<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz










 ルディアに、双子の片方でも目覚め、話せるようになったら知らせて欲しいと頼んでおいたキング=オセロットは、まだベッドの上ではあったが、普通の食事が取れるまでに回復したサックのベッドサイドの椅子に腰かけていた。
「……とりあえず……私達が封印の中で戦っていた間に起こったことの説明を」
 サックのベッドの向こうには、アッシュが今だ動かず眠っている。
 彼らが、夢馬との戦闘の場に訪れた時、微かに意識はあったものの、アッシュはもう殆ど今の状態になっていた。
「あんた達には感謝してる。おかげでオレ1人でも封印を完了することが出来た」
 サックはちらりとアッシュを見遣り、視線を真正面の壁に向けて、体操座りでもするかのように両膝を立て、身を丸める。
「詳しい事は、こいつじゃないから分からない。ただ、オレに分かるのはこいつの名の護りが解けてるってことだけだ」
 『名の護り』とは、個を識別する手段を封じ、名を命とかけて、自らの護りとする呪。
「多分……呼んだんだろうな。名を」
 サックの中でリフレインする記憶。それは、彼らを突き動かしている原動力であり、尤も辛い記憶でもあった。
 沈黙が流れる。
 事は本当に単純だった。アッシュが1人の少女の名を呼んだ。それだけ。
 ただ名前を呼んだだけで……と、単純に思ってしまうが、名前というものが持つ力も理解しているため、一概にその程度でとは言えない。
「これからあなた達はどうしたいんだ? できれば、ついでにあなた達のバックグラウンドを話してくれればなお助かる」
 消化不良ではあるものの、目的である夢馬の封印もできた。今後、彼らはどう動くのだろうか。
 オセロットには、どうしてもこれで終わりのように思えず問いかけた。
「あんた達って変なトコ気にするよな」
 至極不思議だと言わんばかりの口調で告げたサックに、オセロットは肩を竦める。
「利害の一致する点以外は必要ない、というのならそれはそれでも構わないが、どうにもやりにくい」
 ただ、封印する。だけよりも、ぶん殴ってやりたいから、封印する。と、理由付けを知ったほうが、やはりやりやすい。
 今回は“誰かのために”ではなく“自分のために”動いた部分が大きいため、最初に理由をそこまで気にしなかったが、やはり気になるものは気になる。
「ビジネスにしても、不平等だったな。相当する報酬も提示してなければ、逆に情に訴えたわけでもないし」
 今回、夢馬封印に手を貸したのだって、一応自分達の身の安全を確保することと、勝手に記憶を使われた怒りからだ。
 オセロット達が夢馬をどうにかしたかった理由はサック達に知られている。だから、彼らも封印に手を貸してもらいつつ、オセロット達の目的に手を貸したのだ。
「それに、終わったら話すって言ったのも、オレだな」
 売り言葉に買い言葉のタイミングで口にしてしまった言葉ではあるが、誰に対してだろうとも、一度言ったことを曲げるようなことはしたくはない。
「そこまで大仰な理由ではないがな。話してくれるのならば、聞かせてもらいたい」
 余りに深く考えているサックに、オセロットは苦笑気味に返し、簡単で構わない。と付け加える。
「まぁ、まず。そうだな……この世界に来るきっかけ、みたいなもんからか」
 泣きそうになるのをぐっと堪えたような歪な笑顔でアッシュを肩越しに一瞥し、オセロットに向き直る。そして、ゆっくりとサックは口を開いた。
 元々、夢馬を封印しようとしていたメンバーは3人。
 サックとアッシュと―――ネイ。
 やっとその尻尾を掴んだところで、まだ“仮初の姿見”を持たず力が不安定だった夢馬は、その姿見にネイを選んだ。
 ネイを失うことで、夢馬を封じる力を失ったサックとアッシュは、封印の力を手に入れるため職人である弟に頼み、あの2本の杖を手に入れた。
 けれど、その杖を扱うには制約があった。
「それが、“名の護り”」
 現在アッシュが倒れた原因にもなった双子にかけられた“護り”だ。
 元々夢馬を封印するために、夢馬から自分達を護るためのものだと思っていたが、今回のことで“名の護り”の本当の役割が分かった。
 だが、結果から考える効果を見ると、“護り”とは正反対の作用を持っているようにしか見えないけれど。
「で、杖を手に入れたオレ達は、夢馬の軌跡を辿って、この世界に送り込まれた」
 そもそも双子には時空を超える能力はない。それもまた、杖と同様に与えられたものだ。
「そして、私たちに出会い、今に至る。というわけか」
「ああ」
 オセロットは聞いた内容を見分するように口元に手を当てて、しばし考える。そして一つに疑問にたどり着いた。
「だが、“名の護り”は他人の名を呼べないのだろう? ならばなぜ、そのネイの名は呼べるのかな?」
 そんな、尤もなオセロットの質問に、サックの肩がびくっと震える。
「………ネイ、は」
 サックの瞳が揺れる。つじつまが合わないことに対する動揺ではない。思い出したくない記憶に、感情が引きずられ、あるはずのない光景を瞳に映して俯く。
 頭を抱え、数度深呼吸を繰り返し、吐き出すように小さく告げる。
「姿を、奪われたことで、“存在”が不確定になったんだとさ」
 存在しない者の名前を幾ら呼んだところで、その人物は架空であり影響が及ぶことはない。と―――
「はは……。ちゃんと、傍にいるのにさ、可笑しいだろ?」
 前髪をクシャリと掴むように目元を隠して、口元だけで笑うサック。けれど、それは、無理矢理笑うことで辛さから逃れる行動の現われ。
 オセロットは、静かに、慮るように、優しく微笑む。
「―――いや」
 部屋は恐ろしいまでに静かだ。
「かける言葉はないが、話してくれてありがとう」
 今事情を知った人間に何か言われたとしても、ソレは上辺だけをなぞる酷く偽善的な励ましにしかならない。どう頑張っても、サックやアッシュにはなれないのだから。
「話を戻してすまないが、これからあなた達はどうしたい、いや、どうするんだ?」
 やるべき事、したい事は、元の世界へと戻って、板を加工し、アッシュにもう一度“名の護り”を施すこと。これは、誰の手も借りられない。だから、
「これ以上は、あんたには何もできない話しだ。もう、あんたのケリはついただろ?」
 サックは、先ほどとは違う、少しだけほっとしたような笑みで告げた。
「確かに……一応、売られた喧嘩にはケリがついたと思っている」
 なら、と言いかけた言葉が遮られる。
「だが、終わってみればどうだ。こうしてアッシュが倒れている。試合に勝って勝負に負けたというか、リングを降りてみればセコンドが殴り倒されていたというか」
 オセロットは淡々と説明していた先ほどまでとは裏腹に、悔しさで微かに眉を歪ませ、ぐっと奥歯を噛み締めるようにして言葉を吐き出した。
「全く、やってくれる……直接売られた喧嘩でないにしろ、ここで引き下がることはできない」
「そうは言われても……正直、あの医者―――」
「医者?」
 あの空間で双子の前に現れたのは、廃人になった人を診ていた診療所の医者。医者は、医療関係者であることを利用して、夢馬のことを隠していた。
「―――医者か…」
 怪しいとは思っていたが、証拠は何もない。
「医者のことは、私の方が多少詳しいか……」
 あれから一度も訪れることをしなかったが、最初から騙されていたのかと思うと、溜め息も一際大きくなる。
「任せる。 医者が捕まったからって、こいつが治るわけでもないし」
 サック自身は医者をどうにかすることに対して乗り気ではない。それは、現状それよりも優先順位が高いことがあるからだ。
 只ヒトである医者に、何かできるはずがないと言う思い込みも、あるのだけれど。
「あんたはあんたの最後のけじめ(?)をつけてくれれば良い。オレはなるべく早くこいつを元に戻すから」
 口で言って、一朝一夕で叶うものではない。何せヒト探しから始めなければいけないのだから。
「分かった。好きにやらせてもらおう」
 今あの医者は何処にいるのか。
「そのためという訳でもないが、有用そうな情報があるならば、もっと詳しく聞きたいんだが、構わないか?」
「オレも依頼されただけで、そんなに詳しいわけじゃないけどな」
 基本的な特徴と、ソレがもたらす結果の関連性には多少詳しいが、夢馬が起こす基本行動の殆どがソーンでもう起こっている。そのため、サックはそれでもいいか? と尋ね、オセロットは頷いた。

























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回は一番彼らの過去の話や現在の心情的なものが出たように思います。一人語りのような部分でまとめて告げてみましたが、ご理解頂けると嬉しいです。
 最後の会話ですが、その内容は今まで円舞曲の中で夢馬が起こした行動に繋がると思っていただければ幸いです。
 それではまた、オセロット様に会えることを祈って……