<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


【人形師が夢を語る頃】ネメシア・2

□Opening
 その日、一人の老人が黒山羊亭を訪れた。
「失礼、黒山羊亭とはここで良いのかな?」
「はぁい、いらっしゃい」
 エスメラルダは、いつものように客人を迎える。
「ふむ。実は、白山羊亭のお嬢さんから紹介されて来たのじゃ」
「あら、あの子から」
「ワシはネメシアと言う者じゃ。これから、ワシの滅んだ故郷カラクリの里へ調査に赴こうと思っての。それをサポートしてくれる仲間を紹介して欲しいのじゃ」
 ネメシアは、エスメラルダにこれまでのいきさつを説明した。
 聖都を騒がせている人形師の遺言。
 凄惨な事件。
 その首謀者が、滅びたカラクリの里の出身かもしれないと言うこと。そして、ネメシア自身もカラクリの里出身で、この事件に胸を痛めている事。
「ふぅん。でも、おじいさん、滅びた村に何があるのかしらね?」
「うむ。おそらく里は滅びて風化しておる。ただ、書物庫や道具庫は綺麗に残っているやもしれん。倉庫内をメンテナンスする機械は半永久的に動くよう設計されているのじゃ」
「なるほど、倉庫内に新しい動きがあったなら、それが怪しいんだ?」
 例えば、誰かが何かを調べた跡が残されているかもしれない。
 例えば、誰かが何かを持ち出した跡が残されているかも。
「うむ。やはり気になる。遺言を残した人形師が、何を目指して何を作ろうとしたのか。暴れておる人形だけとは、とても思えんのじゃ」
「そっか。で、調べ物をするのに、仲間が欲しいと」
「できればな。勿論、同行者がおらずとも、ワシ一人でも調べに行くよ。それから、そうじゃの。ワシはすぐに出発するが、どうしても間に合わない者のために、地図も残して行こう」
 と、いうのも、聖都では今日も不審な事件があったと聞く。冒険者達は、その対応に追われるかも。
 エスメラルダは、老人の頼みを聞く形で、冒険者達に協力を頼んだ。

□01
「例の、ストンとやらを作った師の里だね。楽しそうだな。同行させてくれ」
 最初に黒山羊亭に現われたのは魔石錬師のAngelica(アンジェリカ)だった。一番最初の人形・ストンを倒した一人だ。しきりに顎に指を当て、にやりと口の端を持ち上げている。
 里には様々な資料が眠っているだろう。それも……非常に気になる。
 師は何を得たいのだろうか。どんな「世の終わり」が見たいのだろうか。

(……人形師と同じになっていたかもしれないことが嫌だ、と言っていたか。その言葉に偽りはないと思いたいが……本名を忘れたと言って、偽名を使ったり、どこまで信用して良いものか)
 黒山羊亭に現われたジェイドック・ハーヴェイはちらりとネメシアを一瞥した。
「俺も調査に同行させてもらおう」
 人形師の遺言に記されていた人形は3体。うち、ストン、シザーを倒し、残すは1体だが、それで本当に終わりかはわからない。それに……。やはりネメシアのことが気になるのだ。

「ふむ……最近、世間を騒がせている人形達の話は聞いている。何体かはすでに倒されたようだが……これで終わりとは限らない」
 キング=オセロットはそのように語った。
「私も同行しよう。興味がある」
「ふむふむ。よろしく頼む」
 集まった冒険者達を、ネメシアは満足げに見つめた。

□02
 カラクリの里には昼頃到着した。
 聞いていた通り、一目見てそこが荒れ果てた廃墟だと分かった。風が吹くと粉塵が巻き上がり、途端に視界が狭まる。樹木は全て枯れ果て、緑がない。屋根も壁も風化し、家屋は家屋たりえていない。
「ふむ。見たところ、廃村じゃな」
 ある程度予想していたのか、ネメシアは村の様子をちらりと見ただけでどんどんと足を進める。
「ワシはこのまま書庫へむかうが……、おぬし達はどうする? その辺を良く見てみるとな、所々地下へ続く扉があるのじゃ。一見廃屋に見える民家も、中に入ればメンテナンスが行き届いておる場所もあるぞ」
 キングはネメシアが指差した地面をもう一度良く観察した。
 なるほど、砂利に紛れてうっすらと人工的な直線が見え隠れしている。
「まぁ、危ない場所などないハズじゃよ。地下はメンテナンスがしやすい上、吹き晒しにならんからな。技術者の展示場になっとるよ」
「……では、私は、村をざっと見て回ろう」
 そう言って、書庫の場所をネメシアに確認した後、キングは近くの民家へと歩いて行った。
「俺は、書庫に同行しよう。せいぜい文献に期待させてもらうとしようか」
 アンジェリカは早く案内しろと、ネメシアを急かす。
「ふむ。俺も、同行しよう」
 ジェイドックはそう言って、書庫に向かうネメシアとアンジェリカの後に続いた。

□03
 民家や地下室を見て回っていたキングは、一軒の家屋の中で足を止めた。
 見たところ外観は他の家屋と変わりがない。けれど、部屋の中が妙に荒らされているのだ。それも、ヒビの入った壁から隙間風が吹いて……、という具合ではない。本棚や机の引き出しが全て開け放たれ、床にガラクタが散乱している。
 しかも、あちこちに散らばっているモノには、あまりホコリがかぶっていない。それは、他の家屋の中と比べて、という程度だけれど、明らかに違うのだ。
「ふむ……」
 周囲を警戒しながら、キングは部屋の中の捜索を始めた。

 書庫では、ネメシアの簡単な説明が始まっていた。
「奥にずっと長い場所じゃ。入口付近は、比較的簡単なカラクリの覚書が積まれておる。書庫と言ったが、ほとんどは村の連中が自分の技術を記した書じゃて。まぁ、読みにくい物も多少はあるかもしれん」
「なるほど、自己顕示欲だけで世界は制する事ができないと、良く覚えておこうか」
 ネメシアの言葉を聞きながら、アンジェリカが手近な本を手に取る。その内容は『回転する歯車の回転数を効率良く記録する機材について/柳の隣に住むジョージ著』という、全く毒にも薬にもならないような書物だった。
「次の棚は、主に生活雑貨の開発書庫じゃな。自動で浮かぶ掃除機じゃの、大根を桂向きする大車輪じゃの、そう言う類の書物が納められているはずじゃ。奥に行くにつれ、だんだんとカラクリらしくなるわい。ほれ、この辺りは、見ておこうかの」
 ずかずかと奥へ進むネメシアをジェイドックは追う。
 ネメシアが本棚から取り出したのは『指の関節を再現する方法/赤い屋根のタカラン著』と記された本だった。
 なるほど、人形の造りを図解した著書のようだ。元より、カラクリの知識があるわけではない。ジェイドックは、ネメシアの選んだ本をいくつか受け取った。
 ふと後ろを振り向く。
 すると、いつの間にか列から離れたアンジェリカが、熱心に何かの本を読んでいた。

 さて、人為的に荒らされたと見える家屋で、キングはいくつか気がついた事があった。
 まず衣類が残されていない。
 これは、家屋を荒らした者が持ち去ったのか、それとも元々なかったのか判断がつかない。
 次に書物がない。また、紙などのメモもない。
 こちらも、元々なかったのか誰かが持ち去ったのかは分からない。けれど、比較的軽い衣類はともかく、書物も全て持ち去るというのは不自然ではないだろうか? また、比較的劣化の少ない部分にも、紙切れ一つ落ちていないのが逆に不自然だ。
 しかし、全ては憶測の域を出ない。
 ふと、書庫に向かった老人の姿を思い出す。さて、自分も書庫に向かおうか。
 キングは黄色い塗装が剥げてしまったような家屋を後にした。

□04
 ぱらぱらと本を捲る。
 ネメシアは小さな椅子に座って本を読んでいる。その隣に移動したジェイドックは、ネメシアの読み終えた本なども手に取っていた。そして、ネメシアの読んでいた本を何冊か眺めているうちに、あることに気がつきはじめていた。
 手にした本を、もう一度観察する。

『記録装置の電力消費について/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』

 その本は、データを記録する装置を半永久的に運営する場合の必要電力を考える、という内容の本だ。けれど、ジェイドックが気にかけたのはそこではない。
 他の本に比べ、ページを捲ったときの埃の舞い方が比較的緩やかなのだ。
 もっと踏み込んで言うのなら、最近、いや数年前かもしれないが、誰かがこれを読んだ、と思う。
 他にも、同じように感じる本がある。

『データの劣化防止を考える/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』
『技術のデータベース化について/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』
『データ入力方法の簡略化・信号入力方式/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』

 確認するまでもない。
 全て、黄色い壁の家ペイパーグリーン著となっている。ペイパーグリーンという人物の書物を誰かが読んでいた、ということだ。
 そして、ネメシアはその本を正確に把握している。
 さて、これは一体どう言うことか。
「一体どう言うことなのか。そろそろ議論の時間が来たと感じているんじゃないかな」
 ジェイドックの心を代弁するように、アンジェリカが声を上げた。
 ずっと遠くの本棚の前にいたと思ったけれど、何冊かの本を小脇に抱えて近づいてきたようだ。
「はて、議論とは?」
 空とぼけるネメシアに、アンジェリカはにやりとニヒルな笑みを返した。
「この書物『油圧方式に代わる魔術方式でのカラクリ運用について/三つ子の木の隣シーサーマン著』だ。なるほど、興味深い。人間の関節の動きを再現する従来の油圧方式を魔術で代用するという内容」
「…………」
「これは、あのストンを思い出さないか? 人間そっくりのストン、様々な魔術で複雑な動きを可能にしていた。そうだね。イヤでも思い出す。俺の想像もキミの想像も、今回ばかりはズレないはずだ」
「……むぅ。やはり、人形は、その書物を参考に作られたというのじゃな?」
 顔をしかめるネメシアに、しかしアンジェリカは首を横に振った。
「それが違うと言うことくらい、分かっていると信じたいな。このくだりだ」
 そう言って、アンジェリカは本を開く。

――――――ここから
 この技術の素晴らしいところは、消費される魔力(もしくは電力)が極めて少ないことだ。
 今までの油圧方式は、本体に多大な負荷を掛ける上、重くなってしまう。それでは、細やかな動きを再現できない。僕は、伝説の国のスシを握るカラクリを作りたいのだから。
 そして、その問題点を綺麗に解決したモノこそ、魔術方式だといえよう。電力と魔力比を1:1で考えるならば、従来の電力の3分の1の力で、連続稼働時間は従来の8倍にもなる。これは凄い。さっそく、この方式を組み込んだ試作品を作ろう。
――――――ここまで

「と、いうわけだ。言うまでもない事だけれど、あえて言わなければならない時が来たのさ。この書物によれば、魔術方式は省エネであることが伺えるね」
「たしかに、そうじゃの」
「ならば、何故、ストンはアレほど多くの犠牲を出した? 自身が動くだけなら、あそこまで根こそぎ奪い取ることは、よほど遠回りだし無駄になるはず」
「………………」
 アンジェリカの指摘に、ネメシアは黙りこんだ。
 そのやり取りを聞いていたジェイドックは、ふと、引っ掛かりを感じた。
 もう一度、自分が気になった本を順に眺める。
「……、電力……消費……。そうだ、電力といえば、こちらの本は? これは、どちらかというと、大量のデータを記録する装置は電力がいる、という内容のようだが……」
「ふぅん。それは、興味深い本だな。何を掛けてもゼロのはずだ。本棚になければ、俺はその本を確認できない」
 そこまで台詞にしながら、アンジェリカは薄々、人形師の意図を感じはじめていた。
「黄色い壁の家ペイパーグリーン、か」
 そこへ、新たな声が響く。
 探索を終えて書庫へやってきたキングだった。
 何か気になる事があるのか、じっとジェイドックの持っている本を見る。
「この本が、どうかしたのか?」
「そうだな。一軒、人為的に荒らされている家を見た。確か……、黄色い壁だったな」
「やはり、このペイパーグリーンという人物が、関係あるのか? それとも、まさかペイパーグリーンが人形師だと?」
 キングの話を聞いて、ジェイドックは目を細めた。
「まさかまさか。いいかい? 自分の書いたモノをわざわざ読み返す、そんな必要がどこにある? 少し思考を巡らせれば分かることさ。自分の知識を再確認するのに、書庫は必要ない。少なくとも、師はペイパーグリーンではないよ」
 やけにはっきりと、アンジェリカが言い切った。
「ふむ。そうだな。いわんや、自分の家を荒らす必要などないな」
 キングもその意見に賛成する。
「常識的に考えれば、そうだろうな。さて、だとしたら、ペイパーグリーンとは誰なんだ?」
 ジェイドックの鋭い視線と問いかけに、ネメシアが大きくため息をついた。

□05
「その男は、元々は、この書庫を何とかしたいと思っておったのじゃ。書物はかさばるからのお。そこで、カラクリ士達の知識をデータで残せないかと画策したのじゃ。まぁ、それも、皆の反対にあってな。データを入力するのが面倒くさいというのじゃよ。そこで、入力方法も脳から直接というふうに工夫はしたのじゃがな」
 ネメシアは言いながらペイパーグリーンの書物を一つ一つ摘み上げる。
 『技術のデータベース化について/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』『データ入力方法の簡略化・信号入力方式/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』などがそれだった。
「けどなぁ、脳から直接情報を取る方式も、結局は情報入力の際に考えなければならない、その時間がもったいないから嫌じゃと皆がごねた。そして、計画は流れたというわけじゃな」
 そこまで語ったネメシアは、ふうとまた一つため息を漏らした。
 三人はしばらく続きを待ったが、それ以上は何も言葉を続ける気がないのか、ネメシアは口を開かない。
「いや、だから、結局何なんだ?」
 ジェイドックがそう問うと、アンジェリカがくっくと笑いを漏らした。
「ああ、この世は得てしてそういうモノだと、識者は仰々しく語るようだな。その話には続きがない。けれど、他にもう一本線がある。技術のデータベース化の副産物があるんだな?」
「副産物……、そうなのか?」
 キングはアンジェリカとネメシアを見比べ、並んだ本を眺めた。ネメシアが取り上げなかった本。『記録装置の電力消費について/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』と『データの劣化防止を考える/黄色い壁の家ペイパーグリーン著』だ。
「……、計画が流れたのなら、データを保存する方法の心配はしない。ということは、何らかのデータを保存する技術が必要になった……のか?」
「必要……。それほど大げさではなかったのじゃがな。入力が面倒くさいならば、脳の持っている情報をそのままコピーしてはどうかと、ペイパーグリーンは考えた。まぁ、それも、今度はコピーした脳の情報を検索できないと分かって、結局自分のコピーを作っただけで終了したが。そして、その情報もあまりの電力消費に、データを維持できなくなってのお。消してしもうた」
 脳の情報をそのままコピーする。
 そのピースを手にいれ、アンジェリカはしきりに顎を指で触り始めた。
「では、聞かせてもらおう。件の人形師の遺言。あなたの見解……いや、もしこの場にペイパーグリーンがいたなら、何と答えるのか?」
「…………」

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 私は世界の滅びを見てみたい。人々が恐れおののく瞬間を感じたい。
 私はこの黒い欲望を抑える事に疲れてしまった。
 だから魂を込めて人形を作った。

 頑丈なストンは私の瞳を原動力にするだろう。
 鋭いシザーは私の髪を原動力にするだろう。
 身軽なペパーは私の血液を原動力にするだろう。

 ああ、私の人形達よ舞い踊れ。最早ここに枷は無い。
 ああ、私の人形達よ世界を滅びに導くが良い。
 その時私は蘇る。
 そして私は世界の滅びを見るのだ。
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 ネメシアは、懐から人形師の遺言を取り出した。
 そして、一度目を瞑り呼吸を整える。
「まず断っておくが、世界の滅びが何であるかは分からん。ただ、そうじゃのぉ。私は蘇る、とあるこの部分。もし、人形師がペイパーグリーンの研究や技術を詳しく知っていたなら、自分の脳情報をコピーして保存、その後新しい器を用意する……。三体の人形が集めていた原動力とやらは、データを保存する環境を維持する力、じゃな。……いや、とんだ四方山話か」
 ネメシアは自分の言葉に笑いをもらした。
 けれど、誰も笑わなかった。
「師はもっと絶対的な力を持ってして目的に近づき、そこで何かしようとしているのか」
 やけにはっきりとアンジェリカが言い切る。
「なるほど、魂を込めて作った人形、というのは、ストン・シザー・ペパーのことではなく、人形師の器だと?」
 キングが問うと、ネメシアは少し視線を下げた。
「……。そう、考える事もできるという話じゃが……」
 何となく歯切れが悪い物言いだが、ネメシアの語る言葉はもっともらしく聞こえた。
 ただ、ネメシアは人形師と何らかの関係があるようだった。ジェイドックはそう確信する。
 ネメシアは何を求めてこの里にやってきたのか。それが、知りたい。

□06
「では、師の考える世界の終わりとは何だというのだ? ああ、それを考えないなんて、晴れの日に見上げる太陽よりも不愉快だな」
 アンジェリカの言葉に、ネメシアは首を傾げる。
「そうだな。人形師の滅びの欲求は何故だ?」
 キングの問いかけにも、分からないと首を振る。
「……。ネメシア、あんたはここに何を確かめに来た? 人形師は、どんなヤツなんだ?」
 ジェイドックは、まっすぐネメシアに疑問をぶつけた。
「むぅ」
 ネメシアが唸る。
 そして、ようやく、ネメシアが口を開いた。
「まぁ、確認じゃ。ワシの考えが正しかったのかどうなのか。確認……いや、欲しかったのは確証か。まさかとは思ったが、参考にした本を確認したらば、人形師は彼じゃと思う他はないのぉ」
「確証」
 ジェイドックが、言葉を一つ繰り返す。
「ペイパーグリーンには養子がおっての。名前はペイパーブルー。元々名無しの子供が里に紛れ込んできたのじゃ。じゃから、ネーミングセンスについては突っ込みナシじゃぞ。二人のペイパーは、黄色い壁の家に暮らしておった。色々カラクリも開発した。じゃが……。ペイパーグリーンは里が滅びていくことに気がつき……旅に出た。ブルーはすでに18じゃったし、一人での、旅に出たのじゃ。そこから先は知らん。ブルーがその後、どんな事を考え何を見たのか、本当に分からん。40年以上前の話じゃ。ただ、ブルーの著書が一冊もないのが気になるのぉ」
「ペイパーブルーは、一体何を作っていたんだ? 師の作品は?」
 その肝心な部分を聞きたいのだ。
 アンジェリカの言葉に、ネメシアは首を振るばかり。
「すまんのぉ。本当に分からんのじゃ。いや、まだまだ形になってはおらんかったのじゃが、魔力を電力に変換する方法を夢想しておったのは聞いておる」
「なるほど、瞳から魔力を取り出し電力に変える。ああ、これは一つの成果を見たんだな。つまり、師の夢想は具現したのだと」
「…………」
 それが、良いことなのかどうなのか分からない。
 アンジェリカの言葉に、ネメシアは俯いた。
「ところで、その出生に目をむけられること、この里を調べにくることなど予見済みかと思ったのだが、この書庫も民家も何も仕掛けがなかったが……これはどう言うことだろう?」
 話の切れ間に、キングがポツリと呟いた。
 周囲の警戒に十分気を使ったが、何か仕掛けてくることもなく、襲われることもない。
「ふぅん。……、知られても良い、いや、むしろ知って欲しい。か? ……。これは、ああ、興味深いな。そうか、遺言のこともそうだな。わざわざ娯楽にパズルを選ぶニンゲンの気持が少しは理解できる」
 アンジェリカは、思考を止める事がない。
 与えられた情報を並べ替え、ぐるりと回し、人形師の思惑を探るのだ。
「何か、気がついたのか?」
 よほど面白そうだったのか、ジェイドックがアンジェリカに質問した。
「気がつく? 気付く? 何のことだ? そんなもの、最初から意味のない回転だ。最初から、我々の目の前に提示されていた。キミは遺言を見て何を思った? 不安? 恐怖? 戦慄? 不快? 決意? ははは。全て、師の思惑通りだ。世界の終わりにニンゲンが浮かべる表情も、またそれと同じことだろう?」
「そうか……。ブルーは……、人々の恐怖をわざと煽り……それすらも体感しようとしていたのじゃな?」
 アンジェリカの言葉にネメシアが答えた。
 そして、その答を否定する材料は、残念ながらどこにもなかった。

□Intermission
「うーむ。わざわざ調べに来てもらったが、老人の愚痴ばかりになってしもうたかの。すまんかったのお」
「そんな事はない。非常に有意義な時間を過ごした。この文献なども、興味深い。”人間と全く同じ構造を持つ人形を作ったが、思うように動かない。むしろ、機能や関節を削除することで思う通りに動かすことができた”ほら、これだ。人形の構造は、人間と全く同じでは駄目だと。実に面白いじゃないか。人間そっくりの人形は、わざわざ人間と違う造りをしなければならない。このポイントは、ああ、面白いな」
 力なく俯くネメシアと、いくつも文献を抱えるアンジェリカは対照的だった。
「あんたはこれからどうするんだ?」
 まだ全てに納得したわけではないけれど、気落ちする老人をこれ以上厳しく責め立てたりはできない。ジェイドックは、幾分か表情を柔らかくして(あまり、見た目は変わらなかったけれど――)ネメシアを見る。
「うむ。分かってしまえば、ワシのする事は、決まっておる。奴の魔力を他の力に変える原理は、幸い聞いて知っておるからの。まぁ、その後どんな革新的な技術を取り入れたかは分からんが、それを邪魔する有効な装置を作る事ができるはずじゃ」
「では、やはり、三体の人形を倒したとしても、次がくると……?」
 キングは問うように言葉を口にしたが、答えは皆が分かっていた。
「まぁ、ブルーの記憶情報装置を積んだ人形が現われるじゃろうな。電力を消費するからのぉ、今まで以上に、魔力をかき集める仕様じゃろうな」
 魔力をかき集めるとは……、つまり、今までの人形と同じかそれ以上に人間を蹂躙するということか。
 まだ終わりではない。
 それが正しい結論だった。
<To be continued>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2774 / Angelica / 男 / 16 / 魔石錬師】
【2948 / ジェイドック・ハーヴェイ / 男 / 25 / 賞金稼ぎ】
【2872 / キング=オセロット / 女 / 23 / コマンドー】

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■         ライター通信          
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 この度は、依頼へのご参加有難うございました。調査依頼ということで派手な戦闘等は無いのですが、色々お伝えできたと思います。少しでも謎が解明されたでしょうか? シリーズシナリオですので、そのうち次のシナリオも公開予定です。そちらもどうぞよろしくお願いします。

■ジェイドック・ハーヴェイ様
 こんにちは。いつもご参加有難うございます。
 やはり、ネメシアのことが引っかかりましたか。確かに、彼は胡散臭かったと思います。今回、少しでもご納得いただければと思いますが……どんなものでしたでしょうか。
 それでは、また機会があリましたらよろしくお願いします。