<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz








 ステイルは腕を組んだままの体勢で白山羊亭に歩を進めていた。
 今、あの双子は白山羊亭に身を置いている。そうとう疲弊して気を失い、加えて片翼は倒れたまま。何か見舞いの品でも持って行ってやろうかと考えつつ、ステイルは空を仰いだ。
「…待てよ」
 もう少しで白山羊亭の入り口が見えるというところで、ステイルの足がぴたりと止まる。
(…アレだ、今ならあの杖解析し放題?)
 持ち主以外持つことが出来ず、夢馬を封印した場所に今だ起きっぱなしの杖。
 無意識に、そして自然に、ステイルの口角がつりあがる。
「いやいや、アッシュ達の見舞いが先…」
 が、すぐさま表情を戻してグルグルとその場を行ったり来たり。
 元気になったかどうか確かに気にはなるが、結局のところ元気になってしまったら杖を取りに行くのは分かっているし、それがそのままということはまだ何かしらの行動には移らないと見ていい。
「…いや、少しだけなら」
 ニヤリと笑ったステイルは、完全に誘惑に負けていた。
 背を向けた早々向かったのは、勿論あの騒動が集結した場所。
 やはり誰も持つことが出来なかったのか、杖はそのままの状態で放置してある。普通の感覚ならば、杖の先にあんな大きな宝珠なり何なりが着いている杖を、街中にほったらかしにしておくなんて無用心極まりないが、あの杖に限ってはそれが当てはまらない。
 ステイルは、先日、それを身をもって体験したばかり。
 解析に何か準備が必要ということは無いため、ステイルは地面に刺さったままの杖を見つめ、どうしたものかと顎に手を当てて虚空を見遣る。
(そういえば……)
 彼女達には、夢馬の姿が何とかの姿見という姿で見えていたらしいが、自分の記憶にはかつての恩人の姿で残っていた。
 偽者とはいえ、まさかまた彼の姿を見ることになるなど思わず、ステイルは閉口する。
「何してんの?」
「いや…まぁ……」
 自分が与えてしまった苦悶の表情が脳裏を掠める。
 偽者。アレは、夢馬で、本物じゃない。にせも―――ん?
 自分を見つめる何かしらの気配に気がつき、ステイルはやっと意識を現実に戻して振り返った。
 そこに居たのは、アッシュと全く同じ姿の、蒼い瞳を持った少年――サック。
 サックはステイルの横を通り過ぎると、地面に刺さったままの紅玉の杖に手をかける。が、サックは一瞬顔をしかめると、紅玉の杖から手を離してしまった。そして、そのままステイルに振り返る。
「…?」
 折角のこの間に解析できると思っていたが、持ち主が現れたのならば仕方が無い。持っていけるなら、持っていけばいいじゃないか。と、平生を装いその様を見守る。だが、サックは自分の掌を見つめ、ふっと息を吐いて呟いた。
「まだ本調子じゃないって事か……」
 どうやら、この前の疲れはまだ取れていないらしく、杖が持てないらしい。
「あんた、杖に興味津々っぽいけど、不用意に触るなよ。飲み込まれても知らないぞ」
「飲み込まれる?」
 サックの口から出てきたまた新しい単語に、ステイルの興味指数が少しだけ上昇してしまう。
「……道具に使われるヒトに成り果てるってことさ」
 低く告げられた声音。分からない言葉ではない。
 サックが言っている事とは多少の差異はあるだろうが、たぶん、たった一つの道具が争いの火種を生み、ヒトを狂わせることがある。きっとそういった事なのだろう。
 ステイルは、何か告げようと薄く口を開きかけ、視線をそらして引き結ぶようにきつく閉じた。
「…?」
 訝しげにステイルを見つめていたサックだったが、突然視界が揺れる感覚に足元をふらつかせ、頭を押さえた。
「おいおい。無理はするなよ?」
「大丈夫だと、思ったんだけどな……」
 リハビリがてら散歩というのはいい方法だが、無理をしてまでするものではない。
「いいか。絶対触るなよ」
 サックはステイルにそれだけ言い残し、白山羊亭へ帰っていった。
 その背を暫く見送り、完全に気配が消えたところで、ステイルは改めて杖に向き直る。
「飲み込まれる…か。不確定要素がてんこ盛りだがそれでこそ面白い」
 飲み込まれてやろうじゃないか。それさえも解析してやる。
 ステイルは杖を握りしめた。

 ―― だ ぁ れ ?

 脳裏に叩きつけられたのは、口元だけが弓形に笑う真っ黒な人影。背筋に嫌な汗が流れる。
 辺りを見回せば、街中にいたはずなのに、杖と自分以外は何もない渦巻く暗闇の空間で座り込んでいた。
「何っ!?」
 指先から絡みつく、いや、刻まれる紋章。小さな紋章は一つに重なり方陣へと変わっていく。
「くそっ」
 進行を止めようと加える力よりも、刻まれる紋章の速度の方が速い。
 ぐにゃりと視界が歪んだ。
 違う!
 指先が、物理法則を無視した形にゆがみ始めた。
「!!」
 上腿のバランスが崩れる。
 何かに引かれるようにしてステイルは後ろに倒れた。










 はっと現実に意識が戻ったステイルの手を握っていたのは、全てが紅色に染まった10歳ほどの小さな少女だった。
「運が良かったね、あんた。あたしが来るのがもう少し遅かったら、飲み込まれていたよ」
「は?」
 見た目に反しておばさんくさい口調に、言われた内容は二の次でステイルの眼は点になる。
 少女は何事も無かったかのようにステイルから手を離すと、杖の前に立ち、その先にある宝珠を見つめるように顔を上げた。
「それにしても、こんなものがねぇ……」
 感心するように杖を見上げる少女の瞳は、まるで懐かしんでいるかのよう。
「あんた一体…?」
 狼狽するステイルの声に振り返った少女は、一度瞬くと、表情が一変した。
「お前さんは些かこの手のことに精通しているようだが、あたし達のアーティファクトは通常のソレとは違う。証明をするにも、公式を知らなければ解くことはできないように、理論を知らなければ解析をすることも出来ない」
 その理論も、分からないではない。だが、人(?)にはゼロから挑み、それを解明するという楽しみだってあるのだ。
「いいか? 物事には前提条件が必要だ。お前さんにはそのための“知識”がない。術師と職人は全くの別物。術師には誰だってなれる。だが職人は違う」
 言われた言葉にステイルはむっと顔をしかめる。数々のマテリアルを作り、そのための努力だって惜しんでこなかった。それなのに知識がないと言われてしまうのは、かなり心外だった。
 少女もそんなステイルに気が着いたのか、
「誰でも解析できるようなものだったら、専門家は要らない。そうだろう?」
 自分だって、精魂こめて作ったマテリアルが、知りもしない誰かに勝手に模倣されていたら腹も立つ。けれど、それが研究目的ならば、許せる……と、思う。技術は往々にして学ぶものではなく盗むものだ。
 少女は、考え込んだステイルに静かに微笑むと足音もなく去っていった。












 あれから数日杖に通い詰めた。納得はしていなくてもやれる範囲の事はやりつくしたと思う。結局杖を持ち上げることは出来なかったし、あの声をもう一度聞くこともなかった。
 そして、双子よりもあの杖に詳しい紅色の少女。単純に考えれば、彼女も双子と同じ世界からの来訪者ということになる。
 結局、見舞いの品は、定番の花なんてガラではないと却下して、焼き菓子の詰め合わせにした。
 触るなと言われた手前、あの少女に出会ったことを告げるべきか考え、結局今は止めることにする。そして、双子が間借りする部屋のドアをゆっくりとノックした。



























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3654】
ステイル(20歳・無性)
マテリアル・クリエイター


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 どこまで出すべきか迷いました。変則的に時間軸は前と後またがりました。
 彼らの杖に触れる場合は彼女(名前は出てませんがNPC紅の賢者です)の存在は切り離すことができず解析以前の話に……。
 理論を学んで下さると…いいかな、なんて勝手に思ってます。
 それではまた、ステイル様に出会えることを祈って……