<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


真実の在処











 キング=オセロットは、自宅の窓から外に向かって紫煙を吐き、あの日のことを思い返す。
(暴れまわっていた双子は帰った、か)
 目の前で紅の賢者と共に消えてしまった双子。戻ってくるとも来ないとも言わず去った彼らを待つほど、悠長な時間はあるだろうか。
(となると、あおぞら荘の面々に話を聞くほかないか)
 オセロットは煙草を灰皿に押し付けるように消し、自室から外へと出た。
 道すがら見舞いもかねて、お菓子の詰め合わせを買い、あおぞら荘に向かう。
 両開きの扉を開ければ、カランと澄んだドアベルの音が建物内に響き渡った。
「こんにちは」
 後手に扉を閉め、オセロットは建物内に向かって挨拶の言葉を投げかける。
「…あ、オセロットさん」
 奥からたったとかけてきたのは何時もどおりルツーセだ。
「こんにちは……」
 どこか沈んだ声音で挨拶を返したルツーセに、事が事の後なだけに彼女も相当沈んでいたことが窺い知れ、オセロットはふっと柔らかく微笑みかける。
 けれど、聞かないわけにはいかない。
「……コールとルミナスの加減はどうかな?」
「うん…。コールさんは、まだ目覚めない。深い夢の中…だって、アクラが言ってた。ルミナスは……」
 ルツーセはそこで言葉を止め、通路の奥へと視線を向ける。
 その先にあるのは、ルミナスの自室だ。
「まだ、篭ったままか?」
「うん」
 それなりに元気娘のルツーセが沈んでいると、何だかこちらまで沈んだ気持ちになってしまう。
「そうか……」
 現状コールが眠ったままならば、ルミナスに話を聞ければ一番いいのだが、無理矢理割って入っては負担をかけてしまう。
「無理はさせたくないが……できれば、サック達のことも含めて誰か状況を説明してもらいたいと思っていたんだ」
 何故、サックはルミナスを見て驚き、そして睨みつけたのか。
「あたしとアクラじゃ、満足に答えられないかもしれない。ルミナスはあたし達とは違うから……」
「でも、何も知らないわけじゃないけどね」
「アクラ!」
 足音も立てずにホールに下りてきたアクラに、ルツーセが驚きの声を上げる。呼びに行こうと思っていたため尚更だ。
「双子の事でしょ。話してあげてもいいよ? そのお菓子でも食べながら、ね」
 オセロットが持ったままの状態だったお見舞い用の菓子折りを指差して、にっと笑うアクラ。
 そんなアクラの表情から、現状がそこまで緊迫しているようには見て取れないが、彼の性格からしてその真意はよく理解できない。
 しぶしぶといった態で紅茶を用意してきたルツーセと共に、一つのテーブルに腰掛、ぽりぽりとクッキーを頬張り始めたアクラが口を開く。
「どこまで聞いてるの? 双子がコールとルミナスの弟ってことは分かってるって認識でOK?」
「ああ、そこまでは大丈夫だ」
「じゃあ、聞きたい事って、双子がどうしてああなったかって言う経緯?」
 アクラは一度そこで言葉を止め、オセロットの表情を確認し、最後のひとかけらをぽいっと口に放り込んで、まるで流すかのように口にした。
「――それとも、双子がルミナスを嫌っている理由?」
 確信を持って聞いてくるアクラ。
「確かにアクラが言った疑問は両方とも気になるが、やはり嫌っている理由、かな」
 経緯は聞いたところでたぶん「そうか」としか言えない気がする。ならば、現状でも引きずっている険悪な兄弟関係の理由が知れるならその方がいい。
「な…何でアクラが知ってるの!?」
 アクラがルミナスの事情を知っている事実に、ルツーセが疑問の声を上げるが、アクラはそれを一瞥で制し、オセロットに向き直った。
「ルミナスは上司の命で実の弟を手にかけた。ああ、誤解しないで。殺したって意味じゃないから」
 一瞬険しくなったオセロットの表情をなだめるようにジェスチャーを加えて、アクラはおどける様に言葉を続ける。
「まぁ、でも、それが原因で双子からは恨まれちゃったけどね」
「確かに、理由を知らなければ、恨んでも仕方がない状況は揃っているな」
 だが、それだけではないのだろう? と、続けられたオセロットの言葉に、アクラは観念した様に、ふっと肩をすくめて息を吐き、どこか憂いたような表情を浮かべた。
「まぁね。そうしなきゃ、護れなかったんだ」
「何から…護るの? だって、仕方ないじゃない」
 ルツーセの声が震えている。
「…君はホント幸せだね」
 短く、そして、聞き取れるか取れないかというほどに小さく早口で呟かれたアクラの言葉。
 その温度の低さに、耳にしてしまったオセロットは眼を細める。が、アクラの様子は直ぐに何時もの飄々としたものへと戻り、椅子の背に深くもたれかかると、やれやれと両手を広げた。
「まぁなんだかな。ボクたちが属してた処ってさ、傲慢で、偽善で、身勝手で、隠し事だぁい好きでさ。ルミナスは良い様に使われちゃったのさ」
「穏やかな話ではないが、それをアクラが勝手に私に話してしまっても構わないことなのかな?」
 確かに知りたいと口にしたのは自分だ。だが、それはルミナス本人から聞くべき話なのではないかとも思った。
「気にしなくていいよ。ボクが話したって言えば、納得する」
 そういうものなのだろうか。
「しかし、アクラの言い方では、ルミナスが騙されて事を起こしたようにも聞こえるが」
「似たようなもんだよ。正確には“脅されて”だけど」
「ますます穏やかではないな」
 ルツーセの眼に剣が帯びる。
「神殿はそんな事しないわ! あの子は“救いの鍵”を神殿から盗んだのよ!!」
 ルミナスが末の弟に科した処遇は、彼らが元々住んでいた場所から見れば正当。けれど、其処に関わっていない者から見れば、理由が分からない蛮行。
「だからボクは君が嫌いなんだよ! 黙っててよ! 話が進まないだろ!!」
 叫んだアクラの言葉に、ルツーセの目じりにじわりと涙が浮かぶ。ルツーセはそのままぐっと唇をかみ締めると、館の奥へと走っていってしまった。
「ルツーセ!」
 その背に声をかけるが、ルツーセの足は止まらない。オセロットはそのままアクラに振り返る。
「アクラ、言い過ぎだ」
「謝らないよ。彼女も真実を知るべきなんだ」
 もう何個目かのクッキーを飲み込み、その瞳には鋭さをにじませて、アクラはきっぱりと言い捨てる。
 二人の喧嘩はいわゆる痴話喧嘩だ。オセロットは一度ゆっくり息を吐いて、瞬きと共に話をまとめる。
「とりあえず、ルミナスは末の弟を護るために手にかけ、その行為の理由をしらない双子に恨まれている。ということか」
「そゆこと」
 これで、サックがルミナスを睨んでいた理由を知ることが出来たが、やはりどうにも中途半端感が否めないのは、当事者から話を聞いたわけではないからだろう。
 しかし、次は、コールの現状だ。
 ここへ来たとき、ルツーセがコールは深い夢の中だと言っていた。それはもう、目覚めない夢かもしれない。
「………あまり聞きたくないが聞かないでおくことで現実が変わるわけでもない。辛い答えを口にさせてしまうかもしれないことを、先に謝って―――」
 告げようとした唇の前に指が一本。
「それは、オセロットちゃんが言う言葉じゃない。コールのこと、知りたいんでしょ」
 見透かしたようなアクラの黒い瞳が、鏡のように自分の顔を映しこんでいる。アクラの指が離れると、一拍置いてオセロットは口を開いた。
「……コールは、今までのコールでいられるのか?」
「ごめん。それは分からない」
 その身に夢馬を取り込み、一度は引きずられるようにして医者を吸収しようとまでした。例え、今はその身から夢馬が切り離されたとはいえ、その事実が消えるわけではない。
「……コールを、目覚めさせたい?」
 アクラはオセロットをじっと見つめ、静かに問いかける。
「彼はまた、リセットされてるかもしれないよ? もしかしたら、もっと酷くなっているかもしれない。それでも…目覚めさせたい?」
 その視線は、まるでオセロットを見定めようとしているように思えた。
 今までの飄々とした態度とは違う、アクラが見せる真剣な態度に、オセロットは内心驚き、ふっと笑って答える。
「もし、目を覚ましたコールが今までのコールでなくても私は彼の友人でありたいと思うし、その努力を怠るつもりもない」
 それはもう、決めていたことだ。夢馬を取り込んだことで、何かしら変化は起きているかもしれない。たとえそうなっていたとしても、今まで通りと同じでいようと。
「なに、覚えていないならば、また初めましてと言えばいいし、思い出なら作ればいいさ」
 多少寂しさは感じるものの、彼がこのまま目覚めないよりはずっといい。
「それくらいしか、してやれないしな……」
 自嘲気味に微笑んだオセロットに、アクラは眉根を寄せて微笑む。
「元々のコールの記憶と、君たちと過ごした日々の記憶、両方持って目覚める可能性だってあるんだ」
「過度な期待はしないでおくよ」
「ふふ…。そうだね」
 アクラは新しいクッキーに伸ばしかけていた手を止めて、寂しそうに微笑んだ。






























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 第三者視点から兄弟間の険悪の理由を伝えましたが、ルミナス本人からもう一度聞くとうのはお勧めしません。
 オセロット様の言葉によってアクラの中で1つの結論が生まれたようです。
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……