<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


蒼玉の円舞曲 sapphire-waltz












「お前!」
 突然腕をつかまれ、怪訝そうな面持ちで振り返る。
 そこに立っていたのは、見ず知らずの少年。――いや、多分、声質からして少年だろう。
 少年は、足元まである長いマントを羽織り、深く被ったフードで顔も分からない。
 けれど、そのきつく引き絞った口元が、冗談でも悪戯でもないと告げているように感じた。
「お前から奴の気配がする……遭ったな! 奴に!!」
 彼が言う“奴”という存在が誰かは分からず、思わず問い返す。
「……そうか、シラをきるのか。奴に手を貸しているのは、お前か!」
 少年は間合いを取るように飛びのくと、蒼色の宝石がついた杖を自分に向けてきた。
「消え去れ…!」
 リボンを編むように、一瞬にして自分を取り囲む方陣。
 流石にコレはやばいと思った。


















 囲まれ、頭のどこかがやばいなぁと認識しつつも、何時もと変わらない表情で、キング=オセロットはやれやれと懐から煙草を取り出す。
 火をつけようとマッチをこするが、何故かしけっているらしく、火をつけられない。
 オセロットは尚深く息を吐くと、杖をかかげる少年を見据え、
「……短気は損気……と言うが、少々短気すぎはしないかな?」
 フードに隠れ少年の表情は読み取れない。けれど、唇はきつく閉ざされたまま。
「…………」
 方陣の一つが、オセロットに向けて衝撃を放つ。
 それを軽いステップで避けると、オセロットは少年を睨みつけて告げた。
「私は奴とは誰かと聞いたが、会ってないとは一言も言っていない」
 びくっと少年の動きが止まる。
「これでも冒険者でね。真っ当な者にも真っ当でない者にも、たくさん会っている」
 動きは止まったが、少年はオセロットを検分しているように見えた。
 信じるに足る人物か。それとも、消し去るべき人物か。
 いや、これさえもまた新たなる手かもしれない。
「………芸が増えたな」
「ん?」
 少年のあまりにも小さな呟きを聞き取れず、オセロットはつい聞き返すが、答えが返ってくるはずも無く、少年は代わりとばかりに、激昂を通り越したかのような冷静すぎる静かな口元で沈黙を貫いた。
 オセロットはまた長く薄く息を吐く。
「信じる、信じないはあなたの自由だが、ただ私にはあたなが言う奴だけでは、心当たりがありすぎて誰のことかわからないと言っているだけだ」
 そう、捕まえられた者、逃がした者、逃がされた者、これまでオセロットにとって“奴”と呼べるような誰かは沢山居た。
 今の目の前に敵意むき出しの少年のように、自分に友好的な出会いばかりではなかったなと、客観的に思いつつ、やはりこうして事を構えるような出会いもあったと他人事のように思う。
 ただ言えるのは、初めて会った少年が言う“奴”と、今まで自分が出逢った“奴”を繋げるには情報が足りなさ過ぎること。
「それに、その様子では奴とやらに何か因縁があるようだ。消え去れとは勇ましい言葉だが、私が奴とやらに会っていたら?」
 少年の肩がびくりと震える。情報を幾らでも欲していることも、その欲した情報の相手を憎んでいることも、この短い遣り取りだけで理解できた。
「あなたにとっては因縁の相手との手がかりになると思うが?」
「…それが、お前の手か?」
 少年の確認するような言葉を無視して、オセロットは畳み掛けるように言い募る。
「ここで私を消し去れば、同時に手がかりも消えてしまうぞ」
 この言葉に、少年はぐっと息を呑み、唇を噛み締めた。
 オセロットは、触れれば蒸発してしまいそうなほど発光している方陣を流し見て、本日何度目かのため息。
「……まぁ、物言わぬ私から記憶を読むとか何とか、そういう芸当が出来れば別かもしれないが……」
「お前、まさか、本当に―――」
 多少狼狽しているような少年の声音。組み上げられている方陣が一瞬乱れる。
 だが、まだ。まだだ。まだ信用は出来ない。
 しかし、殺したいならいつでも殺せと言われているように感じて、少年は、いつでも応戦できる態勢で構えていた杖を解き、フードの奥で光るその蒼い瞳で、オセロットを真正面から見据えた。
 オセロットは多少警戒が解けたことに、内心やれやれと微苦笑を浮かべるが、まだ方陣は解けていない。それを見遣り、まだ少年にはオセロットが何かしたら攻撃する意志があるのだと悟る。
 どれだけ用心深いのだろう。その用心深さは感嘆に値するが、自分に向けられているとこれほどに煩わしいものとは思わなかった。
「ひとまず、情報交換といかないかな? お互いにとって、有意義な時間になると思うが」
 無言。
 この程度の遣り取りでは、少年に自分が“奴”の仲間ではないと思わせることは難しいらしい。
 当たり前か。と、オセロットは独りごちる。
「不安に思うなら拘束でも何でも。好きにしたら良い」
「そうさせてもらう」
 それは即ち、オセロットの周りの方陣が解けることは無いということ。
 疑われたままというのは甚く不愉快だが、少年にとって憎むべき相手の仲間と思われているのだから、仕方が無い。
「名を知らないでは不便だな。名前を教えてもらえないだろうか」
「断る」
 即答と言うべき速さで帰ってきた拒絶の言葉に、オセロットは瞳を瞬かせる。だが、すぐさま自分のペースに戻ると、自分の名前はオセロットだと少年に告げた。
 それでも少年は自分の名を名乗るどころか、気安くヒトに名を教えるなと言う始末。
 お前や君やあなたでは、不便だろうと思うのに。
 ただ、こんなことを言い合っていても不毛なだけで、オセロットは本題に戻すために尋ねる。
「あなたが言う奴とは?」
「ムマだ」
「ああ」
 それは、最近白山羊亭に出された依頼のターゲット。
「無作為的廃人化の犯人と言われている、あの夢魔か」
「どのムマかは知らないが、その廃人は、奴に喰われたな」
 どうも夢魔の発音に少々の違和感を覚えるが、激しく気になるほどではない。
「お前は、奴に遭っている。どこだ」
 遭っていると言われても、実のところよく分からないというのが現実だった。
 自分は廃人になったわけでもない――実際廃人になっていたらここにはいない――し、少年は夢魔の外見的特長をまだ話してくれていない。
「あなたが探す夢魔は、どんな姿をしているのかな?」
「特定の姿は無い。奴は、お前の記憶と想いからその姿を取る」
 記憶と想い…最近起きた不可思議な出会いをオセロットはふと思い出す。
 あぁ、やはり、彼は偽者で、しかも夢魔か。
「それならば…ああ、確かに、私は遭っているかもしれない」
 エルザードの街中で、死んだはずの幼馴染の彼の姿で、まさに本人と間違えてしまいそうなほど、精巧に出来た偽者。
「それは、奴に対する正しい認識と言える」
 親しい者の姿で現れるということは、相手を動揺させたり、手の平の上で転がすには最適な姿。しかも、確実に偽者だと認識させるようなボロを出すことが無いため、自信を持って言われてしまうことのほうが逆に怪しい。
「……あんたが無事で何よりだ」
 オセロットの呼び名がお前からあんたに変わっている。
 小さな変化ではあるが、彼にとって何かが変わったのは事実。
 四散する方陣。やっとオセロットに自由が戻る。
 疑いが解けたのだ。
 暫く硬い瞳で無言のまま見詰め合っていたが、ふっと視線を逸らし口元を緩めたのは少年だった。
「サック」
「ん?」
「オレの名だ」
 フードの隙間から見える銀糸の髪。太陽を遮断したそれは酷くくすんで見えた。
「取り逃がした獲物にまた喰らいつくとは思えないが、気をつけろ」
 奴は気紛れだから。
 少年――サックはそれだけを言い捨て、軽く膝を折ったかと思うと、一瞬にしてその場から消え去った。
 出会ったことがあるだけで、交換する情報の手札が無いことに、オセロットはサックが消えた空を見つめる。
 暫くそうしていたが、無意味だと悟り、瞬きと共に視線を戻す。そして、思い出したように煙草を取り出した。
「…………」
 だが先ほどマッチがしけって火がつかなかったことを思い出し、そのまま懐に仕舞いこむ。しかし、物は試しにと火をつけたマッチは、勢いよく燃え盛った。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回蒼玉を選択されましたので、蒼玉の円舞曲 sapphire-waltzとなりました。
 どちらも情報が欲しい腹の探りあい的な部分があったので、明確なほどの情報交換までは至りませんでした。
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……