<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz










 休ませたほうがいいという提案のもと、白山羊亭を後にした千獣だったが、それでも今の住処である森に戻ることはできなかった。
 何か、引っ掛かりのようなものが残っていて、まだ全て終わらせていない感覚が胸の奥に湧いていたから。
 双子が――どちらか片方だけでも――目覚めていない内に白山羊亭に訪れても、何かしら話を聞けるわけではない。
 だから、目が覚めるまで、動けるようになるまで、千獣は待って、やっと双子が間借りしている白山羊亭の奥へ足を踏み入れた。
(……?)
 入れ違うように通り過ぎた男性に、千獣は小首をかしげ眼を瞬かせる。
 不敵とも柔和とも取れる笑みを口元に浮かべた男性の服は白衣。
 千獣は不思議に思いつつも、半分開いたままの扉から中を伺うように覗き込んだ。
「……?」
 双子の診察か何かをルディアに頼まれた人だろうかと考えたが、瞳に移る双子の片割れ――蒼い瞳からしてサックの表情を見止めると、その考えは一瞬にして消え去った。
「……あの、人」
 声をかけられたことで、サックは顔を上げる。
「……敵……?」
 それは疑問というよりは確認。
 サックは以前、夢馬の協力者を探していたし、この場所に訪れると理由をもつものといえば、夢馬の封印に付き合った自分達と、結局千獣の前には姿を現さなかった協力者のどちらかのみだと思ったから。
 問われたサックは、躊躇うように口を薄く開け、小さく首を振るとぎゅっと唇を噛み締め俯いてしまった。
「……どうしたら、いい……?」
 自分に何かしてあげられることはないだろうか。
 否定も肯定もしないけれど、サックの疲弊した表情はきっとあの医者のせい。
「あの人、も、だけど……」
 サックが腰かけるベッドと対になるように置かれたベッドで、眼を閉じているアッシュ。
 そのアッシュの姿を見遣り、千獣の表情が少しだけ気落ちする。
「アッシュ……どう、したら、元に、戻る……?」
 夢馬と対峙している間に、死人一歩手前まで来てしまっているアッシュ。サックが云うには“名の護りが解けた”からというが、解けたというならまたかけなおすことは可能なのではないだろうか。
「この世界じゃ、無理だ」
  サックは膝を抱えるように小さく丸まり、消え入りそうな声で答える。
 こんなこと言ったら、もっと落ち込ませてしまうかもしれないけど。
「……夢馬……封印、できた、みたい、だけど……まだ、終わって、ない……」
 一歩踏み出して訴えかけるように言葉を紡ぐ。
 サックは丸まったまま反応を示さない。
「……アッシュの、ことも……少なく、とも、アッシュ、戻る、まで、終わった、とは、思わ、ない……」
 この世界じゃ無理だというなら、早くアッシュが回復できる世界へ行ったほうがいい。
「……でも、今の、私には、どうしたら、いい、か……わから、ない……」
 手伝いたくても、勝手が違いすぎてどうすれば彼らの力になれるのか分からない。
 そもそも信頼関係を築く以前に、彼らのことを自分たちは何も知らなさ過ぎるのだ。
「だから、もっと、知りたい……あなた達の、こと……教えて、くれる……?」
 伺うように切り出した言葉に、一拍置いて答えが返ってきた。
「知ってどうすんだよ」
 半分予想通りの答えに、千獣は薄く笑う。
「知って、考える……私に、できる、こと」
「そうだな。終わったら、話すって言ったな。オレ」
 あの時、極限に近い状況で、会話を止めるために咄嗟に口にしたことなのだろうけれど、約束は約束だ。
「どう、して、ここへ、来る、ことに、なった、の……?」
 真っ直ぐに向けられる視線に、サックはふっと顔を背ける。
「不思議なことを聞くもんだな。オレ達は追いかけてきただけだ。夢馬を」
 夢馬がこの世界にいなければ、元から降り立つことも無かった。だから、自分達の意思でここへ来たわけではない。
 たまたま、この世界だった。それだけ。
「目、的、は……?」
 もし何か飲んでいたら、軽く噴出しそうな呼吸で、サックは背けていた顔を千獣に向けた。
「おいおい、待ってくれよ。夢馬を倒して、封印することだって言わなかったか?」
 そのために協力して欲しいと、先の封印劇が始まる前、白山羊亭で告げた気がする。
「それ、は、手段……でしょう?」
 彼らに何があったか知らないが、自分達だって自分の親しい人や自分自身に被害が及ばないように手を貸した。利用できるものは利用し、切り捨てるものは切り捨てる彼らが、夢馬は多くの人を不幸にするからという理由で封印に乗り出したのではないことくらい、分かる。
「目的……叶え、られた……?」
「…………」
 サックはどう答えるべきか思考を巡らせ、視線を千獣から外し暫く泳がせた後、薄く口を開いた。
「……厳密には、まだだ」
 その微妙なニュアンスに千獣は小首をかしげる。
「……げん、みつ?」
 眼を瞬かせ問い返せば、サックはイライラするように軽く髪の毛をかき混ぜた。
(………?)
 一瞬ずれたバンダナの下に、額ではない何かを見た気がする。
「どんな宝石だって、石っころ磨いて削って宝石にするだろう? それと一緒で、オレたちが封じて出来たコレも、加工しなけりゃただの石っころなんだよ」
 だから、その加工技術を持ったヒトが居る場所へ早く向かわなくてはいけない。けれど、それにはまずアッシュと杖を抱えれるように、サックが回復していなければならない。
「敵は、もう、いない……?」
 あの医者には、本当にもう目的はないのだろうか。
 夢馬が封じられたことで、力の恩恵はもうないと言ってもいい。
 それなのに、また、双子の前に現れた。彼は―――
「どうしたら、いい……?」
 千獣に何か出来ることは無いか。どんな些細なことでもいい。
「……教えて、くれる……?」
「分かんね」
 座り込んだまま、サックは頭を抱える。
「あいつの目的も、何であいつはあの時なにもしなかったのかも、どうして今オレ達の前に現れたのかも」
 可能性があるとすれば、夢馬を封じて出来た黒玉の板を奪いにきた、くらいだが。
「……夢馬、封印した、石、ちゃんと、ある?」
 千獣もそれに気がつき、サックに問いかける。
 サックは立ち上がると、アッシュが眠るベッドから掛け布団をずらして黒玉の板を取り出した。
「……大丈夫、なの?」
 記憶や夢を喰らう存在を封印した石を近くに置いて、その影響はないのだろうか。
「大丈夫だ。気配や影響が出てたら逆にまずい」
 それは封印が完全に行えず、何処かしらに綻びが出来ていることを意味してしまうから。それが一切感じられないということは、封印は完璧だった証拠にもなる。
「そう……良かった」
 サックがこれ以上アッシュの容態が悪くなるようなことをするとは思えないが、万が一ということもある。
 サックは黒玉の板を確認し、またアッシュにそれを預けると、何かしら考え込むように顎に手を当てて、千獣に振り返った。
「あいつの目的、探ってくれないか?」
 自分が動けば医者は明らかに警戒するだろうが、直接顔を合わせていない千獣ならば、自分が動くよりはいいのではないかと思った。
「……できる、限りの、こと、やって、みる……」
 が、千獣は余り諜報活動には向いていない。それでも、何か糸口にはなれる気がして、大きく頷いた。
 白山羊亭を後にすると、千獣は空を見つめる。
 医者とすれ違って、サックと話してどれくらい経っただろうか。
 千獣はまわりに人が居ないことを確認して翼を広げると、医者を探すため空に舞い上がった。



























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 この続きは円舞曲をまた開けるということはしませんので、よろしければ白山羊亭へと繋げていただければと思います。
 この続きとして、白山羊亭のOPを無視していただくと、直接コールに出会う流れとなるかと思います。ご参加いただけるのでしたら、如何様にでも…。ただ、白山羊亭から始まった場合は、医者に出会えなかったとして描写することになります。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……