<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【WD2009】ホワイト・オーケストラ

□Opening
 上品なスーツを着込んだ紳士。
 ルディアは、男を見てそう思った。
「つまり、楽器を探して欲しいってことだね?」
「ええ。ここに来れば、依頼を受けていただけると聞きました。私の名前はギリア。探して欲しい物は、ヴィオラのジュスティです」
 水を一口飲み、男は話を続ける。
「私達は、女性への感謝を音楽にするオケのメンバーです。そう。ホワイトデーに演奏の依頼がぎっしりと詰まっているんです。けれど……私の相棒、ジュスティが突然居なくなってしまい……。子供の歌声が好きな彼女です。最初は、ふらふらと気になった物に近寄って行っただけなのかも……。困りました。彼女と合流できなければ、オーケストラに穴を開けてしまうことに」
 話を聞きながら、ルディアはいくつも疑問が湧いてきた。
「えっと、楽器を探すんだよね?」
「はい」
「ジュスティって、誰?」
「ですから、ヴィオラのジュスティです。彼女は人間に擬態できるのです。体調を自分で管理し、向かい合う人の気持を感じ取って音を出す。優秀な、私の相棒です」
 ああ、なるほどと、ルディアがようやく相槌を打つ。
 つまり、楽器が人間に化けてさ迷っている、と。
「彼女はおっとりとしていて……。優しい人ですが、それだけに心配です。もし、悪漢に襲われでもしていたら!! ああ、ジュスティっ」
 どんな想像をしたのか。男は、ぶわっと滝のような涙を流し、ルディアの肩を揺さぶった。
「あ、うん。そうだね。すぐに探した方が良いね。で、そのジュスティの特徴を教えてくれる?」
 男の手から逃れ、ルディアは無理に笑いを浮かべる。心の中の評価が、紳士からただの男に変わった。
「特徴は……。髪は赤から黄色のグラデーションで、腰までのストレート。見た目は20歳くらいです。そして、真っ白な服を着ているはずです。好きな物は、子供の歌声や鳥の鳴き声。苦手な物は湿気と不協和音。昨日聖都に来たばかりです。まだ道も分からないはず。どうか、よろしくお願いします!」

□01
 話を聞いた千獣は、少しだけ、不安そうに小首を傾げた。
 小さな鳥の声、さえずりを、遠く離れた場所から正確に聞き分ける事は……、自分には多分無理だ。ある程度、聞こえはするけれど……。
「……その、人、匂い……する、の、かな……?」
 鳥の鳴き声が駄目なら、匂いを辿れば良い。
「ふむ。匂いですか……」
 ギリアは、ちょっと考えて首を横に振った。
「彼女は、あくまで擬態しているだけですから……。生きた生物の匂いは、しないかもしれません。いえ、私も詳しく嗅いだ事があるわけではないので、分かりませんが」
 言葉を切り、何だか頬を赤らめる。
 しかし、千獣の純粋な視線に気が付き、ギリアはきりりと表情を引き締めた。
「あ、いえ。匂いと言えば……、これはどうでしょう?」
 取り出したのは、手のひらサイズの物体だ。茶色く透き通ったそれは、上品な石鹸を連想させた。ただ、もっと硬そうだし、匂いが全く違う。
「……これ、は?」
「松脂です」
「まつ、や、に?」
「ええ。ヴィオラの弓の毛に塗る油です。松の樹液を固め、油も配合しています。この松脂は特別生産品なので、同じモノを持っている人はそういないと思います。どうでしょう、この匂いなら、彼女にも付着しているはずです。ただ、そんなに大きくは匂わないと思います。私が全く気付かないほどですから」
 ぽっと、またギリアが頬を染める。
 千獣はその様子を気にする事も無く、布にくるまれた松脂を受け取った。

「ふむ、言うなれば動器精霊の方のような感じだろうか」
 アレスディア・ヴォルフリートは神妙な表情で腕を組んだ。
「動器精霊?」
「道具などが長い年月の間に魂を持ち変化したものだが」
「ああ、なるほど。魂が宿っている、と言う意味では、そうですね。概念は同じだと思います。ただ、ジュスティは最初からジュスティだった気もしますが……」
 ともあれ、ギリアはとても困っている様子だった。
「その方を探せば良いのだな? 了解した。引き受けよう」
「そうですか! ありがとうございます。よろしくお願いします」
 少しだけ、安心したようにギリアが表情を緩ませる。
「まず、あなた方がはぐれたところを教えてくれぬか? そこを起点に探し始めよう」

「そうだな、ここ、白山羊亭ではないのだろう? 見失った地点から探そう」
 その時、ジェイドック・ハーヴェイが現われた。
 丁度、同じように考えていたのだろう。アレスディアの言葉を継ぐように、ギリアに話しかける。
「あ、はい。貴方も、ご協力していただけると?」
「バレンタインにしろホワイトデーにしろ……誰からもらうでもなし。さほど縁のない身ではあるが、女性への感謝の音楽、と言われれば、男として手伝わないのもなんだ」
 俺も手伝おう、と、ジェイドックは頷く。
 そこで、ジェイドックの話を聞いていた千獣が不思議そうに彼を見上げた。
「縁、が、ない……?」
 どうして?
 と。
 とても純粋に、まっすぐで真摯な瞳で、ジェイドックを見る。
 いや、この見た目だし、とか、ちょっと運がないのかな、とか、色々言わなければならないのだが、少女の純粋な心を手折ってしまいそうな不安にかられた。
 ジェイドックは――ここで、怒鳴ったり不機嫌になったりしないのがお人よしの証拠なのだけれど――、助けを求めるようにアレスディアを見た。
「どうしてって、アレだよな?」
 しかし。
 アレスディアは、非常に何の驚きもなく、真剣に真顔でこう切り返す。
「? 縁がないとは、何故だ?」
「……いや、いいんだ。なんでもない」
 結局、ジェイドックは、とろんと半目になりながら諦めたように手を振った。

□02
 ギリアの案内により、一同は天使の広場へとやってきた。
「ここで、演奏会の事前情報を集めていたんですよ。どうしても、皆さんの反応が気になりますからね。けれど、私が気付いたときにはヴィオラケースが空だったんです。内側から開けたようで、さらわれたとか持ち去られたとかではなくて……」
 ジュスティがいなくなった時の事を思い出したのか、ギリアは顔を曇らせる。
 いつも通り、天使の広場は沢山の人で賑わっていた。なるほど、情報は入るだろうけれど、一度人ごみに紛れたら行方を追うのは難しいかもしれない。
「子どもの、歌声、鳥の、鳴き声……が、好き、で……湿気…… と、ふ、きょう、わおん……? が、嫌い……なん、だよね……?」
 辺りを慎重に確認していた千獣が、最後の確認を行う。
 ところで、フキョーワオンとは何だろう。聞いた事のない言葉だった。何か、独特の匂いのお香だろうか。まぁ、何となく分からないところもあるけれど、わかりました。
 千獣は匂いを追いながら聞き込みをするつもりだ。
「私も、聞き込みからはじめよう」
 幸い人通りは沢山あるのだし、と、アレスディアは言う。
 しかし、ジュスティがいなくなってから時間が経っている。彼女の特徴を話しても、成果は得られないかもしれないが……、その場合には、歌声や鳴き声の情報を辿り探してみよう。
 ある程度まとまった時間、声を聞いていられる場所というと……公園で鳥の鳴き声、とかだろうか……? 近辺に公園がないかも、気を付けるつもりだ。
「……念のためだが」
 同じく、ジュスティの特徴から聞き込もうとしていたジェイドックだったが、ふと足を止め、裏路地に視線を向ける。様々な情報が集まる場所には、それなりに治安の悪い場所も生まれる。華やかな広場の大きな道を一つ外れると、ガラの悪いゴロツキがたむろしているのだ。
「俺は、あっちを探すぞ」
 あっち、と、ジェイドックが指を指した方を見てアレスディアが足を止めた。
「ふむ。裏路地は、湿気が多いと思うが」
「いなければいないでいいが、万一、そういう場所に迷い込んでいたらまずいからな」
 なるほど。
 同じような聞き込みを二人でするより効率が良いかもしれない。アレスディアはそれ以上何も言わず、頷いた。
 連絡係として広場にギリアを残し、三人はそれぞれ行動に移った。

■05
 他の二人が大きな通りを聞き込むというので、ジェイドックは安心して薄暗い路地を探索していた。
 大通りを一つ外れただけで、いかにも胡散臭い連中がたむろしている。そんな連中を捕まえて話を聞いたが、『知らねぇよ』『分かんねぇよ』そんな言葉しか返って来ない。
 これは、胡散臭い場所はハズレだったか。そう思いはじめていた時に、二人組に出会った。
 路地の隅に身を寄せ合うように座りこむ。辛気臭い表情で見上げてくる。どこにでもいるようなチンピラだった。
「白い服の女性を知らないか?」
 ジェイドックは、この辺りの流儀に則り腕組みをしながらも、比較的丁寧な言葉で聞いた。
「知らねぇな」
「そうッす。赤い髪とか、俺達関係無いッす」
 それぞれ短い言葉を発しながら、ジェイドックを睨みあげてくる。目を見開き口を半開きにした、メジャーな威嚇の手段だ。
「…………」
 赤い髪、か。まだ、そんな事は聞いていない。男達の言葉を聞き、ジェイドックは黙ってリボルバーを手にした。わざと残弾を確認し、ゆっくりと安全装置を外す。ぱん、と。上空にむけて実弾を発射した。
 それから、ゆっくりと銃をホルスターに戻す。
「なるほど、それで、彼女をどうした?」
 とても穏やかに、何もなかったように、ジェイドックは再び男達に顔を向けた。
 一方。
 男達は、あまりにも静かなジェイドックの様子を、ぽかんと見ていた。それから、青ざめ、互いに目配せをする。
 ほどなく、そのうちの一人が、悔しそうに地面に拳をぶつけた。
「畜生!! 畜生!! 今日は厄日かッ!!」
「アニキッ! しっかりするッす」
 アニキと呼ばれた男が、ふっと肩の力を抜き、諦めたように話し始めた。
「ああ。そうさ。会ったよ、赤から黄色の髪の女だろ? あいつ、普通じゃねーよ!」
「……」
「青い花の実はどこにあるかって、声をかけてきたのはあいつのほうだぜ? 俺は、案内し終わった後、あれやこれや楽しもうと純粋な下心から、女を露店に案内してやったぜ」
「そうッす。俺達は、ほんの少し女を弄ぼうとしただけなのに! あの女は、俺達の目の前で、露店の青い花の実を両手いっぱい抱えて立ち去ろうとしたッす。物凄くあからさまな万引きッす。俺達が店主に袋叩きにあったッす。身ぐるみ剥がされたッす」
 男達は、非常に身勝手な事を口走りながら滝のような涙を流す。
「俺は、そこまでコケにされて黙っているほどお人よしじゃねぇよ。すぐに女を捕まえて、腰が立たなくなるまで楽しもうとしたんだ。そうしたら、あの女――! 俺に向かって『ごめんなさい、私、同じ種族の方としか触れ合えませんの』だとか『貴方とは……、生態的に無理です』とか、言いやがって――! 俺が! 人間じゃないほどブサイクだって言うのか? いや、そうに違いねぇ。いつもそれで、ふられて。ぐす。俺は、こんな顔で生まれてきちゃってよ……。うぉぉぉおおお。おかーーーちゃーーんっ」
「酷い事もあったもんッす。とても純粋な瞳だったッす。全く悪びれていない目だったッす。酷く心をえぐられたッす」
 おうおうと、男達は泣きじゃくる。
 何だか……。男達がとても気の毒な気がして来た。確かに、純粋な瞳、全く悪気のない言葉は、時に鋭い刃となる。何となく、同じような経験をしたばかりのジェイドックは、怒る気が失せて、とろんと目を半開きにした。
 男達にジュスティの行方を聞いて、その場所へ向かう。
 彼らの事は、放置する事にした。

□06
 日が傾きはじめた。
 赤く染まる空に、赤と黄色の髪が栄える。
 ジュスティは、広い空を見上げていた。
 最初に彼女を見つけたのは、千獣だった。公園から匂いを辿り、空から見つけたのだ。
 ジュスティは、青い花の実を美味しそうに食べていた。
 ふわりと、千獣が彼女の目の前に降り立つ。
「……、ジュシュティ、……?」
 呼ばれて、ジュスティはゆっくりと千獣を見た。
「はい。ジュスティは私の名前です」
「あ、の……。ギリア、が……待って、る、よ」
 真っ白の、ドレスだ。にこにこと笑顔を浮かべるジュスティを見ながら、千獣はぼんやりとそんな事を思った。
「まぁ、ギリアが……。あら、そう言えば、ギリアがいませんわ……。彼……どこに行ってしまったんでしょう?」
 今初めてギリアの存在を思い出した。ジュスティはそんなそぶりを見せ、きょろきょろと辺りを見回した。
 どこに行ってしまったんでしょうと聞かれても、どこかに行ってたのはジュスティなのに。それを上手く説明できず、千獣は言葉を探した。
「ギリア殿なら、天使の広場で貴方を待っている」
 そこへ、アレスディアが現われた。
 青い花の実の露店商を発見し、その辺りの聞き込みからジュスティを見つけたのだ。
「まぁ、天使の広場で! それはご丁寧に、有難うございます」
 ぺこりと、ジュスティは頭を下げる。
 ふわりと微笑むその様は、なるほど、見ているこちらまで笑顔になりそうだ。
「結局、全員同じ所にたどり着いたのか」
 最後に、ジェイドックも到着する。可哀想なチンピラから、ジュスティの行き先を聞き出したのだ。
「まぁ。まぁ……まぁ、まぁ、まぁ!」
 ジェイドックの姿を見たジュスティは、くるくると彼の周りを回った。そして、ジェイドックをびしりと指差し、感極まった声で、こう叫んだ。
「トラさんですわ!」
 きらきらと目を輝かし、背伸びしてジェイドックの頭を撫でる。しばらくしたら満足したのか、そっと青い花の実を差し出した。
「これを、お食べになりますか?」
「……いや、俺は獣人であって、そもそも野生の虎ではないのだが……」
 て言うか、気付いて二足歩行……!
 良いようにされるがままになっていたジェイドックは、遠慮気味にそう告げる。
 すると、たちまちジュスティは、大変失礼な事をしてしまったとよろめいた。ほとほとと両目に涙をため、項垂れる。
「ご、ごめんなさい。私、私……酷い事を……」
「だい、じょ、う、ぶ」
 今度は、千獣がジュスティの頭を撫でた。
「ジェイドック、は、恐く、ない、よ?」
 全くフォローになっていなかったけれど、精一杯、千獣の慰めだった。
「何だろな、この寸劇」
 やれやれと、ジェイドックは肩を落とす。
 すると、アレスディアは、本当に真顔で、感慨深くジュスティを見た。
「そうだな。ジュスティ殿と打ち解けたようで、何よりだ」
 それも、何か違う気がしたけれど、ジュスティが無事で良かった。きっとそうだ。そうに違いなかった。

□Ending
 そろそろ夕日が沈む頃、ギリアとジュスティはようやく再び会う事ができた。
「ジュスティ、よく無事で! 探しましたよ、どこも怪我はありませんね?」
「まぁ、ギリア。泣かないで。迷子になったくらい、オケのメンバーには内緒にしておきますから」
 微妙にかみ合っていない会話だったけれど、二人はひっしと抱きあう。
 千獣、アレスディア、ジェイドックは、その様子を見ていた。
 ふわりと、ジュスティのドレスが揺れる。
 次の瞬間には、ギリアの腕の中に、深い木の色のヴィオラがおさまっていた。
 ヴァイオリンほど高くなく、チェロほど低くなく。
 ギリアとジュスティの演奏が、辺りに響く。
 心地良いメロディは、いつまでも、鮮明に胸に残った。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女 / 18 / ルーンアームナイト】
【2948 / ジェイドック・ハーヴェイ / 男 / 25 / 賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          
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 この度は、依頼へのご参加有難うございました。
 ホワイトデーと言うことで、しかし、あまりラブラブでもなく、そんな感じの依頼でしたが、いかがでしたでしょうか。人探しの依頼にしては、簡単だったかなーと思いながら書かせていただきました。
 □部分は共通、■部分は個別描写になります。ジュスティさんがどのような行程を辿ったかは、それぞれのノベルをご覧いただければと思います。

■ジェイドック・ハーヴェイ様
 こんにちは。いつもご参加有難うございます。
 ジェイドック様が治安の悪い場所を聞き込むと、どうなるんだろう。やはり、治安の悪い場所のルールに則った方法では。と思いながら書かせていただきました。そして、意図していてもいなくても、きっと暗い部分を女性陣に微塵も見せないだろうなと。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。