<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『オウガストのスモーキークォーツ』


<オープニング>

 詩人のオウガストは、時々店のテーブルを借りて、客にカードを引かせ言葉を選び、その言葉を織り込んだ夢を見せるという商売をしていた。
 今夜はカードもないし、大きな水晶もない。だが、エスメラルダから依頼客が居ることを聞いた。左手中指のスモーキークォーツ、これを使えば何とかなるだろう。
「わかった。
 観客無しで、二人一組、好きな言葉を二つ選んでもらう。但し、この『黒山羊亭』の店内に有るもの。“テーブル”とか、“酔っぱらい”とか。自分の持ち物でもいい」
「ありがとう、オウガスト。さっそくお客様を呼んでくるわ」

* * * *
「ふん、お忙しくて結構なことだな」
 隣のテーブルでジュウハチが悪態をついた。彼は肘をついてチキンの煮込みを少しずつ口に運んでいる。猫舌なのだろう。そして彼は二枚舌でもある。黒山羊亭でタロット占いの仕事をしているのだが、今夜も客は来ないようだ。
「こんにちは! はじめまして!」と、少女がオウガストの前の椅子に滑り込んだ。
「あたし、スズナと言います。スズナ・K・ターニップ。あたしも、選んだ言葉を織り込んだ夢を」
 元気よく座り過ぎたせいか隣のテーブルが揺れ、煮込みの汁が撥ねて占い師の額に飛んだ。
「あちちち」と、悲鳴を上げる占い師に気づき、「ご、ごめんなさいっ!」と勢い良く頭を下げる。高い位置で結んだ赤い髪がしなり、バシンとジュウハチの頬を打った。
「いってーーーっ!」
「きゃー、ごめんなさい!」
 オウガストが「彼は大袈裟なだけですよ。気にしないで。さ、言葉を教えてください」と、助け船を出したのか、単にジュウハチをコケにしたかったのか。
「ええと」
 スズナは、ジュウハチが怒っていないか、ちらりと横目で盗み見る。と、彼の料理がとてもおいしそうなのに気づいた。皮付きの鶏肉がスープの中でぷるるんと揺れている。白い透明な野菜は蕪だろうか。口に入れたらきっととろけるのだろう。
「<鶏>と<蕪>でお願いしまーす」

「また・・・いい? ええと・・・<メニュー>と・・・<調味料>」
 二つ目の椅子に座った少女も、テーブルの上にあったものをそのまま述べた。自らの体に千の獣を宿す者だという、千獣(せんじゅ)。だが呪符を施した包帯を全身に巻き付ける姿におどろおどろしさは無く、清楚な雰囲気を漂わせた娘だった。長い髪に巻かれる包帯の白さが、黒く艶やかな髪を際立たせる。
「おまえ、また来たのか。暇だな」
 暇なのはジュウハチの方なのだが。暇を持て余す分、いつもより意地悪になっている。
「・・・。暇・・・では、無いかな」
 ゆっくり考えて答を出した。彼女は言葉をあまり知らないし、話すことも得意ではないようだ。裏の意味にも無頓着で、皮肉や厭味は通じない。
 オウガストは、ジュウハチに見えないように下を向いてくすっと笑った。

「では、行きます。肩の力を抜いて・・・」
 スズナと千獣は、紐の先で振れるスモーキークォーツの揺らぎに身を任せた。


< * >

「こんにちは! また会ったわね。千獣クン?」
 白山羊亭の依頼で訪れた畑で、スズナは千獣と再会した。スズナは戦闘も受けるが、主に「何でも屋」として生計を立てていた。大掃除の手伝いや、買い物代行などだ。今回の畑仕事も、そんな仕事の一つだった。
「スズナ・・・力自慢?」
 ルディアの出した依頼は『力自慢さん、白山羊亭農園に集合!』だった。千獣は長身で体格も良いが、スズナは小柄で華奢だから、不思議に思われたのだろう。
「あはは、あたし、体が小さいからそう見えないかもしれないけど。闘いでも大弓使いだし、結構力は自信あるんだ。心配してくれたの? ありがとう!」
 千獣の一つの問いに、スズナの唇からはたくさんの言葉が飛び出した。千獣は驚いたように、まばたきを何度もしてスズナを見た。

 白山羊亭は飲み屋というより食事がメインの店だ。料理は美味で量も多い。農園も所有し、安全で質のいい野菜を食べさせてくれる。
 スズナも千獣も依頼を受けて、エルザード郊外にある白山羊亭農園へと駆けつけた。
 広い敷地に、既に十数人もの力自慢が訪れていた。冬のせいか空いている畑が目立つ。表面が琥珀色に乾燥した土が、寒そうに凍えていた。
「はーい、集まった皆さん、こっちへ並んでねっ!」
 ルディアの声がしたので振り返ると、彼女はオーバーオールに麦わら帽子というやる気満々の格好だ。
 ルディアはバオバブほどの巨木の前に立っていた。巨木? いや、それは・・・。樹でなく・・・葉と茎だった。
「力自慢のみなさーん。これから、この<蕪>を収穫しまーす!」
「蕪?・・・蕪、なの?」
 千獣は、ぽかんと口を開き、その大きな茎を見上げている。確かに、葉は塔とも見紛う高さで風にそよいでいる。そういえば付近は丘陵のように盛り上がっていた。この下に蕪が眠っているのか。
「以前、依頼のお礼に、とてもよく効くって肥料を戴いたの。それで育てたら、こーんなに大きくなっちゃって」

 筋肉隆々の屈強な男たちが集まった中、なぜか先頭は老人だった。彼は白山羊亭農園の主任農夫なのだそうだ。
「蕪を傷つけずに抜くには、コツがいるんでのう」
 老農夫のすぐ後ろで彼の腰を掴んで引っ張るのは、彼の妻だ。この老婦人の腰を掴むのは孫娘。孫娘のスカートの裾をグレート・ピレニーズがくわえて引っ張り、その犬の尻尾をヒマラヤンがくわえて引っ張り、その猫の尻尾を白色レグホンが嘴でくわえて引き、その<鶏>の尾羽をハタネズミが引っ張る。
「三日もこうして『うんとこどっこい、どっこいしょ』と引っ張っておるんじゃが・・・抜けんのじゃ」
「いやそれ、無理でしょ」
 見ていたスズナも呆れて肩をすくめた。

 結局は各自スコップを握り、蕪を傷つけないよう周りの土を掬って掘り出したのだった。蕪の根、可食部分は家一件とほぼ同じ位の大きさだった。

 協力した冒険者達への報酬として、銀貨一枚と白山羊亭無料お食事券が配布された。アルコールは別精算になるが、食べる物に関しては一回分が全部タダになる。
「わあい、タダご飯だ! 」
 スズナはチケットを両手で持って、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「この券があれば、お財布を気にせずにデザートのパフェをダブルアイスに出来るよ! ううん、フォアグラのステーキやトリュフのサラダだって食べられる!
 ・・・千獣クン、明日にでも一緒に行こ?」
 千獣も嬉しそうにチケットを握っている。うん、と頷いて微かに笑顔になった。
 

< * * >

 翌日、二人は待ち合わせして、開店直後の白山羊亭を訪れた。お昼ご飯には少し早い時刻だが、無料券を使うのだから、ランチ客で混雑した時間帯は迷惑かもと思ったからだ。予想通り、店には数組の客が居るだけだった。
「いらっしゃいませ。昨日はどうもありがとうございました」
 ルディアが水を置いて礼を言った。
「いーえ。あたし達も早速伺いましたから」
「いっぱい食べて行って下さいね。・・・何にします?」と、ルディアが<メニュー>を差し出したが、スズナは受け取っても開きもせずに即座に「フォアグラのステーキ!」と叫んだ。なにせタダだし。前から食べたかったお高い料理をオーダーした。
「私、も。スズナと・・・同じ・・・」
「あー、ごめんなさい、今日は無いんですぅ、フォアグラ」
 えーっ! そんなーっ! というスズナの心の悲鳴が聞こえたかのように、ルディアは苦笑して眉を下げた。白山羊亭は、その日の仕入れによってメニューが違う。だから毎日美味でリーズナブルなのだ。
「今日のオススメは蕪のシチューです。蕪のポトフもおいしく出来てますよ」
「・・・。」
 スズナは千獣と顔を見合わせた。嫌な予感がした。慌ててメニューを開く。

  ★今日のコース料理★
  生ハムと蕪のマリネ
  蟹と蕪のポタージュスープ
  白身魚の蕪ばさみ
  蕪のシャーベット
  トリュフ添え蕪のステーキ
  デザート・・・蕪のケーキ・蕪のプリン どちらかをお選びいただけます
 
「“お選びいただけます”って。どっち選んでも、全然選べた感じ、しないんだけど。しかも、このコースメニュー、全部蕪だって気づかれないように、何気に頭に蕪の文字が来ないよう画策してない?」
 スズナの言葉に、千獣も強く頷く。
「全部・・・蕪?」
 千獣に、小犬が何かを訴えるような目で見上げられて、ルディアも「だって・・・。あれだけの量の蕪だもの。早く使わないと腐るし・・・」と小声でぶつぶつと言い訳をした。
「蕪のフルコース、そんなに嫌わなくたっていいじゃないですか。淡白な味だから、<調味料>次第で七変化しますよ。どれもおいしいんだから」
 おいしいと聞き、素直な千獣は「ほんと?・・・ええと、私・・・フルコース」とまんまとルディアの罠にはまった。
「しょうがないなあ。確かに、腐らせてももったいないもんね。あたしもフルコースね!
 ねえ千獣クン、あたしはケーキを頼むから、プリンにしなよ! 半分っこしよう?」
「半分、ずつ?・・・うん。・・・楽し・・・そう」
 千獣も笑顔になった。
 
 料理は掛け値なしにどれもおいしかった。
 ワインビネガーが利いたマリネソースは酸っぱくて食欲をそそり、とろとろに溶けた蟹と蕪のポタージュは二人ともお替りをした。白身魚と蕪はソイソースでさっぱり。ステーキの方はホワイトソースで食べごたえがあった。
 何より、女の子二人での食事だ。おいしーい! 蟹だー! トリュフ、うすーい! ステーキなのにスプーンで食べれるぅ! などなど、賑やかで楽しげに食事が進められた。もっとも喋っているのは殆どスズナで、千獣は相槌を打つだけなのだが。
 プリンには擦り下ろした蕪が入っているそうだが・・・「千獣クン、わかる?」と、山を半分崩したスズナが皿を千獣へと押し出した。
 スプーンを口に入れた千獣は首を傾げる。「・・・?・・・ううん」蕪の味は感じなかったようだ。
「普通の・・・プリン」
「きゃはは、擦り下ろし損だよねえ?」 
 ケーキの方は、飾りに蕪の砂糖漬けが使われていた。
「蕪のケーキって名付けるほどじゃないよなあ。でもおいしー!」
 スポンジはみごとにフワフワだし、甘みも絶妙。とろーり生クリームに時々混じる、ジャリっとした砂糖漬けの食感も楽しい。
「うん。・・・おいしい・・・ね」
 おとなしい感じがする千獣もふんわりと笑って、スズナも『女の子同士でデザートってサイコー!』と思う。

 会計は二人とも、昨日もらったチケットで済ませた。
「・・・ごちそう・・・さま」
「ごちそうさまでしたー!」
 二人の満足そうな顔を見て、「ありがとうございました」とルディアもほっと胸を撫で下ろした。
「あ、来週、お二人とも時間ありますかぁ?」
「えー、何ですか? 依頼?」
「あの農園でまた収穫するんです。とにかくいい肥料で。今度は筍掘りですよ」
「・・・。」
 二人は呆れて絶句した。
 そしてスズナは「来週のメニューは筍尽くしかぁ」と笑った。でも筍のステーキなんてのも、おいしそうだ。
 

< * * *>

 目を覚ました千獣は、「来週・・・畑、行く?」と早速スズナに訊ねてきた。
「やだなー、千獣クンったら! 今の、夢だよー」
「え・・・。あ、そうか」
 千獣は照れくさそうに小さく舌を出した。
「でも、蕪料理は食べたくなったよねー。
 すみませーん、あたしにも、占い師の人と同じヤツくださーい!」
 黒山羊亭に、スズナの明るい声が響いた。


< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 /   性別  / 外見年齢 / 職業】
3487/スズナ・K・ターニップ/女性/15/冒険者
3087/千獣(せんじゅ)/女性/17/獣使い

NPC
オウガスト
エスメラルダ
ジュウハチ
ルディア
白山羊亭農園主任農夫

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
スズナさんは、そこに居るだけで雰囲気を明るくして、みんなを楽しくさせますね。
言葉を紡ぐのが得意でない千獣さんも、スズナさんと楽しくフルコースを召し上がったようです。