<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】茱・作薬 −華−










 千獣は咲き誇る蓮を順番に眺め、そのままゆっくりと姜・楊朱の横顔に問いかけた。
「あの、蓮……蓮華? どう、いう、もの?」
 姜が瞬・嵩晃に頼まれた宝貝に関係があるもの? だとしたら、姜の傍らで浮いている種は何?
 尤もな問いではあるが、姜は何も言わず、ただ無言のまま千獣を一瞥し池に視線を戻した。
 言えない。それとも、言いたくない。
 とりあえず、教えては貰えないのだろう。
 千獣は池に視線を戻し、1つの蓮を指差した。
 うっすらとピンク色をした、他の蓮よりも色味が薄い蓮。
「あの蓮でいいのですね」
 確認するように問いかける姜に千獣は頷く。
 姜がすっとその蓮を指差すように手を上げれば、池の中の蓮もそれに呼応するように光を纏い浮かび上がる。
 剥き出しになってしまうはずの根も、ひとりでに編みあがり、他の蓮を越え姜の手の中にふわりと納まった。
 蓮は、天が座す雲上の頂き。
 受け取るのはただの花としての蓮でも、それに何の意味が込められているのか。
「その姿はあなたが一番安定している姿でいいですね?」
 一瞬何を問われているのか分からず千獣はきょとんと眼を瞬かせたが、それが自身が持つ数々の獣の姿を取りまとめている無理のない姿かどうかを問われていることに気が付き、ゆっくりと深く頷いた。
「あなたは多くの姿を取ることができると聞き及んでいます。ですが、どのような姿であろうとも五体のいずれも欠ける事はない」
 最初は確認。そして呟きへ。
 輝きを纏い浮いていた種が動く。
「……!?」
 放たれた弾丸の如く、一直線に千獣目掛けて空を翔る種。
 千獣の動体視力は種の動きを確実に捉えていたが、それ以上に種が持つ力なのだろうか、避けることが出来なかった。
 そんな種越しに見た姜の冷ややかな表情。この種は一体!?
「ぁ……っ」
 一点に集中して放たれた力の波動は千獣を突き抜ける。
 治るとはいっても、与えられた傷の痛みが消えるわけではない。
 千獣は、痛みが熱に変わり、完全に麻痺してしまった腹を押さえる。けれど傷を負ったならば流れるはずの血は、一切流れず、腹部にはただ痛みだけが走った。
 恐る恐る顔をあげる。
 姜の手には口元を隠す扇。
 表情が分からない。
 怖い。
 あの扇の下で、苦しむ自分を嗤っているのかもしれない。
 胸中を支配していく負の感情。
 怖い。怖い。怖い。怖い―――
 周りがどんどん暗くなる。どうして自分がこんな思いをしなくちゃいけないの?
 他人が勝手につける価値なんて何も意味が無いのに、こんなに怖いのは何故。
 姜は、本当は、私を――千獣を!
「………違う…」
 呟くように小さく放たれた言葉。姜の眼が細められる。
「そんな、こと……思って、ない……」
 千獣は腹を押さえていた手を解く。
 疑ってはいけない。いや、疑うような部分はどこにも無い。
 何か別の力が千獣の思考を悪い方へと導こうとしている。純粋な心を、疑う心で埋め尽くそうとしている。
 全ての人間が綺麗なわけじゃない。それは理解している。けれど、逆に全てを疑ってしまったら、行き着く先は孤独でしかない。
 流されてはいけない。
 これは何かが故意的にもたらした歪み。
「撃たれた気分はいかがですか?」
 冷めたままの姜の視線。
「痛、かった、けど………大丈、夫…」
 撃たれたならばあるはずなのに、何も無い腹部をさすりつつ、千獣は薄らと微笑んで告げる。
「そうですか」
 パタンと扇をたたむ音。
 扇を閉じた姜は確かに微笑んでいた。けれど、その微笑みは優しく慈愛に満ち溢れていた。
 落ち着きを取り戻した千獣に近付き、姜は手に抱いていた蓮の一株を千獣に差し出す。
「あなたはこれから強い猜疑心に苛まれることでしょう」
 この蓮が何を意味しているのかは、説明をしなくても時が来れば分かるのだろう。
「……ありがとう……」
 千獣は受け取った蓮をぎゅっと抱きしめる。
「歩みなさい。あなたの道を」
 遠まわしにそれを持って旅立てと言われているように感じた。
 それもきっと、その一言と共に背を向けた姜が、それっきり口を開かなかったからかもしれない。
 尋ねたいことはあったけれど、その背中は聞けるような雰囲気ではなかった。
 千獣はぎゅっと蓮を抱きしめる。
 池から洞の入り口に戻ると、狸茱が心配そうな顔つきで千獣と姜を出迎えた。
 姜は薄く優しい笑みを浮かべると狸茱の頭をポンポンと撫で、洞へと入っていく。
 その場には、千獣と狸茱が取り残された。
「ねえ……狸茱………」
 またも、ぎゅっと、知らずに蓮を持つ手に力が篭る。
「姜の、こと……嫌って、ないよ……」
 狸茱に言われた言葉を――嫌わないでと言われた言葉を――返してなかったことを思い出し、千獣はゆっくりと告げる。
「千獣様……」
 どこか嬉しそうなほんわかした笑みで狸茱は千獣の言葉を受け入れる。
「姜は、宝貝の、子の、こと……いっぱい、考えて、くれて、いる……そんな、姜に……感謝、こそ、すれ……嫌う、なんて、こと……ない……」
 どれだけ厳しい対応だとしても、その奥に優しさが、思いやりが、愛情が込められている。思ってくれていることが分かるのだ。
 自分がこうして核を復活させてしまうことによって、起こるかもしれない問題。それさえも全て踏まえて手を貸してくれた2人。迷惑はもうかけてしまったから、この先これ以上の迷惑を2人にかけないようにできるだろうか。
 千獣の課題にはそれもある。
「難、しい、顔、する、のは……姜に、全部、答え、られ、ない……私、自身に……悔しい、かな……」
 俯き気味に薄らと笑った千獣に、狸茱はうんうんと頷く。
「千獣様のその気持ち、分かるのですよ。気持ちを伝えたいのに言葉が見つからなくて、もやもや〜として、伝えられなくて。すっごくもどかしいのです」
「……うん…」
「それでもお師匠様は言葉にすることを求めるですからね。狸茱も時々困るのです」
 狸茱は純粋な人間とは違い、元々が狸だ。人の言葉を話していることもそれはただ世に馴染むための手段でしかない。流暢に話しているように見えて、語彙は余り多くないのだ。
「言葉にするために、そのことをたくさん考える。それが大切なのですよ」
 と、お師匠様が言っていました。と続くのだが、狸茱のその言葉を、千獣は確かに自覚した。
 瞬に問われ、姜に問われ、千獣はただ助けたいだけではどうにもならないことがあると知った。助けるという言葉が持つ無責任さ。善意という名の自己満足。物語はいつも助けてしまえばハッピーエンド。その後の人生は語られない。それでは、ダメなのだ。
「修、行、中……って、言って、た、よね……」
 千獣の問いに狸茱は頷く。
「もっと、いろんな、こと、知って、考え、なきゃ……私も……修、行、中……」
 浮かべた淡い微笑に込められた苦さに、狸茱はにぱっと笑う。
「日々是精進! なのですよ」
「……うん」
 苦い微笑みも、狸茱を見ていると何だか苦くなくなってくる。
 大人のような、友達のような、同士のような、何て言い表したら良いのか分からないけれど、近くて遠い。けれど、同じ。
 足元の影が長くなる。
「行か、なくちゃ…ね……」
 姜に行けと言われた以上、長居することは出来ない。
 それに、手を貸したことであの邪仙に眼を付けられ、何かしら――そう、特に弱い者に対して何か事を起こされないうちに、自分はここを離れなければ。
 2人をずっと護り続けることなんて出来ないのだし、何より姜に留まることを許されていないのだから。
 狸茱にさよならを告げて、洞から山の麓へ向けて歩き出す。
 手に入れたのは、種の様な宝貝と蓮の花。
「また遊びに来てほしいのです。今度は、あの子も一緒に!」
 小さくなる千獣の背中に、狸茱は手を振って叫んだ。























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】茱・作薬にご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
 この話で一応全てを千獣様に受け継がせていただきました。ご要望いただけるのであれば、茱のシナリオにてこの後どうしたかを書かせて頂きます。内容としてはシチュノベ的なものに近くなるかと思います。
 ただ6月からは夏シナリオとなりますので、茱ではなく蓮をお使いいただければと思います。(ただし、両シナリオともNPCは関わってきません)
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……