<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】薊・深刺













 確かに私を使えば天上の戸が開くだろう。
 だがそれが何になる。天人にでもなるつもりかい。
 それとも、冥下の戸も開き、天上に戦でも仕掛けるつもりかい?
 君のやっていることは無意味だ。
 それでも、君の気が済むのなら、好きにするがいいさ。
















 ふらふらと、只人であるシルフェには少々骨が折れる山道を登って、久しぶりに瞬・嵩晃の庵へと赴いた。
 訪れた記憶の中でも、直ぐに庵へと呼んでもらったことはそうなかったため、半分慣れたような足取りでシルフェは進んだ。
 山の景色は秋一色に染まり、眼にも楽しいせいか、余り辛いと感じられなかったのは行幸か。
 緩やかな坂を上り、開けた場所へ。
「あら?」
 黒に近い緑の髪と瞳の青年――桃(タオ)は、血相を変えて庵の戸を開け放ち、中を確認すると閉めることさえ忘れて外へと飛び出していく。
 何かあったのだろうかとシルフェは心持早足で庵に近付く。
 まだこちらに気が着いていない桃は、切羽詰ったような切迫した表情で辺りを見回し、ぐっと唇を噛み締めている。
「どうか致しました?」
 緊張した背中に、シルフェはゆったりと声をかける。
 桃はびくっと肩を震わせて振り返った。
「シルフェ!?」
 そして、ぐっとシルフェの両肩を掴むと、思わずとでも言うように口を開くだけ開いて、
「落ち着いて下さいませ。桃様」
「あ、いや…すまない……」
 諭すように微笑むシルフェの姿に、我に返るとその肩を離して、背を向けた。
「こんなにうろたえるなんて、どうなさったんです?」
 けれど、その様も一瞬だけだったようで、桃はそわそわと手先を組んだり外したり、視線を泳がせたり。
「師父が…居なくなってしまったのだ」
 瞬が居なくなったことくらい、別に心配するようなことだろうか、と、シルフェはきょとんと瞳を瞬かせる。
「瞬様はいつだって神出鬼没なお方ではありませんか」
「いや、あの村での出来事以降、師父伏せたきり動くこともままならぬ状態……それなのに!」
 そう、あの村での騒動以降、シルフェは2人に会っていなかたため、瞬が未だ臥せっていたとは知らなかった。
「そのような状況でしたら…今頃、瞬様は大丈夫なのでしょうか……」
 無理矢理に連れ出されたのか。それとも重い身体をおして自分から赴いたのか。
 ふと視線を向けた、開け放たれたままの庵の中は、並ぶ薬棚はそのままに、瞬が寝ていたであろう寝台は、不自然なほどに整えられている。
「桃様、心当たりはございませんか? 瞬様がこの季節にやりたがっていたことだとか、行きたがっていた場所だとか、そういったことは言っておられませんでしたか?」
 瞬は季節の花々や特産品が大好きだ。それは以前に瞬が起こした数々の出来事が裏付けている。
 桃はシルフェに言われた言葉を頭の中で反芻する。
 考える時間を作る。それはとても重要で、なかなか1人では気がつきにくい行動。
「いや…あの状態になってから、師父が何かを望むことなど無かった……実を言えば、殆ど、意識は無かったのだ」
 だから、ここ数ヶ月、桃は瞬の看病をしていたが、意識不明の状態で、会話など殆どない生活だった。
「そうですか……」
 そんな瞬を連れ出すなんて。一体なんの目的があってそんな事をするのだろう。
 神に祈るわけではないけれど、シルフェはそれでも祈るように手を組んで、不確定要素の強い未来視ながらも、その切れ端だけでも掴めるようにと、瞳を閉じる。
(瞬様……今、どちらに)
 現在は分からない。未来に、瞬が居そうな場所でいい。先回りできるなら、それに越したことはないのだから。
 瞬に恨みがあって、瞬を利用しようとして、理由はいろいろ考えられる。ただ、無事であって欲しい。それだけを願って。
「??」
 シルフェは見えた未来に小首をかしげる。
 景色でもなんでもない、一面の白。その中で倒れる瞬の姿。
 これでは場所が特定できない。けれど、確かな未来なのだ。光溢れる場所。力が強い場所。それは、どこか。
「桃様1つお聞きしたのですが、こう、力や気が得られるような…利用できるような、そう言った場所が、楼蘭にはあるのではありませんか?」
 蒼黎帝国風に言えば、なんと言うだろうか。
「えぇと…気脈、ですとかそういったものが」
 楼蘭の力の流れは良く分からないが、土地に何かしらの力が宿ると言うのは、これまで楼蘭の地に留まり体験した様々な事柄から知った。
 桃はシルフェの言葉に暫く考え、何か思い立ったかのように眼を見開いた。
「……そうか!」
 この庵がある山にも、気脈が集まる場所がある。それは、何もしなくても花々が咲き乱れる山の中腹。
 そもそも誰かが連れ出したのならば、この山でなくても何処だって変わらないのだろうけれど。
「すまない。シルフェ、助かった」
 桃はシルフェを置いて行くつもりだ。それはもうその口調から簡単に推測できた。
「わたくしも参ります、桃様。瞬様のお体が悪いのならば、わたくしの力は役に立ちます」
 戦うことはできなくても、護ることくらいはきっとできる。症状を消すことはできなくても、和らげることはできる。
「………分かった。シルフェ」
 桃は、申し訳なさと、ありがたさに、薄らと微笑んだ。




















 目的の場所が分かれば歩く必要はなく、その近くを狙って移動の印を組んだ桃の術により、一瞬にしてその場に降り立てた。
 印で飛ぶと言うことは、気の流れが動くと言うこと。
 降り立った視線の先に立つ、一人の仙人と、見覚えのない青年? 核を奪っていったあの蟷螂に似た男はいない。
 多分あの桃よりも多少若い青年は、あの核がもう一度肉体を持った宝貝人間。
 だが、あの復活した宝貝人間。今度は何人の人の命を喰らったのだろう。想像するだけで余りにもおぞましい。
 瞬の姿を視線を泳がせることで探す。
 動いたのは、宝貝人間だった。

―――ガンッ!

 桃の桃聖樹と、宝貝人間の剣が鈍い音を立てる。
「桃様!」
 瞬きさえもせず、無表情に剣を振るう宝貝人間。感情を感じられず、これでは本当に人の形を取っただけの道具。
「大事無い! シルフェは、師父を」
「はい」
 剣を受け止めながら、桃はシルフェを先へ進むよう促す。
 瞬は、姿だけは整った女性ならば簡単に信じてしまいそうな姿の仙人よりも、向こう側に居た。
 ただ、その姿は―――
「瞬様っ!」
 眼を覆いたくなるような瞬の現状に、シルフェは慄きに眼を見開き、そのまま駆け出す。
「っきゃ」
 だが、駆け寄った身体は軽い静電気のようなもので弾き飛ばされ、シルフェはその場で尻餅をついた。
「大人しくお待ちなさい。小姐」
 口元に扇をあて、邪仙は眼を細めて気脈の交差地点に佇む瞬を見ている。
「待てません。あのままでは瞬様は―――…」
「瞬憐は自分から好きにしてよいと言ったのです。私はその言葉に甘えたまで」
「だからといって、このようなことが許されるとは思いません」
 遠目からみれば佇んでいるように見えるが、瞬の着物は赤黒く染まり、地面から空に向かって張られた糸で貫かれ、立たされている状態。
 その糸を染める血は赤黒く、地面に伝う血もまた腐ったように赤黒い。
 なぜ、人がそんな血を流すのか。
「あなた様が、あの町で言われていた邪仙様ですね」
 シルフェは立ち上がり、どうやってあの静電気を超えるか考えながら、振り返ることはせず問いかけた。
 ふっと、笑いが零れ、明確な答えは返ってこずとも、それは、彼がそうなのだと確信させるには充分だった。
「天上の戸が不確定なのは、迎え入れる天上の血が足りないが故。ならば、天上の血を増やせばよいのです」
「……言っていることの、意味が、分かりません」
 正確には、分かりたくありません。
「簡単なことですよ。瞬憐から人の血を失くし、天人へと生まれ変わらせてあげているのです。天号を持つ者が人の血を持つことなど許されないでしょう?」
 昏く嗤った邪仙に、シルフェの背筋が震える。微笑みがこんなにも怖いなんて。
「…わたくしには、この国のことは良く分かりません。ただ、言えるのは、この状況は良いものではない。それだけです」
 解決法なんて思いつかない。マリンオーブで水を喚(よ)んでも、流されるのは桃と宝貝人間だけかもしれない。
 できるのは、桃の変わりに、瞬を呼ぶことだけ。
「瞬様!」
 当てた手先から電撃が走る。射すような痛みを堪え、シルフェは少しずつ歩を進め、瞬に呼びかける。
「眼を覚ましてくださいまし、瞬様!」
 シルフェの呼びかけと、一際強い雷光。視界を白く染める光は、山全体を包み込み、弾けるように消えた。
 様子を伺うようにそっと眼を開き、シルフェは辺りをうかがう。
「瞬様!?」
 ゆらりと瞬の身体が力を失くして傾げていく姿に、シルフェは思わず駆け寄る。
「………やぁ。シルフェ……」
 繋ぎとめていた糸はもう無い。シルフェはそっと瞬に手を当てると、その傷口を塞いでいった。
「……怒らないで、あげてくれないかな」
「何故です?」
 このようなことをされて尚、瞬は困ったように微笑み、そっと瞳を閉じる。
「……彼は、捨てられた御子…だから」
 自ら地上を選び仕方なく仙人にされた自分とは違う。
 人間よりも天人に近しい存在でありながら、天に――父に、捨てられた存在。故に、その渇望と憤怒は大きい。
「師父!」
 光と共に自由を取り戻した桃も、瞬に駆け寄り、シルフェの反対側に膝を突く。
 その場にはもう、邪仙の姿も、あの宝貝人間の姿も無かった。



























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】薊・深刺にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 これで綿で始まった一連の事件の区切りがついた形になります。邪仙も名前とか考えてNPC登録していたんですが、出ずに終わりました。やることなすことぶっ飛んでいながら、以外に不遇な邪仙でした。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……