<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【St. Valentine's Day 2009】ふわりふわふわココア色








 来る某2月14日。
 人はその日を、お菓子会社の策略だとか、恋人の日だとか、独り身が答える日だとか、まぁその他諸々の言い方をする。
 ……正直、正しいのは聖人の日なのだが。
 街中を歩くサクリファイスだったが、あからさまに首を動かしては怪しまれるため、視線だけを左右させながら歩を進める。
 なにやら、やはり、時期もあるせいか、恋人同士が多く、普通に街中を歩いているだけのはずなのに肩身が狭い。これいかに。
(浮かれすぎではないだろうか…)
 高々チョコ1つを上げるだけのイベントに。
「あ……」
 サクリファイスは空を見つめ、何か思い出したように小さく声を上げる。
 そういえばハロウィンのとき、お菓子を渡しても困った様子どころか、欲しいとまで言った。ということは、甘いものが駄目ということはなさそうだ。
 サクリファイスははたっと足を止める。
 自分は何を考えていたんだ。
 先ほど浮かれる街の人々にため息を付いたばかりだというのに、気が付けばその中に自分も加わっているではないか。
(……こういうのは季節の行事だし。季節感って大事だし)
 何をそんなに一生懸命に言い訳を探しているか分からないが、サクリファイスは腕を組み眉根を寄せる。
(季節感だ。そう、季節感!)
 自分なりに答えを見つけ、ある種の決意に小さく頷く。
 そして、サクリファイスはあおぞら荘へと向かっていた踵を返した。
 お菓子会社の策略に乗ってしまうのは癪だが、いい機会でもある。サクリファイスは今家に何がるだろうと考えつつ、自宅へと戻った。








 やると決めたならば、今日中にやらなければ意味がない。
 1日でも過ぎてしまったら、今日のこの行動は全て無駄になる。一応、それほどの日なのだ。
 何を上げようかと考える。やはりチョコの日なのだから、チョコレートやココア風味のものがいいだろう。単純にチョコを溶かして形に固めるだけでは芸がない。そこで選んだのがフィナンシェだった。
 しっとりとした焼き菓子のフィナンシェならば、チョコレートそのものよりも食べやすい。
 フィナンシェは出来上がった生地を焼く前に休ませる時間が必要なため、思い立ったが早々に作り始める。
 混ぜている間は溶かしチョコに似た生地を泡だて器で底からすくうようにかき混ぜ、材料をむらなく馴染ませる。
 出来上がった生地が入ったボールに蓋をして、保冷庫に入れると、その間はただの待ち時間だ。
 サクリファイスは今フィナンシェを作るときに出した薄力粉やココア、砂糖を見つめ、またも何かの生地を練り始めた。
「チョコレートクッキーも作ろう」
 世話になった人々、感謝の気持ちを伝えたい人に何かを上げるイベントならば、あおぞら荘の面々にも同じようにチョコをあげよう。幸い材料もまだ余っている。
 フィナンシェの生地を休ませている空き時間を使って、サクリファイスはチョコレートクッキーを作り始めた。
 季節に乗っかってみた、ついでというもののはずなのだから、そんなに凝ったものでなくてもいいはずなのに、無意識に気合を入れて作ってしまう。またまたこれいかに。
 チョコレートクッキーを作り上げ、適度にラッピングを施すと、ちょうどよくフィナンシェの休ませも終わり、オーブンで焼いて粗熱を取るとクッキーとは違ったラッピングを施して、家を出た。








 カランコロンといつものドアベルがあおぞら荘内に響く。
 テーブルの上に詰まれたラッピングされた箱にぎょっと眼を見開いた。
(あ、いや…季節行事に乗っかっただけなのだし……)
 なぜか生まれてしまった気恥ずかしさをそう思い込むことで押し込んで、パタパタと足音を響かせて走ってきたルツーセに軽く微笑む。
「聞いてー!」
 ルツーセはサクリファイスの姿を見るなり、物凄く上機嫌なキラキラ笑顔で告げる。
「何だか知らないけれど、街に美味しそうなチョコレートがいっぱい売ってるの! それって今日だけ、それともずっとなのかな! 今日だけだったらどうしようと思ってチョコレート買い込んじゃった!」
「あ…ああ」
 あのテーブルの上に詰まれたチョコレートは、ルツーセが買い込んだものか。
 どうやら、ルツーセはバレンタインを知らないらしい。
「チョコは、今日だけしか売っていないものだが、売れ残っていれば明日も格安で買うことができると思う」
「明日も!?」
 格安で!? と、眼を輝かせるルツーセにサクリファイスは頷く。
「でも、どうして?」
 尤もな質問だ。
「今日はバレンタインデーと言って、世話になった人に感謝の気持ちを渡す日なんだ」
 そして、恋人、もしくは片思いの女の子が、男の子にチョコレートを渡す恋人の日。
「そういうわけで、私もあおぞら荘の面々には世話になっているから、これを」
 サクリファイスは作ってきたチョコレートクッキーが入った袋を、ルツーセに手渡す。
「わぁ、ありがとう! じゃぁ、あたしも何かあげなくちゃね! 帰る時に一声かけて。用意しておくから!」
 何だかイロイロ感づかれているように思う。が、サクリファイスは笑顔で手を振って奥に駆けていくルツーセを見送り、ソールの部屋へと足を向けた。








 扉の前で一度深呼吸。
 コンコンと軽く握った拳で扉を叩く。
「…………」
 返事がないことにサクリファイスは眼を瞬かせる。
 そして、ワンテンポ置いてから、薄らと少し扉が開いた。
「……どうした?」
 ソールが今日という日が何の日か気が付いているだろうか。知ってはいるが、経験していない可能性もある。なにせ情報さえ集まればいつでも引き出せる種族だ。
「フィナンシェ作ったんだけど、貰って…くれないか?」
 驚いたようにソールが眼を見開く。
「あ…今日……」
 顔色は余り変わっていないが、伏せた眼を泳がせる。
「あ、いや、季節の行事だし、季節感って大事だし」
 フィナンシェを作ろうと決めたとき、胸の奥で繰り返した言い訳を唇に乗せる。
「…………」
「…………」
 お互い今日を知っているせいか、暫く沈黙の時が流れていく。
 が、こんな事をしていても仕方がない。サクリファイスは我を取り戻すようにフィナンシェが入ったラッピングを持ち上げ、ソールに差し出す。
「あ…これ、いらなければ、誰かにあげてもいいから」
 どんな意図でもいい。どう捉えられたとしてもいい。自分が上げたいと思ったから上げるのだ。
「……ありがとう」
 フィナンシェを受け取り、ソールは薄らとだがふわりと微笑む。
 その笑顔がなんとも穏やかで、サクリファイスは急に照れるような気持ちが湧き上がってきた。
「味は、保障できないからな!」
 と、誤魔化すようにいいつつも、かなり気合を入れて作ったものだ。味は悪くないと……思う。
「いい……大丈夫だ」
 それはどういう意味で言ったのだろうか。
「食べても、いいのか?」
「勿論」
 そのために作ったのだ、食べてくれなければ意味がない。
 ソールはガサガサとラッピングの包みを開けると、中からココア色のしっとりとしたフィナンシェを取り出し、口に運ぶ。
「……おいしい」
 まるで小さな子どものように嬉しそうに微笑んだ顔を見て、ほっとしながらも、嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
「良かった」
 自然と生まれた笑顔。
 それは、サクリファイスの心を軽くした。




















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 こっそり【VD企画】にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 現実のVDが土曜なので、日にちはどうしてもずれてしまいますが、そこは気合で14日ということで(笑)。
 気がついたら、どうにもどたばたですか? あ…あれ、おかしいな?
 1日の間での気持ちの変化を楽しんでいただければ幸いに思います。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……