<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『さよなら扉の奥の貴女』

○オープニング

 とある古い屋敷の奥にあった扉を、盗みに入ったコソドロ兄弟がうっかり開けてしまった。
 その扉の奥には、かつて、この屋敷の令嬢であったアイリーンは、彼女に妬みを持った者達により醜い怪物へと姿を変えられ、人間としての心を失いこの屋敷の扉の奥に封印されていた。
 200年経った今、その扉が再び開けられ、怪物となったアイリーンが目を覚ます。彼女にはもう何も残っていない。
 黒山羊亭のエスメラルダは、彼女の背景を知りながらも、腕に自信のある者達に怪物退治を依頼する。
 怪物を放っておけば被害者が続出するかもしれない。彼女の心が戻るかはわからないが、今はアイリーンを退治する他はなかった。アイリーン自身を、助ける為にも。



 何千年も生きると言われる長命種族が、この事件の事を知っていたとしても、かつて屋敷に住んでいた令嬢を元に戻す方法を知っているとは限らない。
 だからこそ、今回こうして3人の冒険者が屋敷へ向かう事になったのだ。ソーンの様々な事件を解決してきた彼らだからこそ、出来る仕事と言えるかもしれない。何十人もの人々を食い殺した怪物が、いくらかつては可憐な娘で、魔法の暴発により姿を変えられたとしても、放っておいて危険な存在だとわかっているのであれば、そのまま放置しているわけにはいかない。
「確かにアイリーンさんは怪物になったけれど、本当に怪物だったのは、彼女に嫉妬したその女達よ」
 アルメリア・マリティア(あるめりあ・まりてぃあ)は、アイリーンがいる屋敷へ向かう途中の馬車の中で、複雑な表情をし顔を下に向けた。
「人の幸せを妬んだ結果、自分達が殺されるなんて、思いもよらなかったでしょうね。その女達がそんな思いを抱かなければ、こんな事にはならなかったんだわ。アイリーンさんだって、婚約者のマイルさんと結婚して、幸せな生活を送っていけたはずなのに」
「そう思っているのはアルメリアだけじゃない。俺だって彼女がどんなに無念な思いをしたかぐらいはわかる」
 下をうつむいたままのアルメリアに、ジェイドック・ハーヴェイ(じぇいどっく・はーう゛ぇい)が言葉を返した。
「俺が姿を変えた娘を元に戻す魔術を知っていたなら、すぐにでもその魔法を使うだろう。だが、俺は魔術の心得がない。残念だが、彼女を人間に戻すことは出来ない。封印することも出来ない。お前だってそうだろう」
 ジェイドックは、すぐ目の前の座席で、外の景色を見つめたまま黙っているリルド・ラーケン(りるど・らーけん)に声をかけた。リルドはしばらく黙っていたが、やがて無表情のまま口を開いた。
「殺してんだ、殺されもするだろ。向かってくるから倒す。それだけじゃねェか」
「でも!」
 アルメリアが顔を上げて、リルドに返す。
「彼女は犠牲者なのよ!姿が変えられて、自分の意識も無いまま、町の人々を食い殺して。彼女が生きていた時からもう200年も経っているわ。彼女の事を愛していたマイルさんも、すでにこの世にはいなくて、それで」
 そこまで言って、アルメリアは再び顔を下に向けた。
「在るのは変わってしまった自分と、沢山殺しちゃった事実だけ。彼女の心はもう失われていて、私たちが行けばきっと」
「間違いなく、俺達を食おうとするだろうな。わかってるだろ?感情的になっている場合じゃねェんだよ」
 リルドは淡々と答えた。
「でも!まだアイリーンさんの心が残っているなら、マイルさんの心は伝えたいし、できるなら助けたいよ!もしかしたら、どこかに彼女の心が残っているかもしれない!」
「だが、そんな確実でもない事を信じて、俺達まで食われるのか?邪魔すんなら誰であろうと斬る」
「リルドさん、そんな事を」
 悲しそうな表情で、アルメリアはリルドを見つめた。
「アルメリア、あんたがそう思うなら勝手にやればいいさ。俺は怪物に同情はしない。ほっとけばさらに犠牲者が出るかもしれねェって時に、怪物に同情なんざ出来ねェな」
 と、リルドは冷たく答えた。
「リルドさん、酷いわ!」
「まあまあ落ち着け」
 しばらく2人のやりとりを見ていたジェイドックが、2人の間に割って入った。
「リルドだって、何も思わないわけじゃないのだろう。だが、今回はリルドの言う通り、アイリーンを倒さねばならないだろう。アルメリアがアイリーンを無念に思う気持ちはわかる。俺だって、出来ることなら彼女を戻してやりたいが」
 ジェイドックは一息つき、さらに続けた。
「俺達の中に、その様な魔術を知る者はいない。昔の話だから詳細はわからないが、アイリーンを封印した魔術師も、相当な修行を積んだ賢者だったのだろう。その様な魔法を持つ者は、今、この世界のどこかで、存在しているかもしれないが俺達に探している時間がない事ぐらい、アルメリアにもわかるだろう?」
 アルメリアは黙ったままジェイドックに顔を向けて、やがて小さく頷いた。
「本当はわかっているわ。私達が取るべき道をね。でも、やっぱり私は」
「無念かもしれないが、そういうことだ。俺だって望みは捨てたくないが、町の人間を次々と食い殺した怪物らしいからな。俺達も全力でいかないとならない。これ以上、アイリーンのまわりで悲しい思いをする者を増やしてはならない。ところで」
 ジェイドックは、馬車の隅の方で縮こまっているコソドロ兄弟に視線を向けた。
「何でその2人を連れて来たんだ、リルド」
 ジェイドックの視線の先にいるコソドロ兄弟、リックとバーンスはコソドロとは思えないほど大人しく馬車の床に座っていた。
「この件を最後まで見たいと言う場合は、守ってやるから来いと言って誘った」
 ジェイドックの問いかけに、リルドが静かに答えた。
「大丈夫なのか?足手まといにならなければいいが」
 ジェイドックがやや心配そうに、リックとバーンスを見つめた。
「へへ、ジェイドックの旦那。あっしは男ですから、自分がした事ぐらいは、最後までケリをつけようと」
 リック無理やり笑顔を浮かべてジェイドックに答えた。
「俺も同じだな。屋敷の色々なブツを盗み損ねたしな」
「泥棒なんていけないわ、どさくさに紛れて!余計な事したら、怪物の口元に差し出すからね!」
 アルメリアが、きりっとした表情でコソドロ兄弟に叫ぶと、二人は怯えた顔でさらに縮こまってしまった。
「まあ、2人の事はリルドが責任持つだろうから、俺達は任務だけを考えよう」
 ジェイドックがそう言った時、馬車の御者の声がした。
「そろそろ、例の屋敷につくぞ!」
「わかった。このあたりで止めてくれ。あんたまで巻き込んだら大変だからな。このあたりで待機しててくれ」
 ジェイドックは御者に答え、再び息をついた。
「油断してはいけないのは、わかっているな。こんな言い方をしたくないが、相手は怪物であってアイリーンではない。それを忘れてはならない」
「そんな事百も承知だ」
 リルドは落ちついた声ですぐに返答したが、アルメリアは複雑な表情のまま、ようやく頷いたのであった。



 アルメリア、ジェイドック、リルドとコソドロ兄弟の5人は、アイリーンの屋敷へ到着した。玄関口の前には庭が広がっているが、花壇のまわりのレンガが残っているだけで、雑草があちこちに生えており、まるで小さな森の様になっていた。
 また、屋敷は風情のある赤茶色のレンガの家だが、長年の風雨にさらされたせいか痛みが激しく、ここに長い間人の手が入っていなかったということを用意に想像する事が出来た。
 このまわりは小さな町であった事は、屋敷のまわりにある、今は崩れて土台しか残っていない建物のあとを見ればすぐに想像出来る事であった。
 アイリーンの婚約者であったマイルが残した日記によれば、彼もこの近くで生涯暮らしていたらしいのだが、どれが彼が住んでいた建物なのかはわからない。
 数年程前ならともかく、事件から200年も経っているのだ。もう人の痕跡も残っていないのは当たり前のことであった。
「で、その扉はどこにあるんだ。案内してくれ」
 ジェイドックはコソドロ兄弟の兄、リックに尋ねた。
「へ、ヘイ」
 少し怯えている様子はあったが、リルドが守ってやると言っているのを安心してのことか、リックとその弟分バーンスは先頭に立って、3人を扉のところへと案内した。

「空気が酷い!」
 屋敷の中に入ったとたん、アルメリアが咳き込んだ。長年密封されていた屋敷の空気はよどんでおり、まるで肺の中に急激に刺激物を入れられたような感覚を覚えた。
「さすがに、200年も閉じ込めていた空気というわけだ」
 ジェイドックがそう言うと、コソドロ兄弟のバーンスが声を上げた。
「皆、こっちだ。来てくれ」
 アルメリア、ジェイドック、リルドの3人はバーンスへと着いて屋敷を歩き、屋敷の地下への階段を下がり、やがて廊下の一番奥の扉へと到着した。
 扉には魔法陣の様な不可思議な模様が描かれているが、ほとんどがかすれてしまっており、この魔法の効力が薄くなってしまったことを想像させた。
「この扉の奥に、怪物がいるんだな」
 誰もがわかってはいたが、リルドがそう尋ねると、リックとバーンスが同時に頷いた。
「さて、扉を開けるぞ。準備はいいか?すぐに攻撃出来る様にしないとな。先手必勝だ。と、日記はどうする?」
 扉に手をかけ、リルドが荷物入れから日記を取り出した。マイルが死後に残した、あの日記帳だ。
「日記の内容は、俺も記憶をしている。アイリーンに訴えられればいいのだが」
 ジェイドックがそう答えると、リルドは頷いて再度日記帳を荷物入れに入れた。
「それじゃ、日記帳は俺が預かっておく」
「マイルさんはずっとアイリーンさんを愛していたのにね」
 アルメリアが、再び悲しそうな表情を見せた。
「アルメリア、いいか。もう後には引き下がれまい。あまり感情的になってしまうと、こっちがやられる。相手はもう怪物なんだからな」
 ジェイドックがアルメリアに言葉を投げかけた。
「準備はいいな?開けるぞ」
 リルドの言葉に、ジェイドックが頷き、アルメリアも覚悟を決めたのか顔を上げて無言で頷いた。コソドロ兄弟は、3人の後ろで待機している。
 きしんだ音を立てて、扉が開かれた。長年封印していたとは思えない程、あっさりとリルドの力で扉が開いていく。
 急に、空気が緊張感に包まれた。これ以上、決して油断してはならないという皆の無言の言葉を感じていた。
 「それ」は、皆の予測通り部屋の奥にいた。部屋は悪臭に満ちており、アルメリアは胃の中から胃液がこみ上げてきて、吐き出しそうになったが、彼女の哀れな結末を思い出し何とか我慢をした。これが本当に、可憐な令嬢なのかと疑うほどであった。
 腐った生肉を積み上げて作ったかのような巨大な肉の塊は、確かに生きている。その証拠に、肉の塊はわずかに動いており、呼吸をして眠っている様であった。
 部屋が明るいのは、ここが完全な地下室でなく半地下になっており、天井すれすれのところにある窓から光が入ってきていたおかげだ。
 部屋には棚があちこちにあり、また木箱があちこちに置かれているところから、ここは倉庫にでも使われていた部屋なのだろう。
 そして、怪物の後ろの壁に、かなり色が剥げ落ちている絵が飾られていた。フレスコ画なのだろう、どこかで描かれた絵をこの部屋の壁に取り付けたと思われる。フレスコ画であるから、普通の油絵と違い長年経っても損傷・変色はそれほど目立たない。その絵は、この怪物のかつての姿を描いていた。金髪の長い髪の毛の、ドレスを着た女性であった。ふくよかな笑顔が、育ちのよさを感じさせる。
「本当に酷い。出来るなら助けたかったけど」
 アルメリアが呟いた。
「さっさとやるぞ」
 リルドが両腰に下げている剣を取り部屋へ入った。
「出来るだけ楽に死なせてやろう。苦しめるつもりはねェよ。それがあの怪物の為だ」
 その時、怪物の体が急に痙攣し、先ほどとは違いもっと大きく動いた。塊がうごめき、こちらを向いた。いや、どれがその怪物にとっての正面なのかはわからないが、こちらを向いたと感じたのはまるで大きな穴のような口を見せたからだ。
「確かに化け物だ。もう、アイリーンは200年も前に死んでしまったんだろうな」
 リルドが怪物を見て呟いた。
「残されたのは、醜く帰られた肉体だけだな!」
「確かに、そうかもしれない。人の心を持ったものを殺すよりはいっそ、化け物のままでいてくれた方が俺は楽かもしれないがな」
 ジェイドックは自嘲気味に呟くと、リルドに続き部屋の中へ足を踏み入れた。
「そうね、もうそう考えるしかないのかな。それでも私は、彼女に心が残されていると信じたい!」
 アルメリアも部屋へと入った。怪物は3人の侵入者を感知したのだろう、巨体を起こし人間とも思えない程の奇声を上げて、一番近くにいたリルドへと向かっていた。
 巨大な体をくねらせて移動し、自分よりも小さなリルド押しつぶそうとする。その動きは巨体に似合わないほど素早かった。
「おっと、そう簡単には潰されねェよ!」
 リルドは怪物の動きを読み、機敏な動きで押しつぶしを避けた。
「リルド、何とか時間を稼げるか?」
 ジェイドックが叫んだ。
「それなりにはな」
「無駄かもしれんが、一応日記の内容を怪物に伝えてみる。心がまだ残っている事を信じてな」
「そうだな、俺も一応はやってみようと思っていたところだ」
 ジェイドックとリルドの考えは一致した。
「リルドさん、ジェイドックさん」
 アルメリアは2人、特にリルドが何も感じず怪物を退治しようとしているわけではない事を感じていた。
 しかし、それでも彼女は2人の様に前線に立って戦いを挑むことは出来なかった。彼女の後ろにはコソドロ兄弟が、物陰に隠れるようにこの戦いの様子を見守っていた。
「お姉さんは、戦わないんスか?」
 リックがアルメリアに尋ねた。
「私は戦えない。戦いたくないの!ジェイドックさんやリルドさんが、何も考えずに戦っているわけでないのは知っているわ。だけど、私」
 アルメリアが怪物を見て、小さく続けた。
「彼女やマイルさんの心を感じるの。この屋敷には彼女たちの心が残っているのよ。姿はなくても、心は残るの。悲しい心が、この屋敷には溢れかえっているから。だから」
「だけどお姉さん。あれは怪物でサ」
「わかっているわ。わかっているけれど」
 アルメリアはリカバリーワンドを取り出した。このワンドで触れている者の傷や病を癒す事が出来る、アルメリアの聖獣装具だ。
「私に出来るのは、援護をするぐらいね」
 アルメリアもまた、怪物へと一歩近付いた。怪物と戦うことは出来ないかもしれない。感情的になってはいけないことはわかっていたが、どうしても冷静に考えることが出来なかった。彼女が人の心を取り戻す、その望みの低い願いを捨てることは出来なかった。
「アイリーン!マイルを覚えているよな?あんたの婚約者は、死ぬまであんたを愛していたんだ!」
 リルドが叫んだが、怪物にはまったく聞こえていないのだろう。リルドに向かっていき、巨大な口を開けてリルドを飲み込もうとした。リルドはそれをすれすれのところで避け、怪物と反対方向へと走った。
「最後に心を取り戻したのだろう?もう一度心を取り戻してくれ、アイリーン!」
 今度はジェイドックが叫んだが、そもそも耳があるのかどうかも不明である。声を上げたジェイドックに怪物は向かっていったが、ジェイドックはしなやかな動きでそれをかわした。
「やっぱりダメか?マイルは彼女を愛していたからこそ、その心が怪物とはいえアイリーンに伝わったのかもしれないが」
 ジェイドックはしつこく追いかけてくる怪物を、飛び跳ねて避けた。
「俺達みたいな赤の他人では、心も足りないか。アイリーン!頼む、心を取り戻してくれ!」
 感情を込めてジェイドックは叫んだが、動きはまったく変わらなかった。
「やっぱり、素直に倒すしかないようだな」
 ジェイドックは溜息交じりに言うと、リルドが返答をした。
「日記を投げてみたらどうだ?」
「日記を?」
「マイルの心が入っているものは、実際これしかねェ。何か伝わるかもしれねェだろ?」
 リルドは日記帳を取りしながら言った。
「そうか。もう方法はないからな。リルドに任せる」
 ジェイドックが答えると、リルドは日記帳を怪物に投げつけた。
「あんたの婚約者が書いた日記だ!わかるか?あんたの婚約者の」
 しかし、怪物は日記帳を大きな口で受け取り、それすらも飲み込んでしまった。
「ダメだな」
 リルドは苦笑し、あらかじめ用意をしていた特殊な薬を使い腕を竜の腕へと変形させた。
「やっぱり、やるしかねェ!」
 リルドは自分から怪物へと近付いていった。
「うわー!」
 リックが叫び声を上げた。リルドは体の半分を、怪物の口の中に突っ込んだからだ。怪物が暴れた為、怪物の歯がリルドの腕へと当たり、リルドは傷を負った。
「もう誰も死んで欲しくない!」
 アルメリアはリルドが怪物の上あごを押さえて剣を構える間に、怪物へと叫んだ。
「ねぇ、伝えに来たんだよ?アイリーンさん、もう戦うのは止めてよ!貴方が一番苦しんでいる事が、私はとても辛いの!もうこれ以上、戦えば苦しくなるのは貴方自身なのよ!」
 アルメリアはうっすらと涙を浮かべていた。心が激しく痛み、アルメリアはこみ上げてくる涙を抑えることは出来なかった。
「どの叫びも、無駄だな」
 ジェイドックが溜息混じりに苦笑した。怪物にはアルメリアの痛みも伝わらなかったのだ。自分の口を押さえているリルドを噛み砕こうと抵抗していたが、言葉に反応するような動きはまったく見られなかった。
「ここまでだ!」
 リルドは口の中に魔法剣を突き刺した。怪物が痛みの篭った悲痛な声を上げた。リルドを振り切り、入り口付近にいたアルメリアの方に向かって走り出した。
「アルメリア、よけろ!!」
 リルドが叫ぶと同時に、アルメリアは転がるように怪物を避けた。リックとバーンスは、逃げ足だけは速い様で、アルメリアよりも先に部屋の隅の方へ避難していた。
「と、外へ出すわけにはいかない!」
 今まで武器を使わなかったジェイドックが、サンダーブリットを撃った。巨大な体は的になりやすく、弾は全て怪物の体に貫通した。
「一気に畳み込むぞ!」
 ジェイドックはさらにサンダーブリットを撃ち、リルドは動きが鈍ってきた怪物を魔法剣で次々に突き刺した。
 怪物の体から液が流れ出した。血なのかそれとも別の何かか。腐臭のする腐った液体に部屋は包まれ、さすがにジェイドックやリルドも気分が悪くなってきた。
「ジェイドック、ちょっと時間をくれ!」
 リルド念を込め始めた。その間、ジェイドックはサンダーブリットで怪物を撃ち続けた。怪物はさらに動きを鈍くし、弱ってきているのは明らかであった。
「いけェ!」
 リルドは体から電撃を発した。その電撃が怪物の体にまともに当たり、怪物は黒焦げになってまったく動かなくなった。
「終わったか」
 ジェイドックが呟いた。
「待って。まだ動いてるわ!」
 リルドの傷をワンダで治癒したアルメリアが、怪物の動きに気づいた。
「まだ生きているのか!」
 ジェイドックが再びサンダーブリットを構えたとき、怪物から、それまでとはまったく違う女性の声が聞こえてきた。
「マイル、ようやく会えたのね。私、悪い夢を見ていたの。怖かったわ。私が怪物になる夢。だけど、貴方が来てくれればもう怖くない。一緒に行きましょう、ずっと一緒に、私達、これから先も」
 言葉は途切れ、怪物はまったく動かなくなった。怪物からもう呼吸すらも感じない。ついに怪物は息絶えたのだ。
 しかし、誰も喜びはしなかった。しばらく倒れて完全に肉の塊だけとなった怪物を無言で見つめていた3人であったが、やがてリルドが口を開いた。
「マイルの墓ってこの付近にあるのか?だったら、せめて婚約者のそばに埋葬してやらねぇか?」
 リルドの提案に、ジェイドックとアルメリアは同時に頷いた。
「でも、マイルさんってここで生涯を暮らしたんでしょう?たった一人で。一人で生涯を閉じたなら、お墓なんてないんじゃ?だって誰が埋葬したの?」
 アルメリアがそう言うと、ジェイドックがリックとバーンスの方を向いた。
「おい、リック、バーンス。この日記をどこから持ってきたんだ?」
「屋敷の、少し離れたところにある瓦礫のそばにあったんだ。箱に入れて、大切そうにしてあったから、宝だと思って開けたんだ」
 バーンスが答えた。
「なら、そのあった場所をを案内してくれ」
 ジェイドックが言うと、コソドロ兄弟は素直に3人を日記帳のあった場所へと案内した。



 それは屋敷から数十メートル離れたところにあった。コソドロ兄弟の言うとおり、瓦礫の山が置かれているだけであり、その横に鉄製の箱が置いてあった。かなりさびてしまっているが、鉄製のため中の物の保存状態は良かった。日記の他には、小さな指輪と女性と思われる小さな絵が入っているだけであった。
「この絵の人、さっきの部屋の絵と同じ人!」
 アルメリアが絵の女性を見て叫んだ。
「おそらく、ここはマイルが住んでいた家だったのだろう。崩れてしまっているがな」
 ジェイドックは瓦礫を見つめ、やがてその瓦礫を横へとどかした。
「家の構造はわからないが、マイルはまだどこかにいるはずだ」
「え?」
 アルメリアはジェイドックに続き、リルドも瓦礫をどかし始めるのを見て、ようやく彼らの言葉を理解した。
「そうよね。自分自身でお墓に入ることなんて出来ないものね」
 コソドロ兄弟も、瓦礫をどかすのを手伝い、数十分で瓦礫は完全に除去された。その瓦礫の下から、地下へと続く階段が見つかった。
「マイル、立派なやつだよ。普通なら逃げ出すところだ」
 ジェイドックが呟いた。
「今度は、2人でちゃんと暮らせるといいね」
 アルメリアも、それを見て呟いた。
「同じ場所に埋葬してやろう。マイルもアイリーンも」
 リルドも2人に続けた。瓦礫の下の階段を下りると、地下室がありそこに大きなベットがあった。そして、そこには白骨死体が横たわっており、その白骨死体の骨の指の間に、金色の装飾がされたロケットが握られていた。
 そのロケットの中に収められていた絵こそ、アイリーンその人であった。
「はぁ〜、私もどんな姿になっても想い続けてくれる、素敵なイケメンとの出会いないかなぁ〜」
 アルメリアは、こみ上げてくるせつない思いをごまかすように、明るく言った。
「マイルさん、最後まで彼女のそばにいてくれたのね。せめて、死後の世界で、一緒に暮らせるように」
 ジェイドック、リルド、アルメリアの3人は、コソドロ兄弟と共にアイリーンの死骸とマイルと思われる白骨死体を丁重に町の空き地へと埋葬した。町の中に咲いていた野花を沢山摘んできて、それを二人の墓へと捧げた。
 いつか、この2人が生まれ変わって、今度は幸せに暮らせることを願いつつ、一行はその廃墟となった町を後にした。(終)



◆登場人物◇

【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性性/25/賞金稼ぎ】
【3544/リルド・ラーケン/男性/19/冒険者】
【3557/アルメリア・マリティア/女性性/17/冒険者】

◆ライター通信◇

 ジェイドック様

 発注有難うございます。WRの朝霧です。火星人に引き続いての参加、どうもありがとうございました!

 今回のネタはかなり前からあり、色々な導入を考えていましたが、結局今回の様な形になりました。3人の中では一番年上なのもあり、前回もそうだったのですが、ジェイドックさんは落ち着いた物腰で状況を分析し、対処法を考えていく、という立場として描いてみました。

 ラストはせつない感じに終わりましたが、たまにはしんみりした話を書くのもいいなあ、と思っておりました。楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、今回は有難うございました!