<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


蒼玉の円舞曲 sapphire-waltz









「お前!」
 突然腕をつかまれ、怪訝そうな面持ちで振り返る。
 そこに立っていたのは、見ず知らずの少年。――いや、多分、声質からして少年だろう。
 少年は、足元まである長いマントを羽織り、深く被ったフードで顔も分からない。
 けれど、そのきつく引き絞った口元が、冗談でも悪戯でもないと告げているように感じた。
「お前から奴の気配がする……遭ったな! 奴に!!」
 彼が言う“奴”という存在が誰かは分からず、思わず問い返す。
「……そうか、シラをきるのか。奴に手を貸しているのは、お前か!」
 少年は間合いを取るように飛びのくと、蒼色の宝石がついた杖を自分に向けてきた。
「消え去れ…!」
 リボンを編むように、一瞬にして自分を取り囲む方陣。
 流石にコレはやばいと思った。










 方陣から感じる気配がとても自分に近しいような気がして、シルフェは頬に手を当てたまま、少年にゆっくりと視線を移動させた。
 少年はぐっと唇を引き絞り、フードで隠れた瞳からシルフェをじっと睨みつけている。
「どなたのことを仰ってらっしゃるのかわかりかねます。これはこのままで結構ですから、お話をしませんか?」
「お話……だと?」
 見えない少年の瞳に剣呑とした色が浮かぶ。
「そうか、それが今回の手か」
 その手には乗るものかと、少年は口元を自嘲気味に釣り上げる。
 どうやら奴とは何度も会っているようだ。
 シルフェはそんな少年に不思議そうに小首をかしげるも、やはりお互い――もしかしたら一方的かもしれないが――名前を知らなければ不便だろうと、
「わたくしシルフェと申します」
 と、軽く腰を折る。
「お前…アホじゃないのか?」
 呆れを含んだ余りな物言いにも、シルフェは笑顔で返す。
「名前を名乗ることは、悪いと思いませんよ」
 どんな理由で、その内容が一方的であろうとも、少年は自分のことを疑っているのだから、名を知ってもらい、少しでも信頼して欲しいと思うのは道理。
「それに、奴と仰る方は存じませんけれど、おかしな方にはお会いしましたし」
 少年にとって“奴”を見つけることこそが全て。シルフェが出遭った“おかしな方”に興味などない。
 けれど、お互いがお互い抽象的な物言いで相手を示していては、例え出遭っていたとしても情報がかち合うことはない。
 シルフェにとって少年の言う“奴”が誰のか分からないのと同じように、少年にとってシルフェの“おかしな方”が誰なのかは、分からないのだから。
 ただ一つ違うとすれば、シルフェにとって“奴”はその“おかしな方”だったのに対し、少年はまったくの別物として捉えているということだった。
 心中、戯言は如何でもいいと思っていても、少年がそれを表に出すはずもなく、シルフェはそんな様は全く無視して思い出したかのように言葉を続ける。
「わたくしも気付かなくて。よく知る方の姿でしたもの」
 エルザードで共に過ごした短い邂逅。まるで一時の夢のようなそれに思いをはせる。
「そう、すぐに大人になってしまわれた、けれどわたくしにとっては子供、の、よう…な……」
 置かれている立場というものをまるで気にせず、流暢に喋り続けていたシルフェの口調がどんどん歯切れの悪いものになっていく。
「……わたくしに、とって?」
 思い返してみる。姿もその知識の殆ども、シルフェが楼蘭で子供から大人に至るまで、時々共に過ごした宝貝人間のものだった。
 大人に成長した彼は、その見た目に沿うようにちゃんと精神の成長も果たしていた。それを少し寂しいと感じていたのは、紛れもない事実。
 もう少し、無邪気に楼蘭――世界を見ながら成長しても良かったと思うのに。
 生き急ぎ過ぎている養い子。
 シルフェと違い、今の姿で永の時を生きる彼は、世に生れ落ちた年齢だけを考えれば、やっと立って歩き言葉を覚えたくらいの年だというのに。
「…あぁ、そう、そういう…」
 望んでいたのかもしれない。
「わたくしの知る方の姿をなさった、わたくしの中の母のような気持ちに合わせた振る舞いをする、そういうこと。ふふ」
 この世に生れ落ちた時から、6歳児程度だった彼。もう少し手をかけて、ちゃんとした成長を見たかった。
 それなのに―――
 シルフェは尚微笑を深める。
 その気持ちを、きっと利用されたのだ。
 桃と過ごした記憶。桃と交わした会話。その全てを投影し、反響させ、知らず知らずのうちにそこに桃が居ると思わされた。
 そういうことなのかもしれない。
 大切な人との記憶をまるで何も知らない存在に利用されるのは、大事にしている宝箱を勝手に荒らされるようなもの。いい気分ではないが、それだけシルフェが桃のことを思っているということにもなる。
 カラクリが何となくでも分かってしまえば簡単なもの。
 けれど、いつか本当に、共にこの地に足をつけられればと、そう願う。
 一人納得したように笑うシルフェを、怪訝そうな眼差しで見据える少年。
 簡単に言えば、値踏み…しているのだろう。
「攻撃、されないのです?」
 落ち着いた微笑みで告げたシルフェに、少年はフードの下の眼を細める。
 だが、無言だ。
 シルフェは尚も気にせず続ける。
「お探しなのは夢魔と噂されている方?」
 最近の記憶の中で、解決していない騒動の発端にありそうな人物というと、先日白山羊亭に依頼が張り出された夢魔捕獲依頼くらい。
 少年の口元がきつく引き絞るように閉じられる。
「それとも、わたくしがお会いした方?」
 大切な人の姿をしたおかしな人。
 シルフェは思案するように頬に手を当てて、虚空に視線を泳がせる。
「お探しの方の特徴や、そうですねえ、能力といったものを教えて下さればわたくしも記憶を辿れますけれど」
 にっこりと微笑んだその瞬間、少年が低く呟いた。
「…そんなの、お前のが良く知ってるだろ」
 杖の構え方が変わる。
「オレは奴としか言っていないのに、まるで来る事が分かっていたみたいじゃないか」
 突然の攻撃態勢だったため、熱くなっているかと思いきや、少年は冷静に自分の言った言葉を記憶し、どう返すか見定めていたのだ。
 まさかそうくるとは思わずに、シルフェは心持早口で否定する。
「いえ、わたくしはただ、最近出遭ったおかしな方が、そのお二方だったものですから」
 実際、夢魔はただの口伝えで、会っているのはおかしな桃なのだけれど。
「被害者面すんの止めろ」
 少年の言葉を先日の自分の状況に当てはめるなら、あの桃は何かしらシルフェに害をなそうとしていたのだと簡単に予想できた。
 けれど、その事実さえも、少年はもう演技だと思っている。
「その余裕ぶった態度……」
 何か言いたげに口を開いていたが、少年は舌打ちするとそのまま口を噤む。
「まぁいい。奴は今、何処にいる」
「あなたが、探してらっしゃるのは夢魔でよろしかったのですね」
 シルフェが再度確認のため問いかけるも、結論を出した少年が聞く耳を持つ事はない。
 構えを変えた杖に呼応するように、取り囲む方陣が青白く光りだす。
 どうしましょう。とシルフェは呑気に考えつつ、来るかもしれない衝撃に思わず瞳を閉じる。
 が、
「…?」
 その衝撃は来ることもなく、ゆっくりと少年が立つ場所へ視線を向ければ、紅い宝石が付いた杖を持つ同じマントとフードが増えていた。
 二人は何事かボソボソと話し合い、蒼い宝石が付いた杖を持つフードはシルフェを一瞥すると、悔しそうに歯噛みして連れ立つように走り去る。
 九死に一生とはこのことか。
 けれど、少年に誤解されたままだということが、やはり少々気になった。






























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回蒼玉を選択されましたので、蒼玉の円舞曲 sapphire-waltzとなりました。
 申し訳ないです。題名的にPLには流れだと分かりますが、少年にとっての奴と繋がる材料が無いため、独り言的に名が出るならば良かったのですが、ピンポイントで言い当ててしまうと逆に怪しいという結果になりました。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……