<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【炎舞ノ抄 -抄ノ弐-】夜陰

 …今に始まった事でもない。
 こう言った時間帯の方が俺の捜すような相手――賞金首はよく活動しているもので、賞金稼ぎを生業としている自分の活動も必然的にそんな時間帯が多くなりがちでもある。
 今日もまた、そう。
 先程立ち寄った店で、目当ての賞金首の所在だと情報を得た場所に向かっている。ちょうど今頃の時間帯、某酒場に出没する事が多いと聞いて来た。一応信用に足る相手から得た新しい情報のつもりだが、情報元の信頼度如何に関わらずこう言った情報は基本的にあまり信用ならない――例えば実際にその目撃情報が確かだったとしても、いつまでもそれが続くとは限らない訳で――捜索対象が賞金首と言う日常的に追われている存在である時点で、目撃情報の通りにいつまでも捜索対象が同じ場所に居っぱなしと言う間抜けな事態はまず滅多に無い。
 賞金首は己の所在を隠すのが常である以上、そんな情報が多いのは元々承知。正直、駄目元。まぁ、現時点ではあわよくばと言う程度で考えている賞金首に過ぎない。あまり本気で捜している訳ではない――はっきり言ってしまうと狙いを定めて本気で捜し回る事自体が果てしなく面倒臭い。…とは言え、それで生計を立てている以上はそれなりにコンスタントに賞金首を捕まえて行かないと日々の生活がやっていけないのも確かな訳で、面倒ながらも努めて普段からそんな「あわよくば」程度の情報複数を指針に結構あちこちうろつく事にしている。…稀に直球で「当たり」の場合や、そうでなくとも偶然有力な情報や――また別の耳寄りな仕事の情報を得られたりする事も無くも無いから。
 …まぁ、何だかんだ言っても要は賞金首の顔やその賞金額、関係する疎らな情報を幾つか頭の中すぐに引き出せる場所に置いた状態で、単に当ても無くぶらついているだけとも言うのだが。
 ともあれ、そんな風に夜の路地を一人で歩いていた時の事。

 …不意に皮膚がぴりっとした。

 物理的に何かに触れて痺れたとかでは無く、もっと勘働きの範疇の事。何処か空気が研ぎ澄まされ冷たく張っていた、そんな感じだった気がした。
 けれどそのぴりっとした感覚は、すぐに和らぎ、消える。
 夜の闇に融け込んで、いつの間にやら何でもない気配に変わっている。
 …そういう気配には覚えがある。
 特定の個人がどうのと言うのではなく、そういう気配の操り方をするような人種に、と言う事になるが。
 まず、『本物』の荒事に慣れている奴――それも、特に隠密でのそういった仕事――例えば暗殺とか――に慣れている奴。その辺で誰彼構わず管を巻いて暴れるようなやくざな連中より余程修羅場を潜っているだろう――危険な、気配。
 恐らくは俺のような元々「そっち方面」に対しての勘がいい人種や――努めて「そっち方面」にアンテナを張っているような人種、もしくは奴自身と同じ人種でも無ければ何も感じないだろうと――ほんの一瞬でもぴりっとするような事も無いだろうと思える気配。ただ漫然と対峙しただけならば、きっとそこまで感じさせないような――ただ静かな何処にでもありそうな気配に過ぎない。

 …路地に居たのは、黒い着流し姿の男が一人。

 その男こそが気配の主とすぐにわかる。
 わかった途端、歩いていた男のその足が、不意に止まる。
 俺に気付かれた事に、気付いた。

「…どちらさんだい。おれに何か用かな」

 立ち止まった着流しの男は、振り返りもしないまま静かに響く声でこちらに向かってそう訊いてくる。
 その声の中、常人ならば気付かない程度の押し殺した警戒がある。
 声からして気配からして、こちらがどの程度己の気配に気付いているかすら、気付いている。
 手練と見た。
 …まぁ、その姿を認めて――気配もある程度読んでしまった以上は元々こうなる気はしていたが。最早隠れても仕方が無い――と言うか、こうなってしまえばわざわざ夜陰に身を隠したままでいよう、と予防線を張っている事自体が面倒臭いと言う部分もある。いやそもそもそんな事を是か非かと考えている事すら面倒臭い。
 俺は向こうの姿を何となくだが確認してしまっている。けれど向こうは違う。向こうにこちらの姿が見えない状態のままでは向こうが警戒するのもまぁ当たり前――あの場所から振り返ったとしても恐らくはこちらの姿は闇に紛れて見えない位置にある。そして男の方でも恐らくはその事に気付いている――気付いているから振り返らない。振り返る動作だけでも隙になる。振り返るその時の仕草や様子から新たな情報をこちらに与えてしまう事にもなる。勿論顔の造作も知らせてしまう事になる――この男は、それを避けている。
 そうする意味は、わかる。
 わかるが。
 それでもこのままでは――俺にしてみれば意志の疎通がし難い事甚だしい。俺としては基本的に言葉を発する事すら面倒なので可能な限りわざわざこちらから声を掛けるような真似などしたくない訳で、そうなると姿を見せた方が俺の特技――要は何も言わないままで考えを相手に伝えると言う事なんだが――も発揮し易い気がするからその方が意志の疎通は各段に手っ取り早い…と思う。
 …。
 考えているのが色々面倒になってきた。
 ので、男との話を円滑に進める為に向こうの視覚が利く程度にまでのんびり近付いて――姿を晒す事を選ぶ。
 俺が近付いてくる事を察し、着流しの男もやや警戒を強めつつ――やっとこちらを振り返っていた。
 向こうの顔も晒される。
 …別に知り合いでも無い。
 ただ、服装や佇まいからして何となくクールウルダの町でやり合った、袴姿の化物染みた奴を思い出した。…勿論そうは言っても、この着流しの男にはあれ程のとんでもなさは全く感じないけれど。それはこの男も油断しては痛い目を見そうな相手だとは思うが、だからと言ってあれと比べると数段落ちる。…あの時程の規格外なレッドアラームが頭にちらつく訳ではない。
 男の佇まいそのものに変化は無いが、こちらを見る目の底にある警戒は消えない。
 …今考えた事が伝わってしまったのだろうか。
 いや、そうでなくとも俺のこれまでの態度ではまだ警戒を解く要素は無いか。
 俺としては、敵意も害意も無いのだが。
 極力――と言うかそんな事すら面倒なので深く考えてもいないのだがとにかくのんびり近付きつつ、その事をわかってくれと思うだけ思う。

 俺はただ。
 …この着流しの男が俺の思ったような相手であればこそ、「何を持っているのか」が気になってしょうがないだけで。
 まるで手ぶらのような姿のその身に、隠し持っているその得物。
 ――――――武器。
 そう思い、茫洋と見ていてみると――着流しの男は訝しそうにこちらを見返してくる。一度警戒したはいいが、それ以上は俺の様子を判断し兼ねたらしい。何やら反応に困っているようなそんな態度。こちらの考えが伝わったのか伝わっていないのかはいまいち判断が付かない――どちらの場合でもこのくらいの反応はされそうな気がするのでまだ何とも言えない。
「…何か用があんのかって訊いてんだけどな?」
 少し声の調子が変わっている。…ほんの僅かだが険が取れたような気がした。
 よし。
 内心で頷いて――面倒なので実際には頷いていない――そのまま着流しの男のすぐ側、並ぶ程の位置にまで無防備に移動する。…この場合、警戒を見せたら却って警戒してくる相手である事はまず間違いないから警戒はしない。まぁ、必要が無ければいちいち警戒する事すら面倒臭いと言うのもあるのだが。そして今の状態のこの相手なら、まず警戒を解いて近付いても大丈夫なくらいは気配が和らいでいると見た。
 …この着流しの男、何と言うか、人間の範疇ならば第一級の危険な気配を持ってる癖に、それにしては何処か…妙にお人好しな部分があるような感じがする。こうやって他人に調子を崩される事も実は少なくないんじゃないかと思わせる。俺の見立てが合ってるか間違ってるかは知らないが、取り敢えず、今までこの手の見立てが外れた事はあまり無い。
 すぐ側まで近付くと、また着流しの男の姿をじーっと見る――見てしまう。
 …手ぶらのようには見えるが、あれだけの気配の操り方をして歩いている奴が素手と言うのはまず有り得ない――持っているのはまず暗器的な得物だろう。素手で戦う事を旨とする奴やら魔法的な戦闘手段を使うようなら得物も何も関係無い場合もあるが――こいつの場合は違う気がした。…何となくだが、身ごなしからして素手格闘を旨とする奴でも魔法的なものを使う奴でもない気がする。
 すぐ側まで近付いて男の様子が良く見えるようになると、更に興味が湧いた。
 着流しと言う独特の異界風な服装からして、まず長短の差はあれ浅く湾曲した細身な鋼の延べ板型の刀身に紐と皮で柄を巻いたもの――日本刀を腰に差しているのが一番オーソドックスな武装だったと思うが、この男はそんな装備をしている訳じゃない。
 何か武器のホルダーとかを腕やら足やら何処かに装着している可能性。…それも何だか無い気がする。服装がゆったりしているからそう見えないだけかもしれないが。…いやそうなるとあの服装は隠密向きに武装し易い服装って事になるんだろうか? …俺の考えも付かないような武器を持っている可能性。服装が異界風なら、武器も異界の物なのかもしれない。
 どちらにしろ、凄く気になる。
 …どんな得物を持っているんだろう。
 思いながら興味深く――きっと傍目には茫洋とに見えるだろうが――見ていると、着流しの男の方はいよいよ困惑したような様子でいた。
「…んだよあんた」
「…」
 あんたの持ってる得物が見たい。
「…」
 着流しの男は妙な顔をする。
 …どうやらこちらの真意がやっと通じたらしい。
 が、だからと言って着流しの男が俺の思う通りの人種であるならそうそう手の内を晒す訳も無い。人から改めて言われるまでもなく俺も俺で当然そう思っている。聞かれたからと言ってこんな通りすがりの相手に軽々しく手の内を教えて来るようだったらむしろその姿勢を疑う。…結構当てになる筈だった自分の感覚も疑う。…疑う事自体が面倒でもあるがこれは疑っておかないとこれからの生活そのものに関わる以上、疑わない方が後々余程面倒な事になるから疑う。
 …脱線した。
 ともあれ、そう簡単に見せてもらえるようなものではないとは思っている。
 けれどそれでも。
 こいつの持ってる得物が見たい。
 どんな形状の、大きさの、どんな物なのか。どんな使い方をするのか。
 使い方をちょっと見てみたい。
 …いや結構知りたい。
 その気持ちは無くならない。
 と、なると。
 面倒だが――また少し考えて動く必要が出てくる。
 この場で無意味に得物を使うところなど見れる筈も無いから。
 …だから、この着流しの男が得物を使うつもりだろうところまで同行したい。
 無言のままでそう伝える。
 伝わる。
 途端、着流しの男の目がすぅと細められ、冷たく底光りしたような気がした。
 ――――――得物が揮われるか、と反射的に期待してしまう。
 期待してしまうが。
 同時にそれもそれで面倒でもある訳で出来れば避けたいと思っている自分が居る。幾ら見てみたいからと言って自分自身がわざわざその相手をしたくはない。面倒臭い。嫌だ。
 そう思うのも当たり前で。
 …俺は元々、男の邪魔をする気は全く無い。
 もしこの着流しの男の暗殺標的が賞金首だったとしても――俺が取り敢えず狙おうとしていた賞金首の中の誰かだったとしても、奪い合うつもりは全く無い。…まだそこまで懐が切羽詰まっている訳でも無い。
 何なら協力してもいい。
 得物の方を――武器を、見せてくれるなら。
 もし俺にとって未知の武器だったりしたら、それだけでも報酬みたいなもんだし。
 勿論、誰にも言わない。
 と言うか、わざわざ人に言うなんてそもそも面倒臭い。
「…」
 俺の考えが通じたか――着流しの男は俺を見たまま動かない。
 剣呑に光る細められた目や態度そのものは変わらないが、少なくとも今すぐこちらに攻撃を仕掛けて来る様子は無い。
 …何だか呆れているような気もした。

 そのまま、暫し。
 やがて何も言わないそのままで、男は俺から視線を外して元の通りに向き直る。
 歩き出す。
 俺もそちらに付いて歩き出す事をした。
 途端、一瞬、着流しの男の足が止まる――止まるが、それで俺の方の足も止まったと見ると、結局またそのまま歩き出す。
 俺もまた歩き出した。
 …何も言っては来ないが、しみじみ意識されている気がする。
 それでも。
 付いてくるなと追い返すような事は言って来ない。…言っても無駄だと思われたのかもしれないが。
 まぁ、余計なやりとりをしなくていいなら、面倒が無くて楽でいい。
 俺はそのまま着流しの男に付いていく。

 が。
 暫くそのまま進んでいたが、不意に着流しの男の姿が消える――男の姿が家と家の隙間の脇道にふっと入ったかと思うとそちらの道を駆け出している――逃げている。俺は反射的にその姿を追いかけている――男はまた路地を曲がっている。また追う。…姿を見失う。ちょっと考える。…今の男が今の路地を歩いていた理由。元々近くに用があった筈。となると何だかんだ移動するにしても結局元の道に出て来そうな気がする。今入って来たこの辺りの細かい脇道が何処に繋がっているかの予測。…まぁ駄目元。殆ど勘の話。面倒ながらも色々考えながら走って先回り――と言うか、先回りしに行こうと幾つか路地を曲がり、別の道を走り出そうとしたところで――殆ど偶然で着流しの男とばったり行き合った。
 …結果オーライ。
 俺の姿を見つけるなり着流しの男は踵を返してまた来た道を走り出すが――俺としても今度はそう簡単に撒かれる気は無い。
 逃げる男に付いていく。

 …いいかげんそのままお互い走って後。

 漸く着流しの男は足を止めた。
 走る勢いをあまり殺さないまま転がるように壁に背を預けつつ振り返り、俺の姿を確認しつつ溜息を吐いている。
 …漸く、俺を撒く事を諦めたようだった。

 ほっとする。
 ………………これ以上やられたら、得物を使うところを見る為にこの男を追いかけたいと言う気持ちより、この男を追いかけ走る事自体に対する面倒臭さが勝ってしまうところだった。



 予想通り結局元の道に戻り、更に暫く歩いた先。
 着流しの男は不意に足を止め、立ち並んでいた街路樹の下でごく自然に佇むような様子を見せている。
 ここに来て漸く、着流しの男の方から声だけを掛けられた。
「…何のつもりか知らねぇが、邪魔だけはするなよ」
 言われ、頷く――いや実際に頷いてはいないのだが、気持ちの上で肯じるだけは肯じる。
 ただそうは言っても、約束は出来ないが。…まだ俺は男の標的がどんな存在であるか、知らない――ひとまず邪魔をする気は無いが、もし殺すべき人物じゃないと思ったなら、止めに入りそうな気はする。
 と。
 そこまで考えたところで、着流しの男はまた俺を振り返って来る。
 今の考えも伝わったらしい。
「なに、賞金首みてぇなもんさ。悪党って事に変わりはねぇ」
 言いながら着流しの男は袂から小物入れらしい獣皮の巾着と短めの筒袋を取り出している。そして筒袋の中から更に細い殆ど棒状の管――金属製の吸口らしいものと指の先程度の小皿がそれぞれ先端に付いた細長い竹製の管を取り出し、巾着の中に細い管の小皿側を突っ込んで何やらしていたかと思うと、今度は袂からてのひらサイズの丸い皿のようなケースを取り出した。
 蓋を開けたその中に細い管の小皿側を突っ込んだかと思うと、ふわっと煙が起きる。
 …その匂いが微かに鼻に届いて初めて、この男がいったい何をしていたのだかやっとわかった。
 煙草である。
 ………………ここでいきなり煙草?
 疑問に思いながらも、文字通り一服している着流しの男に倣い、俺も街路樹の幹に背を預けてひと休み。着流しの男はやや意外そうにそんな俺を見ている。が、すぐにどうでも良くなったのかまた煙草を吹かしている。
 そのまま、暫し。
 すると。
 道の向こうから少々酒が入っているような――連れ立って何処ぞで呑んできたような二人連れが歩いてきた。どちらもそれなりに腕に覚えはありそうな、鎧を纏った戦士の格好をした――ってあれ。あの片方…生死不問の賞金首として頭の中に情報置いといた奴のような気が。…いや、そうだ。間違いない。じゃあもう片方もそうなのか――いやこちらは取り敢えずすぐ引っ張り出せる位置に情報は無い。が、何だか顔を見た事があるような気がする…と言う事は、この状況を考えるにこちらもまた賞金首である可能性は高い。思いながら自分の頭の中、すぐに引っ張り出せないところに仕舞ってあるだろう情報まで面倒ながらも探ってみる。
 …。
 顔の造作。連れの賞金首と関係がありそうな立場の奴で誰か居たかどうか。
 探っている間に、着流しの男はごく自然に歩き出す。
 二人連れの歩いて来る方に向かって。

 ………………やる、と思った。

 思ったからひとまず動くのは止めた。
 街路樹に寄り掛かったままの状態で、茫洋と見ている事を選ぶ。
 …他でもない俺なので、その気で見ていても興味津々で見ているようにはまず思われまい。
 ただ一応、賞金首かどうかいまいち不明な方の奴に手を出された場合を鑑みて、己が装備している投擲用のダガーの位置を意識してはおいてある。…賞金首である事が確実な方はどうでもいいが、そうでない方は――確信が持てない限りは一応止めておきたい。
 いざとなったら、邪魔はする。

 着流しの男は喫煙具の管を咥えたままで二人組の片方――より近くを歩いていた賞金首の方と擦れ違う。全く何でも無いような、ただ同じ道を歩いていて偶然擦れ違ったような、そんな態度で。
 が。
 擦れ違った、途端。
 賞金首のその男は歩を進めるのを止めた。

 …わかった。
 何をしたのか。

 賞金首の連れの方は気付かず数歩歩き過ぎる。
 そしてこちらも、擦れ違ってから少し歩き過ぎた着流しの男は、喫煙具の管を指で抓んで口から離す。
 ふわっと煙が吐かれる。
 僅かな、間。
 その間の後かほぼ同時。
 いきなり歩くのを止めた賞金首の男に漸く気付き、連れの男も足を止め振り返る。
 振り返ったところで。
 賞金首の男の首の辺りから、噴水の如く勢いよく血が噴いた。
 …膝が力無くかくんと折れる。
 倒れ込む。
 連れの男はくずおれる賞金首の姿に目を見開き――同時に、何事も無かったよう煙草を吹かしている着流しの男の背を視界に入れる。入れたところで腰に提げた細身の剣を引き抜き、殆ど抜き打ちで着流しの男に斬りかかる――その時の癖のある挙動を見て、頭の奥から該当する情報が漸く引っ張り出せた。
 …やっぱりこいつも賞金首だ。
 思うのと同時に、着流しの男の邪魔をするのでは無くその逆、助ける為に反射的に投擲用ダガーを抜きかける――が、実際に抜く前に抜く必要が無い事にも気が付いた。
 背中を見せていながら着流しの男に隙は無かった。
 …あれは、わざと。
 見ている俺の判断と実際に起きた事柄は殆ど同時進行。斬りかかって来る剣の筋を読んで着流しの男はその身を翻し躱している。殆ど紙一重のその動きと次の動きに間が無い。躱したその動きのまま自分に斬りかかって来た賞金首の懐に飛び込んでいたかと思うと、その時にはもう賞金首の喉首はかっ切られている。
 一拍置いて血が噴き出た時にはもう、着流しの男は血を浴びてしまうような位置には居ない。
 着流しの男はまたふわりと煙を吐いている。
 喫煙具の管を咥えたまま何事も無かったように俺の居る方向に戻って来た。そして――俺の前まで来ても立ち止まらないでそのまま通り越していく。
 擦れ違い様に声を掛けられた。
「…これで満足かい?」
 まぁ、一応。

 …着流しの男が使っていたのは、剃刀だった。
 形としては手の中に収まってしまうようなサイズの小刀は小刀だったのだが、それにしても小さな、恐ろしく刃の薄い、やたらと切れ味の良さそうな――剃刀と言った方が早いような刃物。
 …ただ、それが何処から出て来たのかまでは見切れなかった。
 着流しの男が今手に持っているのは、てのひらサイズの丸い皿のような火種の入っているケースだけ。煙草入れと思しき巾着と喫煙具入れの筒袋の方は袂の中に戻していて、今の一連の行動中には触れた形跡が無い。他に一連の行動中触れたと言えるのは、今現在も咥えている喫煙具の細い管だけ。
 立ち止まりもしないまま、着流しの男は火種のケースを裏返して底をこちらに見せて来る。
 …納得。
 そこについ今し方揮われた剃刀の如き小刀が仕込まれていた。
 思わずじーっと見てしまう。
 細工が細かく丁寧で、一分の狂いも無く小刀が確り嵌め込まれている事に思わず感心する。しかも小刀の柄側が収まっている部分のさりげない細工が、ケースの裏から咄嗟に抜く時に抜き易くする為の工夫になっているような気さえする。
 実際手に取って見せてもらえればもっとよくわかると思うんだが。
 叶わないだろうなと思いながらも、思うだけ思ってみる。
 と。
 それが伝わったのかそれとも違うのか、着流しの男は不意に立ち止まる。
 俺の見ているその前で着流しの男はまたケースの蓋を開き、喫煙具の管の先端、小皿側を逆さにして軽く叩き付ける――それでケースの中に灰を叩き落としている。
 喫い終わったらしい。
 そして。
 火種と同時に灰皿でもあるらしいそのケースの蓋を閉じたかと思うと、着流しの男はそのケースをこちらに放り投げて来た。
 思わず受け取ってしまう――ちゃんと受け取れるような投げ方をして来た。
 少し驚く。
「…やるよ」
 さらりと言われ、更に驚く。
 こちらが驚いている間に、着流しの男は実際に咥えていた喫煙具の管の方を袂に仕舞いつつ、また何事も無かったように歩き出している。
 今度こそ、足を止める気配が無い。
 …どうやら、やるよ、と言うのは本気らしい。
 投げ渡されたケースを思わず見直す。裏返す――仕込まれた小刀もそのままである。まさかいきなりそう来るとは思わない。興味はあっても実際手に取らせてもらえるなんて思っていなかった。
 そのまま暫く見ていてしまう。

 ………………いやちょっと待った。

『あの男が持っていたのは、本当にこのケースに仕込まれた小刀だけ』だろうか。
 幾ら俺がしつこかったからと言って、あれだけで手の内を全て晒すとは思えない。…幾らほろ酔いな風だったとは言え、戦闘の素人では無い二人相手にあれだけの動きをする奴がそれは無いだろうと思う。
 何より、仕込みの細工物ごとあっさり俺に渡して平気なんて事があるだろうか。
 この状況下に於いては、得物の取り扱いは生命線になる筈である。
 …得物を手放した時点で、自分が害される可能性だってある。
 …得物が証拠にされて訴え出られてしまう可能性だってある。
 その程度の事に思い至らないような軽率な奴には見えなかった。
 なら。

 …。

 まだ、何か裏があって然るべきではなかろうか。
 プロならば余計。
 …と、なると。
 あの着流しの男はまだ何か他にも使える武器を――切札になるような物を他にも持っていたのかもしれない。…いやそもそも、このケースの仕込みはフェイクと言う可能性はなかろうか。この小刀で今の連中を殺した訳では無く、本当は全然無関係な――?
 ひょっとしたら、本当に使った得物の方を見逃した可能性があるのかもしれない。

 そこまで殆ど直感で思いながら慌てて――到底傍目にはそうは見えないだろうが――着流しの男が歩いて行った方向を追いかけるが、今度こそ着流しの男の姿は何処にも見えない。
 溜息――を吐くのも面倒臭いから実際には吐かないが、そんな気分で暫し佇む。

 ………………今日はもう仕方が無いが、また何処かであの男に会えるといいんだが。
 そう思いつつ、投げ渡されたケースに目を落とす。

 取り敢えず、預っておくか。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■3425/ケヴィン・フォレスト
 男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ

■NPC
 ■着流しの男(=夜霧・慎十郎)

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は【炎舞ノ抄】二本目の発注、有難う御座いました。

 で、ノベル内容ですが…全体的にやる気が無い雰囲気が漂っているケヴィン様にしてはあまり無い機会だったと言う事もあり、武器マニア全開(?)な方向が強くなっている気がします。結構殺伐としたシナリオの筈なのに結果として何故かほのぼのしたノベルになってしまっているような気がするのは…ライターの気のせいでしょうか。
 標的についてはどうしようか結構悩んだんですが…結局賞金首にしました。「殺すべき人物ではない場合」、の設定の方にして慎十郎と一手遣り合って頂こうかともちらっと思ったんですが…プレイングの雰囲気からして…慎十郎の方が調子狂わされそうに思いまして、それなりに平和的(?)な面識を持つ事になってます。
 そして結局一言も喋りませんでした。…何となく機会を逃がし。
 ちなみに具体名敢えて出しませんでしたが慎十郎が喫ってたのは煙管で、最後にケヴィン様に投げ渡された仕込みありのケースはぶっちゃけ携帯の煙草盆になります。

 何だか慎十郎にだまくらかされたようなそうでもないような微妙な終わり方になっているような気もするんですが…如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝