<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―希望<手、届かなくて>―』

 今年の夏も、この場所は雑草が生い茂っていて。
 小屋のような診療所に、訪れる客は殆どいない。
 主も、主を父と慕う少女も戻っており。
 入院患者とその妹が暮らしていることで、主が1人で暮らしていた頃より、ずっと清潔ではあるけれど。
 汚れを落として、綺麗になっているだけで。
 劣化してゆく建物が新築に戻ったわけではない。
「どうぞ〜」
 出されたのは、水だった。
 今までは生ぬるい水だったけれど、来客用に冷却装置を使えるようになったらしく、その水はとても冷たかった。
「お城からの依頼を手伝うことになったから、少しだけ贅沢が出来るようになったんだ」
 キャトルはそう言って笑い、ソファーに座るウィノナの前に腰かけた。
 テルス島から戻り、カンザエラの人々を見舞い――ザリス・ディルダの心がなくなり、数日が過ぎていた。
 日常が戻ってきたのだけれど。
 日常のままではいけないという気持ちがあって。
 どうにかしたいという思いが募るのに。
 ウィノナは何も出来ずにいた。
 可能性を見つければ、何処にでも飛んで行く行動力も、気力もあるのに。
 動いても、動いても。
 手を伸ばしても、欲しても――。
 掴む、ことが出来ずにいる。
 隣の部屋にリミナと眠り続けているルニナがいる為大したことは話せないと思いながらも、水を飲んで息をついたキャトルに向けて、ウィノナは口を開いた。
「話が、あるんだ……」
 カタン。
 キャトルが返事をするより早く、診療所のドアが開いた。
「あ、ちょっと待ってね」
 研究中のファムルに代わり、キャトルが玄関に顔を出すと、そこにはウィノナも良く知っている人物の姿があった。
「……こんに、ちは……」
「いらっしゃい」
「千獣……」
 声を聞きつけて、リミナが飛び出す。
 ぺこりと頭を下げて、訪れた千獣はキャトルと共に診療室に入り、リミナと一緒に隣のルニナが寝かされている部屋へと向かった。
 キャトルは僅かに、複雑な目で――2人の後姿を見ていた。そして。
「ウィノナ、ちょっと外行こうか。あたしね! ファムルからほんの少しだけお小遣いもらたの〜! 喫茶店でアイスとか食べたいな。話も色々したいしね」
 そうウィノナに笑みを見せたのだった。
「うん、注文1つで長時間いられる店に行こっか」
 ウィノナも少しだけ笑って、キャトルと一緒に診療所を出ることにした。

 キャトルは鍔の広い帽子を被っていた。
 服装は長袖だったけれど、以前よりは薄着だった。
「身体、凄く調子よくなったんだ……皆のお陰、ホント」
 しみじみと言う彼女の様子が、ウィノナは嬉しくて――だけど少し、切なかった。
 アルマ通りの一角にある喫茶店に入って、ウィノナはレモンティーを、キャトルはコーヒーフロートを注文した。
 飲み物が届くまでは、いつものように他愛ない雑談をしていた2人だけれど。
 冷たい飲み物を飲んで、一息つくと、身体もすっと冷えていき。
 2人はらしくもなく、沈黙していた。
 窓の外を見れば、暑い陽射しが街を、歩く人々を照らしていて。
 街いっぱいに、エネルギーを浴びせてくれているようだった。
 この光が、どんな病も治す光だったら――。
 ふと、そんなことを考えてしまう。
「ファムルを助けたくて……島に行こうと思ったんだけど」
 ウィノナはストローで飲み物をかき混ぜながら、ぽつりと言葉を口にした。
「意味なくて、ルニナの目的を妨害して身体の調子を悪くさせただけだったのかな」
 キャトルもまた、飲み物をかき混ぜながら、黙ってウィノナの言葉を聞いていた。
「ディセットさん、や……。ルニナ、魔女の館のみんなが、すぐに死んでしまうのが嫌で……助ける方法が無いか探しているのに」
 次第にウィノナの声は思いつめた声になり――。
 ウィノナもキャトルも、手を止めた。
「その方法が見つからなくて。自分の手の届かない所にしか無いんじゃないかって」
 しばらく沈黙をして。
 2人は瞬きだけをしていた。
 カラン、と。
 グラスの中の氷が小さな音を立てたのをきっかけに、キャトルが口を開く。
「あっちゃ、いけないんだと思う。寿命を延ばしたり、減らしたりする方法が、人間の手の届くところに、あったらダメなんだと思う」
 目を合わせずに、伏せて、キャトルは言葉を続けた。
「人に怪我をさせたり、命を奪ったり――そういうことを、人間の判断で、人間がやってはいけないのと同じで、人の命を延ばすことも、人間1人の意思で行なっていいことじゃないと思うんだ。だから、そういうことは、人が望んでも簡単には出来ないところ、手の届かないところにあるんだと思う」
「……ボクにはディセットや、ルニナを助けることは出来ないの?」
「風邪や医術で治る怪我とか、人間が人間の方法で治せることは、自然の摂理ってものに、逆らうものじゃないけど。お姉ちゃん達も、お姉ちゃん達と同じ状態になってしまったルニナも――人間以外の方法で、生きることが正しいのかどうか、あたしには判らないし、あたし達魔女は、正しくないと暗に教えられてきた。あたしは異端だから、生きたいって言っちゃし、自分だけ特別な方法で、命――永らえてるん、だけど。その摂理に戦いを挑んでるようなものだから、ウィノナがどれほど頑張ってて、悲しい思いもしているのか、あたしも分かってはいるんだけど」
 キャトルは切なげな目を、ウィノナに見せた。
「手の届かない方法を3つ。あたし達2人は知っている。1つは、あたしを創ってくれた方とファムルに考えを変えてもらい、魔女達がこの世界で生きる術を真剣に考えてもらうこと。2つめは、死んだ人間が生き返ったという、赤い宝玉の力を借りること。でも、一旦死なないと生き返らないのなら、試すことが出来ないし、怖いよね。魔女達の魂は別世界に送られるから、肉体が滅びた後、戻ってはこないかもしれない、し」
 大きく息をついて、キャトルは最後の1つを口に出す。
「3つめは、フェニックスの生き残りを狩る、こと。命に対しての対価が命、なら。1人の命を救うために、1つの命が必要なのかもしれない……。あたし達魔女は、この世界の生物じゃないから、この世界の意思ある命を奪ってまで生きたいと思ったら絶対いけなし、そうして生きることは誰も望まない……望んだりはしないよ」
 キャトルはアイスを食べて「冷たいっ」と目をぎゅっと閉じた。
「ウィノナ、ごめんね。……あたしだけ、身体良くしてもらっちゃって、ごめん、ね。ファムルや皆があたしにしてくれたことの幾つかを、お姉ちゃん達にしてくれたら、みんなが、少しずつ長く生きられるんだよね。あたしが十年長く生きるより、皆が数ヶ月長く生きる方がいいに決ってるのに」
 考え出すと、思いつめてしまうのは、キャトルも同じであった。
 2人、力なく笑い合う。
「あたしとは逆に、ウィノナは沢山の命の時間を守ったじゃん。テルス島の人々のね。身近な人を助けたいけれど、そのために使う力でもっと多くの人の命が救えるのだとしたら……どっちが、正しいんだろう、ね」
 キャトルは吐息をついて、グラスを振った。
 彼女の身体はとても白く、髪の毛は銀に近くなっていた。
 キャトルがこうして元気になったように。
 まだ発病をしていない人物であれば、発病を抑える手段はある。
 現にウィノナは、ダランの発病を抑える手助けが出来ているから。

 人が人として、人であるルニナを助ける方法は無い。
 人が人外の領域に踏み込み、人外の方法でルニナを助ける方法はあるかもしれないけれど。
 ルニナが人であり続けられるかどうかはわからない。
 人として人の道を外さずに手に入れられるものは、人が成し得ることができるものだけ、なのかもしれない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の旋律の後日談にご参加いただき、ありがとうございました。
相変わらずこのテーマはとても難しく、進展が見えないことを申し訳なく感じております。
また何かありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。