<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉の円舞曲 ruby-waltz








「お前!」
 突然腕をつかまれ、怪訝そうな面持ちで振り返る。
 そこに立っていたのは、見ず知らずの少年。――いや、多分、声質からして少年だろう。
 少年は、足元まである長いマントを羽織り、深く被ったフードで顔も分からない。
 けれど、そのきつく引き絞った口元が、冗談でも悪戯でもないと告げているように感じた。
「お前から奴の気配がする……遭ったな! 奴に!!」
 彼が言う“奴”という存在が誰かは分からず、思わず問い返す。
「……そうか、シラをきるのか。奴に手を貸しているのは、お前か!」
 少年は間合いを取るように飛びのくと、紅色の宝石がついた杖を自分に向けてきた。
「消え去れ…!」
 リボンを編むように、一瞬にして自分を取り囲む方陣。
 流石にコレはやばいと思った。








 方陣は取り囲むだけではなく、淡い輝きを纏い、今すぐにでも何かしら攻撃を仕掛けてきそうだ。
「む……」
 アレスディア・ヴォルフリートは、突然置かれた現状に眉根をよせ、視線だけで辺りを見回す。
「何事かよくわからぬが、私には何ら疚しいところはない」
 ここで逃げるために自分が動けば、この方陣を築いた視線の先の少年は、問答無用で自分に向けてこの方陣を発動させるだろう。
 故に、
「抗わぬ」
 アレスディアは手にいつも持っている突撃槍を地面に置く。
 少年が何をしているのかと微かに表情をゆがめた。
「!!?」
 その場にどっかりと座り込んでしまったアレスディアを見て、少年はそのフードの下で瞠目しているようだった。
「尋ねたいことがあるならば、順を追って聞かれよ。そうすれば答えよう」
 こちらから少年の表情は殆ど読み解けない。
 だが、無言のまま太陽を模したような杖だけを向けてくる少年は、こちらを値踏みしているような、そんな気がして、アレスディアは真っ直ぐな瞳で少年を見つめ続けた。
 少年は何も言わない。
 武器を置き、無防備となってしまった自分を目の前にしてさえも、少年の警戒が解かれる気配は皆無。
「奴とはどういった人物か、特徴があるならば教えてくれ。心当たりがないか、考えてみるゆえ」
 奴だけでは、一体全体誰なのか。相手の心を読めるわけではないのだから、それだけで分かるはずもない。だが、尚言い募り尋ねてみても少年は何も答えようとしない。
「黙っていては何も分からぬ」
 少年にとって、目の前に座り込むアレスディアは、まだ滅すべき敵の仲間なのだろう。
 しかし、少年が最初にアレスディアに向けて叫んだ言葉に、少年の行動の因果を感じて、優しさを込めるよう穏やかな口調で問いかけた。
「そして、それほどまでに強い感情……何か、良からぬ因縁があるようだ。その奴とやら、あなたにとって大切な何か、誰かに刃をむけたのだろうか?」
「……―――ねぇよ」
「ん?」
 はっきりと聞き取ることが出来ず、アレスディアは問い返す。
 少年はぎりっと奥歯を噛み締め、激昂を通り越したかのような冷静な声音で言葉を吐き出した。
「白々しい物言いをすんじゃねぇよ」
 余りの言われようにアレスディアの動きが止まる。
 助かりたいとか、死にたくないとかそう言った気持ちではなく、アレスディアは少年がただ道を踏み外してしまわないよう苦心して、言葉を選んで問いかけたつもりだった。
 けれど、そんな反応しかできない少年に対して、何故という気持ちばかりが募っていく。
「それが、お前の新しい手か」
 少年は、アレスディアの言葉を、油断させるための新たな策略だと思っている。だが、アレスディアの性質は基本的にド真面目だ。実のトコ、策略を巡らせ、他人を陥れる等のことを、やろうと思ってもやれるアレスディアではない。
「私には裏も表もありはせぬ」
 少年の誤解を解き、自分を信じてもらうには、少年の身の上・現状を問うよりも、まず自分のことを話すべきだと思った。
 アレスディアは自分を指すように胸に手をあて、静かに語りかける。
「私は罪なき人々に向けられる刃を防ぐ、盾に鎧になりたいと思っている」
 正直、少年にとってはアレスディア自身のことなど如何でもよかった。ただ、気配の理由を知り、あちら側の人間ならば消す。それだけが出来ればよかった。
 だから、次の言葉の意味が分からず、盛大に眉根を寄せることとなった。
「あなたの様子ではあなたの何か、もしくは誰かがその刃の手にかかったのだとすれば、その奴とやら、私にとっても敵となる。どうだろうか?」
 分からない。意味が、分からない。
 どうして見ず知らずの存在の敵を敵と言うのか。
 杖を構えたまま困惑すると同時に動きを止める。
「お前、頭大丈夫か?」
 どこか怪訝そうな少年の声音。
 そう、少年は引いていた。
「私がどこかおかしいわけではない。これは私の信念によるもの。どうとってもらっても構わぬが、この言葉に嘘偽りはない」
 偽善でも押し付けでもない。他人を護ることが、自分を貫くことだから、それを少年に知ってもらいたかった。
「余計な世話だろ、それ…」
 少年の口からポロリと零れた言葉に、アレスディアは眼を微かに見開く。
 それと似たような言葉、言われた記憶がある。
 だが、そちらに思考を取られてしまうと少年の対応がおざなりになり、折角殺気が薄れ始めているのに、逆戻りしてしまいそうだ。
 アレスディアは思考をこの場に戻すように一度瞬きをして、少年を真正面から見据える。
 そして、反攻の意志はないと示すように両手を広げ、再度問いかけた。
「私はこの通り抗わぬ。不安があるならばこの方陣、このままでも構わぬが話を聞かせてくれぬか?」
「そうさせてもらう」
 アレスディアは軽く礼の言葉を述べ、微笑する。その顔を見て、逆に少年がむっとしたように微かに顔を歪めたが、フードによってアレスディアには見えない。
「まず、あなたの言う奴とやらは、どういった人物なのだ?」
「人物じゃない。奴は、ムマだ」
 少年の口から出たムマという単語。けれど、アレスディアが良く知っている夢魔と少年が口にしているムマの発音がかみ合わない。
 方言という奴なのだろうか。
「それは白山羊亭に張り紙が出されていた、あの夢魔ということだろうか」
「白山羊亭?」
 鸚鵡返しに問い返した少年にアレスディアは頷く。
「先日、白山羊亭に、人を廃人にしてしまう犯人だと思われている夢魔の捕獲依頼が来たのだ」
 自分はそれに参加したが、結局夢魔を見つけられずに終わったと言葉を続ける。
 だが、少年は首を振った。
「いや、あんたは遭ってる。その記憶を喰われたな」
 アレスディアは驚きに眼を見開いた。なぜならば、確かにあの日、空白の時間があったことは確かだったから。
 腕を組み、自分の一番古い記憶から順番に思い返してみる。どれもこれも、記憶と共に風化してしまった思い出は別として、思い当たる範囲で無くした記憶は無い――と、思う。
「では、なぜ――…?」
 自分は廃人にならずに済んだのか。
「望まなかったからさ」
 奴が“もしかして”本物かもしれない――本物だったらいい――と。
 少年は杖を肩に担ぐように持っている。気がつけば、アレスディアの周りを取り囲んでいた方陣は解けていた。
「喰われたなら、当たり前か」
 奴の、ムマの気配を強く感じたのも。
「自覚はないのだが、あなたが言うのなら、そうなのだろう」
 微塵の疑いさえもない顔で、くそ真面目にそう答えたアレスディアに、少年はぷっと吹き出す。
「あんたを喰っても不味そうだ」
 あからさまなほど口元が笑みの形に歪んでいる。
「あんたではない。私にはアレスディア・ヴォルフリートと言う名がある」
 少年の顔から一気に笑いが消え失せた。
「気安く名乗んなよ」
 自己紹介として、自分の名前を名乗るのは当たり前だと思うのに、少年は何故それを諌めるのか。訳が分からず、困惑に眼を瞬かせる。
 少年はアレスディアに背を向け、軽く膝を折った。
「アッシュだ」
 そして、その一言を残し、この場から一瞬で消え去る。
 その場に一人残されたアレスディアは、拾い上げた突撃槍が微かに帯びる熱に眼を見開いた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回紅玉を選択されましたので、紅玉の円舞曲 ruby-waltzとなりました。
 短い時間の邂逅でしたが、かなりのド真面目さにNPC苦笑気味となりました。ですが、悪い反応ではありません。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……