<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz










 ドン! と、アレスディア・ヴォルフリートは部屋の壁を、無意識に拳で殴りつけていた。
 その音に自分自身がはっとして、ぐっと唇を噛み締め壁から離れ部屋の椅子に腰を下ろす。
「くっ……」
 何が正しくて、何が間違っていたのか。
「やはり、傍にいてもらうべきだった……」
 間違っていたのは、隠れているのだから大丈夫だと、無事だと勝手に安心していた自分自身。
 アレスディアには何の落ち度もない。こればっかりは彼女が勝手に行動を起こし、そして引き起こしてしまった結果。
 正しかったのは、彼女は無事だったこと。けれど、
「なんという、愚かなことを、私は……」
 幾ら悔やんでも悔やみきれない。誰かを恨むわけでもない。自分があの時下した決断を、あの時の自分を、アレスディアはただ恨む。
 蹲ったまま、アレスディアはゆっくりと息を吐く。
 このままこうしていても何も変わらない。
 起こってしまった過去を変えることは出来ない。ならば、これからのことに眼を向けなくては。
 アレスディアは立ち上がる。
 後悔ばかりを繰り返している暇などない。
 自分には、まだ何かやれることがあるはずだ。
 アレスディアは、条件反射のように立てかけた愛用の槍を握りしめ、部屋の扉を開けた。
 アッシュと、サックの元へ向かうために。















 白山羊亭のホールは何時もと何ら変わらない。ルディアが何時ものように忙しなく給仕に勤しみ、街の人や冒険者達が楽しそうに食事をしている。当事者でなければ、先日の騒動も過ぎてしまえば笑い話。この平和の中に生きている人々が無事でよかったと、人知れずほっと息を付く。そして、ルディアに軽く挨拶を済ませると、双子が間借りしている奥の客間に足を運んだ。
 コンコンと、軽くノックの音を響かせる。
 ドアは開けられることはなかったが、中から壁一枚挟んだくぐもった返事を聞き取り、アレスディアはドアを開けた。
 避けることもできず視界に入ってしまった眠るアッシュの姿に、アレスディアは無意識に眉根を寄せる。
「どうした?」
 声をかけられ、その傍ら、ベッドサイドの椅子に座っていたサックに視線を移す。
「サック殿、アッシュ殿の容態、回復する術はあるのだろうか?」
「ある」
 帰ってきた言葉に、アレスディアの瞳に微かな好機が宿る。が、
「でも、この世界じゃ無理だ」
 彼らは他の世界からの来訪者。全ての準備はそこで整え、この世界にやってきた。だから、言っていることは分かる。
「……あなた達の故郷に帰ればアッシュ殿は回復するのだな」
 帰るという行動が残ってはいるが、打つ手なしと言われなかったことが純粋に嬉しい。もしこのままだと言われていたら、謝っても謝りきれなかったから。
「私に協力できることはないだろうか」
 ソーンにいる内に、解決させなければならないことがあるならば、彼らの変わりにそれをなそう。
「あんた達にとっちゃ、もう終わったことだろう?」
 この世界に、もう夢馬はいないのだから。
「こうなった一因は私にもある」
「何故?」
 アッシュが倒れた時、アレスディアはサックの近くにいたのだから、何かしらの原因になりそうなことは無かったと知っている。だから、純粋に本当にどうしてそんな事を言うのか分からずに、サックは尋ね返した。
 アレスディアは一度軽く唇を噛むと、ゆっくりと息を吐く。
「私の考えが足りなかったばかりに、このような結果を招いてしまった―――」
「何でもかんでも背負い込むなよ」
 アレスディアの言葉を遮って、サックは椅子から立ち上がると、部屋の中を軽く見回し、端に置かれた椅子に眼を留め、それをアレスディアに促した。そして、まるで世間話でもするように続ける。
「別に、あんたのせいでも何でもない。解くのもオレ達の意思なら、解かないのも同じ、オレ達の意思。他人がどうこう言って変わるもんでもない」
 大きすぎる――いや、ベクトルが正反対の力を使うために、自らに課せられた約束事。約束を護るも破るも本人次第だ。
「それに、心配しなくても、力が戻ったら、オレはこいつを連れて帰る。そうすれば、全て解決だ」
 どこか疲れたように微笑んだサックに、アレスディアが立ち上がらんばかりに身を乗り出す。
「だが……っ」
 大声というわけではないが、声を荒げたアレスディアにサックの眼が点になる。このアレスディアの接続詞は、自分にはもう何も出来ないのかという否定的なものではなく、まだ事は解決していないことを告げる接続詞。
 ビックリしているようなサックの瞳を見て、アレスディアは呼吸を整えると、改めて言葉を続けた。
「あの医者については……このまま放免すべきではないと思っている……」
 サックの顔に影が落ちる。アッシュのこの状態を引き起こすきっかけを作ったのは、間違いなくあの医者だから。
「あいつ……」
 放っては置けないけれど、サックやアッシュには、夢馬がソーンに来て、あの医者とどういった遣り取りをしたのかという情報は無い。医者の動機や切欠を知らないから、目的がさっぱり分からない。
「聖都で起こった廃人事件を実行したのは夢馬。あの医者は直接手を下したわけではないのかもしれぬ」
 情報を操作して、上手く“本当の”夢馬から人々を遠ざけるよう仕向けていたが、なぜそうしていたのか分からない。
「だが、実行犯の夢馬を封印できたとはいえ、これではまるでトカゲの尻尾切りのようで……どうにも、すっきりせぬ」
 操られている、利用されているフリをして、逆に医者が夢馬を裏で操っていたのではなかろうか。そんな気がしてならないのだ。
 あの時、夢馬を封印しようとしていた時、自分達の前に現れた際に言った言葉も行動も、あの医者が夢馬に従順で完全な協力者だったとしたら、おかしな点が多すぎる。
 何故、無事と引き換えに夢馬を逃がすことを取引条件にしなかったのか。
 何故、封印を解くことを要求しなかったのか。
 何故。何故。何故。
「オレ達が知らないことを、あの医者が知ってることは事実……だと思う」
 現に、あの医者は“名の護り”の事を知っていた。それが自分達に掛けられているかどうか、ではなく、その技術についてだとは思うが。
 それも、『そういうこと』と言った、あの時の夢馬の言動で分かる。
「試されたんだ。多分」
 “名の護り”が本当にあるのかどうか。
「……済まぬ」
「何であんたが謝るんだ?」
 先ほど何でもないと言ったばかりなのに謝るアレスディアに、サックは眉根を寄せて苦笑する。
「協力させていただきたいのだ」
 どんなことでもいい。どんな小さなことでも、自分が力になれるなら。
「いや、この場合は、協力いただきたい。が、正しいだろうか」
「…………」
 完全に眼を見開いてサックは絶句する。アレスディアは取り繕うように一度肩を竦めて、サックを真正面から見据えた。
「医者の処遇はこちらの世界の都合。お二方には関係ない話かも知れぬしな」
 だが、放っておいては、また何処かから夢馬のような存在を見つけ出してくるかもしれない。
「あんたって本当、お人好しだよな」
 暫くの絶句の後復活したサックは、ぷっと小さく噴出した。
「今の流れで協力してくれって言うのは、やっぱあんたじゃなくてオレ達だろ?」
 ベッドを見る方向で普通に座っていた椅子から立ち上がり、背もたれを前にして逆に座り直す。そして、その背もたれに腕と顎を乗せると、サックはふっと笑った。
「夢馬を捕まえようとしたのもオレ達で、医者にはめられたのもオレ達。まあ、あんたと違うのは害はあったけど医者はやっぱ今のトコどうでもいいって事だな」
 今すぐにでも行動できるのならば、医者のことなんて忘れて今すぐ帰りたい。帰って、護りをもう一度かけて、黒い板を加工したい。―――それが、サックの偽らざる本音。
「そうか」
 乗り気ではないというよりも、サックには、それよりも重要なことがある。
 アッシュを回復させるために協力できることがないならば、今分かっていることに対して行動しよう。
 アレスディアにとって、それは、夢馬の協力者である医者を捕まえることだと思った。

























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 会話の流れ的にこちらで少々変えてしまった部分が、予想されておりましたニュアンスとずれてしまったかもしれません。これで頂いたプレイングに答えられているといいのですが。続くような終わり方ですが、それはご自由に取っていただければと。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……