<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


蒼玉の円舞曲 sapphire-waltz









「お前!」
 突然腕をつかまれ、怪訝そうな面持ちで振り返る。
 そこに立っていたのは、見ず知らずの少年。――いや、多分、声質からして少年だろう。
 少年は、足元まである長いマントを羽織り、深く被ったフードで顔も分からない。
 けれど、そのきつく引き絞った口元が、冗談でも悪戯でもないと告げているように感じた。
「お前から奴の気配がする……遭ったな! 奴に!!」
 彼が言う“奴”という存在が誰かは分からず、思わず問い返す。
「……そうか、シラをきるのか。奴に手を貸しているのは、お前か!」
 少年は間合いを取るように飛びのくと、蒼色の宝石がついた杖を自分に向けてきた。
「消え去れ…!」
 リボンを編むように、一瞬にして自分を取り囲む方陣。
 流石にコレはやばいと思った。










「―――種までこの世界に……?」
 ぼそりと小さく呟かれた声は、余りに小さくすぐさま風に消える。
 方陣に取り囲まれ、サクリファイスはすごく困ったように眉根を寄せた。
 瞬間的に効力を発揮するようなものではないようだが、攻撃の意志は手に取るように分かる。
「……この方陣……解いてもらえないかな?」
 と、問いかけて「はい、分かりました」と解いてくれるような相手ならば、最初から攻撃する意志満々で方陣など編まない。
「私も自分の命は惜しい」
 誰だって天命とは違う死は避けたいものだ。まだまだこの先やりたい事だってある。そう易々と他人に渡せるものではない。
「どうしてもやらなきゃいけないなら、刃を抜くしかないと思っている。でも、抜けば私は狂気に陥る。あなただけじゃない。街の人達をも巻き込む」
 神の制約から解き放たれた絶大な力を持つソレは、その効果の変わりにサクリファイスを狂気に導く。
 本当に必要な時だけそれを抜いてきたが、回避できるならば出来るだけ回避したい。
 しかし、サクリファイスが少年の言う“奴”のことが分からないのと同じように、少年もどうしてサクリファイスが応戦したら狂気に犯されていくのか理解できていないかもしれない。
 だとしたら、サクリファイスの説得は何の功も奏さないだろう。
 だが――――
「それは、お前の問題で、オレには関係ない」
 少年はあっさりそれを受け入れ、言い流す。まるでそれが身近だとでも言わんばかりに。
「分不相応の力を手に入れれば狂う。当たり前の事だ」
 何か、引っかかる言葉。無理矢理関連付けようとする少年の、一方的主張に対してではない。
『力を手に入れれば狂う』
 力を手に入れて。狂って。そして。
 後一歩が出てこない。
 だが今は過去の記憶を探るより、今目の前の危機だ。
 そう、少年が関係ないというのなら、この状況も自分にとっては関係ない。
「ならば、あなたのいう“奴”も私には関係のないことだろう」
「いや、お前は奴に遭っている」
 否定するサクリファイスの言葉を、少年は遭っていると一蹴する。ほとほと溜め息をついた。
「……あなたのその様子、“奴”に相当な因縁があるのだろう? だからこそ、単純に撃退すれば良いだけ、とは思えないのだ」
 撃退という言葉を使うことで少年の気を逆撫でそうだとは思ったが、何もせず一方的な攻撃を受け入れるほど心は広くない。
「だから、そういう意味でも刃を抜きたくない」
 行動の理由があるのなら、話して欲しい。サクリファイスは少年の言葉を待つように見つめる。
 しかし少年が返したのは、言葉ではなく淡い蒼の輝き。
「っ…!?」
 方陣から発せられた殺気に、サクリファイスは身を引くことで避ける。
 地面に突き刺さる氷の刃。
「刃を抜きたくないと―――!」
 少年は何も言わない。そのかわり、間髪置かずに方陣から放たれる氷の刃。
 サクリファイスは器用にその刃を避けながら、きっと瞳を細める。
(仕方ない!)
 その手に現れる身の丈ほどもある大きな大剣。
 狂気の刃―――魔断。
 全てを切り捨てるそれを、サクリファイスは地面に向かって振り下ろした。
 隆起する地面。少年は間合いから飛びのき、構えている杖を廻す。方陣は意志を持ったかのように動き、一度解けてまた組みあがった。
「そもそも、奴とは誰だ? 誰かわからない、シラを切るのか、消え去れではあまりに短絡過ぎるぞ!」
 その一撃っきり、サクリファイスは魔断を押さえ込むと、少年に向けて叫ぶ。
 少年は答えない。
 けれど、フードの下に隠れた瞳は、じっとサクリファイスを射抜いているような気がした。
 身の安全の確保のためとはいえ攻撃を加えてしまったのだ、少年から完全に敵と思われてしまっても二度と刃を下ろすまいとサクリファイスは誓う。
 けれど、少年はサクリファイスが止まったことに、また口を閉ざしてしまった。
 このまま沈黙が流れていても無駄な時が進むだけだと判断して、サクリファイスは一度閉じた口をゆっくりと開く。
 本当に訳が分からないと、困ったような声音で。
「あなたにはわかる何かがあるのだろうけれど、それが何か私にはわからないんだ」
 眼を泳がせているような雰囲気とでも言うのだろうか。少年は一度唇を湿らせると、静かに問い返した。
「本気で言ってるのか…?」
 少年は怪訝そうな口調で問い返す。
 サクリファイスはその言葉が本気であることを示すように、真正面から少年を見据えて見返した。
「奴とはいったい何者で、どうして追っているんだ?」
 少年から危うさは消えたものの、じっと動かない少年はサクリファイスを試しているようにも見える。
 そんな少年の様子に、サクリファイスは長く薄く息を吐く。
 どうにもけんか腰で迎えられると、口調が少し尖ってしまうのは致し方ない。
「どうせ事を構える気なら、話をするだけしたあとでも出来ると思うけど?」
「言ってることとやってることが違うだろ」
 本気ではないにしろ、一度応戦してしまったことは、少年にとって大きなことだったようだ。
 ぐっと言葉が詰まる。正直、サクリファイスは何も悪くないのだが、自分が悪かったような気になってくるのが不思議だ。
「やましいことが無いのなら、悠然と構えていればいい。恐怖に苛まれるなら、もっと取り乱せばいい」
 その点、落ち着いていながらも応戦するようでは、敵と判断されても文句は言えない。
 ただ、そうならなかったのは、サクリファイスが本当に“奴”に対して何なのか思いあぐねているような節があったから。
「その点は、私も大人気なかったかもしれないな」
 一貫して語りかけるのではなく、攻撃に対し攻撃で返そうというのは、最終的に何も得られない可能性が高い。
 けれど、こうして少年は語りかけてくれている。
「何者かって聞いたな」
「ああ。奴とは何者だ?」
 これで、同じ事を尋ねたのは何度目だろう。
「ムマだ」
 少年の口から出た発音は、サクリファイスが良く知っている夢魔と、少々違っている。
「夢魔と言うと…人を廃人にする犯人だと言われている、あの夢魔か」
「どのムマか知らないが。何だ、知ってるじゃないか」
 少年は肩で笑うように上下させ、やれやれと息を吐く。
「それで、奴とは何処で遭った?」
 ここまできて、今更遭っていないと言っても少年は信じないだろう。かと言って何処で遭ったかと聞かれても思い当たる節が無い。
「あなたの言う、夢魔の特徴も教えてくれないか」
 夢魔という単語だけで思い当たらないのならば、その特徴を聞けば思い出せる。そんな気がして問い返す。
「奴に特定の姿形は無い。お前の記憶や想いから姿を取る」
 少年の言葉に、サクリファイスの眼が見開かれる。
 記憶と想い、それはまさに、思い当たる節が十二分にあったからだ。
「やはり…あの、ソールは……」
 ボソリと呟いた言葉に、少年は構えていた杖を解く。
 それと同時にサクリファイスを囲んでいた方陣は四散した。
「あんたが無事でよかったよ」
 先ほどまで消そうとしていた人の言葉とは思えないような、労わるような台詞に、サクリファイスは驚いて少年を見る。
「…―――なら、仕方ないか」
 被害者になりかけたのならば、奴の気配がしているのも道理。
 少年はサクリファイスに背を向け、軽く膝を居る。
 何をしているのか分からずその背を見つめていると、一瞬にして少年はサクリファイスの前から消えうせた。
「………なん、だったんだ?」
 その場に一人取り残される。
 酷くしけった風が、サクリファイスの頬を撫でていった。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回蒼玉を選択されましたので、蒼玉の円舞曲 sapphire-waltzとなりました。
 少年との関係よりも、ソールが偽者でムマかもしれないということを確信する形に落ち着きました。初見ですので、こんなものかもしれません。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……