<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―希望<治らない病>―』

 人が集っている場所。
 街に戻ってきた。
 中心街から出て、広場に入って。
 雑草を掻き分けた場所にある――小屋の前に立った。
 中からは、時々女性の話し声が聞こえてくる。
 自分には、やらなければいけないことがあるから。
 ここで、こうして立っているだけではいけないのだと……。
 数分後、千獣はドアを開けた。
「……こんに、ちは……」
「いらっしゃい」
 すぐに現れたのはキャトルだった。
 その直後。
「千獣……」
 千獣の声を聞きつけたのだろう、リミナが診療室の方から現れた。
 ぺこりと頭を下げて、千獣はキャトルと共に診療室に入る。
 診療室には、先客――ウィノナ・ライプニッツの姿があった。会釈を交わした後、リミナと一緒にその奥の、ルニナが眠っている部屋へと入る。
「どこに行ってたの……?」
 リミナは預かっていた耳飾りを千獣に差し出す。
 千獣は首を左右に振って、受け取らなかった。
 リミナは少し悲しげに、手を引いた。
「遅く、なって……ごめん」
 場所については語らず、千獣はそれだけ言ってルニナに近付いた。
 別れた時と何も変わっていない。
 傍に飾られている花の種類だけが、違った。
 リミナが頻繁に換えているのだろう。
 ベッドの中で、ルニナは眠り続けている。
 呼吸も、せずに。
 一切の身体の機能を止めたまま。
「ファムル……は?」
「研究室にいるみたい。行く?」
 こくりと頷いて、リミナと一緒に研究室に向かう。

 ――研究室といっても、その部屋には大した設備は無い。
 ファムル・ディートは最近、城に通って城の研究室を利用し、研究を行なっているらしい。
「やあ、千獣」
「おっす!」
 研究室には、ダラン・ローデスの姿もあった。
 ルニナとリミナが使っている部屋は、ダランが自分の部屋の如く使っていた部屋だったのだが、自由に使えなくなってしまったため、こうして研究室に居座っていることが多いようだ。
 ファムルは机に向かってなにやら資料に目を通しており、ダランは仮眠用のベッドに座ってペットの犬とじゃれている。
「……何か、変わったこと、は……? 私は……何も」
「こちらも何も進展はない。カンザエラもザリスの状況も変わりはない。ザリスの配下達は若干騒ぎ出しているようだが、そのあたりのことは私の関知すべきところではない」
 ファムルの言葉は予想通りであり、目を軽く伏せて、千獣とリミナは沈黙した。
 しばらくして、ゆっくりと千獣はファムルに近付いて。
 顔を上げた彼と向き合った。
 それからまた沈黙をする。
「……なんだ?」
 ファムルの言葉は優しくも、冷たくもなかった。
「カンザエラの、人々……助ける、には、何が……必要?」
 ファムルは即答しない。ゆっくりと瞬きをして、千獣から目を逸らした。
「……必要と、思われるもの、なら、どこへでも、何でも……取りに、向かう。実験が、必要なら……っ、私、の体で、試して良い、から」
「皆が助かっても、あなたを失ったら幸せじゃないの。自分を犠牲にするようなことは、言わないで、千獣」
 背後からのリミナの言葉に、軽く眉を顰めながらも、千獣は頷いた。
 過去にもそんな話を、リミナ、ルニナ達としたと思いながら――約束を交わした頃の、ルニナの笑顔を思い浮かべ、千獣は拳を握り締める。
 そして、ダランの方に身体を向けた。
「……ダラン、ありがと。今、命、消えずにいるのは、ダランの、お陰、だから……ホントに、ありが、と」
 深く深く頭を下げる。
「うん……俺のものってわけじゃないし、礼言われてもなんか困るんだけど、えっと大変そうだけど、頑張って?」
 犬を構いながら言うダランに顔を上げて千獣は強く頷く。
「ルニナを、治して……宝、返すから」
 それから、リミナに顔を向ける。
「……ルニナ、リミナが揃って、カンザエラの、人達の、所に、帰れる、ように、するから……」
 頷くリミナはとても、とても寂し気であった。
「千獣、薬草採り手伝ってもらえないか」
 突如ファムルが立ち上がる。
「カンザエラの人の?」
「そうだ」
 それならば、と千獣はファムルについて行くことにする。
「無茶、させないで下さい。私は……っ」
「わかってる」
 リミナの悲しげな声に、ファムルは静かに答えた。
 この時のリミナの言葉の意味は――千獣にはよく解らなかった。

 診療所の裏に、薬草が少しだけ生えている。
 しかし、そこには行かず、ファムルは倉庫に千獣を招いた。
 小さな倉庫だが、2人が座るスペースくらいはあった。ファムルに座るよう言われて、千獣は落ち着かない気持ちで木箱の上に座った。
「いいか、千獣。私は本当の意味で、君の気持ちに応えることは出来ない。君がカンザエラの人々や、1人の女性を救いたいように、私にも大切な人が……いた。ルニナと同じ症状で死に掛けている『妹達』もいる。私が今、カンザエラの人々の治療に当っているのは、君達への恩もあるが、主に生活の為だ。求められれば、研究を続けるだろう。だが、正直な話……カンザエラの人々も、ルニナも“治すことは不可能”だ」
 ファムルの言葉に、千獣の脳が、感情が、酷く混乱していく。
「生命には寿命がある。人間には失ったものを再生する能力はない。ルニナの身体の中身は既に“死んでいる”んだ。だから、治すことはできない。カンザエラの他の人々の臓器――身体の中身も、普通の人間より死にやすくなっている。それを治す方法はないんだ」
「……でも、ザリス、は……」
「方法があるように見せかけて、自分の価値を誤認させるよう仕向けていたんだ。彼女にも“治す”ことは出来なかった。だが、身体の一部が死んだからといって、必ずしも本人が死ぬわけではないことは、解るだろ? 指が壊死――死んだとしても、早いうちに切り落としてしまえば人は助かる。そしてもし、誰かの指を切って、自分の指にくっつけて自分のものにする技術があるのなら。それは“治った”のではなくても、普通に生活が出来るようになる。ザリスが行えたとしたら、そういう手段だ」
 息をつくファムルは、少し苦しげであった。
 千獣は酷く混乱しながらも、救いを求めてファムルの言葉を聴こうとする。
「カンザエラの人々も、薬で抵抗力を強めたり、免疫力を強めていくことは可能だが、私に出来るのはその程度だ。……ただ、キャトルやダランも、同じように身体が死にかけやすい状態だった。ダランの方には大した治療はしていないが、キャトルの方には人外の力による治療を施している。彼女に関しては人間ではないのに、人間の弱い体で生まれたのだから、やむを得ないと考えた。ルニナや、カンザエラの人々は人間だ。人外の治療を施して、人間ではない体を有することを、彼女達が望むかどうか、世間はどう見るのか、世界の法則に逆らっていいのかどうか、私には判断できない」
 千獣は……黙って、木箱から下りた。
 頭を深く下げて、倉庫から1人飛び出した。
 難しいことは解らない。
 だけど、ファムルにはファムルの事情があって。
 彼には“治す”ことが出来ないということは、解った。
 でも、“生きる”手段はあるということも解った。
 ただそれが、とっても難しくて、ファムルには出来ないということも。カンザエラの人や、ルニナが望まない可能性もあるということも。

 悩んでいても、留まっていても、良くなりはしないから。
 千獣は診療所の中には戻らず、ザリスの身体、自分の記憶から情報が得られないかと、協力を求めて広場を後にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の旋律の後日談へのご参加ありがとうございます。
明るい展開にならず、申し訳なさも感じております……。
また何かありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。