<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『其れ究極の秘宝』

●黒山羊亭
 バタンと荒々しくドアが開き、男が2人飛び込んできた。
 接客をしていたエスメラルダに近付くと、男はカウンターにバンと両手を叩き付ける。
「未来の嫁が攫われた!」
 しばらく見かけなかった顔だ。
 ぼさぼさの髪、古着屋で購入したと思われる草臥れた衣服。味気のないサンダル……。
 彼の名は、ファムル・ディート。薬の調合を得意とする錬金術師らしい。広場で薬屋兼診療所を開いている。
 実力はそこそこなようだが、評判や仕事場の立地、更には本人の性格が禍して、診療所の評判はあまりよろしくない。
 不精なのは、貧乏だからというだけではないようだが。
「ファムルさんには嫁候補が沢山いるのねぇ」
 彼が変なのはいつものことなので、エスメラルダはさして驚きもせず、一応聞く姿勢をとった。
「適齢期の女性ならば、全て候補なわけだが……彼女は特別だ。私のトラウマを消し去しさる能力を秘めた存在だ! 近い将来完璧な惚れ薬を完成させた暁には、彼女の身も心も私の……」
 べしっ。
 後に立っていた男がファムルに裏手ツッコミを入れる。
「お前には渡さん。断固認めないっつうの」
「ふっ、盗賊風情に奪われておいて何を言う! 盗賊より私の方が立派で真っ当な職業についている。将来有望な私にこそ、彼女は相応しいー!」
「惚れ薬でお前のモノにされるよりは、賊の嫁になった方が……うわぁどっちもダメだ〜〜〜〜!」
 ハーフエルフと思われる青年――エクは、頭を掻き毟り始める。
「とにかく落ち着いて話してくれる?」
 エスメラルダはカウンターに水を入れたグラスを二つ並べた。
 事件が起きたのは、数十分前。
 エルファリアの別荘を訪れていたエクの双子の姉、サクが何者かに連れ去られたのだ。
 彼女は調べ物をするために別荘の図書館に来ていたのだが、どうもエルファリアの侍女と間違われてしまったらしい。
 聞き込み調査によると、エルザードから少し離れた場所にある山中を根城にしている盗賊の仕業のようだ。
 亜人が多く、正論や理屈は通用しない盗賊団と思われる。
「多分、西の商業路によく出没する盗賊のようね……そろそろ討伐の依頼が来るころだと思ってたわ」
「というわけで、私の未来の嫁を助けるために力を貸して欲しい! 私を彼女の前で甚だしく活躍させてくれ! 無論無報酬で!!」
「許さーん!」
 ドカッとエクはファムルを突き飛ばして、立ち上がる。
「西の山だな。待ってろサク!」
「あっ」
 そしてそのまま彼は1人で酒場を飛び出していってしまった。
「西の山といっても、広すぎると思うのだけれど。ま、聞き込み調査をすれば、そのうちアジトにたどり着けるでしょう」
 エスエラルダはさして気にもせず、さらさらと依頼書を纏めていく。
「というわけで、と。今回の依頼は、盗賊に攫われた女性の救出と、盗賊の討伐。出来れば壊滅もさせること……それから」
 軽く苦笑をする。
「薬草の採取も必要かしら?」
 エスメラルダが問いかけた先には……ぎっくり腰で這いつくばっている冴えない男の姿があった。
「うぐぐぐっ。行くぞ、私は彼女を助けに行くぞ……」
「依頼主さんは報酬だせないようだから……国から奪い返した金品のうち、1割を奪い返した者が受け取れるよう確約を得ておくわね。アジトの場所も国は把握していると思うわ」
「国の盟約の元、サク嬢をいただけると言うわけだな! むぐぐぐぐ……」
 ファムルは気力を振り絞り立ち上がろうと、椅子に手を伸ばした。瞬間!
「うぐはっ!?」
 激しい激痛に襲われあえなくバタリと倒れた……。

●盗賊団アジト
 薄暗いじめじめとした部屋の中、サクは目を覚ました。
「うっ……かび臭い」
 妙な薬で眠らされて連れて来られた為、ここが何処なのかはわからない。
 ただ、1つ分かることと言えば。
 途中、僅かな間だけ目を覚ました時に、彼等が言っていた台詞。
『広場の怪しい診療所で購入した睡眠薬が役に立った』……という言葉。
「ふ、ふふ……」
 サクの眉間がぴくりと震える。
 鉄格子のついた窓から外を見れば、あたりには点々と建物が並んでいる。
「これで盗賊連合会主催の『世界の秘宝博覧会』に出品できる究極の秘宝がゲットできるぜぃ。げへへへへ」
 一番大きな建物からは、下品な男達の笑い声が響いてくる。
「なんか最悪……って!?」
 窓枠に触れていた自分の手を見て、小さく声を上げる。両手が真っ黒に汚れている!
「何よコレ、掃除ぐらいしなさいよ……!!」
 ……大丈夫。
 彼女は汚れが気になるくらい、元気なようだった!

    *    *    *    *

「ん〜、要は盗賊団を壊滅させれば良いんだよね?」
 エスメラルダから依頼の説明を受けたデジタル・エレメントのルイン・セフニィはにこっと笑みを浮かべた。
「壊滅も仕事だけど、「お姫さま救出」は冒険者の華っ! 俺はそっちに興味がある〜!」
 有翼人のヒャルゥは拳をぐぐっと固める。
「それじゃ、役割分担できそうだね! この所、神経使う事が多かったから、久しぶりに楽しめるかな〜♪」
「ナイスな活躍して、冒険者として名を売るぞー。オー!」
 ルインとヒャルゥはパンと手を合わせて笑い合う。
「ちょっとまった、少年少女達よ」
 足元から響く声に、床に目を向けてみれば……。白衣姿のおっさんが、床に這いつくばっていた。
 見えなかったわけではない。
 2人の視界には入っていたけれど。
 あえて、そう、あえて見えていないことにしておいた。気づかない振りをしていた。
「私を活躍させるという『真』の目的を忘れてはないかね? いいかい、これは聖都の民達に平和で安全な暮らしを送ってもらうための、ボランティアだ。つまり聖都の民である私にもキミ達は尽くさねばならない。私の結婚という野望を果たすために、捕らわれの姫君の前で、私が華麗に活躍し、私の力で彼女を救い出さねばならない。そのためには、ヤ・ラ・セが必要なんだ! 君達のような若者の手を借りようとも、私は成し遂げなければならない。これは己の未来を決めるための戦いなのだっ」
 ……なんだかぶつぶつ呟いているが。
 気にせず、ルインとヒャルゥは握手を交わす。
「とりあえず、壊滅させればいいんだよね!」
「全てを打ち倒した後、震えるお姫様を救出するんだね!」
「コラ、依頼主の話を聞かんか! これだから最近の子供は……。私はお守がしたくて依頼を持ち込んだわけじゃないぞ。くぅぅ、せめてキミ達が成熟した女性だったらー」
 椅子を杖にし、ゆるりとおっさん=ファムル・ディートが起き上がる。
 ルインとヒャルゥが顔を合わせる。
 ルインは長い時を生きてはいるが、外見8歳の少女だ。
 ヒャルゥは14歳の少女だけれど、舐められぬよう少年を演じている。まだ成長期なので、さほど変装も必要はない。
「ふむふむ。結婚は兎も角として。こんな感じ?」
 ルインはファムルの前で変換体に姿を変えてみせる。
 彼女の体が急成長を遂げて、すらりとした足、ふくよかな胸、くびれたウエストがファムルの前に現れた。
 ルインの姿は美しい女性の姿へと変貌を遂げていた。
「……結婚しよう!」
「お断り☆」
 僅か数秒でルインは子供の姿に縮み、ファムルはガクリと肩を落とす。
「ルイン・セフニィよ! 純真な大人をからかった罰として、キミにはガスゴス働いてもらうぞ! 私の将来の為にッ」
「何を言ってるんですか、ファムルさん」
 くすくすと笑いながら、青年が近付いてくる。……山本建一だ。
「調査をして回っていたのですが、盗賊の目的はエルファリア王女かもしれません。王女を誘い出すために、出入りしている人物を攫ったのかもしれません」
 建一は軽く腕を組みながら説明を続ける。
「攫われたサクさんは……どうやら薬を嗅がされて意識を奪われ、連れ去られたようです」
「薬か! 盗賊に薬を販売するなど、薬師の風上にも置けないやつがこのエルザードに存在するとはな。どこのどいつ……」
 ファムルは真面目に考え込む。……なんか身に覚えがある気もしたが、記憶をぽいっと捨て去ることにする!
「それじゃ、出発しよっ! さくっと一掃一掃♪」
「うん、出発だ! かつて無い浪漫と冒険が俺を待ってる〜っ!」
 ルインとヒャルゥは笑い合って再びパンと手を合わせた。

    *    *    *    *

「ほらよ」
 大きなトレーの上に、食べ物を乗せて目つきの悪い男が入ってきた。
 捕らわれの身であるサクは腕力では到底敵いそうも無いため、抵抗はせずにトレーを受け取っておく。
「あの……あたし、こんなに食べられませんけれど……」
 トレーの上にはパンが乗っている。
 というか、パンしか乗っていない。
 クリームパンにアンパンにヨモギパンにメロンパンにジャムパンに黄な粉パンなどなどなどなど。
 水は用意されてはいるが、甘いパンだけではそう量も食べられはしない。
「食えなきゃ残せばいいだろ」
「……あ!」
 突如サクが大きな声を上げ、男が眉を顰める。
「どこかで見たことがあると思ったら、あの診療所……ファムルさんの診療所ですれ違ったことがありますよね!?」
「……知らねぇな」
 素っ気無く言い、男は部屋から出ていった。

「ちゃんと大量の餌を与えてきたか〜?」
「……ああ」
 盗賊達が集る大部屋へと戻った男――盗賊ギルドに籍を置くワグネルは、不機嫌そうな顔で答えて、壁に寄りかかる。
「女ってのは、食べ物に弱いからな! あれだけ豪華な食事を大量に与えてんだ、もう俺達に十分懐いてるだろうよ」
 リーダーの亜人の言葉に、ワグネルは軽く嘲りの笑みを浮かべる。
「間違っちゃいないが……パンが豪華?」
「おうよ! 近所のばーちゃんがいつも大量にパンを買って、俺達に分けてくれたのよ! 女ってのはパンが大好物なのよ!」
 リーダーが得意気に語り、舎弟達が一斉に頷き、声を上げる。
「目指せ、王女で女王! 王女で女王!!」
「ソレ究極の宝なり!」
「……ま、俺は金が貰えればどうでもいい」
 小さく呟いてワグネルは窓の外を見た。
(あの女はそう簡単に落とせるタマには見えなかったけどな)
 突如、ワグネルの目に人影が映った。次の瞬間、爆発音が響く!
「罠にかかった奴がいるぜ。どうするリーダーさんよ」
 雇われメンバーであるワグネルは、にやりとリーダーに笑みを向けた。

    *    *    *    *

 目の前に黒衣……いや、こげた白衣姿の男が倒れている。
「大変大変大変! 水水水!! こんなところに水なんかなーい! そだ、あそこの家の人にー!」
 突っ込んで行きそうなヒャルゥの腕を建一が掴んで止める。
「おーい、大丈夫?」
 ルインは木の枝を拾って、黒衣姿のファムルをつんつんと突っついた。
「魔法的な罠なら、感知できたんですけれど」
 建一は苦笑する。
 盗賊のアジトが見えた途端、突っ込んだファムルがかかったのは、とても原始的な罠だった。縄が一本張ってあるだけの。
 実際はその罠は囮で、その先の地面の中にも起爆スイッチが埋められていたのだが、ファムルはみえみえの罠の方に思い切りひっかかったのだった。まあ、そのお陰で爆発の直撃を免れたともいうが。
 建一は水の魔法を唱えて、とりあえずファムルを冷やし、治癒魔法も軽くかけてあげた。
「……っ、という風に罠が仕掛けてあるわけだ。相手は盗賊だ警戒を怠っちゃいかんぞ、少年少女青年よ!」
 まるでワザとかかったかのようにファムルは言うが、誰も聞いちゃいなかった。
「家の中に盗賊がいるんだね! よし、俺が先陣を切る! 皆付いて来ーい!」
 がしっ。
 飛び出そうとした、ヒャルゥはまたもや建一に腕をつかまれる。
「知能の低い賊だと聞いていましたが、薬を使って連れ去ったり、罠を仕掛けたり……それなりに切れる者も存在するようです。油断はしないで下さい」
 言葉が終わらないうちに、盗賊達が建物から姿を現し始める。
「ま、とりあえず壊滅させればいいんだよね!」
 ルインはにこにこと微笑む。
「そうだ、とにかく姫を助ければいいんだ!」
 ヒャルゥは注意深く建物を見回していく。
「……ま、その通りなのですが、無茶はしないで下さいね」
 建一は意気込む2人に苦笑を向けた。
 途端、2人の少女は武器を手に地を蹴った。
「2人共! いいか、私の……ッ!?」
 勿論ファムルおっさんは邪魔なのでドカッと突き飛ばしておく。……別の罠の上に転がり落ちて、また吹っ飛んでたけれど、気にしない!
「おのれ、姫を攫ったならず者め! 俺が成敗してやるー!」
 ヒャルゥは銀狼刀を抜いて、盗賊に斬りかかる。
「ひゃっはっはっ。姫の……を手に入れるのはこれからよ!」
 知能の低い亜人とはいえ、パワーは人並み。いや、人並み以上のパワーを持っているようだった。
 ゴリラのような体格の盗賊は、ヒャルゥの武器を剣で叩き落して、再び剣を振り上げる。
「ひゃーっ!」
 ヒャルゥは慌てて盗賊の股を潜って、背後に回りこむ。
「手が痺れるー。お姫様、どこだ! 助けに来たぞー!!」
「まて小僧!」
「ひーめー!!」
 叫び声を上げながらヒャルゥは建物を探し回る。というより逃げ回る。
「大人しく投降いや、抵抗しなさい!」
 ルインは自分に飛び掛ってきた盗賊に、言い放つ。
「大人しく掴まれば、ぶっとばした上アジトを壊滅させる。刃向かう場合はぶっとばして身ぐるみ剥いだ上アジトを壊滅させちゃうよ!」
「ようするに、ルインさんが暴れるのは誰も止められないというわけですね」
「うん♪」
 呟く建一にルインは満面の笑みで答えた。
「子供には興味ないんだ、ガキにはー!」
 盗賊が棍棒を振り上げて、ルインに振り下ろす。
 ルインは小さな体では考えられない程の力で、棍棒を鋏攻盾で受け流すと
 盾の両鋏をぱかっと開く。鋏を鍔として、目の部分からプロミネンスバスターを放出し、刃状に固定する。
「お、おおおおおおお!? 成功、成功したよ!」
 建一に見せると、建一は苦笑とも言える微笑みを浮かべながら頷いた。
「お〜、かっけ〜! これなんて名前にしよう!!」
「ぐはっ」
「きさ……ぐへっ」
 ぐるぐる振り回して、ルインは盗賊をボコしていく。
「ひーめーーーー!」
 逃げ回……もとい、姫を探して果敢にアジトを飛び回るヒャルゥを、盗賊達は捕らえることが出来ず、とりあえず建一に目を向けてきた。
「リーダーは貴様だな!」
「いえ、リーダーなんていないのですが。あ、一応依頼主のような方なら……」
 と言いながら目を向けた先には、よろよろと起き上がるファムルの姿が。
「いかにも、私がリーダーだっ!! 私の婚約者サク姫を返していただこうか!」
 起き上がって根性でそう言ったファムルの背がべしっと叩かれる。
「ぐはっ」
「婚約者じゃないっつーの!」
 今日一番のドツキで、ファムルは再び地に沈んだ。
「サクは何処だーッ!」
 遅れて到着を果たしたエクが無我夢中で脇目も振らず勇猛果敢傍若無人支離滅裂にナイフを放ち、走りこんで行く。
 しかし至極当然当たり前だが『ちゅどーん』と誰かさんが仕掛けた罠に嵌り、彼は果敢なく美しい花火となった。
 たった数行の登……いや数秒の出来事であった。
「キミの死は無駄にはしないっ。ボクが仇を討つからっ!」
 あまりの扱いに、盗賊達と戯れていたルインが目頭を押さえる。
「そこまでだ。大人しく退いてもらおうか」
「ちょっと、放しなさいよ……っ」
 抵抗する女性を引きずり出し、首に腕を回し、もう一方の手でナイフを閃かせたのは――ワグネルであった。
 建一はよく知った顔に眉を顰める。
「うぐぐぐっ、サクさんの声……」
 ファムルが腰をさすりながら顔を上げると、ワグネルの腕の中でもがいているサクの様子が目に入った。
「よし、先回りしてやってくれたか、ワグネル君」
 ファムルの姿を目にして、今度はワグネルが眉を顰めた。
「……悪ぃな。俺は今回はこっち側だ。退かねぇってんなら、ここら一帯の自爆装置作動させるぜ? 俺らの宝奪われるくらいなら、全部もろともってな」
 自嘲的な笑みを浮かべるその様子に、倒れたままのファムルと建一が目を合わせる。
「うん、それもいいかも!」
 ルインは、新スキルでの攻防を楽しみながら、にこおっと笑う。
「お宝手に入らないのは残念だけどー! 大爆発も興味あるよね、あるよね!?」
「爆発! 爆発の中から姫を助け出す勇者か! それも浪漫だー。冒険者に生まれたからには、一度はやらないとね!」
 ヒャルゥは身軽に攻撃を回避すると、建物の屋根の上に飛び乗り、ワグネルとサクに目を向ける。
「では……容赦は必要ないと?」
 建一微笑みを湛え、目は鋭く光らせながらワグネルに問う。
 抵抗を続けるサクを押さえながら、ワグネルは歯軋りをする。
 建一の実力はワグネルも知っている。魔法能力のないワグネルには非常にやり難い相手だ。
 建一が生み出した風の刃が、盗賊達の体を裂いていく。
「そうか、私を活躍させるためにワザとやってくれてるんだな、ワグネル君! うぐぐっ、幾多の試練を乗り越えて、助けに来たぞ、サクさーん☆」
 気力で起き上がったファムルは、将来の嫁(但し妄想上)に向かって、両手を広げて走る。
「リーダー撃破ー!」
 気合と共に、ルインがリーダーと思われる男に新技の光の刃を打ち込んだ。
「ぐはあっ、やーらーれーたーーーーーー!」
 リーダーの男は地を蹴って派手に吹っ飛んで、ファムルと衝突! ファムル共々地に沈んだ。
 男は血をどくどく流し、あたりが血の海と化していく。
「……血のりだ。血のりにしか見えないっ。そんな演技じゃ、主演男優賞は到底無理っ!」
 ルインがキツイ批評をするが、リーダーの男はぴくりとも動かない。死んだ振りをしているようだ。
「ちっ」
 ワグネルは軽く舌打ちをすると、サクを突き飛ばして逃走を図る。
「!?」
 しかし、数歩も行かないうちに、ずでんと派手に転倒をする。
「倉庫の中に素敵な道具がありましたので」
 にっこりと笑っているのはサクだ。抵抗しながら、ワグネルの体に鎖を絡めていたらしい。
「姫を攫った極悪人めー! 聖獣王が許しても、俺が許さん!」
 ヒャルゥが舞い降りて立ちふさがる。更に、建一が放った魔法の剣がワグネルの前後左右に突き刺さり、
「新のリーダー覚悟〜!」
 ルインが剣を打ち下ろしてきた。
 ワグネルは身を捩って、その攻撃だけは躱して「……参った」と降参した。

 ――盗賊をぐるぐる巻きにして木に縛り付けた後、お宝タイムに突入する。
「よし、ボクはコレにする」
 盗賊の宝を集めながら、ルインが貰おうと心に決めたのは――土偶だった。
 何故こんなところに、そんなものがあるのか解らないが、倉庫にソレはあったのだ。存在していたのだから仕方がない。
 しかも、なんとその土偶。ペンと頭を叩くと……目が、光った。
 赤く光ったのだっ!
 でも何の効果もないけどね。
「俺はこれかなー? リーダーのナイフ! 記念に!」
 ヒャルゥはワグネルが持っていた装飾が施されたナイフを煌かせる。……それは盗品ではないのだが、多分。
「おおっ、完治! というわけで、助けに来たぞ、サクさん」
 建一の治療を受けたファムルが、サクの元に駆け寄ってくる。
「助けられに来たの間違いじゃないですか? ところでエクの声を聞いたような気がしたのだけれど……」
「気のせいだ」
 ファムルはきっぱりと言い切って、サクの手を取った。
「さあ、帰ろう我等の新居に! 2人の邪魔をする者はもう何処にもいないのだから!!」
 ファムルはびしっとあの山の向こうを指差した。
 サクは溜息を付きつつ、建一と顔を合わせ苦笑した。

   *    *    *    *

 聖都に戻った一行は、血ノリまみれのリーダーと、雇われでありながら、参謀的役割をしていたワグネルを突き出し、アジトの場所や木に縛り付けてきた盗賊についての報告を済ませると、各々報酬を受け取った。
 ヒャルゥは装飾の施されたナイフを。
 ファムルは、囚われていた人物を。
 ルインはあの土偶を!
 建一は綺麗な宝石を受け取って――ペンダントに加工すると友人のエルファリアに届けたのだった。

 エルファリアは嬉しそうに笑みを浮かべて、建一からの贈り物を受け取った。
「ところで、盗賊に狙われる覚えはありますか? 彼等の狙いは貴女だったのだと思いますが……」
 建一の問いに、尋問をした騎士から事情を聞いたエルファリアは大きな溜息をつきつつ、こう答えた。
「わたくしの……髪の毛がほしかったようです」
「……?」
「髪を編んで縄を作る、とか。鞭を作る、とか……。どんな価値があるのか、解りませんけれど」
「はあ……」
「そういう時期なようです。春も終りですが。ええ……」
「そう、ですか」
 真面目な建一は、それ以上何も言うことが出来なかった。

「たっだいまー! よし、飯を作ってくれ。うちにはキッチンはないがな!」
 ファムルは喜び勇んで帰宅をする。
 今日は国に申請してあった報酬が届く日だった。
 つまり自分の嫁が!
「……よう」
 しかし、診療室のドアを開けたファムルが見た者は――男だった。
 自分よりガタイのいい男だった!
 そう、診療室にはテーブルに足を投げ出したワグネルの姿があった。
「一応礼は言っておくぜ、ありがとさん」
 ワグネルは立ち上がると、呆然としているファムルの肩を叩いて、そのまま診療所を後にする。
 ……ファムルの申し出を利用し、囚われていたことにして抜け出したのだ。

 広場の背の高い雑草を前にして、ワグネルは一度だけ振り返った。
 主の戻った古びた診療所を目に映し、自虐的な笑みを浮かべると雑草の中に消えていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3731 / ヒャルゥ / 女性 / 14歳 / 冒険者】

【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
その後、ショックとギックリ腰で寝込んだらしい。

【NPC / サク / 女性 / 23歳 / 洗心医見習い】
……診療所の薬棚に用がありそうです。

【NPC / エク / 男性 / 23歳 / 冒険者】
死んでませんから!

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『其れ究極の秘宝』へのご参加ありがとうございました。
以外な行動やお約束まで、とても楽しませていただきました!
meg絵師のイラストの方も、よろしければ楽しんでくださいませ。
ご参加ありがとうございました〜。