<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


皆がでかけたあおぞら荘で











 カランコロンとドアベルを鳴らして、シルフェはあおぞら荘の入り口を開けた。
 いつも出迎えてくれるルツーセの姿は無く、なぜか少しだけガランとして寂しく感じるのは何故だろう。
 そんな中、こそこそと厨房でうごめく影に小首をかしげ、シルフェはカウンターから厨房を覗き込んだ。
「ルミナス様。何をしてらっしゃるんです?」
「うひゃぁ!!」
 突然投げかけられた声に、素っ頓狂な悲鳴を上げて、銀髪の青年――このあおぞら荘の大家たるルミナスは顔をあげた。
「い…いえ、何も、何もしていないですよ!」
 否定の仕方が明らかにおかしい。
 だが、その背後に隠すように押し込まれたものは、明らかに調理道具だ。
「あら、お料理されるのですか?」
「絶対。そんなことはっ!」
 ルミナスの表情はもうばれてしまってどうしようという動揺。
「よろしいじゃありませんか」
 シルフェの言葉に、ルミナスは「え?」と瞳を瞬かせる。
「兄から…聞いていないのですか?」
 伺うように上目遣いで問うてきたルミナスに、シルフェはにっこりと微笑んで、それがどうしたとばかりに言葉を紡ぐ。
「わたくし、前から一度ルミナス様のお料理を拝見させていただきたいと思っていたんです」
 ここで重要なのは、食べてみたいではなく、見てみたいだというところ。
 何せあのコールがガラにも無く全力で止めるのだ。好奇心の虫が疼かないほうがおかしい。
「兄さん達には秘密にしてもらえます?」
 なぜ秘密に? と、シルフェが首をかしげていると、ルミナスは、落ち込むようにそのエルフのような耳を下げる。
 そう、ルミナスは一度、料理に関してコールから否定されているのだ。それは直接的な物言いではなかったが、ルミナスの中で駄目なのだと思わせるには充分だった。
 たかだか料理一つではあるが、人間関係何がきっかけで崩れるか分からない。
 シルフェはにっこりと微笑むと、
「承知いたしました」
 と、頷いた。
 そして、ちょこん厨房内が見えるカウンターチェアに腰掛けて、ルミナスが料理する様を見守る。
「秘密といいますと、普段はお料理をされてらっしゃらいんですよね。なぜ、今日お料理を?」
 危なっかしい手つきながらも、やっとこさまともに操れるようになった調理器具を手に、ルミナスは一生懸命だ。
「今日は兄さん達がいないので」
 居ない間に練習して、帰ってくるまでに片付けておけばばれない。だが、あの勘のいい大家たちのことだ、気が付いていないと思っているのはルミナスだけで、ばれているのだろうが。
 見た目はいいが不味い類ではなく、見ているだけでもルミナス的に完成だと思われる料理は、苦笑いが浮かんでしまう。
 途中で味見くらいすればいいのだろうが、彼は全くもってそういったことをしなかった。
 味覚音痴ならば仕方が無いが、そういった過程が必要だと気が付いていない。
 味見さえ、味見さえしてくれれば!
 ……と、そんな事を言ってみても、それで済む話ならば誰も止めはしない。
 何が何処で如何狂ってコールがあれほど止めるような料理になるのか。シルフェは内心は興味津々といった表情でニコニコと見つめる。
 それにしても…と、シルフェはほうっと頬に手をあてる。
 もし、ルミナスの料理を口にしてそれが、悶絶ではなく一撃必殺だった場合、大変なことになってしまう。水操師として、傷や病を癒すことはできるが、それは自分の意識がある場合のみだ。
 しかし、誰も居ないとなると出来上がった料理はいつもルミナス自身が消費しているのか、それともうっかりグット(バッド)タイミングで帰ってきてしまった誰かの腹に入るのか。
 今日、これを腹に入れるのは……
(あらあら、わたくししか居りません。どうしましょう)
 これはかなりスリリングである。
 出来上がった料理を二人で囲むにはカウンター席では不便なので、テーブル席へと移動する。
 ルミナスはそれなりに見える料理の皿をそのテーブルに運び、心配そうな面持ちでシルフェの反応を待っていた。
 目の前の料理に視線を落とす。
 怖いもの見たさとでも言うのだろうか。あれほど止められた味だけれど、興味も同じように沸いていて。
 シルフェはフォークを手に取ると、目の前の料理を一口頬張った。
「あの…どう、ですか?」
「…………」
 フォークを口に入れたままで微笑を浮かべているシルフェ。
 ご先祖様が呼んでいるような幻聴を聞こえる。
 ああ駄目! そちらにいっては!!
 精神ではなく、半分抜け出たような魂がそんな事を考え、もうそばにいるルミナスの声も届かない。
 シルフェの意識は半分飛んでいた。













 カランコロンと、お決まりのドアベルがなる。
「だからさ、コール。こんなになる前に買出しに行きなよっていつも言ってるじゃん」
 ぶーぶーと口を尖らせてアクラが入ってくる。
「ごめんね。でもボクだけじゃ、道が分からないし……」
 申し訳なさそうに気弱に笑いながら、コールがその後についてくる。二人とも手ぶらなのだが、どうやら大量の荷物を買い込んだらしい。
「あれ? シルフェちゃん着てたんだ」
 1つのテーブルに腰掛けているシルフェの背中を見つけ、アクラは嬉しそうな声を上げて近付いていく。
 だが、シルフェは気が付いていないのか、無視しているのか反応がまったくない。
「どうかしたのかな?」
 ずいっと覗き込むと、シルフェはにっこり笑顔で固まっていた。
「「………」」
 コールとアクラは顔を見合わせる。
 テーブルの上には、見た目だけはまともに見えないことも無い料理。
「ルミナス?」
 どこまでも笑顔なコールが振り返る。
 名を呼ばれただけなのに、ルミナスはびくぅ! と、肩を震わせた。
「ごめんなさい。ごめんなさい! でも、よく出来たと思いませんか? ほら、シルフェさんも笑顔ですし……」
 シルフェはただ料理を食べて美味しくて笑顔になったわけではなく、何時ものにこにこ笑顔のまま固まってしまっただけだ。
 だが、そんな事になっているとは気が付きもせず。
「まぁ………確かに、見た目だけなら前よりマシになったよね……」
「そう思ってくれますか!? 嬉しいです、アクラ!」
 ルミナスは嬉しそうにアクラの手をぎゅっと握って、瞳を輝かせる。
 アクラの口元がひくっとひくついた。
(うっ……)
 助けを求めるようにコールに視線を送っても、最後の砦の兄はニコニコとアクラを見ているだけ。
 固まったままのシルフェが見えないのか! と、再度叫びたいが、見えてないんだろうなぁ。
 アクラはもう観念したように、椅子に座り、意を決してフォークを口に運んだ。













 空気だけは穏やかな午後が過ぎていく。
「ルツーセ早く帰ってこないかなぁ」
 厨房で後片付けをするルミナスを背に、コールはお菓子を頬張りつつ、固まったままのシルフェと生きる屍と化したアクラを見つめ、呟いた。




















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 まず、ルミナスが料理をするためには、特にコールが居ない時でないと無理なため、誰も居ない状況を作る必要がありました。
 そのため結果的ににっこり笑って半気絶路線になりました。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……