<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『虎王丸と謎のマスクマン』


●虎、祭り上げられる
「兄貴、もう一軒行きましょうよ。もう一軒」
「よっしゃ、まだまだ行くぜぇ!」
 ここはカグラの繁華街。
 数人の少年達におだて上げられ、気前良く奢っている男が居た。
 彼の名は虎王丸。
 といっても、周囲の少年達とは殆んど年の差はないし、もしかしたら年上の者も混じっていたのかもしれない。
 『天空の門』事件において、英雄と言っていいほどの働きをした彼を慕う者が現れたのも無理は無い。
 元来がお調子者の彼が、その状況で謙虚でいられるはずも無いのである。
 ましてや、いつもなら苦言を呈す相棒も、今は街を離れて一人なのだ。
 ここしばらくの冒険で膨れ上がっていた彼の財布は、日に日に厚みを失っていきつつあった。
 最初のうちこそ、冒険者見習いの少年たちを純粋に鍛えようとしていたのだが。 
「おらっ! サボってんじゃねぇ! あと素振り500本追加だ!」
 自分の体力を基準に作られた練習メニューは、彼以外の者にはついていく事が出来ず、そういう少年達は日に日に減っていった。
 代わって増えてきたのが、彼をリーダーとして担ぎ上げ、美味しい汁を吸おうとするチンピラくずれだったのである。
 彼とて初めから遊び歩いてばかりいたわけではない。
 少しは骨のある相手がいれば、白焔の新しい使い方を編み出すきっかけになるかと思っていたのだ。 
 だが、彼は少しだけ勘違いをしていた。
 それは、彼自身の実力が、既にそこら辺の冒険者とはかけ離れたレベルに到達しつつあったという事だった。
 かくして、毎日の修行の時間が減り、飲んだくれる時間ばかりが増えていった。
「兄貴兄貴! ここのお姉ちゃんがまた、すっげ〜色っぽいんすよ。サービスしてくれますよ!」
「え? へへっ。サービスしてくれるんじゃ、行かないわけにはいかねぇよなぁ」
 元来が年上好きのセクシー好み。
 大金が入って浮かれた虎王丸がそいう店にのめり込んでいったのも無理は無い話で。
 宵っ張りの酒が続き、昼まで寝ている日々が続き、刀すら持ち歩かぬ事も増えてきた。
 だが、街全体が何かと慌しく変わりつつある中で、そんな彼に注意をしようとするものもいなかったのである。


●敵か味方か? 謎のマスクマン!
 その日も昼過ぎに起きた虎王丸は、酔い覚ましの冷たい水を求めて階下へと降りていった。
 昼飯時の食堂を避けるようにして裏へと回った彼は、水場に流れる冷たい水に口をつけた。
「ふぅ〜……生き返ったぜ……」
 起き抜けと言うことと、連日の深酒で何か食べる気にもなれない。
 そのままごそごそと自分の部屋へと戻った彼は、何事も無かったかのように二度寝に入った。


「……兄貴……兄貴っ!」
「んぁ?」
 気がつくと、日はかなり傾いているようだった。
 いつもの面子に揺り起こされた彼は、ようやくベッドから降りて着替えに手を伸ばす。
「なんだよ。また飲みの誘いかぁ? 悪いけど今日はそろそろ……」
 さすがに、立てかけたままの火之鬼にも埃が積もろうとしていた。
 体も少し重くなってキレが無くなってきた気がする。
 久しぶりに体を鍛えないとならんなぁと、彼も思い始めていたのである。
「え〜、行かないんすか?」
「せっかく、チェリーちゃんが兄貴の為にスペシャルサービスを考え出したって言ってたのに」
「何!?」 
 虎王丸の目が(別の意味で)鋭く光る。
 どれだけ金を貢いでもなびかなかったチェリーちゃんがついに……。
 火之鬼に伸ばしかけていた手を引っ込め、虎王丸は少年達と繁華街へと繰り出すことにしたのであった。
「あ、わりぃ。ちょっとギルドよって金引き出してくわ」
 冒険者は普段大金を持ち歩かない。
 旅に出るときは、多額の現金は邪魔なので宝石類に換えたりするが、街にいる時はギルドに預けておくのが一般的である。
 ちょっと多めに金を引き出し、チェリーちゃんのスペシャルサービスに心を奪われていた虎王丸は、彼が去ったあと、換金所の女性がそそくさと階上に消えていった事など知る由も無かった。


「へへっ。今日も朝までパーーっとやるかぁ!」
「「おおぉーーーーっ!!」」
 虎王丸の金だけが目当ての少年達が、嬉しそうに追随する。
 彼らが繁華街へ向かって歩き出した、その時である。
「待てぃっ!!」
 周囲を圧倒する声が裏路地に響き渡った。
「な!?」
「だ、誰だぁ!?」
 きょろきょろ周囲を見渡す少年達。それは、無視しようにも出来ないだけの覇気を感じさせる声であった。
 はたして。
 顔を僅かに上に向けた少年達が目にしたものは。
 虎ともライオンともとれるマスクを被り、黒い衣装とマントを翻して街路灯の上に立つ一人の屈強な男の姿であった。
「なにもんだ、てめぇ?」
「俺……我が名はライガージョー! 道を踏み外さんとする愚かな冒険者崩れに正義の鉄拳を下すものだ!!」
 街路灯の上で両腕を組んで仁王立ちする黒ずくめの装束のマスクマン。
 その非現実的な光景に、しばし思考が停止する一同。
 あんぐりと開かれた口を見下ろしたライガージョーは、高々とジャンプして裏路地へと降り立った。
「酒は飲んでも飲まれるな!」
「うぐぅっ」
 まず一人がパンチを顔面に食らって豪快に吹き飛ぶ。
「修行は毎日欠かさずに!」
「げふぅっ」
 後ろ回し蹴りがボディーに入って、もう一人がその場に崩れる。
「お金は大切に使おう!」
「ぎゃんっ」
 脳天に振り下ろされたエルボーでさらに一人が悶絶。
 残った連中も、倒れた仲間達を助けようともせずに散り散りに逃げ出していった。
 ただ一人、残った虎王丸が両足を大きく開いて身構える。
「てめぇ……格好はふざけちゃいるが、強いな」
 立ち居振る舞いを見ずとも判る。
 抑えられた気が黒装束の中から感じ取れるくらいだった。
 二人の間に張り詰められた空気が、急速に密度を増していく。
「……おらぁっ!」
 耐え切れなかったのは、やはり虎王丸だった。
 自身のスピードを活かし、殴りかかろうとした直前で身を翻し、建物の壁を蹴って死角から飛び蹴りを放つ。
(よっしゃ!) 
 タイミングは完璧だ。
 その一撃に虎王丸が内心で笑みを浮かべた時だった。
ガシィッ!
「何ぃっ!?」
 全体重を乗せた飛び蹴りを、片手でライガージョーが受け止めた。
「……この馬鹿者が!!!」
そのまま、浮かせた彼のボディに容赦無い追撃が叩き込まれていく。
ドカッ! バキッ! ゲシィッ!!
 音を聞いただけで痛くなるような殴打の嵐。
 それらが止んだ時、虎王丸はボロ雑巾のように裏路地に転がされていた。
「くっ……」
「悔しいか……? だが、それが今の貴様の実力だ! 己の実力に慢心し、修行を怠った者が落ちぶれていくのは早い。今の貴様では、この俺のマスクを剥ぎ取る事さえ出来ぬわ!!」
 踵を返すと、ライガージョーは夕闇が迫る街の影へと消え去ろうとしていた。
 一歩も動けない虎王丸に出来たのは、その背中に声をかけるくらいであった。
「覚えてろぉっ! いつか必ず、そのマスクを剥ぎ取って顔面にパンチをくれてやるからな!」
 その言葉に、ライガージョーの足が止まる。
「やってみろ。修行を怠った今の貴様では、100年経っても無理だがな」
 そう言い残すと、今度こそ振り返らずに夕闇へと消えていった。
「ちくしょう……」
 言ってる自分でも、負け犬の遠吠えである事が理解できた。
 久しぶりに感じる屈辱に、虎王丸の瞳に熱いものが溢れては、流れていった……。


●それから
「1、2、3!」
 ギルドの訓練場で汗を流す虎王丸の姿が見られるようになったのは、それから3日後の事であった。
 彼にくっついていた金魚のフンたちは、あれからから姿を見せなくなり、彼自身の記憶からも消し去られていた。
 それからというもの、心を入れ替えて修行に勤しむ虎王丸の姿を見て、別の少年達が近づくようになっていった。
「悪いな。俺はまだ、人に教えるような柄じゃねぇんだよ」
 教えを請われ、初めはそう言って断っていた虎王丸であったのだが、一緒に修行する少年達については特に邪魔者扱いする事も無かった。
 カグラのギルドの明日を担う若者達が芽吹き始めたのは、それから間もなくの事であった。




                                       
                                         了







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1070/虎王丸/男/16歳/火炎剣士

【NPC】
 
ライガージョー/男/31歳/なんか強そうでギルドの偉い人?

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 相変わらずお待たせして申し訳ありません。
 虎の場合、一度調子に乗っちゃう位の方が彼らしいかなと思いながら書いてみました。
 それにしてもライガージョー、何者なんでしょうね?w
 またしばらく間が空くと思いますが、機会があればまたよろしくお願いします。
 それでは。