
心語は静かに手を戻し、糸を手繰った。
真紅の糸がいくらか服の中に残っている。これならもう少し進んでも糸がきれる心配は無いだろう。
同時に狂狗銃にも触れて確認し、ゆっくりと奥へ進んだ。

しかし、二十分ほど歩いたころだろうか、図書室の突き当たりに到達した。
床と同じレンガの壁が、突如心語の前に現れたのだ。
心語がレンガに触れてみるが、いたって普通の壁だ。本当に図書室の端まできてしまった。
ここまでの道中、一瞬感じた何かの気配は全く無かった。
あれは一体なんだったのか・・・。
とりあえず図書室の果てという意味を込めて、壁に床と同じ十字をつけた。

とりあえず、先ほど整理した場所まで戻ることにしよう。
心語が来た道を振り返り、垂れた糸を見る。
すると、先ほどまで真っ直ぐ歩いてきたはずなのに、数メートル先で直角に右へ曲がっている。
「・・・おかしいな。」
曲がるときはチョークで印をつけるはずであるし、あんな極端にまがった覚えは無い。
訝しみながら、心語は糸を手繰ってその曲がっている箇所へ足を運んだ。
直角に曲がっている部分におかしな場所は無い。首をぐいと右にやってみると、糸はまた数メートル先で右に曲がっていた。首を右にすると、とんでもないものが視界に入った。
壁だ。
先ほど壁から離れ、もと来た道を戻ったはずなのに、自分のすぐ隣に先ほどの壁がある。
心語が先ほどつけた図書室の最果ての印がついた壁だ。

「壁が・・・動いた?」

心語がそうもらすと、それを合図としたかのようにレンガがバラバラと動き始めた。不安定な床が心語を襲う。本棚がガクガクと揺れ、中の本が悲鳴を上げている。

心語は近くにあった本棚へと登り、部屋を見渡す。
どうやらこの床のレンガは、ひとつひとつが意思を持ち活動しているようだ。各々のレンガが縦に横にと動き回って図書館を揺らしている。

「どうなって・・・いるんだ?」

そうつぶやくと、服の中で何かが揺れた。
心語はごそごそと探ってみると、入口で拾ったレンガのカケラだった。
赤褐色のそれは、少し光を帯びており、じんわりと温かい。
「生きて・・・いるのか?」
心語がきつくカケラを握ると、レンガが一際明るく輝いた。
「そう、ここのレンガ達は生きているのさ。ずっと長い間レンガをやっていたからね。」
カケラは心語の手をひょいと飛び出し、床へ落ちた。

「しゃべりもしない本を囲って何年経ったことか。たまには“動く”何かと遊んで、それを“動かなく”したくなるんだ。」

そう言うと、カケラはすぽりと穴へ収まり、床はよりいっそう揺れを増した。
本棚をけたたましく揺らす。
俺を・・・ゆり落とすつもり・・・なのか・・・!

心語は狂狗銃を本棚へ付きたて、支えにする。しかしずっとこの策が使えるわけではない。なんとかこのレンガを止めなくてはならない。
心語が広い床を見下ろすと、何か白いもの光って見えた。
心語がずっとつけてきたチョークの後だ。

チョークで印をつけたレンガは・・・動いていない。

どういう原理なのか、白い印がされたレンガの周辺は動きが鈍い。
敷き詰められたレンガは、すべてのレンガと連携している。その為ひとつ動かないレンガがあると、その力は酷く弱まる。
心語はそこに目を付けた。

あの印を狙う。

心語はぐっと気を貯め、集中する。
消耗が激しい為、チャンスは一度しかない。
一際激しい揺れが訪れた時、心語は狂狗銃から手を離し、宙へ飛び立った。
そして気弾を印目掛けて撃つ。

小型の気弾は弾けるように散弾し、見事印のついたレンガに命中した。
もともと力の無い印付のレンガは、気弾を受けて粉々に砕け散った。
同じようにその周辺のレンガも支えを失い、ばらばらと崩れていく。

心語が地面へ降り立った時には、揺れもほとんど収まっていた。
床は全体的にひび割れ、光さえも失っていた。

こつんと、ふいに心語の足に何か触れた。
「ご、ごめんなさい・・・調子に乗りました・・・。」
先ほどのレンガのカケラのようだ。
心語が拾い上げて見ると、ただの石のようだが、どこかしょんぼりしているようだ。

聞けば、ここ何十年という間誰も訪れる人は無く、ただ単に寂しかったのだそうだ。
一度図書館に入ると、帰ることができなくなる・・・というのは、レンガが勝手に動き、中に入った人間を囲って遊んでいたから・・・のようだ。

心語の力を目の当たりにしたレンガ達は、急に大人しくなり、心語の手伝いをするので許して欲しいとまで言ってきた。
心語が振り返ると、先ほどのレンガの揺れと、気弾の影響によって図書館は目も当てられないほど荒れてしまっていた・・・。

レンガが本棚を建て直し、本を整え・・・を繰り返し、心語は本を出しては入れなおし、続き物は数字の通りに並べ替え・・・を繰り返すこととなった。

*******

「あ、おかえりなさーい!」

図書館の掃除を終え、埃だらけになった心語にロゼが声を掛けた。
ロゼはタオルでパタパタと心語につもった埃をはたく。

「ちょっと怖くて確認しに行けないですけど、その様子だと本当きれいになったみたいですねー。心語さんが整理に行ってからもう三日なんでもしかして死・・・いえいえいえいえいえ、心配してましたよー!」

三日も経っていたのか。
レンガ曰く図書館の中は少しゆがみが生じており、レンガの移動などが可能になっている。その為時間の進み方が少し違うのだそうだ。

お礼を・・・とロゼが言いかけると、心語はすいっと手をロゼに突き出した。
「お礼は・・・結構。ただ、あの図書館にある・・・本を、いくらか・・・読ませて・・・もらいたい。」

ロゼは図書館なんて寝るところと思っているので、その依頼に驚いた。
もちろんロゼは何度も頷いて、読書用のソファを用意して持たせた。

心語は図書館に続く扉のドアノブを掴み、ロゼに言った。

「怖いことは・・・無い。むしろ・・・行かなければ・・・怖い事になる。たまには・・・図書館の床を踏んだほうが・・・良い。」

ロゼは口を開いたままぽかんとしている。
心語はそんなロゼを置いて、再び図書館の扉を潜った。
そして時間の歪んだ、少しレンガのうるさい世界で、読書に勤しんだのだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC

【3434/松浪・心語 (まつなみ・しんご)/男/12歳(実年齢19歳)/異界職】

NPC

【ロゼ(ろぜ)/男/25歳/神父】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、今日和。ライターの峰村慎一郎です。
納品が遅くなってしまい、申し訳ありません。
この度は有難う御座いました。

折角色糸とチョークという材料があるので、何かうまくからませることはできないかと考えた結果にできました。
気弾!カッコイイ!と思って是非使ってもらいたく撃っていただきました^^

楽しく書かせて頂きました。
有難う御座いました、また機会がありましたら
宜しくお願いします。

峰村慎一郎