<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉の円舞曲 ruby-waltz passepied












 エルザード。天使の広場の昼下がり。人の往来激しいこの時間でも、先が尖り、鮮やかな紅色の宝石がついた杖は、遠目にも良く目立つ。
 その先端を頼りに人を掻き分ければ、やはりあのフードが目に飛び込んだ。
 しかし、その杖は1つ。もう片割れはどうしたのだろう。
 この前の時のように、今回も単独行動でもしているのだろうか。
 驚かす意味も込めて、レイリア・ハモンドはこちらから腕を掴んでみた。
「こんにちは、アッシュ」
 低い位置から引かれた腕に、アッシュの背は不自然に反り返る。
 不機嫌一杯の口元で振り返った彼に、レイリアは不敵に微笑んだ。
「今度は私から捕まえに来たわよ。驚いたかしら」
 そんな笑顔を見るなり、アッシュは肩を竦めるようにふっと息を吐いて微笑む。
「良く分かったな」
「それ」
 レイリアはアッシュが持つ特徴的な杖を指差して、そんな特徴的な杖は他にないと、目印にするにはもってこいだと告げる。
「そうか?」
「そうよ」
 アッシュは自分が持つ杖の先を見上げ、自分達を行過ぎていく魔術を扱うような人たちが持つ杖と、自分が持つ杖を見比べる。
「変わらねぇと思うけど」
「そう思うのはあなただけよ」
 2人はふふっと笑いあう。
「また会えて良かった。無事な様子でほっとしたわ。あの後どうしたか気にしていたの」
 レイリアは掴んでいた手を無意識に強めて、本当にほっとしたように告げる。
「無事かって何でそんなこと」
「だって、誰か……そう、ムマと敵対しているのでしょ? 出会って、争いになって、怪我でもしたらって」
「その点は大丈夫だ」
「それなら、いいんだけど」
 スタスタと歩いていくアッシュを小走りで追いかけながら、その顔を見上げて問いかける。
「ねえ、手掛かりは見つかった? もしかしてこの雑踏の中を探っているの?」
「別に?」
 レイリアは歩を強め前に回りこむ。
「…何かまた無茶なことしてないわよね」
 じっと見つめるレイリアの目線を横目でうけとめ、アッシュはまた雑踏に顔を向けると、気のなさそうな様子で、
「大丈夫だ」
 と、短く告げる。
「私からムマの気配がした理由がわかればいいのに……」
 明らかに気落ちしてボソリと口にしたレイリアに、アッシュは、ん? と顔をしかめ、あっけらかんとした口調で答えた。
「それは間違えただけだから気にすんな。あの時、あんたの近くを本当に関わった奴が通った。そういうこった。気配が分かるからって特定の個人まで正確に分かるわけじゃねぇからな」
「でも、意識しないうちにムマに関わっている可能性もある、そうでしょう?」
 返ってきた答えに食いかかるように、ぐいっと身を乗り出す。
「誰も意識して関わってねぇって。進んで協力するような酔狂な奴以外はな」
 だから気にするな。と再度念を押して言われてしまい、レイリアはしゅんと肩を落とす。
「それでも、ムマと私に接点があれば、遭遇することができるかもしれないじゃない」
 ちょっとだけ機嫌を損ねたような膨れっ面で言ってみたものの、アッシュの口元は嘲笑にも近い、引きつった笑み。それなのに、やっぱり何かを堪えているように見えてしまって。
「何でそんなに関わりたがんの?」
「進んで協力したいの」
 アッシュが言っていたのは、ムマに対して協力するような人物ということなのだろうけれど。
「危険であることは、あなたの態度から理解できる。それでも、できる限りの手助けをしたいの」
 感じてしまったから、アッシュが抱える寂しさを。
「もう他人事じゃないし、片足を突っ込んでいるも同然なのよ?」
「突っ込んでねぇよ。もし今度俺を見かけても、無視するんだ。いいな?」
「できないわ。できるわけないじゃない!」
 レイリアの脳裏に、鮮明に焼きついているアッシュの顔。その表情を思い返すとどうしても放っておけなかった。
「あなたは無意識だと思うけど、私と始めて出会った時、あなた…一瞬だったけど、すごく辛そうな顔していたわ」
 確かめるように徐に手を伸ばして、その身を全て包んでいるマントを掴む。
 アッシュの顔を窺うように見上げ、レイリアはぎゅっとマントを握る手に力を込めた。
「…あなたのその表情が、今も胸に刺さって抜けないの」
 それが、あなたを手伝いたい私の理由。
「哀れに見えたってか?」
 くっと口元だけで笑ったアッシュに、ゆっくりと首を振る。
「同情じゃないわ」
 本当に心配で、気になって、忘れられなくて。ただ、それだけ。
 それだけ考えれば、アッシュのためと言うよりも、手伝うことはまるで自分の為のようだ。
「とにかく今、私にできることがあれば言って。何でもいいの」
「何もねぇよ」
 お家帰って何時もと同じように暮らせばいいと、最初に会った時のように、マントを掴んでいる手が優しく解かれる。
 そんな軽い拒絶に、レイリアは不機嫌そうに呟くように言葉を吐き出した。
「囮としてでも使ってくれたらいいんだわ」
「ふざけんな!」
 あまりの剣幕に、一瞬びくっとレイリアの肩が震える。
「何言ってんのかほんとに分かってんのか!?」
 むっとして「分かってる」と答えようとしたレイリアを遮り、アッシュは続ける。
「何であれ、囮なんてもんは半分自己満だ! 奴の囮になるってことは、今まで築いてきたもの、これから目指そうとしているもの全部捨てるってことだ!」
 囮になるということは、必ずリスクが伴う。リスクのない囮なんてない。
 レイリアは握りしめた拳に力を込めて、身を乗り出すようにして叫んだ。
「そんなの怖くない。恐れたりしないわ!」
「違う!」
「っ…」
 折角持ち直した気持ちも、一瞬にして打ち砕かれる。自分の決意を告げているのに、何が違うのか分からず、レイリアは身を縮こませた。
「あんたは怖くないさ。囮になる、あんたはな!」
 囮になったことも、どうして囮になったかさえも忘れてしまうのだから、恐怖など浮かぶはずが無い。
「想像してみろよ! あんたの大切な人が、次の瞬間にあんたのことを知らないって言い出す様を!!」
(あ………)
 この叫びに、悟ってしまった。アッシュがここまで怒る理由を。
「アッシュには……そういう事が、遭ったの?」
「っ……」
 アッシュの言葉が詰まる。レイリアの予想は確定へ。
「……俺のことは関係ねぇ」
 顔を背けて小さく告げる言葉に説得力はない。
 口を閉ざしてしまったアッシュ。そうさせてしまったのは紛れも無く自分だ。
 沈黙の時が流れていく。
 俯き、かける言葉を捜す。

―――バサッ

 マントが翻る音に、レイリアははっとして顔を上げる。
 アッシュは、何も告げずにレイリアに背を向けて歩き出していた。
「ま、待って…!」
 囮にしてって言ったことを怒っているなら、謝るから!
「これ、やるよ」
 ピン。と何かが弾かれる音がして、銀色に光る何かがレイリアのもとへ弧を描いて飛んでくる。
 レイリアはすぐさま両手でカップを作って、その光る何かを受け止める。
「…指輪?」
 何かの文様が刻まれた銀の指輪。
「あんたが変な気起こさないように」
 指輪から視線を上げる。そこに、アッシュの姿はもうない。
 レイリアは受け取った指輪をぎゅっと握りしめた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3132】
レイリア・ハモンド(12歳・女性)
魔石錬師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 2度目の紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 アッシュを気にかけてくださりありがとうございます。ムマに関わって欲しくないと思っているので、対応がちょっときつい部分が多々あります。不器用な奴ですいません。気を悪くされないよう願います。
 それではまた、レイリア様に出会えることを祈って……