<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉の円舞曲 ruby-waltz passepied












 エルザード。天使の広場の昼下がり。人の往来激しいこの時間でも、先が尖り、鮮やかな紅色の宝石がついた杖は、遠目にも良く目立つ。
 その先端を頼りに人を掻き分ければ、やはりあのフードが目に飛び込んだ。
 しかし、その杖は1つ。もう片割れはどうしたのだろう。
 この前の時のように、今回も単独行動でもしているのだろうか。
 さして何も考えず、ステイルの腕が自然と動く。気が付けば、アッシュの腕を掴んでいた。
 かち合う視線。
 流れる沈黙。
「何?」
 声をかけられて、やっとステイルの時が戻ってくる。
「いや、何か用があったわけじゃなくて」
 ステイルはバツが悪そうに掴んでいた腕を離し、軽く頭をかく。
「あー…まぁなんだ、立ち話もなんだし茶でもどうだ?」
「…………」
 口元だけしか見えていないのに、アッシュの顔は、あからさまな程に不信感で一杯だ。
「……奢るし」
 トドメの一言だった。


















 ゲンキン。まさにその言葉に尽きた。
 目の前のテーブルを見て、奢ると口にしたことを少しだけ後悔しそうになる。
 現在のテーブル状況はまぁもういいとして、ステイルはアッシュが持つ杖に視線を送る。
 不思議な杖だ。こうして見ると普通の魔法使いが良く持っている杖とさしたる差は感じない。
「そいや今日は大人なんだな」
「だから、こっちが本当だと言ってるだろう」
「ふーん」
 どれだけ疲れていても、どれだけ魔力を消耗しようとも、こいつの前だけでは意地でも大人のままでいよう。とステイルはつい誓いを立てる。
 一つ溜め息をついて、気を持ち直すように視線を上げると、そのまま杖を差して問う。
「その杖は、単純に魔法使い達が持つような補助的なものじゃないんだろ?」
「補助の力もあるけどな」
 本当の力の片鱗は先日会った時に相見えている。
「だったら、その力は何処にあるんだ? その中心の珠か?」
「いや、杖そのものだ」
 アッシュ自身に封印の術は使えない。だからこその、道具。
「たまたま杖って形になっただけで」
 アッシュは、杖を創ってもらった時のことを思い出すように視線を一度投げかけて、ふっと笑う。
「そういえば、初めて会った時も、想いがどうとか言っていたが、術式や想いを力に変換するなら、その際のコントロールや制御はどうなってるんだ?」
「なんか質問ばっかだな。なんで知りたいわけ?」
 鬱陶しいという感じではなく、純粋に知りたがることが不思議で仕方がないといった口調。
「いや、無理に話してくれなくてもいいが、一職人…技術屋としては色々と惹かれるものが多いわけだ」
 一見すると悪びれも無く。だが、それ以上に、感慨深く告げた言葉に、アッシュがぷっと吹き出す。
「ほんと、職人って奴は…!」
 何かを思い出して笑っているのか、アッシュの肩が小刻みに震えている。
 何か笑わせるようなことを言っただろうか。
「ああ、いや、職人って奴はそういうもんだ」
 アッシュは一通り笑い終えたのか、息を整えると、テーブルにあった紙のナプキンをステイルに差し出し、ペンを取り出す。
「あんたの持つ炎のイメージをこの紙にちょっと書いてくれるか」
 何故そうなるのか首を傾げつつも、ステイルは差し出されたペンを手に取り書き始める。
「こんな感じだろうか」
 紙のナプキンに描かれる簡素なイメージ。
「なるほどね」
 アッシュは受け取ったステイルのイメージをじっと見つめ、暫くして顔を上げると、手の平を上にして手を広げる。
 そして、
「これは…」
 ステイルが描いた炎のイメージが、アッシュの手の平の上で方陣化していた。そこからボッと立ち上がる小さな炎。
「俺達の世界の魔法は想いを構成し方陣として構築することで力に変える。方陣の形は俺達がなそうとしてるイメージそのもの。だったら、コントロールも制御もやっぱり想い。だろ」
 ぐっと拳を握りしめれば、築かれていた方陣は四散する。
「だからって想い続ければ無限ってわけじゃねぇ。構築するにも威力を乗せるにも魔法力が必要だからな」
 話すために止めていた手をまた動かして、アッシュは残っている料理を次々と口に運んでいく。
 ステイルは頬杖をついて明後日の方向を見つめながら、溜め息をまた漏らす。
「あんたも珍しーヤツだよな」
 最初は自分を消そうとし、次には呆れさせたヒトにこうしてまだ付き合おうとするなんて。
 そんなアッシュの素朴な質問に、ステイルは、ん? と飛ばした視線を戻して、頬杖から顔を上げる。
「おまえらと関わってるとムマってのに遭遇する機会もあるだろう」
 手が止まり、一瞬にして変わった空気にも、臆することなくステイルは続けた。
「手を貸すくらいならしてやれるぞ?」
「いらねぇよ」
 何となくそう言うだろうことは予想の範囲で、ふっと笑いつつ言葉を続ける。
「そのムマ自身にも興味を惹かれるしな。無論それなりの覚悟を持って言っている」
 新しい技術に挑戦する時、失敗を恐れていては先に進めない。
「お前だって分かってるんだろう?」
 職人ってのはこういう生き物なんだということは、先に爆笑していたことで裏が取れている。
 ステイルはテーブルから身を乗り出した。
「…だから大人しくその杖の情報を寄越せ、さぁ寄越せ、そして解析させろ」
 少しだけ黒を背負いながら、とてもいい笑顔で、ずいずずいっと詰め寄ってくるステイルに、アッシュは背もたれに反り返る体制で何とか耐える。
「ど…どーしてそうなるんだよ!」
 アッシュは素早く杖を持ち上げて、限界きたりと、椅子からするりとすり抜けて、じっとステイルを見据え、膝に力を込めた。
「ちなみに転移しても痕跡たどってこちらも転移で追いかけるから逃げても無駄だ」
「な…なんだよそれ! ダメだぞ! ぜったい!!」
 ぎゅっと両手で杖を握りしめ、おろおろとステイルを見上げる様は、何時もの調子とは打って変わってまるで小動物のようだ。
「ふふふさぁ観念してもらおうか」
 予想以上にノリ(?)のいい反応に、ステイルの言動もついついエスカレートしていく。
「おまっいつからそんなキャラなったよ!」
 そんなのはステイル自身が一番良く分かっている。
 だが、世の中には都合よくも“ついつい”という言葉がある。
 暫くして、じりじりと詰め寄っていたステイルの雰囲気が一気に解かれた。
「…少しは肩の力抜けたか?」
 アッシュは一瞬呆然とステイルを見、複雑な表情で口元を歪める。
「あんた……」
 ステイルはにっと笑うと、隙が出来た瞬間にアッシュの手から杖を奪う。
「だっ…」
「さあ、借りた…っ!?」
 ズン!
 杖を手にした腕が、重量に引っ張られる。
「うぉ!」
 重い。見た目と裏腹にかなり重たい。
「お前、こんな、重たいもの、よくも」
 あんな風に片手で持ったり構えたり出来るものだ。
 両手で杖を持つが、指先は地面すれすれだ。
「早く杖放せ!」
 言われるがままに指先を解けば、ステイルが感じた重さとは裏腹に、地面に当たる軽い音だけを響かせて杖は落ちる。
「なんだ…その杖?」
 ステイルの身に残る極度の疲労。
「この杖の契約者は俺だ。だから、俺以外の奴が持つと、拒絶反応を起こす」
「それがさっきの超重量化か」
「まぁな」
 本当はそれだけではないが、あえて言うことでもないと判断し、アッシュは曖昧な返事で答える。何より、ステイルが無事であるならば、問題になることではないからだ。
「それじゃ、ごちそーさん」
 アッシュは気を持ち直すように顔を上げて、同じように片手も上げると、短く告げて何故だか走り去っていく。
「あ、こら待て」
 飛んでいくと思い込んでいたステイルは一瞬虚を付かれ、追いかけようと足を踏み出すが―――…

 がしっ!

 その腕は伝票を持ったウェイトレスにしっかりと捕まえられていた。




























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3654】
ステイル(20歳・無性)
マテリアル・クリエイター


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 奢りありがとうございました(笑)とても良く食べますので総額はどれくらいになったのか空笑いものです。必要以上・言語が持つ意味の差をアッシュ自身はまったく気にしていないので、補足分を早々に個室で説明いたしました。一度ご確認ください。
 それではまた、ステイル様に出会えることを祈って……