<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】茱・作薬











 姜・楊朱の洞は、獣道を抜けた先にあるという。
 明確な場所は教えてもらっていなかったが、風の噂で聞こえてきた仙薬を分けてくれる仙人が姜なのだろうと予想をつけて、千獣は獣道をただ無心に進んだ。
 瞬・嵩晃が言っていた。春になれば、と。
 逸る気持ちを抑えて、千獣は歩く。約束の地へ。
 また、あの幼子に、純粋な笑顔に出会えることを信じて。
 大きなシダの葉を避けて降り立った、開けた地。顔をあげれば、お団子の茶色い髪の少女が不思議そうに千獣を見返した。
 千獣よりも幾分か幼い風貌の少女は、はっと何かに気がついたように瞳を大きくして、
「あ、お師匠様〜お客様なのです!」
 と、洞の中へと走っていく。
 千獣はゆっくりと少女が走っていった背中を見つめ、洞の入り口を見つめる。
「客人がいらっしゃったのは分かりました。貴女は少し落ち着きなさい、狸茱」
 手を引いて、嬉しそうに飛んだり跳ねたりしている少女・狸茱に、静かに苦言を呈した主は、洞の入り口で立っていた千獣に視線を向けた。
「貴女は……」
 千獣の姿を見止めた姜は、一瞬眼を細めたが、すぐさま何時もの表情へと戻り、薄らと微笑む。
「こん、にち、は……」
 千獣は姜の視線を受けて、ちょこっと頭を下げる。
「話は、聞いていますよ」
 瞬は姜に頼んでおくといっていた、ならば、全ての話しが伝わっていると思っていい。
 一朝一夕で作れないものの一端を姜に頼むのだ。例え姜が訪れたものに仙薬を惜しみなく上げてしまうような仙人でも、理由もなしで引き受けたとは思いがたい。
 ましてや、あの瞬の頼みならば、尚更。
 中へと促され、千獣は姜の後を付いていく。
 洞の中は整えられ、織物がかけられた椅子に座るよう促される。
 言われるままに千獣は腰掛けるが、あの子にまた会える希望に、手先も足先もそわそわして落ち着かなかった。
「あ…あの…」
 瞬が言っていた宝貝はできましたか? できていますか?
 それだけのことを聞きたいはずなのに、千獣の口はうまく動いてくれない。
「…………」
 姜の凍えるほどの冷静な視線を受けて、千獣ははっと気が付き、問いかけた。
「…あなた、は、反対、しなかった…の……?」
 瞬でさえアレほど否定したのだ、姜も同じように感じ、瞬を責めたのではないか。そう思って。
「では、貴女は、反対したので出来ていませんと言って欲しいのですか?」
 姜の言葉に千獣は弾ける様に顔をあげる。
「そんな、こと……!」
 ない!
 けれど聞きたかったのだ。いや、聞かなければいけないと思ったのだ。
 そんな千獣に向けて、冷静な言葉が降りかかる。
「貴女の選択は間違ってはいなかったでしょうが、どうして了承したのです」
 貴女には何の関係も無いはずなのに。
 経緯は知ったが、それだけで、千獣が、形骸が朽ちた核に新たなる形骸を与える義理など無いと、思うから。
 変われたからだとか、かわいそうだからとか、そんな上辺の理由は要らない。
「痛みを受け入れることを決めた貴女です。思うところあるのでしょう。ですが、瞬憐ほど、私は甘くない」
 あれで、甘いと言うのか。
 砕けそうなほどの言葉をかけられて、試されて、それで尚、甘いなんて。
「…私…知って、もらい、たい」
「それは聞いています」
 姜は瞬がどこか明るく告げた言葉を思い出す。
『それだけで動けるなんて、人もまだまだ捨てたものではないね』
 託された“命”は、もしかしたらこの先の自分を予見していたのではないかと、勘ぐってしまう。
 姜は千獣を見遣り、薄く長く息を吐く。
「“命”は生きることこそが奇跡。貴女が核を“命”言うならば、途絶えた“命”を復活させることは、理に反すると思いませんか?」
「道具、と、して、見られ……無理、矢理、終わ、ら、された、あの、子、は、リの、中、に、居る……の?」
 理の意味が分からなかったが、人の生き死にに関する言葉なのだとは理解できた。
「………貴女は、私たちに近い存在かもしれませんね」
 姜の一瞬の沈黙の間を読めず、千獣は言わなければならないと、急ぐように言葉を続ける。
「それ、に、あの子、は、死んで、ない」
 核は壊さなければ死というものが訪れることはない。それを千獣が明確に理解しているわけではなかったが、温もりはなくても、それがあれば、生き続けられるのだということは理解した。
「貴女はその為に自らが痛みを負う責を担う覚悟をしたのですものね」
 千獣は頷く。それが、瞬が出した条件だったから。
「いいですか千獣。必要なのは自己犠牲ではありません。相手を思い、相手を気遣うことは尊いことでしょう。ですが、そればかりでは、共に行き分かち合う道を閉ざすのです」
「……?」
 言われていることが分からず、千獣は眼を瞬かせる。
 相手の気持ちを気遣える、それは“優しさ”と言うのではないのだろうか。
「そう、いつまでたっても平等に、対等に、同等になることができないのです」
 平等・対等・同列……。
 千獣は言葉の意味を考える。
 相手を平等に扱う。身分に対して無頓着な千獣に不平等という言葉はない。
 対等。良いも悪いもなく、真正面から向き合うこと。同等も同じ。
 全て、同じ。全てが同じ位置に立つことをさす言葉。
 痛みを引き受けることで、どうしてできなくなってしまうの?
 姜の言葉は続く。
「だから貴女は、痛みを引き受けるのではなく、痛みに耐え乗り越える術を、教える道を選ぶべきでした」
 相手に依存せず、それでも自力で立つ力を。それが例え辛いものでも誰かが側にいてくれるなら、その人のために頑張れる。
(私……)
 千獣の周りの大切な人も、自分のために千獣が傷つくことを嫌がる。ならば、千獣がこの子の大切な人になることができたら、きっと、責められる。
 分かっていたのだ。その可能性はもう考えていた。痛みを引き受けたことを、あの子が知ったら、どう思うか……と。
 口に出して言われて、初めて自覚した。
「瞬憐は、人には優しくない。だから、貴女にそのような条件を出したのです」
 身体を与えて欲しいと乞われた核が、少しでも幸せで辛さのない日々を送れるように。
「信じられませんか? 貴女は、貴女が育もうとしている核の強さを」
「あの、子、の、強…さ……」
 考える。いっぱい、いっぱい、考える。
 今まで感情のままに言葉を紡いできた千獣も、変わらなければいけないのかもしれない。
 想いだけでは、どうにもならない現実があるのだと。
 沈黙が流れていく。
「お師匠さま〜。桃様がお見えなのです」
 静まり返った場を壊したのは、たったと軽い足取りで場に現れた狸茱の言葉の言葉だった。
 狸茱と1テンポおいて洞に入ってきた桃は、入り口で軽く腰を折り、片手で拳を包むような敬礼の型を取る。
「あなたが今此処を訪れるのもまた、運命というものなのでしょうか」
 瞬が倒れたとき初めて出会った、瞬と縁がありそうな青年。
 そうか、桃(タオ)と、言うのか。
 不思議そうに顔をあげた桃の視界に、椅子の上で縮こまる千獣の姿が映る。
 瞬間、彼の顔が強張った。
「また貴様か……娘」
 吐き捨てるように言葉を零して、桃は千獣の横を通り過ぎる。
「何時もの、物を」
「ええ。分かっています」
 千獣に向かいに座っていた姜は立ち上がり、戸棚へと向かうと一つの壷を手にとって、桃に渡す。
 桃はその壷を大事そうに抱え、また軽く一礼すると急ぐように洞から去っていった。
 風の様に去る桃に、千獣は思わず椅子から立ち上がり振り返る。
 だが、その背中を見つめたまま、何も言えなかった。
 千獣はぎゅっと手を握りしめ、姜に弱々しく問いかける。
 黒い病気の灰を落とす村で起きた、一連の出来事、そして桃から言われた言葉。
「あの時、わた、し、どう、すべき、だった……?」
 瞬に言われたとおり、解呪に向かったことは、村を救う手立てとして間違ってはいない。
「桃が何を言おうとも、瞬憐は何も言わなかったのでしょう?」
 千獣は頷く。
「ならば、それ以上のことは何もありませんよ。そうですね…ただ、優先順位が自分よりも、あの土地だった。それだけのことです」
 姜は未だ動けぬ千獣の横を通り過ぎ、洞の入り口へと向かっていく。
「私に、答えを示しなさい、千獣」
 貴女にとって、育むということは、どういうことなのかということを。






















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】茱・作薬にご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
 す…すいません! 本当にすいません。ダメでした。いろいろと。この話だけで結論が出せませんでした。
 瞬との話しが生き返らせることに対しての覚悟ならば、今回はその後の覚悟を試す話かもしれません。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……