<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


★サイリアルバイト★

今日もロゼはだらだらと時間を無駄に過ごしていく。
大きな白い雲が流れていくのをぼんやり目で追った。

ふと、地上へ目を降ろすと、空の延長線であるかのような青い髪をした人物がぽつりと立っていた。

「こんにちは。」

柔らかい笑顔と、柔らかい物腰。女性だろうか、そう思いながらロゼは変な風に首を曲げつつ、「こんにちは。」と返した。
長い青い髪を風に揺らしながら、かの人はロゼへ歩み寄った。

「義弟からこちらでお手伝いを募集していると聞きまして、わたくしに出来ることがございましたら・・。」

そう言われてロゼは飛び上がった。ここ暫く誰の来訪も無く、ロゼの五月病っぷりにも拍車を掛けていた。ただただ時間を浪費するだけの毎日だったが、誰かと出会うということはこんなにも力を与えるものだったのか、ロゼは突如元気になった。
だらだらした態度を正して、両手でぶんぶん握手をした。

「わたくしは松浪静四郎と申します。」

丁寧な自己紹介をされ、ロゼはなんだか恥ずかしくなる。とても礼儀正しく、驚くほど柔らかい人のようだ。少々変な照れを感じながら、小さな声で「・・・ロゼです。」なんて返した。

ロゼはおほんとひとつ咳払いをして、静四郎へアルバイトについて詳しく聞かせた。静四郎は、それに優しい笑顔をもって耳を傾け、「では墓場の見回りに行きましょう。」と最後に言った。
ロゼは再び飛び上がるほど驚いた。なぜなら自分なら一番選ばないコースだったからだ。

「いいいいいいいんですか!?あれですよ!?あれが出るんですよ!?」

細い尻尾をぴんと立てて、静四郎の衣を掴む。
静四郎はそんなロゼを見て、少し困ったように笑う。

「大丈夫ですよ。それに、幽霊よりも“怖いもの”があります。」

今まで見せた笑顔からは想像できないような、哀しい瞳をロゼは見た気がした。

静四郎は、“怖いもの”の答えをロゼには告げなかった。
哀しい瞳もその一度きりで、あとは始終優しい笑顔と声をロゼに落とした。
「フェレリアンの好物はなんですか?日が高いうちに、墓場の掃除と供え物をあげることにしましょう。」
そう言って微笑む静四郎。ロゼは学校の先生を間違えて言うようにうっかり「はい、そうですねお母さん。」なんて言ってしまった。ロゼがその辺に穴を掘って入ろうとしたことは言うまでも無い。

静四郎は穴に潜って窒息しかけたロゼを引っ張り出した後、好物だという木の実を白い布で包んだ。それから教会の端に生えていた名も無い花を摘んで、布へ添えた。
昼間の明るい日に照らされて、墓場はまだいくらか暖かい雰囲気だ。
静四郎は箒でさっと辺りをはいて、落ち葉を除去する。それだけで、随分綺麗になったように見える。墓石には水をかけ、先ほど包んだ木の実と花を供えた。

墓場には数え切れないほどの墓石が立っている。
名前と共に数字が刻まれている。これは、死した歳なのだろう。上は111、下は0。
111を示す墓石は数えるほどしかない。フェレリアンは111歳が寿命というから、111に満たないものは寿命で死したものではないということを示している。
静四郎の前には7を刻んだ墓石。
その数を指でなぞりながら、思う。
フェレリアンの幽霊に少しでも安らぎを与えて、成仏してもらえれば・・・。

静四郎の思いを乗せて、静かに日は暮れていった。

*******

どこかで野犬の吠える声がする。
薄暗い月明かりの中、静四郎は「では、いってきます。」とロゼに告げた。
「もし何かあったら大きな声を出して下さいね!僕は怖くて助けに行けませんけど、多分誰か来てくれますよ!」
にっこり笑って無責任なことを言い、静四郎へ磨いたランプを手渡した。
静四郎はランプを受け取ると、墓場へ続く白い門をくぐった。

ロゼに教えてもらったルート通りにまわる。
格子状に張り巡らされた墓石は、どこまでも果てが無いように見えた。
昼間墓場をまわっていて、気が付いたことがある。
それは、奥へ行けば行くほど、墓石に彫られた数字が若くなるということだ。
それについてロゼに問うと、ロゼは
「簡単なことですよ。墓は教会に近ければ近いほど古い墓石になってるんです。昔は111まで生きるのが普通だったので、昔に作られた墓は教会に近い場所に111と刻まれて建てられています。しかし盗賊に狙われるようになってからは111まで生きられなくなりましてね、これまで建てられた墓の奥に若い者の墓が建てられるようになったのです。つまり、奥に行けば行くほど怨念が深いわけですよ!」
と、得意気に言った。

静四郎はランプをかざしながら、奥へ奥へと進んでいく。
確かに、奥へ行けば行くほど少し嫌な空気があたりを包んでいる気がする。

15と刻まれた墓石を通り過ぎた時、ふいに足が縫い付けられたように動かなくなった。いや、動かなくなったのではない、何者かに掴まれたのだ。足首にそんな感覚がある。
静四郎は手にしたランプで足元を照らすと、細く白い手が自分の足首をしっかり掴んでいた。その手の先を辿ると、16の墓へと続いていた。

「あなたはどなたですか?姿を見せてください。」

ロゼにそうしたように、柔らかな声で言った。
驚いたように、足を掴む手が少し力を緩めた気がした。
静四郎の足を掴んでいた誰かは、両手で静四郎を確かめるようにぺたぺた触りながらのぼっていく。
足、腰、腕、首。
それから頬を両手でそっと包んだ。
ひんやりとした冬の空気のような手だ。
その手の先には、無表情を貼り付けた青白い少女の顔。

静四郎は目に意識を集中させる。
大きな瞳を開いたまま固まっている少女を見つめ、それから優しく微笑みかけた。
この張りつめた空気さえ溶かしてしまうほど、柔らかな笑みだ。
青白かった少女は、とたんに頬を桃色に染めた。

これが静四郎の能力、「友愛の瞳」だ。
微笑みかけた相手を魅了し、自分に友好的な気持ちにさせる。
少女は先ほどの暗く冷たい空気を一掃して、温かい空気のもと静四郎に微笑みかけた。

「あなたはどうして現世にいるのですか?」

静四郎は少女に問いかけた。
少女は、やっと静四郎の頬から手を離し、微笑んだ。

「「111のお墓を、待ってるのよ。」」

そう少女が言うと、どこからか歓声があがる。静四郎を取り囲むように、色とりどりの光が墓石から浮かび上がる。これは、魂の光だろうか。幻想的に揺れながら、笑っているかのよう。

「なるほど・・・。」

静四郎は、その光をうっとりと見つめながら、理解した。

嘗ては111の墓石が並んだこの墓場。
しかし、盗賊に襲われるようになってからというもの、満たされない気持ちを表すように少ない数字が刻まれ続けた墓石。

死したフェレリアンは、いつかまた、昔のように111の墓が建てられる日を望んでいた。
これは、先に無念にも死んでしまったフェレリアン全員の願い。

「あなた達は、ここで最後のフェレリアンを守っているんですね。」

くすくす笑う声が響く。

「「そうよ!盗賊なんか、私たちが脅かして退散させてやるんだから!」」

その脅しにロゼ自身も怖がっているようだが、幽霊の目的はよくわかった。
ああ、やはり幽霊よりも怖いものは・・・
静四郎は静かに心の中で思う。

幽霊達はいつまでも楽しそうに光り輝いて、楽しそうだ。

「「あ、そうだわ。ロゼに伝えて欲しいことがあるの!」」

少女は、楽しそうに言う。
静四郎は、優しく微笑んで少女の言葉に耳を傾けた。


********

「おかえりなさい!」

朝日が昇る頃、静四郎は教会へと戻ってきた。
ロゼはコーヒーカップを2つ持ち、教会から勢い良く飛び出してきた。

ひとつを静四郎へ手渡すと、ロゼは正座をして静四郎へ問いかけた。

「あれはどうでしたか!?やっぱりあれでしたか!?」

その様子を見るなり、静四郎はくすっと笑う。

「本当に怖いものは、あそこにはありませんよ。」
「どういうことですか?」

ロゼはきょとんとして静四郎を見た。静四郎は口を引き結んで、朝日を見上げる。
本当に怖いのは・・・

「本当に怖いのは、生きた人間です。」

ロゼは目を大きく開いて、ぽかんと口を開けた。
それからざっと青ざめて、静四郎へしがみついた。
「だだだだだ・・・誰か、潜んでたんですか?」
静四郎はその慌てたロゼを見て、ふふっと笑った。

「大丈夫ですよ。」

優しい笑顔が、朝日を背にかげって見える。
ロゼはふうと息をついて、良かったと言う。
「何かお礼を致しますよ!」
ロゼはそういって、自分のポケットに手を突っ込んでごそごそさぐる。
それを見て、静四郎は手をすっと前に出して制止した。

「お礼は結構です。ただ、御願いがあります。」

ポケットの中で動かしていた手を止め、ロゼが静四郎を仰ぎ見た。
静四郎は微笑む。

「伝言を預かってきました、幽霊のみなさんから。これを聞いて、叶えてあげてください。」

「え。」

「五月病だなんて言っていないでしっかり仕事なさい!私たちはいつも見守っているのだから、フェレリアンとして気を抜かないように!私たちが安らかに眠れるように、墓場の掃除も自分ですること!・・・だそうです。」

静四郎の柔らかい笑顔とはうらはらに、ロゼはどんどん青ざめる。
嫌な汗をいっぱいかきながら、ロゼは慌ててモップを手にしてそこかしこの掃除を始めたのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC

【2377/松浪・静四郎(まつなみ・せいしろう)/男/25歳(実年齢32歳)/放浪の癒し手】

NPC

【ロゼ(ろぜ)/男/25歳/神父】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、今日和。ライターの峰村慎一郎です。
納品が遅くなってしまい、申し訳ありません。
この度は有難う御座いました。

友愛の瞳されてみたいです!笑
本当に美しい方で、静四郎さんファンになってしまいました!^^

楽しく書かせて頂きました。
有難う御座いました、また機会がありましたら
宜しくお願いします。

峰村慎一郎